家族が増えました
夏休みに入り、クラスメイトで集まって遊びに行く事があっても、そこに沙里さんはいなかった。
そして八月十一日、結菜さんの誕生日の一日前。
僕の携帯に沙里さんから着信があった。
「もしもし」
「結菜とは大丈夫? いきなりあんなことしてごめんね」
「結菜さんとは仲直りしました。それより沙里さんは大丈夫なんですか? 鈴さんの為にあんなことになって‥‥‥」
「鈴だけのためじゃない。きっとあのままだと、鈴は結菜の前でも暴走してた。鈴が告白することは芽衣も知ってたし、関係が悪くなっちゃうでしょ? だったら私一人が犠牲になる方がいい」
「沙里さん‥‥‥それは間違ってると思います」
「間違ってないよ。私、夏休みが終わっても学校行かないから。バイバイ」
「沙里さん!?」
電話は切られてしまった。
その直後、芽衣さんからメッセージが届いた。
『なんで電話繋がらないの?』
そういえば、結菜さんが着信拒否したままだった。
急いで着信拒否を解除して、芽衣さんにかけ直した。
「もしもし輝久です」
「さっき沙里から電話がきてね」
「僕にもきました」
「そっか‥‥‥あの日のこと、結菜に話した方がいいよね」
「鈴さんはなんか言ってました?」
「反省してた。沙里は、ああいう子だって分かってたのにって」
「確かにこのままじゃ沙里さんが可哀想ですね。きっと結菜さんは怒ると思うけど、鈴さんの口から謝った方がいいと思います」
「だよね。明日の誕生日パーティー、もちろん輝久も来るでしょ?」
「はい」
「鈴はちゃんと謝ると思う。だから‥‥‥結菜が暴れたら頼むよ?」
「分かりました」
「ありがとう、それじゃ明日ね」
※
結菜さんの誕生日当日、沙里さんを除いたクラスメイト全員で結菜さんの部屋に集まったが、結菜さんはあまり元気がない。
とりあえずプレゼントを渡して元気になってもらおう。
「結菜さん! 誕生日おめでとうございます!」
「プレゼントですか!? 開けてもいいですか?」
「うん!」
「凄いです! こんな素敵な本が売っているなんて知りませんでした! 皆さん見てください! 牛の写真集です!」
全員食い付いてあげたが、思うことは同じだろう。
牛の写真集なんてあるんだ‥‥‥。
そう思ったに違いない。
すると、結菜さんを元気付けるために、全員プレゼントを渡し始めた。
「はい! 私からプレゼント!」
「ありがとうございます! 芽衣さんは何を買ってくれたんですか?」
「開けてみて!」
「わ! 牛の目覚まし時計ですか!?」
「そう! 時間になると、牛の鳴き声がするんだって!」
「ありがとうございます!」
「次は俺からです! 開けてください!」
「一樹さんまでありがとうございます! ‥‥‥これなんですか?」
少し大きめの牛のストラップで、素材は柔らかそうだ。
「お腹を押してみてください!」
結菜さんが牛のお腹を押すと、牛の目玉が勢いよく飛び出した。
「可愛いです! ありがとうございます!」
今のが可愛いのか‥‥‥結菜さんの感覚は分からない。
「はい! これは私から!」
柚木さんもプレゼントを渡した。
「大きいですね!」
「早く開けてみて!」
袋を開けると、そこには牛柄のリュックが入っていた。
「こんなに可愛いリュック! どこに売っていたんですか!?」
「内緒! 結菜が誕生日にリュックをくれたから、これがいいかなって思って!」
「学校に行く時は、このリュックを使います!」
「使ってくれるなら嬉しい!」
「毎日使いますよ!」
「私達からはこれ! 真菜と二人で選んだんだけど、いらなかったら言ってね」
「お二人が選んでくれた物なんですから、いらないわけないじゃないですか。 開けていいですか?」
「うん!」
「写真立てですか?」
「そう! 結菜ちゃんの部屋って本当に何もないから、多分今日も宮川さんが写真撮ってくれるでしょ? それを入れて飾ってよ!」
