勢いで

六月に入り、来月の修学旅行に向けて、どこを周るかなどの話し合いをする授業も増えてきた。

M組は生徒が少ないから、グループ分けはないが、ニ日目は時間を守れば基本自由に行動していいらしい。そして修学旅行は二泊三日だ。

楽しめるといいな。


「はい皆んな、これが奈良のパンフレットね! これ見ながら全員で当日の予定をたててください!」


莉子先生が全員にパンフレットを配り、全員机をくっつけて話し合うことになった。

そして結菜さんはさっそく鹿の写真を見つけて、ページをめくる手を止めた。


「鹿せんべいは十枚で二百円らしいですよ! 十万円分ぐらい買いましょう!」

「修学旅行に持っていけるお金は一万円までです!」

「先生、一万で何が買えるんですか?」

「いや、鹿せんべい買えるじゃない」

「私の家には沢山の人が住んでいます。一万円じゃ、皆さんのおみあげを買えません」

「そういう時は一人一人にじゃなくて、お菓子とか買って皆んなで食べてって渡すのよ?」

「宮川さんはお菓子を食べません。しょうがないですね、宮川さんだけ私からおみあげを貰えずに傷つくのも‥‥‥先生が一万円までというルールを作ったせいですもんね。あーあ、しょうがないですね」

