3-6 決壊した気持ち

 部屋について落ち着いてから、ほどなくして夕飯の時間になった。

 夕飯は、ホテル内のレストランでバイキング。これから毎日ホテルのレストランで高級料理のバイキングで食べ放題。

 イナンナ様が降臨した際に思い浮かべた私の夢が、ついに現実になったのだ。わーい。



 実際の所、食べ物を見ただけで気持ち悪くなって、米の一粒でさえ口に入らなかったけれど。



「ななえ、大丈夫?」

「うん、今ちょっとお腹すいていないだけ。大丈夫だから、りるちゃんはいっぱい食べて?」


 強がってそう言ってみたものの、沢山食べ物はあるのに何も手を出さない私を見て、りるちゃんの方が逆に心配していた。


「……わかった」

 

 そう返事をしたりるちゃんも、寝起きをすぐ連れてきたせいか思ったより食が進んでいない。沢山食べるイメージだったのに、今日はいくつかの和食の料理しか食べていなかった。


 何も食べ飲みしないと心配させるかと思った私は、とりあえず慣れ親しんだ番茶でも啜ろうとドリンクコーナーを探してみる。けれど、日本茶の用意は無く、仕方なしに代わりにあった紅茶を飲んでいた。

 りるちゃんを見守りながら無意識に飲み続けるお茶は喉を通りはしたけれど、私のお腹は不思議と何も食べなくても減らない。どうしたのかなと考えていたら、私はある事に気付いた。



 食べ物の代わりに、色んな気持ちがお腹に詰まってるんだよね、って。



 薄い胸には何も詰まっていないけれどね。


 なんて、そんな煽りの一言でもイナンナ様言ってくれないかな……と期待したものの、食事中もイナンナ様はずっと無言のままだった。



 結局、お互い食も進まないし、大勢人がいるレストランでは気が休まらないと言う事になったので、りるちゃんのお腹具合を見た所で早々に私たちは部屋に戻ってくることにした。



「今日から少しの間、ここが私たちの家よ」


 と、部屋に戻ってから私はりるちゃんに説明をする。


「わかった」 


 うん、素直にわかってくれてうれしい。


 でもね、その後に、不思議そうな顔をしたりるちゃんは私に対して色々聞いてきたのだった。


「ねぇ、前の家はどうしたの?」

「ななえはご飯作らないの?」

「じぃじは? どこにいったの?」


 なんて返したか覚えてないや……

 もう少ししたら戻ってくるよ。とかなんとか言ったと思う。



 霧峰さんと話をしていた時は大丈夫だった。事を知りたいが為に気が張りつめていたから。

 でも、多分、きっかけは晩御飯。

 沢山の食べ物を見て、お父さんとは二度とご飯食べられないんだよね。なんて、事を思ったからかもしれない。

 部屋に戻って来た今は、お腹の中に溜め込んでいた気持ちが漏れて出てきそうだった。

 そんなところに受けたりるちゃんの質問攻めで、もう心からは溢れ出る寸前だった。

  

 まずはりるちゃんが寝るまでは普通でいよう、それからこの気持ちを出せばいい。

 それだけを考えて行動していたら、何をどう返したか記憶にも残っていなかった。


 大丈夫。まだ大丈夫。


 それだけを考えて、りるちゃんと軽く話をしながら、私はこれからの生活の為にこまごまとした整理と確認をする。

 用意されていた着替えの制服と下着は、確認してクローゼットにしまい込む。どうやって知ったかわからないけれど、下着のサイズはぴったりだった。

 私服に関しては用意されていなかったが、かわりにお金が封筒に入っていた。

 りるちゃんの私服もいくつかしか用意が無く……


 あれ? 私は今頃になってある事に気づく。


 りるちゃんは、私のお下がりを着ていた。脱いでハンガーに掛けてあるコートも、新しく買ったのではなく私の子供の頃のお古だった。


「あれ……りるちゃん、その服どうしたの……?」


 靴を脱いでから、ベッドの上でスプリングの感触を確かめるようにぴょんぴょん飛んでいるりるちゃんに声を掛ける。


「りる、こっちの服の方が好きだから、朝着替えたの! ななえの匂いもするし!」

「に、匂い?」


 ……臭かったかな?

 そんなわけないよね。ちゃんと洗ってから、箪笥の奥にしまい込んでいたんだし。


 多分それは古い箪笥の中の匂いだよと思いながら、りるちゃんをよく見る。

 思い出したくない記憶が脳裏から引き起こされて、鼻の奥につんとした痛みが起き始めてくる。



 ああ、その服は私が子供の時に、お父さんに買ってもらったやつだ。



 頬に熱いものが流れた。

 ポタっポタっと音が聞こえたけれど、こうなってはもう止められるものじゃない。


 ひっく、ひっく、とのどが鳴る。


 お父さんも、家も、服も、思い出も。みんな消えてしまったんだ……みんな、みんな、みんな……

 私のお古を着込んだりるちゃんを見て、ついに抑えられなくなってしまっていた。


 ごめんね、りるちゃん。こんなみっともない所見せちゃって。

 ああもう、りるちゃんまで心配した顔になって……そんな顔をさせるダメ姉でごめんね。


 嗚咽しか声は出なかった。涙をぬぐって普通に戻そうとするけれど、全然止まらない。

 ホントどうしよう……

 そうおもっても涙は止まってくれない。


「ななえ」


 何、りるちゃん。

 やっぱり出たのはひっくと嗚咽だけ。


「こっちきて」


 ? りるちゃんは自分のいるベッドを指さしている。


「寝て」


 何?


「いいから、寝て、ななえ」


 涙をぬぐいながら、言われた通りにベッドに横になった。


「ななえ、いいこいいこ」


 ……りるちゃんは、横になった私の頭を撫でていた。


「ななえ、大変だね。りるがね、ななえが大変な時は助けてあげる」


 親が子供にするような優しい手つきで私は撫でられていた。


 五歳の子供に、こんなことされる私ってどうなの?


「ななえ、いいこいいこ」


 涙は止まらないし、鼻水もずるずるになっていた。

 顔はぐしゃぐしゃになって、色んなものが出るに任せて止まることを知らない。


 どこかでりるちゃんはこんなことをされていたんだろうか。それとも、あやされている間に覚えたのかな。

 なんて心の片隅では思いながら、私は涙が枯れるまでりるちゃんに撫でられていた。

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