3-10 私の魔法・結果

「……」



「…………さん!」



「……稲月さん!」


 ……揺さぶらないで。


 どこか掴まれて私の体が前後する感覚を覚える。


 ……だから揺さぶらないで、体痛いから。


「稲月さん!」


 大声も出さないで、イナンナ様。うるさいですよ……


 そう思って、ゆっくりと目を開けた。


「ああ良かった! 稲月さん、私の事分かる?」


「ええと、……夜野さん?」


 私は上半身を抱き起されるような形で夜野さんに支えられていた。


「どうして……?」


「どうしてじゃないわよ! 稲月さん! あなた何をしたかわかってるの!?」


 そう叫ぶ夜野さんはすごく悲しそうで、でも怒っていて、悪い事をした子供でもないのに、頬でも叩かれるんじゃないかと思ってしまった。


 言葉を出す前に手を動かして、夜野さんの目に浮かんだ涙を拭きとろうとする。

 けれど、私の腕はものすごく重くて、持ち上げるのがやっとで、涙を拭きとるどころかすぐに下に落ちてしまった。


「……あれ?」


 私どうしたの?


「あれ、イナンナ様は……?」


 私はそう口に出す。


「……稲月さん、大丈夫?」


 怪訝な顔で覗き込んでくる夜野さんに視線を合わせなかった。


(イナンナ様、私はどうなったんですか?)


 代わりに思考でイナンナ様に呼びかける。

 今の状態はなんとなくわかった。気を失っていたか、もしくは何か違う理由で私は倒れたんだと。


”……魔力の暴発よ。転換する前に魔力が破裂したのよ”


 私にだけ聞こえる声で、イナンナ様はそう告げた。


(暴発? またやっぱりコントロールに失敗したって事ですか……?)


”……違うけれど、正しいわ”


(それはどういう……?)


”多すぎなのよ”


 私にはその意味が分からなかった。


”どういう事も何も、魔力が多すぎなのよ。コントロール不全なんてよく言ったものだわ。

 あんなのコントロール出来るわけないじゃない! 人の身にあまる力を平然と出せるなんてどういう体してるのよ!?”


 頭の中で大声を出されたせいか、きつい頭痛がした。それでも、やっぱり意味が通じない。


(イナンナ様、意味が分からないです!)


 とはっきり思考をぶつける。

 それに返ってきたイナンナ様の返答は、ものすごくショックな言葉だった。


”うるさい! しばらく私にも考えさせて!”


 !?

 神様からうるさいって言われるのはどうなの!?

 しかも、私とこの体に同居しているのに!


 その私の心の叫びにイナンナ様が答えることは無かった。

 かわりに、ショックで今まで遠くに合わせていたピントが、私を覗き込んで見ている夜野さんに合った。


「あ、夜野さん……」


 あれ、この発言二回目だっけ?


「……」「……」


 二人とも無言のまま、私は自体を掴めないままの表情で夜野さんと視線を合わせる。

 その沈黙を先に破ったのは夜野さんの方だった。


「……稲月さん、あなたは大丈夫じゃないと判断させてもらうわ。魔法で治療するけれど、いいわね?」


 はい? 治療?


「ちょっと待って夜野さん……?」

 

 どうして私が治療される必要があるの?

 状況を理解する時間ぐらい欲しかったけれど、私が動く前に、夜野さんは片手で私を支えながら、もう片方の手を私の胸に当てて、治療の魔法の詠唱を始めた。


≪世界は芳醇に熟れ、我が身は憂いなく、沸き立つ器に満たされし我が力よ。秩序を以って彼の体の傷を癒せ≫


 夜野さんの使った治療の魔法は丁寧な詠唱だった。

 うまく韻を踏みつつ、短い言葉で暗示をかけて魔力を効率的に使っていた。

 治癒の魔法は、初歩的なものであれば簡単な魔法の部類に入る。魔力を対象の体に送り込んで、体内にある自己修復の機能を促進させるのだ。

 もちろん、大怪我をしていたり、切断などで自己修復が出来ない場合は無理だが、ちょっとした怪我などの場合は簡単に治すことが出来た。


 夜野さんから治療を受けている私の体にもその効果はすぐに表れた。伝わった魔力が私の体の表面をゆっくりと撫でていくにつれ、体が少しずつ軽くなっていく感じがする。

 そして、体が調子を取り戻すにつれて私の記憶と意識もはっきりしたものになっていく。


「夜野さん、もう大丈夫」


 治療の為に魔法を使ってもらってから数分経ったところだろうか、私はやっとそう言う事が出来た。

 私の治療の為に長い間魔法を使っていた夜野さんは、目に見えて疲れていた。


 体を動かせるようになって立ち上がった私と、「なら……良かった」と言いながら、かろうじて立っている程度の夜野さんの姿は、まるで立場が逆転したような感じだった。


 立ち上がってからようやく事を理解する。


 夜野さんの後ろ、私が魔法の練習のために立っていた場所の地面がちょっとえぐれている。クレーターと言えばいいのか、浅いけれど丸いくぼみがそこに出来ていた。

 そして、私が今いるのは元々の山道付近だった。


”ナナエがコントロールを失った瞬間に、集中させていた魔力がそのまま弾け飛んだのよ。

 初めて見たわ、転換していない単なる魔力だけで物理的に人が飛ぶなんて現象”


「私、やっぱり魔法のコントロールに失敗したんだ」


 イナンナ様の言葉に私は口でそう答えていた。


「……」

”……”


 そして、それを聞いたイナンナ様も、夜野さんも何も言わなかった。

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