3-23 イナンナ様の魔法

「もしかして、相当疲れてる?」


 夜野さんの顔を覗き込みながら私はそう聞いた。


「昨日の今日であんなことしたら当然でしょ。

 昨日は昨日ですっからかんになるまで魔力を使い果たした上に、今日は30分近く連続で温度コントロールよ? 熱すぎず冷たすぎずを考えながら連続出力していたら疲れもするわよ。

 大体、あまり私は持続力のあるタイプじゃないのよ」


 抗議の声にも確かに力はあまり入っていない。


”よく見てみなさい、本当に限界ギリギリまで魔力を使い果たしているわよ”


 とイナンナ様からも言われるが、外見からは疲れているのはわかっても、魔力の容量なんて見えなかった。


”ナナエ、抑えている魔力の感覚を開いてみなさい? すぐにわかるわよ”


 その言葉に反応して、私は大きくつばを飲み込む。


 感覚を開くだけなら魔法を使うわけではないから影響はないはず。

 そうはわかっていても、密着するぐらい近くに人が居るのに、魔力の感覚を開いたらどうにかなるんじゃないかと思って気が引けてしまう。


 それに、魔力の感覚を開きすぎると、魔力だけが鋭敏に知覚できるようになる半面、他の感覚が塗りつぶされてしまう。それが私には怖かった。


 そんな私に、頭の中でイナンナ様からの檄が飛ぶ。


”感覚を開くぐらいならどうもしないわよ! 何かあったらまた私の方でコントロールするからから気にしないでやるの!”


 あ、はい。


 どうしてか、この一言だけで恐怖心とか変に飛ばされてしまった。


 夜野さんを支えているままの姿勢で、ゆっくりと魔力を感じるように意識を集中させていく。


 魔力を放出しなければ何か問題になることは無いはず。

 多分、大丈夫。

 大丈夫。


 魔力を知覚できるように感覚を切り替えていくにつれ、目で見えている光景の上に一枚薄布を被せるように、新しいイメージの揺らぎが重なる。

 重なったイメージはそれまでの光景の上に、違う色で飾られた新しい世界を作り出していく。

 結果、今歩いている山道の景色はそのままに、まばらに自然の魔力の濃い所薄い所と魔力の溜まりがあるのが知覚できるようになっていった。


 うん、ちょうど良く実世界と魔力の流れが両方とも近く出来ている。

 イナンナ様がコントロールしてくれたのか、この視界は悪くなかった。


 その状態で夜野さんを見ると、夜野さんから発せられる魔力の光が吹き消されそうなぐらい弱弱しくなっていた。

 というか、夜野さんを見ているのに、私の体から出ている魔力が多すぎて邪魔。改めて見ると、こんなに多いのね私の魔力って。


”そうよ? 普段ならともかく、それだけ弱まっているとナナエの力で吹き消されそうね”


 吹き飛ばされる!? 危ないじゃないですか。


(どうしたらいいんですかこれ!?)


 イナンナ様に聞いてみるも、反応はそっけなかった。


”どうもこうも、あなたが癒せばいいじゃない”


(癒せるわけないじゃないですか!!)


 人の体に癒しを掛けるのは私の禁忌だった。あの事件をまた起こせと言うのか。


 ブルっと体が震えたせいでこっちを向いた夜野さんと視線が合うが、寒いと言う事でカタをつけておく。


”コントロール以前の問題かしらね”


 と、露骨なため息も脳内に流れてくる。


”仕方ない。ちょっとだけ私の方でやってあげるわ。その代り、いつか出来る様に魔力の流れを自分の体で感じるようにしておきなさい”


 その代り、の当たりで大きな眩暈が私を襲った。

 支えている夜野さんと一緒に倒れる事は免れたものの、バランスを崩して二人で数歩たたらを踏む。


「大丈夫!?」

「ごめん。ちょっと小石につまづいただけだから」


 直後、顔を上げた私の目に見えたのは私からスプリンクラーのように出ている、絹糸のスクリーンのような魔力のドームだった。

 首を回して前後左右を見渡すが、それはとても儚く見えて、でも、ちゃんとした力がある様にも見えた。


「これは……」


 視界を塞ぐようなぐらい密度があるわけではない、スプリンクラーと言うより、もっと少ない霧雨程度の魔力が私の上から吹き上がり、二人を包んでいる。


「……何? どうしたの?」


 夜野さんには見えていない? いや、気付いていないのかな。

 ドームに包まれていて、微量だけれど魔力を全身に浴びているのに。


 空いている方の掌を上に向けると、魔力の光が少しだけ掌に溜まっていき、やがてすぐに零れて消えてく。


「稲月さん、何を見ているの?」


 掌に光を溜める事が出来たのはその一回だけだった。

 もう一回と期待したけれど、上を向いた時にはもうその魔力のドーム自体が消えていた。


 でも、変わったところが一つだけ。


「夜野さん、体調、良くなっていない?」


 夜野さんの魔力がちょっと大きくなっていた。


「そんなわけ」


 と口にした後、


「あるわね」


 と夜野さんは言った。

 顔色からしても覿面に良くなっていた。


「……どういう事?」


 不思議そうに聞いてくるけれど、私も正直よく分かっていない。

 だから、思った通りに言ってみた。


「神様の加護とかかなぁ?」

「えっ!? それってどういう事? 稲月さん、あなた、イナンナ様の加護を顕現させることが出来るって言うの!?」

「えっ……そんな事、あったりなかったりなのかな……?」


 誤魔化したつもりだけれど、この後夜野さんからすごく問い詰められた……

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