信用と白目
***
月曜日の朝、鈴はいつもより早起きして、結菜に言われた通り早めに登校してきた。
学校に着くと、結菜はすでに席に座り、読書に集中していた。
「結菜ちゃん、おはよう」
「おはようございます。チケット購入しておきましたよ」
結菜は鈴に、二枚のチケットを差し出した。
「本当に貰っていいの?」
「貴方が本当に変わる気があるなら、受け取ってください」
「ありがとう」
「仲直りできるといいですね」
「うん! 頑張る!」
鈴は自分の席に座り、芽衣が登校してくるまで、チケットを見つめて心の準備をしていた。
そして全員が教室に集まった時、鈴は立ち上がり、隣に座る芽衣の前に立った。
すると芽衣は不機嫌そうに言った。
「なに?」
「ちゃんと謝りたくて‥‥‥」
「いいよそういうの。どうせまた変なこと企んでるんでしょ」
「違うの。私、本当に反省して‥‥‥」
「だからいいっての。この前あんなことしといて信じられるわけないじゃん」
鈴は拳をグッと握りしめ、ふと輝久を見ると、輝久は鈴を見て頷いた。
「(そうだ‥‥‥我慢しなきゃ。私は変わるんだ)昔のこともね、今思えば寂しかっただけの自分勝手な行動だった。本当にごめんなさい」
芽衣は何も言わずに、一限目の数学の教科書を開いた。
「早く座りなよ。先生来ちゃうよ」
「お願い。今すぐ私を信じてなんて言わない。でも聞いてほしい‥‥‥この前のことも、本当に酷いことをしたと思う‥‥‥謝ることしかできないけど‥‥‥本当にごめんなさい。それで‥‥‥これなんだけど‥‥‥」
「チケット?」
「うん。昔一緒に行けなかった遊園地のチケット。よかったら‥‥‥一緒に行かない?」
(鈴は本当に反省してるのかも、でも、あんなことされて許せるわけない)
芽衣はチケットを持つ鈴の手を払い、チケットは床に落ちてしまった。
「行くわけないじゃん」
鈴が悲しそうにチケットを拾おうとした時、先に結菜がそれを拾った。
「鈴さんは子供だとは思っていましたが、芽衣さんも大概ですね。少しは素直になってみてはいかがですか?」
「でも、もう騙されるのは嫌なんだよ」
「これは宮川さんが言っていた言葉です。『これからの人生、誰かに騙されたり、傷つけられることは何回もあります。ですが、人を信じることをやめたら、次は自分が誰からも信じてもらえなくなります。そして、信じることを忘れたら、前に進めません』」
「信じるのって怖いんだよ」
「ですが、芽衣さんはM組の皆さんを信じたから今があるんですよ? 芽衣さんは人を信じる強さを持っている人だと思います」
芽衣は下唇を噛み締めた後、チケットを持つ結菜の手に手を伸ばした。
だが、結菜は芽衣にチケットを渡さず、チケットを鈴に渡してしまった。
「受け取るなら鈴さんから受け取ってください」
結菜はそう言って、静かに自分の席に戻った。
「芽衣、よかったら一緒に‥‥‥」
「いいよ‥‥‥もう一回だけ信じてあげる」
「あ、ありがとう! チケットの有効期間二ヵ月あるから、行ける日が分かったら教えてほしい」
「明日行こ」
「あ、明日は学校あるよ?」
「このままギクシャクした状態で、土曜日まで隣の席とかやってられないよ」
「そ、そうだね、明日行こ!」
すると、結菜はニコッと笑顔で芽衣を見つめた。
「先生には私が上手く言っておきます」
「ありがとう」
※
そして翌日、芽衣と鈴はバス停に集合し、芽衣はすごい気まずそうに挨拶をした。
「お、おはよう」
「お、おはよう!」
それからバスに乗り、遊園地に着くまで会話はなかった。
チケットを使い遊園地内に入ると、遊園地の明るい雰囲気に二人は思わずワクワクしてしまった。
「芽衣、なに乗りたい?」
「あのティーカップが回るやつとかは?」
「いいね! 行こっか!」
鈴は一瞬迷いながらも、芽衣の手を引っ張った。
「やっぱり平日だから空いてるね!」
「う、うん!」
二人は最初にコーヒーカップに乗り、目を合わせずにたわいもない話を始めた。
