3-17 閑話・夢・見知った結末

 彼女は真横の路地に直角に入り込み、黒い放射の直撃を避ける。その後、塀から家の屋根に飛び乗っていくが、放射はゆっくりと追いかけてくる。

 いや、いつも放射が迫ってくると思っていたのだが、それは違った。多少追いかけてもいるが、その放射は周りの物を引き寄せてもいた。

 つまり、彼女は「追っかけて来る」ではなく、「引き寄せる」放射から逃げていた。

 マネキンのような物体や、ゴミや車、街路樹から家まで、逃げられないものは全て黒い放射に引っ張られて飲み込まれていく。


 それはまるで、ブラックホールみたいだった。彼女の視線が巨竜から離れて放射に向かう度に、傍観者である私はある種の感動さえ覚える。


 だって、何もかもが吸い込まれて消えていくんだもの。



 その間も彼女は直撃を避け、吸い込みを逃れながら飛んでいく瓦礫を足場にして、立体的に飛び回り巨竜に近づいていく。

 リアルになったこの視点は、下手なジェットコースターよりも激しかった。感動したのも束の間、その三次元的な激しい動きで視界をぐるぐると回されて、眩暈のような状態に私はなっていた。


 ようやく視界が落ち着き、巨竜まであともう少しと言う所で彼女は動きを止めた。

 時を同じくして、巨竜の口が一旦閉じられ黒い放射は止まっていた。だけれど、黒く放射で塗られた所には色が戻らず黒いまま。


 そんな状況を全く意に介さず、彼女はマイクで誰かと話していた。


”一泡吹かせたいのはやまやまだけれど、向こうに直撃させたら流石にまずいし。結局、私の方で全部引き付けるしかないのよね”



 話している内容はわからないけれど、この思考だけは私に届いている。


 向こうというのが何かはわからないけれど、多分最後に見ることになる男の人かな。

 あとは、直撃云々は黒い放射のことだろう。

 これから彼女は複数に飛散し、追いかけまわす黒い放射と鬼ごっこをして、最後に一矢報いろうとするのだ。

 その結果は変わらないだろう、と私は短い時間で思う。


 強い魔力の流れで拘束されているはずの巨竜の頭が仰け反った。それが弐回戦の開始の合図になる。


”もう少しちゃんと止めといてよね!”


 それが彼女の思考だった。

 襲い掛かる二回目の放射は一度目と様子が異なった。それは、太い放射ではなく、もっと回避しにくい広範囲に広がる散弾だった。

 いや、散弾ではあるのだが、黒い球が通った後にはそれよりはやや細い黒い軌跡が残されていた。お陰で散弾の出元になるその巨竜の口元は、より凶悪な黒い塗りつぶしになっている。

 散弾と言うよりはもはや広角の放射にも見えるが、彼女はやはりそれを華麗にかわしていた。

 移動力を直進のみに使うのではなく、可能な限り面を広く移動するようにして、彼女は黒い軌跡にもなるべく触らないように前に進んでいた。

 ただの銃のような散弾だけであればもう少し前進するのが早くなっただろう。面を広く移動する理由は二つあった。


 一つ目は、散弾だけではなく、散弾に偽装した細い放射もあったこと。散弾の後に残る黒い軌跡と細い放射の見分けは非常に難しかった。

 散弾だと思って通り過ぎた後の軌跡に触って、それが放射だった為に何度か彼女は予期しない手傷を負っていた。


 二つ目に、一度攻撃で黒く塗られた場所に再度放射されると、それは直撃するまで全く見えなかった。

 彼女がどれだけ強くても、見えない攻撃と言うのは当然危険性が高い。


 そんな状況と相対していても、面をうまく使い、彼女は高い機動性を生かして前に進む。避け切れないときは槍を薙ぎ払い、また、弾の芯を突き通すように振るうことで致命的な部分にあたるはずの散弾を弾いていた。黒い放射の方は、槍の中心を持って前面で回転させることで辛うじてといった体で受け流す。


”このクソ!暴れすぎ!”


 言葉で叫んだのか、思っただけなのかはわからないけれど、彼女は掠ったのも含めて既に数回は散弾だったり放射に当たっていた。

 だがそれでも、気の狂ったように襲い掛かる攻撃をほとんど避けて前進する様はまさに神業だった。

 大きく横に動きながらも、じりじりと彼我の距離を詰めていく様はまさに終幕へのカウントダウン。

 本当はその巨竜を倒すためのカウントダウンであるはずなのだけれど、私は結末を知っている。


 ようやく巨竜に対して手が届きそうなぐらいの肉薄した距離になった時点で、彼女はさらに速度を上げた。そして、速度に追い付かずに頭上スレスレに放射された攻撃を潜り抜け、一気に放射が出来ない巨竜の足元まで潜り込む。

 死角に潜り込まれた巨竜は彼女を踏み潰そうとしたのだが、その体は別の力で封じられて微かに震えるだけだった。


 そこに生まれた一瞬の隙は、彼女にとって絶好の溜めを作る時間に他ならない。


 グッと全身を沈めた後、彼女は飛び上がって縦に槍を振り下ろした。

 硬そうな龍鱗はあっさりと切り裂かれて血が吹き出たが、そこで攻撃は終わらない。

 切り裂いたはずの巨竜の鱗肌を支点にして弾くように加速を行い、空に向かって前転をして再度龍鱗を何度も切り裂いていった。

 高速で視点が縦に回っていくので、私には全ての光景を把握のは難しかったけれど、それは巨竜の肌を駆け上がるハリネズミのようだと常々思っていた。


 胴体を切り裂き十分に加速した時点で、彼女はその加速力を全て上方への跳躍に使った。

 高層ビルの上階よりも高く、その巨竜の頭よりもはるかに高く飛び上がり、重力と魔法での推進力を足して彼女は降下する。


 巨竜の頭の動きは非常に鈍かった。それは足元を向いていたところから、ようやく頭を上げようとしている。


”取った!”


 目と目の間。普通の生物なら脳のある場所を目掛けて、彼女は全力で槍を振り下ろす。

 タイミングは完璧だった。このまま槍で全てを叩ききれば終わる。

 彼女の思いからは、これで終わるという達成感が先に伝わって来ていた。



 でも、それじゃダメなの。



 それは何度も見ている景色で、私は結末を知っている。


 全ての状況を揃えた上で、全力で振り下ろしたその槍は竜の額で弾かれた。

 この夢がどんなにリアルに感じられるようになっても、結末までは変わらない。


 彼女は弾かれて態勢を崩し落下する。その短いさなかに、彼女は、そして視界を同じくしている私は、視線の先に一人の男の人を見るのだ。

 最後に彼女は助けを求めるように手を伸ばす。


"助けて!!"


 彼女の強い感情が私を打ち付ける。

 けれど、私は知っている。彼女は助からない。

 

 視線が巨竜の顔に向いた。すぐに大きな口を開いたそれは、普段よりハッキリとしていて、鋭い歯の一本一本までが良く見えてしまった。

 下半身が口の中に滑るように収まり、その口が閉じられることでこの悪夢は終幕を迎えた。


 彼女は上下二つに別れた。

 その後の事は私は知らない。


 この夢を見ている私は、夢の中なのに殊更意識をしっかり保とうと力を入れた。どうせ目覚めた時に激痛が走ることになるんだろうから。


 そして私は朝を迎える。

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