「分かりました! ありがとうございます!」
「あの‥‥‥これ私から」
「鈴さんまで! まだ付き合いが浅いのに、本当にありがとうございます!」
「牛が好きって知らなかったからさ‥‥‥」
「わ! お菓子の詰め合わせですか!? とても可愛いです! 沙里さんも一緒にたべっ‥‥‥なんでもないです‥‥‥」
その時、宮川さんが僕達を呼んだ。
「パーティーの準備ができましたよ!」
全員で茶の間に移動して、豪華な食事を食べることになったが、結菜さんはやっぱり元気がなく、あまり食べずに食事を終えた。
そして最後に、宮川さんが集合写真を撮ってくれることになった。
「結菜お嬢様? 表情が暗いですよ?」
「ごめんなさい」
結菜さんが見せた笑顔は、無理矢理の作り笑いだとすぐに分かった。
「はい! チーズ! 撮れました! 写真が出来上がったら、また皆さんにお渡ししますね!」
***
次の瞬間、家のチャイムが鳴って宮川が出ると、そこには愛梨が立っていた。
「誕生日パーティーに来てくれたんですか! もう食事は終わってしまいましたが、是非上がってください!」
「あの、結菜先輩呼んでください」
「かしこましました、少々お待ちください!」
宮川に呼ばれ、結菜はすぐにやってきた。
「結菜先輩、渡したい物があります」
差し出された可愛い袋を見て結菜は喜んだ。
「愛梨さんもプレゼントを買ってくれたんですか? ありがとうございます!」
「沙里からです」
「え?」
「修学旅行が終わった後、夜中に電話がありまして、結菜先輩の誕生日と、貰ったら喜びそうな物を教えてほしいって、それから何日も何日も、結菜先輩にバレないようにわざわざ夜中に電話をかけてきて‥‥‥毎日、プレゼントの相談をしてきました。‥‥‥沙里‥‥‥凄い楽しそうでしたよ」
結菜は何も言えずに立ち尽くす。
「合宿始まっちゃったら電話できないから早く決めなきゃって、徹夜してプレゼントを考えてました。結菜先輩、沙里と仲直りしてください」
「沙里さんから何も聞いてないんですか?」
「詳しいことは教えてくれませんでした。ただ、学校はやめると言っていました‥‥‥結菜先輩は知ってますか? 友達ができたって、凄い嬉しそうにはしゃぐ沙里を‥‥‥結菜先輩達としたいこと、行きたい所をノートにまとめて嬉しそうにする沙里を‥‥‥沙里は言っていました、クラスの皆んなが仲良くて、楽しそうに笑ってる時が大好きなんだって」
「ですけど」
「そんな沙里が‥‥‥結菜先輩を傷付けるはずがないです!!」
「愛梨さん、泣かないでくださいよ」
「どうして気づけないんですか? 結菜先輩は輝久先輩のことばっかり!! 沙里の本心も見抜いてみせてくださいよ!! ‥‥‥また沙里が一人になる様なことがあれば、私は私の全てをかけて貴方達M組の生徒全員を地獄に落とす!!」
「‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥沙里さんの住んでいる場所に案内してください」
「‥‥‥はい」
愛梨の怒鳴り声で、輝久達も玄関に様子を見に来た。
「皆さん、少し出てきます。帰ってきた時には一人増えていると思うので、帰らずに待っていてください」
そして二人は走り出した。
その後ろ姿を皆んなは、ニコニコしながら見送った。
そんな中で芽衣は、鈴の肩に手を乗せて言った。
「戻ってきたら、ちゃんと謝ろうね」
「うん‥‥‥」
※
二人は沙里が住むアパートのドアの前まで来たが、チャイムを押しても沙里は出てこなかった。
「沙里さん! 結菜です! ドアを開けてください!」
沙里は覗き穴から結菜の姿を確認して、そのまま玄関に座り込んだ。
「沙里さん! いないんですか?」
すると、ドア越しに沙里の声が聞こえてきた。
「いるよ」
