黙れー‼︎

月日は流れ、結菜さんの誕生日の日、今日はタイムカプセルを掘り出す日だ。

僕は学校に行かず、咲花と家にいることにした。

そして、ふと結菜さんの誕生日パーティーの時の写真を見ようとしたが、今見てしまったら、自分が壊れてしまうんじゃないかという、謎の恐怖心にかられて見るのをやめた。



***



その頃沙里は、ちょうどM組の校舎裏に着いたところだった。


「沙里も忘れてなかったか!」

「うん!」


沙里に声をかけたのは美波だった。

既に皆んな集まっていて、気を使ってか、輝久の事を聞く人は誰もいない。


すると、芽衣がスコップで穴を掘りながら言った。


「私達だけでも続けよう、またいつか、輝久も一緒に埋めてくれる日まで」


そしてタイムカプセルを掘り起こし、皆んな自分が埋めたものを懐かしんで眺めていると、柚木が沙里に聞いた。


「沙里の手紙には、なんて書いてるの?」

「ちゃんと結菜に気持ち伝えられたかって、もしまだなら今すぐ伝えろー! って、そんな感じ」

「そっか! ちゃんと伝えられててよかったね!」

「うん!」

「それにしても、また髪が白くなっちゃったけど、抱え込まないで、何かあったら言ってね」


沙里は少し切なそうに言った。


「大丈夫だよ。私は大丈夫」


そして、また全員新しくタイムカプセルを埋め、沙里は輝久が埋めた物と、結菜が埋めた物を抱えた。

すると、芽衣が少し悲しげに言った。


「結菜の手紙‥‥‥なんて書いてあるの?」


沙里は持った物を一度置いて、手紙を広げた。


手紙にはこう書いてあった


『輝久君とは上手くやれていますか? 嫌われるようなことしたりしてませんか? 高校三年生の私の夢は、二十代のうちに輝久君と結婚することです。子供も早く欲しいけど、まずは結婚です! この手紙を読んでいる頃には、我慢できずに私からプロポーズとかしてそうですね。M組の皆んなとも仲良くしていますか? 皆んな良い人達ですから、きっと仲良くしていますよね! 沙里さんは彼氏とかいますか? この手紙を掘り起こしたら、沙里さんにも見せてあげる予定なので、沙里さんにも一言、沙里さんが誰かと結ばれて結婚するまで、ずっと私の側にいていいですからね。家族ってそういうものですから! 恥ずかしいので、輝久君には見せませんが、今目の前に輝久君がいるなら伝えてください。ずっと愛していますと』


全員涙を流し、沙里が呟いた。


「ちゃんと夢叶ってるよ。彼氏なんていないっての、バカ‥‥‥誕生日おめでとう‥‥‥」


沙里は輝久と咲花のいる自宅に帰り、輝久が埋めた物を渡した。


「これ、持ってきたよ」

「うん、ありがとう」

「それなんなの?」

「結菜さんがくれた腕時計だよ」

「あんな高級な物を!?」

「ぎゃー! おぎゃー!」

「ごめんごめん! 起こしちゃったね」


沙里は、結菜が埋めた物を輝久の目の前に置いた。


「これ、結菜が埋めたやつ」

「僕があげたプラモデル‥‥‥」


輝久がプラモデルの箱を開けると、プラモデルは新品同様に、一パーツも完成していなかった。


「それね、結菜が毎日、何時間も説明書と睨めっこして、それでも作れなくてね、私も手伝おうか? って言ったんだけど、輝久に貰った物だから、自分だけで完成させたいって」

「そっか。(死ぬまでには完成させますって‥‥‥約束守ってよ‥‥‥)」

「あと、これが手紙」

「手紙はいいです。今見ちゃいけない気がするので」

「わかった」


沙里は、輝久がいつでも読めるように、目立つ水槽の横に手紙を置いた。


結菜が亡くなってから沙里は、自分が輝久を支えなきゃいけないという使命感で、バイトも子育ても頑張っているが、二人が言葉を交わすのは、一週間に一回あるかないかになっていた。





あれから数年経ち、咲花は自分で歩けるようになって、簡単な言葉も喋れるようになった。

だが輝久は、どんどん結菜の面影が見え隠れし始める咲花の面倒を見なくなってきていた。


「輝久? バイトもやめて、飲めもしないお酒ばっかり飲んで、本当に体壊すよ?」

「いいじゃん。その方が早く結菜さんのとこに行けるし」


沙里は、輝久をぶん殴ってやりたい衝動をグッと抑えて優しい声で言った。


「結菜はそんなこと望まないよ。結菜が悲しむよ」

「そんなの、沙里さんに分かるわけないじゃん」


沙里は呆れて、それ以上なにも言わずに咲花と遊ぶことにした。


「咲花ちゃん、お姉ちゃんの部屋いこうねー」


咲花はおぼつかない足で、輝久の足に抱きついた。


「パパ」


咲花を無視する輝久を沙里は睨み付けるが、輝久は沙里のことも見ようとしない。


「咲花ちゃん、お姉ちゃんの部屋で遊ぼ?」

「パパ」


沙里は咲花を抱っこして、自分の部屋に連れて行った。


「咲花ちゃん、今度お姉ちゃんがお菓子作ってあげるね」

「おたし?」

「お、か、し」

「おたし!」

「お、か、し! おか、か!」

「おかか!」

(まぁ、いっか)