「これ、ティーカップだと思ってたけど、コーヒーカップなんだね」
「え? 芽衣、知らなかったの?」
「うん、初めて知った」
「あ! 動き出した!」
「真ん中のやつ、あんまり回しちゃダメだよ?」
「おりゃー!」
「鈴!? 聞いてた!? 早い! 早いって!」
「芽衣も回して!」
「無理無理! 酔うよ!」
鈴は芽衣と遊園地に来るという昔からの約束を叶えられて、楽しくなりはしゃいでしまい、コーヒーカップの真ん中のハンドルを全力で回してしまった。
しばらくしてコーヒーカップが止まり、鈴はまた芽衣の手を引っ張ってコーヒーカップから降りた。
「楽しかったね! あれ? どうしたの?」
芽衣はすっかり青ざめて、足取りもおぼつかず、少しふらふらしてしまっている。
「ご‥‥‥めん‥‥‥ちょっと休憩‥‥‥」
芽衣が体調悪そうにベンチに座っていると、鈴が水を買って持ってきた。
「はい、水!」
「ありがとう」
「次なに乗ろっか!」
(鈴、楽しそうだな‥‥‥鈴のこの笑顔、すごく懐かしい)
芽衣は水を一口飲み、立ち上がって言った。
「よし! 次はお化け屋敷!」
「え!? それはちょっと‥‥‥」
芽衣は鈴の手をとり、目を見開き、見下すように睨みつけた。
「へぇー、怖いの苦手なんた。コーヒーカップでの恨みを晴らす」
「い‥‥‥いや〜!!」
結局鈴は芽衣に引きずられ、お化け屋敷に入ることになってしまった。
すると芽衣は、入り口で意地悪な笑みを浮かべて鈴を見つめた。
「次が私達の番だよ!」
「や、やっぱりやめない?」
「やめない!」
(芽衣の意地悪そうな笑顔‥‥‥懐かしいな‥‥‥芽衣も楽しそうでよかった)
「ほら、入るよ!」
遂にお化け屋敷に入ると、鈴は震えながら芽衣の腕にしがみついた。
「く、くっつきすぎ」
「だ、だって怖いんだもん!」
「鈴って本当に昔からビビりだよね」
(正直私もビビってる。私も怖いのが苦手なのに、鈴に意地悪したくてお化け屋敷に入っちゃった‥‥‥)
「おいで‥‥‥」
どこからか震えた女性の声が聞こえた次の瞬間、二人は抱きしめ合ってその場に立ち尽くした。
「ね、ねぇ鈴、今聞こえたよね」
「き、聞こえた! ねぇ、もうギブアップしようよ!」
「このお化け屋敷はギブアップできないの!」
「な、なんで!? もう無理動けない!」
その時、二人の後ろから血まみれの女性が追いかけてきた。
「おいで〜」
「キャー!!!!」
そして芽衣は、鈴をおいて全力疾走で出口に向かって走っていってしまった。
「め、芽衣!! おいて行かないで!!」
「おいでとか言ってそっちから来てんじゃん!! さいなら!!」
「おいで〜」
「く、来るなー!(腰抜かして立てない!どうしよう!)」
鈴が今にも泣きだしそうな時、お化け役の女性が普通に話しかけてきた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「出口まで案内しますよ」
「あ、ありがとうございます」
お化け役の女性と鈴は、手を繋いで出口に向かった。
(怖いけど、結局人間がやってるんだもんね。それにこの人優しいし‥‥‥ダ、ダメ、顔は怖い。手も冷たいし、あまり見ないようにしよう)
「ここが出口ですよ」
「あ、ありがとうございます!」
「またね‥‥‥」
鈴が外に出ると、息を切らせた芽衣が待っていた。
「芽衣! 置いていくなんて酷い!」
「ごめんごめん。それにしても、よく一人で出てこれたね」
「あの『おいで〜』とか言ってた血まみれの女の人が出口までついてきてくれた! 普通に優しい人だった!」
すると、出口に立っていた遊園地のスタッフが不思議そうに言った。
「おかしいな。このお化け屋敷に喋る演出とかないし、女性のお化け役はいないよ? お化け屋敷って言ってるけど、出てくるのは男のゾンビだけだし」
二人は青ざめ、言葉を失ってしまった。
***
その頃学校では‥‥‥