「わ、分かったわよ! でも怖い大人とか、他の学校から来た修学旅行生もいるからね? あまりお金を見せびらかしたらダメよ?」

「分かりました。これで欲しいものを沢山買えます! (宮川さんは甘いお菓子が大好きなんですけどね)」


来世は金持ちの子に生まれたいな。


「僕、お寺とか大きな大仏とか見たいです! なんかご利益ありそうじゃないですか?」


すると、沙里さんはつまんなそうに口を開いた。


「えー、なにそれつまんなそう。ゲーセンとかないの?」

「それじゃ沙里さんとは別行動で‥‥‥」

「ほーい」


僕がガッカリしていると、美波さんが沙里さんの右頬をツンツンしながら言った。


「せっかくの修学旅行でゲーセンは勿体無いよ」

「どこ行ったって時間の流れは変わらないんだから、自由行動なら好きな場所に行った方がいいよ」


次に真菜さんが沙里さんの左頬をツンツンしながら言った。


「凄いまともなこと言ってる気がするけど、流石にゲーセンはやめようよ」

「私一人で行くもん。てかなんで二人ともほっぺ触るの」


二人は同時に答えた。


「なんとなく」


芽衣さんは鈴さんと一緒にパンフレットを見ながら当日の予定を立てていて、本当に仲良くなったのが見て分かる。


「ねぇ鈴、このお店面白そうじゃない?」

「確かに! 色んなからくりのオモチャがあるのかな?」

「多分! 当日はここ行ってみよ!」

「うん!」


みんながバラバラの意見を出す中、一樹くんが悲しそうに皆んなに聞いた。


「当日はみんなバラバラに行動するんですか?」

「一日目は皆んなで行動みたいだし、二日目はバラバラでもいいんじゃない?」


すると柚木さんが寂しそうな表情で僕を見た。


「えー、皆んなで楽しもうよ」

「柚木さんもお寺見に行きますか?」

「行く!」

「私は輝久君と行動します」

「結菜さんもお寺とか着いてきてくれるの?」

「もちろんです! 奈良でデートなんて素敵です♡」


柚木さんを空気にするつもりですか。


その時、鈴さんが勢いよく立ち上がった。


「デート!?」

「はい。輝久君と私はお付き合いしているので」

「え!?」


結菜さんと莉子先生以外の全員が同時に言った。


「知らなかったの?」

「知らなかったよ! 私、輝久君のこと好きだったのに! ‥‥‥あっ」


それを聞いた僕と結菜さんと莉子先生以外の全員が同時に大声を出した。


「えー!?」


すると、結菜さんは無表情で鈴さんを見つめた。

この雰囲気は多分お怒りだ‥‥‥。


「今のは告白ですか? それに、私の前で堂々と」


莉子先生は冷めた目つきで僕を見つめ、ため息混じりに言った。


「輝久君って、なんでそんなモテるのかしら。本当罪な男ね」


先生ちょっと黙ってて。


「告白じゃない! 勢い余って言っちゃったみたいな‥‥‥」

「どちらにせよ、輝久君は誰にも渡しません。鈴さんも気持ちが大きくなる前に知れて良かったですね」

「う、うん‥‥‥(もう手遅れだよ‥‥‥)」

「なんで好きになったの?」


芽衣さんからの質問に、鈴さんは少し戸惑いつつも口を開く。


「ゲームセンターで優しくしてくれたから‥‥‥」


その時、結菜さんは無言で僕の脇腹を捻ってきた。


「輝久って平気で惚れさせようとしてくるよねー」

「ぼ、僕はそんなつもりじゃ!」


結菜さんは更に強く脇腹を捻ってきて、痛みで自然と体が曲がる。

痛い‥‥‥無言の怒りが一番怖い‥‥‥。


「あ、あの、鈴さん」

「な、なに?」

「僕は結菜さんと付き合ってるから、ごめんなさい」

「酷い‥‥‥」

「え?」

「振られるなら、ちゃんとした告白をしてからが良かった。振られないのが一番いいけど‥‥‥」

「ごめんなさい。でも、気持ちは嬉しかったですよ」


僕がそう言うと、結菜さんは制服の袖からカッターを出し、僕の首元スレスレにカッターを構えて顔を近づけてきた。


袖からカッター!?いつも常備してるの!?


「あら? 輝久君は告白されて嬉しかったんですか?」

「い、いや‥‥‥」

「え? 気持ちは嬉しかったって‥‥‥嘘だったの?」


ヤバイ‥‥‥この状況はヤバすぎる‥‥‥。

今まで基本的には僕自身に肉体的ダメージを与えなかった結菜さんがマジモードだ。

結菜さんを冷静にさせるには、鈴さんを傷つけないといけない。鈴さんの心を守ろうとすると僕が殺される!


僕が助けを求めようと莉子先生に視線を送ると、莉子先生は焦って目線を逸らした。

それでも教師か!!


「輝久君、どうなんですか? 嬉しかったんですか?」

「ねぇ、嘘だったの?」


結菜さんは後で説明すれば許してくれるかもしれない‥‥‥。

あとは皆んなを信じよう。


「嬉しかったです!」


次の瞬間、美波さんと真菜さんが前のめりになって結菜さんの手を掴んだ。

美波さんと真菜さんの間にいた沙里さんは、二人の体で両頬を潰され、タコの様になってしまっている。


「離してください!」


美波さんは手を離さずに、冷静に言った。


「んじゃカッター置いて。結菜の大切な輝久が傷ついちゃうよ」


それを聞いた結菜さんは、手からカッターを落とした。


「ごめんなさい」

「い、いいよ! 結菜さんは悪くないし!」

「それじゃ私が悪いの? 私が輝久君を好きになったのがダメだったの?」

「鈴さんも悪くないので落ち着いてください」


鈴さんは泣きながら教室を飛び出していってしまった。


「鈴!」


飛び出していった鈴さんを芽衣さんが追いかけて行き、僕は椅子に座りながら黙っている結菜さんに話しかけた。


「結菜さん、僕は結菜さんが好きなんです。でも、嬉しくないなんて言ったら鈴さんが傷ついちゃいます。結菜さんも、もっと僕を信じてください」

「そうね、ごめんなさい」

「もう大丈夫だから元気出しましょ?」


また黙り込んでしまった結菜さんを見た柚木さんが、その場の空気を変えようとしてか、結菜さんに抱きついた。


「まったく結菜は嫉妬深いんだから! 可愛いなー!」

「ごめんなさい‥‥‥」

「だから、もう輝久も許してるって! 大丈夫大丈夫! ね?」

「輝久君を傷つけようとした自分のに腹が立ちます」


結菜さんは柚木さんを払い除けて、勢いよく僕に抱きついた。


「どんな罰でも受けます! なので嫌いにならないでください!」

「嫌いにならないよ! それに罰とか必要ないから!」

「それじゃ私が納得できません! なんでもします!」


なんでもとは、なんでもということだろうか。

いや、ここは紳士な態度で。


「本当に大丈夫だよ」

「ダメです!!」


これはなにかお願いしないと落ち着かなそうだな。


「それじゃ、明日は久しぶりに結菜さんが作った弁当が食べたいな!」

「そんなことでいいんですか?」

「うん!」

「分かりました! 輝久君に喜んでもらえるように頑張ります!」

「楽しみにしてるね!」


結菜さんの機嫌も直り、しばらくして芽衣さんが戻ってきた。


「鈴帰っちゃった」


莉子先生が心配そうに口を開いた。


「大丈夫かしら。明日学校に来てくれたらいいんだけど」





放課後、相変わらずマイペースな沙里さんが、帰りの準備をする結菜さんに話しかけた。


「結局、ちゃんとタコ焼き食べれなかった。ちゃんと食べたい」


結菜さんは財布から二千円出して沙里さんに渡した。


「今日は輝久君へのお弁当のことを考えたいので、これで美味しいタコ焼きを食べてください」


沙里さんは両手に千円札を持ち、両手を上に挙げて早歩きで帰っていった。


「わーい、ゲーセンゲーセン」


おい、タコ焼きはどこいった。

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