それから沙里は、年内、咲花のお世話やバイトで忙しく、約束していたお菓子を作ることができずにいたが、ずっと約束は覚えていた。


だが輝久は結菜の命日も家に引きこもり、沙里はずっと心配していたが、輝久にはなにも言わなかった。

そんな日々が続く中で、久しぶりに輝久はどこかへ出かけて帰ってきた。

ずっとテーブルに置きっぱなしだった腕時計がないことに違和感を感じた沙里は聞いた。


「時計は?」

「さっき売ってきた」

「‥‥‥咲花ちゃん、ちょっと私の部屋に行っててくれる?」

「うん!」


咲花がリビングを出ると、沙里は輝久の胸ぐらを掴んで顔を近づけた。


「本気で言ってんの?」

「うん」

「結菜が残したお金もあるし、別に困ってなかったでしょ」

「あれを見てると辛くなるんだ」

「あの腕時計はね、結菜が値段で選んだとか、そんな簡単な想いのプレゼントじゃないんだよ。高い腕時計は一生物だから、いつか二人の間に子供が生まれて、子供が大きくなったら、子供に受け継いでいく、そうやって一生大切にしてもらえるプレゼントにしたいって言って買った物なんだよ?」

「もういいじゃん‥‥‥結菜さんいないんだし」


沙里は輝久を離して言った。


「そっか、輝久はそういう人間だったんだ‥‥‥最低‥‥‥」


沙里がリビングを出ていくと、輝久は涙ぐんでお酒を一口飲んだ。


それから沙里は、輝久が売った腕時計を、シリアルナンバーを頼りに探しに行き、高級腕時計の中古屋でようやくそれを見つけた。


「二千三百万‥‥‥買った時より高いじゃん‥‥‥」


沙里が財布を広げると、そこには二万円しか入っていなく、バイトを掛け持ちすることを決心した。


それから沙里は、毎日一生懸命働き、貯金が二十万円になったが、全然足りないことに絶望し、美波の家にやってきた。


「沙里? どうしたの? 顔疲れすぎじゃない?」


沙里は何も言わずに玄関で土下座をした。


「なになに!?」

「お金を‥‥‥貸してください‥‥‥」


美波は何も聞かずに財布を取りに行った。


「二万しか貸せないよ? 返すのいつでもいいから、たまには休みなね」

「ありがとう‥‥‥」

「沙里ちゃん、私も二万なら貸すよ」

「真菜まで‥‥‥本当にありがとう。ちゃんと返すから待ってて」


沙里は、その後もM組の皆んな家を周り、皆んなからお金を借りた。


(あと二千二百六十万‥‥‥無理だ‥‥‥)


続いて沙里は、宮川の元へ足を運んだ。


「宮川さん‥‥‥」

「さん!?」

「お金を貸してください‥‥‥」

「幾らですか?」

「二千二百六十万‥‥‥」

「今すぐは無理です。明日また来てください」

「‥‥‥いいの?」

「もちろんです。何があったかは知りませんが、沙里さんを見れば大変なのが分かります、ら明日で良ければ貸しますよ」

「また明日来ます。ありがとうございます‥‥‥」





翌日、沙里は宮川にもお金を借り、腕時計を買いに中古屋にやってきた。


「(よかった! まだあった!)店員さん、この腕時計買います」

「かしこまりました」


沙里は、無事に腕時計を買い戻し、残った千二百円も全部使って、お菓子作り用の材料を買った。


(咲花ちゃんとも最近会えてなくて、遊べてなかったし、約束してたお菓子作ってあげよ!)


そんな明るい気持ちで、久しぶりに家に帰ってきた。


「ただいまー、咲花ちゃーん! (あれ? 寝てるのかな)」


沙里は子供部屋に足を運んだ。


「咲花ちゃん? (いないな‥‥‥)」


暗いリビングに行くと、輝久は相変わらずお酒を飲んでいた。


「輝久、咲花ちゃんは?」


輝久は何も言わない。


「輝久? 聞いてんの?」

「預けたよ」

「輝久の実家?」

「施設に預けることにした」


その言葉を聞いて、時計とお菓子の材料が入った袋を落としてしまい、沙里は迷わず輝久に殴りかかった。

抵抗しない輝久を、沙里は涙を流しながら何度も何度も殴り続けた。


「沙里さん、痛いです‥‥‥」

「黙れー!!」


最後に一発顔を殴り、沙里は袋を持って言った。


「もう帰ってこないから」


沙里は家を出て、玄関の扉を本気で蹴り、どこかへ行ってしまった。


そして輝久は、リビングで泣きながら呟いた。


「分かってる‥‥‥最低なことしてることぐらい‥‥‥沙里さんの優しさを踏みにじったことぐらい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」


沙里は芽衣に連絡し、しばらく芽衣の家に泊まらせてもらうことになった。


「いきなりごめんね」

「お金は大丈夫だっの?」

「うん」


芽衣はベッドに寝そべって言った。


「輝久と上手くいってないんだね」

「そうなんだよね‥‥‥多分、輝久とはもう会わないと思う」

「どうして?」

「いろいろあったの」

「最愛の奥さんを亡くした人の気持ちは分からないけど、きっと輝久も、いろんなことと戦ってるんだと思うよ」

「そうなのかな‥‥‥」

「多分ね。まぁ、もう会わないなんて言わないでさ、またいつか帰ってあげなよ」

「どうして?」

「あの家は、四人の家なんでしょ?」

「(四人の家か‥‥‥結菜、私どうしたらいいのかな‥‥‥教えてよ‥‥‥)会いたいよ‥‥‥」

「なんか言った?」

「何にも言ってない‥‥‥」



***

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る