「開けてもらっていいですか?」
「それはできない。もう会わないって決めたから‥‥‥プレゼントは? 愛梨から受け取った?」
「受け取りましたよ」
「その‥‥‥喜んでくれたかな‥‥‥今更ああいうのウザいかもしれないけど‥‥‥」
「まだ開けてません。沙里さんが直接私に渡してください」
「気にしないで開けてよ」
愛梨は涙を浮かべながら、ドアに手をついて言った。
「沙里? ちゃんと出てきて真実を話して。沙里が悪者でいる必要なんてないの」
「私が悪いんだよ。私以外誰も悪くない。もう私のことは忘れて‥‥‥なにも気にしないで、皆んなと楽しく過ごして」
「分かりました」
「結菜先輩!!」
「開けないなら無理矢理開けます」
結菜はドアノブを引っ張ったり、ドアを叩いて開けようとした。
「結菜先輩! 手を痛めてしまいます!」
「開きませんね。沙里さんも出てこない様ですし、私はここから飛び降ります」
「ダメですよ! なんでそんなこと!」
その時、勢いよくドアが開いた。
「ダメ!!」
「沙里さん、久しぶりですね」
「あ‥‥‥」
「ここは一階ですよ?」
沙里は急いでドアを閉めようとしたが、結菜にドアを掴まれてしまった。
「沙里さん!! ちゃんと話してください!! あの日、何があったんですか?」
「言えない!!」
「どうしてですか!」
「結菜が怒るから!」
「怒らないと約束します! だから話してください!」
すると、沙里はドアを閉める手を離した。
「上がっていいですか?」
「うん‥‥‥」
沙里の部屋は、ゴミ袋やカップ麺のゴミが散乱していた。
「こんな物ばっかり食べてたらダメですよ」
「作る気になれなくて」
「そうですか。それでは‥‥‥ちゃんと話してください」
「鈴からはなんか聞いた?」
「なにも聞いてません」
「あの日、鈴は輝久に告白した‥‥‥それで輝久と鈴が揉めててさ、あのまま結菜が来ても、鈴は絶対に暴走してた。だから全部私のせいにしようと思ったの‥‥‥」
「なぜですか?」
「皆んなには仲良くしてほしかった‥‥‥だから自分だけが犠牲になろうと思った」
結菜はその場で、ゆっくりと土下座をした。
「ごめんなさい。沙里さんは悪くないのに、私は最低です」
「そんなことしないで!」
「友達じゃいられないとか、酷いことを言ってしまい、本当にごめんなさい」
「いいってば! 顔上げて!」
「また‥‥‥友達になってくれますか?」
沙里はグッと涙を堪えた。
「当たり前じゃん」
結菜は顔を上げて、涙を浮かべつつ、優しい笑顔で両手を広げた。
「沙里さん」
すりと、沙里も涙を堪えながら、結菜に抱きついた。
「もう会えないと思った‥‥‥また一人で生きていかなきゃって」
「もう自分を犠牲にするのはやめてくださいね」
「うん‥‥‥やめる」
「沙里さん」
「なに?」
「私と暮らしませんか?」
沙里は驚きながら愛梨の顔を見た。
愛梨は沙里の寂しさを知っていて、沙里が変われるチャンスだと思い、優しい表情で静かに頷いた。
「でも、迷惑になっちゃう‥‥‥」
「迷惑なんて気にしません。私の家族になりましょう」
沙里は、『家族になりましょう』という言葉を聞いて、堪えていた涙が一気に溢れ出て、声をあげて泣いてしまった。
「結菜ー!」
それからしばらくして、三人は仲良く結菜の家に向かった。
「結菜先輩、私も来て良かったんですか?」
「当然です、これで友達が全員揃いました」
結菜の家に入ると、鈴と芽衣、そして輝久が頭を下げていた、
「ごめんなさい!」
「頭を上げてください、皆さんも聞いてください」
家中の全員が結菜に注目した。
「これから、私の誕生日パーティーを始めます! 料理も全部元に戻しなさい!」
「えー!?」
宮川達は驚いたが、結菜の生き生きした表情を見て、一気にやる気が出た。
「全員聞け!! 買出しと料理を急げ!!」
「はい!!」