僕は結菜さんに呼び出され、トイレに来ている。
「今日も写真ですか?」
「いいえ」
結菜さんは壁ドンし、僕の耳元で囁いた。
「鈴さんとのデートは楽しかったですか?」
「デ、デート!?」
「はい、鈴さんにぬいぐるみを取ってあげたのでしょ?」
「そ、それは‥‥‥」
結菜さんの目つきが変わった‥‥‥。
「浮気ですか? 浮気ですよね。そうですよね? 許せませんね」
「あれは、あと一回で取れそうなのに、鈴さんお金使い切っちゃったみたいで‥‥‥」
「だからって私以外の女性にぬいぐるみを?」
「ご、ごめんなさい‥‥‥」
「下着追加ですね」
「そ、それなんだけど、生活にも支障が出るし、もうやめてほしいな‥‥‥なんて‥‥‥」
「それでは、他にどんな罰を受けますか? 輝久君が決めていいですよ?」
「できればなにも‥‥‥」
「それはダメです。どんな罰を受けたいか自分の口からお願いするんです。ご主人様に自分から躾けてくださいとお願いするんです」
「‥‥‥」
考えろ‥‥‥考えろ!それもめちゃくちゃ軽い罰を!多分今の結菜さんは、僕からお願いすることを一番優先的に求めている。
軽い罰でも僕からお願いすればなんとかなる!
‥‥‥フハハハハ!!閃いたぞ!!
「毎日結菜さんのパンツを見ます!」
「は、はい!?」
「女性のパンツを見るなんて‥‥‥僕は死ぬほど恥ずかしくて、耐え切れるか分かりません。僕にとってはキツイ罰です‥‥‥」
「わ、分かりました」
計画通り!!
「そ、それでは、今日の罰です‥‥‥しゃがみなさい」
恥じらいながらパンツを見せようとする結菜さん‥‥‥これは‥‥‥芸術だ!!
結菜さんは恥じらいながらもスカートの中に僕の頭を入れた。
「ど、どうですか?」
「こ、これはとんでもない罰です」
「そ、そうですか。輝久君は毎日と言いました。これから毎日見せますから覚悟してください」
「はい!!」
***
学校のトイレでそんなことが行われているとは知らない芽衣は、おみあげコーナーで、ある物を見つけていた。
「これ、まだ売ってたんだ」
「どれ?」
「ウサギのストラップ。あの時、鈴へのおみあげとして買ったのと同じ」
「そ、そうなんだ」
「私、ちょっといろいろ見たいから別行動しよ」
「う、うん、わかった」
二人は店内で別行動を始め、芽衣はそのストラップを鈴の目を盗み、こっそり購入した。
そしてしばらくして、二人は店内で合流し、休憩できる外のベンチにやってきた。
「今日は楽しかった! あ‥‥‥」
二人は同時に同じことを言ってしまい、気まずく顔を逸らしてしまった。
「す、鈴に渡したいものがあるんだ」
「なに?」
「はい、これ」
芽衣は、こっそり買ったウサギのストラップを渡した。
「これ‥‥‥」
「こ、これで仲直りだからね」
鈴はウサギのストラップを握りしめて、静かに泣き出してしまった。
「な、なに泣いてんの!? 私が泣かせたみたいじゃん!」
「嬉しくて‥‥‥それに、私も芽衣になにか買えばよかった」
「私はいいよ! 今日の思い出を宝物にする」
鈴は涙を拭いて、真顔で芽衣を見つめる。
「なにカッコいいこと言ってるの?」
「そういうこと言わなくていいから」
「あとさ、写真消しちゃってごめんね‥‥‥」
「ん?」
「彼氏との写真」
「彼氏?」
「輝久君と付き合ってるんでしょ?」
「え!? 付き合ってないよ!」
「え!? それじゃあの待ち受けはなに!?」
「あれはただの思い出。本当に付き合ってないよ」
「そうなんだ(そっか、輝久君と芽衣は、なんでもないんだ)まだ帰るまで時間あるし、乗れる乗り物乗り尽くしちゃおっか!」
「うん! 鈴は何乗りたい?」
「ジェットコースター!」
「ま、まぁいいけど」
「苦手なの?」
「余裕だし、行くよ」
その日、芽衣は何度か白目を剥きながらも、絶叫系を耐え抜いた。
***
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