最期の別れ
結菜さんが亡くなり、結菜さんは実家に運ばれた。
宮川さん達や、莉子先生が泣き崩れる中、僕は忙しくて泣く暇さえなかった。
結菜さんの側にいたいのに、色々書かなくちゃいけない物や、手続きなどに追われている。
そして沙里さんは、学生時代に結菜さんと過ごした部屋に閉じこもって出てこない。
僕が茶の間の隅で作業をしていると、そこに愛梨さんがやってきた。
「結菜先輩‥‥‥どうしてこんな早く‥‥‥」
今は誰とも話したくない。
頼むから話しかけないでくれ‥‥‥。
その空気を察したのか、愛梨さんは僕に近づかないで、ずっと結菜さんを見て泣いている。
次々とM組の皆んなが駆けつけ、皆んなの泣き叫ぶ声が響く。
一つ不思議なことは、結菜さんを見ると、まだ生きているかのように、呼吸の速度に合わせて布団が動いているように見えることだ。
多分、僕の脳が現実に追いついていないのだろう。
壮大なドッキリであってほしい、結菜さんの悪戯であってほしい‥‥‥。
そんな想いも虚しく、お葬式の一日前になっても結菜さんは目を覚まさない。
そんな苦しみの中で、僕は宮川さんに一つ相談をした。
「宮川さん‥‥‥」
「はい‥‥‥」
「結菜さんのお葬式、ウェディングドレス姿でさせてあげることはできませんか‥‥‥結菜さん、ウェディングドレスを着るのを楽しみにしていたんです‥‥‥」
「私がなんとかします。必ず」
「ありがとうございます‥‥‥」
M組の皆んなは、直接僕に声をかけなかったが、帰ってから皆んなメッセージをくれた。
そして沙里さんはご飯も食べずに引きこもっているが、部屋の前に置いておいた飲み物は飲んでるみたいだ。
そういえば、僕もろくに食べてないな。
※
ついにお葬式の日、結菜さんはウェディングドレスを着て、結婚式用のメイクで棺桶に入っている。
火葬前の最期の別れの時間が迫っても、僕はまだ涙を流せないでいた。
そして沙里さんだけが、まだ葬式会場に来ていない。
***
沙里は結菜の部屋で、学生時代の写真を見ていた。
(結菜の笑顔‥‥‥写真を撮るたびに明るくなってる‥‥‥もう、見れないんだ。話もできないんだ‥‥‥伝えなきゃ‥‥‥ちゃんと伝えなきゃ‥‥‥)
火葬場では、結菜との最期の別れが迫っていた。
「お別れの前に、触れてあげてください」
火葬場の人にそう言われ、輝久は結菜の頬に触れた。その瞬間、涙腺が痛むほどの涙が一気に溢れ出てきた。
「結菜さん‥‥‥結菜さん‥‥‥大好きだよ。ずっと愛してるよ‥‥‥結菜さんに出会えてよかったです‥‥‥」
輝久は結菜の唇にキスをし、火葬の前に、何も言わずに待機部屋に向かい、一人で泣き崩れた。
芽衣は泣きながら結菜の頬に触れて言った。
「結菜、すごい綺麗だよ‥‥‥またいつか、くだらない喧嘩して、仲直りして‥‥‥いっぱい遊ぼうね‥‥‥」
鈴も結菜の頬に触れて涙を流しながら言った。
「もっと結菜ちゃんと遊べばよかった‥‥‥いろんなことを学ばせてくれてありがとう‥‥‥」
柚木は棺桶に抱きつくようにして涙を流した。
「結菜! バカ! なんで死んでるの! 子供が生まれて落ち着いたら、一緒に遊ぶ約束したじゃん!! やだよ‥‥‥これで最期なんて嫌だよ‥‥‥」
美波も結菜の頬に触れて目の下が真っ赤になるほど涙を流した。
「今、昔に戻れたら、ずっと結菜の側にいたい。沢山遊んで、いっぱい結菜を笑顔にしたかった‥‥‥優しくしてくれてありがとう‥‥‥しばらく泊まらせてくれこと、絶対忘れないよ‥‥‥」
真菜も頬に触れて気持ちを伝え始めた。
「沢山争って、沢山傷つけあったね‥‥‥でも、最終的に結菜ちゃんは優しくしてくれたよね‥‥‥そんな結菜ちゃんが大好きだよ‥‥‥」
一樹は結菜に触れず、涙を拭きながら言った。