宮川達が準備をしている間、結菜達は茶の間で楽しそうに話していた。
「あ! 結菜! 私のプレゼント開けてよ!」
「そうでしたね! 開けさせていただきます!」
プレゼントを開けると、なんかの種のようなものが入っていた。
「なんの種ですか?」
「アサガオ! 愛梨がね、白色のアサガオには、固い絆と‥‥‥なんだっけ愛梨」
「固い絆と、溢れる喜びという花言葉があります」
「そう! だからね、庭に咲かせてほしい!」
「明日、一緒に植えましょうか!」
「うん!」
しばらくして、また豪華な食事が運び込まれ、さっきお腹いっぱい食べた輝久達は辛そうな顔をしている。
「そういえば結菜、私が家族になること‥‥‥」
「なんですか?」
「家の皆んなは許してくれるかな‥‥‥嫌がられたりしないかな」
「試してみますか?」
「え?」
「宮川さん! マイク貸してください!」
結菜はマイクを手に取り、全員の前で話し始めた。
「今日は私の十八歳の誕生日です! 十八禁解禁です! あとは輝久君が十八歳になるのを待つだけです!」
「結菜さん!? なに言っちゃってんの!?」
「結菜さーん! 元気な子産んでくださいねー!」
「一樹君!? やめて!?」
「そして今日、新しい家族が増えました!」
全員が輝久の方を振り向いた。
「ま、まだしてませんって!」
全員ガッカリした表情で結菜に視線を戻した。
「なぜだ、なぜガッカリされなきゃいけないんだ」
「その家族を紹介します! こちらに来てください!」
沙里は緊張しながら結菜の隣に立った。
「自己紹介してください」
「さ、沙里です‥‥‥迷惑だったら言ってください‥‥‥」
結菜の家に住む全員が笑顔で沙里を迎え入れた。
「よろしくお願いします!」
「困ったことがあれば、なんでも私達に言ってくださいね!」
沙里は嬉しいそうに結菜を見ると、結菜はニコッと笑って沙里を見た。
「さぁ! パーティーのスタートです! お残しは許しまへんでー!!」
「えー!?」
「結菜さん、そのセリフはダメ。忍者の食堂が頭に浮かぶから」
***
全員全力でご飯を食べて、苦しそうな宮川さんがカメラを持ってきた。
「写真、撮りなおしましょうか」
そして沙里さんと愛梨さんを含めて、全員楽しそうな笑顔で写真を撮った。
すると宮川さんは、デジカメで写真を確認して言った。
「今までで一番いい写真です!」
それから写真が出来上がるまで、全員で結菜さんの部屋で待つことになった。
「私今日からどこで寝たらいい?」
「私の部屋に、新しくベッドを置いてもいいですけど、嫌なら、前に愛梨さんと泊まった部屋を使ってもいいですよ?」
「んー、結菜と同じベッドで一緒に寝る!」
「いいですよ。輝久君が泊まる日は、前の部屋に行ってくださいね?」
「わかった! 輝久、今日泊まるの?」
「今日は沙里さんと結菜さんで楽しんでください! 僕はまた夏休み中にでも泊まりに来る!」
「皆んなは?」
「私達も今日は帰るよ!」
結局全員帰ることになり、宮川さんから写真を受け取って帰宅した。
***
結菜は、美波と真菜に貰った写真立てに写真を入れて部屋に飾り、とても満足そうにしている。
「沙里さん、今日はもうお風呂に入りました?」
「まだ」
「一緒に入りましょうか」
「入る!」
二人で湯船に浸かっていると、沙里が話しを始めた。
「結菜がね、家族になろって言ってくれた時さ、本当に嬉しくて泣いちゃってさ、結菜の肩に鼻水ついた」
「いい話だと思ったら、なんですかその話」
「ずっと私の鼻水つけながらご飯食べる結菜が面白かった!」
「お仕置きです!」
「あはは! くすぐったいよ!」
「百秒間こちょこちょの刑です!」
「やめてー! あははは! 死ぬー!」
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