「輝久君を置いていくなんて、結菜さんらしくないです‥‥‥ちゃんと生まれ変わって、輝久君のとこに帰ってきてくださいね」
愛梨は静かに涙を流しながら、小さな声で言った。
「結菜先輩の優しさで、私は心が救われました‥‥‥いろんなことを学びました。卒業式の日のこと、覚えてますか? いつでも遊びに来てくださいって‥‥‥結菜先輩がいないんじゃ‥‥‥意味ないですよ‥‥‥」
莉子先生は、子供を抱き抱えながら涙を流した。
「結菜さんは沢山頑張りました。結菜さんのおかげで、沢山の人が幸せになったのよ‥‥‥またいつか会いましょう‥‥‥」
宮川はずっと涙を我慢していたが、その場に泣き崩れてしまった。
「結菜お嬢様! どうか、天国で家族と幸せに過ごしてください! 私達に、初めて笑顔を見せてくれた日のこと、絶対に忘れません! 本当にお疲れ様でした!」
それに続くように、結菜の家に住んでいた全員が涙を流して言った。
「お疲れ様でした!」
「それでは、火葬のお時間です」
結菜が火葬の部屋に運ばれようとした瞬間、沙里の声が響き渡った。
「待ってー!!」
沙里は部屋着姿で、髪は真っ白になり、裸足で足は真っ赤になっていた。
沙里は結菜に駆け寄り、大粒の涙を流しながら言った。
「聞いて結菜!! 私、結菜がいたから笑えた! 結菜がいたから毎日楽しかった! 結菜の家族になれたことが嬉しかった! 結菜の優しさが私を救ったの! たまに厳しい言葉で私を叱っても、すぐに優しくしてくれて‥‥‥結菜に叱られることすら嬉しく感じてた! 四人家族だって言ってくれた時、ずっと一緒にいていいんだって思えた‥‥‥私は結菜が大好きなんだ!! これかも結菜と笑っていたかった‥‥‥結菜の優しさに甘えたかった‥‥‥結菜と輝久の幸せを眺めていたかった‥‥‥ありがとう、ずっとありがとう!!」
沙里は伝えたかったことを伝えると、力が抜けたようにフラフラしだし、愛梨は沙里の体を支えて言った。
「きっと伝わりましたよ」
沙里は何も言わずに愛梨に顔を埋めて泣き崩れた。
結菜のお爺さんお婆さんも、声が枯れるほど泣き崩れ、結菜は、皆んなからの手紙、沢山の花、大切にしていた牛のストラップと共に火葬された。
***
葬式も終わり、僕は結菜さんの遺骨を結菜さんの実家に持って行った後、沙里さんと二人で自宅に帰ってきた。
皆んな『困ったことがあったら何でも言って』と言ってくれたけど、結菜さんが亡くなって、もういろんなことがどうでもよくなってしまった。
なにもしたくない。
「輝久、なんか作ろうか? お腹すいたでしょ」
「いいよ、そのうち適当に食べるから」
「輝久が好きなハンバーグカレー作ってあげるね!」
「そういうのやめてください。部屋に戻りますね」
***
沙里は自分の辛さを押し殺し、輝久を励まそうとしたが、逆に距離ができてしまった。
それから沙里は、毎日輝久の分のご飯も作ったが、輝久はそれを食べようとしなかった。
※
数日が経ち、久しぶりに輝久が外出したと思ったら、子供を連れて自宅に帰ってきた。
「沙里さん、見てください」
「ぐっすり寝てるね」
それは久しぶりの二人の会話だった。
沙里は、子供を見ている時だけは、輝久の表情が少し穏やかになるような気がしていた。
「輝久、こんな時に聞くのはなんだけど、私はどうしたらいいかな。出て行ってほしいならそうするし、輝久が困ったことがあればすぐに駆けつける。都合のいい人にしてもいいよ」
「どうしたらいいか分かりません。でも今は、一人で咲花を育てていく自信がありません‥‥‥」
「んじゃ、安定するまでは一緒に面倒見てあげる。私のことはそのあとでいいよ」
「分かりました‥‥‥」
***
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