謝罪と嬉し涙

今僕は、結菜さんの部屋で正座をしている。

正座しろと言われたわけじゃないけど、謎の緊張感があり、自然と正座になってしまった。


「もっとくつろいでください」

「あ、はい」


結菜さんは僕の目の前に正座した。

ち、近い‥‥‥。


「輝久君」

「は、はい!」

「別れてください」

「え?」

「って言ったら、悲しいですか? 辛いですか?」

「あ、当たり前だよ‥‥‥」

「輝久君が芽衣さんにしたキス、私は‥‥‥言葉ではなく、行動で別れを言われたような気がしました」

「ごめんなさい‥‥‥」

「あの時の輝久君の気持ち、聞かせてください」


素直に話していいのかな‥‥‥言ったら、本当に振られてしまうかもしれない‥‥‥でも、ここで嘘をつくのは本当に最低だ。


「冷静に聞いてくれますか?」

「努力します」

「えっと‥‥‥デート一日目とニ日目、美波さんと真菜さんからキスされたんです」


結菜さんは自分の太ももに置いた手を、グッと握りしめ、さらに緊張が走る。


「それで?」

「それで、三日目に芽衣さんが唇にキスしちゃダメかって聞いてきて、ニ日連続で結菜さん以外の人とキスをして、なんかもう、どうにでもなれって思ってしちゃったんです。してすぐに、結菜さんのことが頭に浮かんで、罪悪感が押し寄せてきて‥‥‥でも、三人は反省してました。僕も反省してます」

「そうですか。私‥‥‥もう一度輝久君を信じてもいいでしょうか」

「もちろん! もう結菜さんを裏切るようなことはしない!」

「分かりました。それでは、ここで少し待っていてください」

「う、うん」


結菜さんは部屋から出て行き、しばらくして大量の下着を持って戻ってきた。


「な、なんですかその下着!」

「七月まで輝久君が身に付ける下着です」

「はい!?」

「約束したじゃないですか。私が嫉妬するようなことをしたら、一週間私の下着を身に付けて生活すると」

「そ、そうだけど、まだ五月だよ!?」


「今回のことは重罪です。それくらいの期間身に付けてもらわないと困ります。それに、女性物下着を身に付けていれば浮気防止にもなりますし、さぁ、とりあえず今日の分です、着てください」


ピンク‥‥‥しかもブラも!?


「本当に着なきゃダメですか?」

「当然です。後ろを向いてますので、着けたら言ってください。制服はまだ着ないでくださいね」


僕は絶望感と、しょうがないという気持ちで結菜さんの下着を身につけた。


「き着ました‥‥‥」


すると結菜さんは僕を見て、嬉しそうに写真を撮りだした。


「輝久君♡ 可愛いです♡ 似合ってます♡」

「あまり撮らないでください!」

「毎日違う下着を着けれるように、沢山を用意したので毎日被らないように着てくださいね♡」

「はい‥‥‥」


パンツはピチピチだし、ブラはなんか違和感が凄い‥‥‥。


「あと、もう一つ約束してください」

「な、なに?」

「身につけた下着は洗わないで返してくださいね♡」


出た、結菜さんの性癖‥‥‥。


僕は結菜さんの下着を身につけたまま、大量の下着をリュックに詰めて帰宅した。

まぁ、洗わなくていいのは、親にバレなくて済むし助かるか。





翌日、僕は黄色いブラとパンツを着けて学校に向かった。

バレるはずないのに、バレてるんじゃないかって不安で、皆んなに見られてる気がする‥‥‥。

女性物下着を身につけるだけで、こんなに生きにくい世界になってしまうのか!!


教室に入ると、珍しく結菜さんはまだ教室に来ていなかった。


そして、芽衣さんと美波さんと真菜さんが僕に近づき、芽衣さんが心配そうに話しかけてきた。


「昨日大丈夫だった? ちゃんと仲直りした? 別れたりしてないよね?」

「う、うん! 大丈夫!」


あまり近づかれると下着のことがバレるんじゃないかって不安になる。

三人は安心したように柚木さんに早く会いたいとか、早く放課後にならないかなみたいな話しを始めた。



***



その頃結菜は、本校舎の裏庭に愛梨を呼び出していた。


「結菜先輩? なんで嬉しそうなんですか? 今日はなんで私を?」


結菜は愛梨の手を握った。


「な、なな、なんですか!? ‥‥‥結菜先輩?」

「柚木さんが目を覚ましました」


結菜のその言葉を聞いて、愛梨は驚いた表情のまま何も言わずに結菜を見つめた。


「小指の絆創膏、愛梨さんが教えてくれたこのおまじないが効いたのかもしれませんね」


何も言わずに涙を流す愛梨を、結菜は優しく抱きしめた。


「貴方の罪悪感は救われましたか?」

「まだ‥‥‥分からないです‥‥‥」

「ちゃんと謝れる機会があるというのは幸せなことです」


愛梨は結菜に抱きつきながら、声を出して泣きじゃくった‥‥‥。



***



しばらくすると、結菜さんから電話で男子トイレに呼び出しを受け、すぐに男子トイレにやってくると、結菜さんは携帯を構えて笑顔で言った。


「さぁ、脱いでください♡ 今日の撮影会です♡」

「一樹君が入ってきたらどうするの!?」

「大丈夫です♡」

「なにが!?」

「早くしないと授業始まっちゃいます!」


もう、脱げばいいんでしょ脱げば!


僕が制服を脱ぐと、結菜さんは嬉しそうに写真を撮り始めた。


「あの、ブラだけでも無しにしてくれない?」

「どうしてですか?」

「変な膨らみができて、これじゃ体育の時とかバレちゃうよ」

「それもそうですね、明日からパンツだけでいいですよ」


あぁ、なんかそれだけで凄い嬉しい。

地獄のような撮影会も終わり、二人で教室に戻ってすぐに、莉子先生が教室に入ってきた。


「みんなー!!!!」


え、なに、うるさ。


「もう知ってる人もいるみたいだけど、柚木さんが目を覚ましたって! 私は今日、大事な会議があるから会いに行けないんだけど、行ける人は行ってあげてね!」


一樹君、驚かないってことは芽衣さんとかに聞いたのかな、皆んな早く柚木さんに会いたくてうずうずしてる感じだ。もちろん僕もだけど。





そして放課後、皆んなで柚木さんの元へやってきた。

病室に入り、柚木さんが起き上がってるのを見た皆んなは、嬉しそうに柚木さんの名前を呼んだ。


すると、柚木さんは嬉しそうに僕達の方を振り返り、

結菜さんが心配そうに柚木さんに近づいた。


「柚木さん、もう起き上がって大丈夫なんですか? 無理しないでくださいね」

「もう大丈夫! それよりさ、私、なんでこうなってるのか全然分からないの。早く退院しないとクリスマスパーティーに参加できなくなっちゃう!」


全員言葉を失った‥‥‥。

柚木さんは十一月の事故の時から、どれだけ眠っていたのか知らないんだ。


誰もなにも言えないでいると、結菜さんが優しく柚木さんの手を握り、穏やかな表情で柚木さんを見つめた。


「柚木さん‥‥‥貴方は事故に巻き込まれて、約六ヶ月間も眠っていたの」

「‥‥‥え? 今‥‥‥何月?」

「‥‥‥五月です」

「そ、そっか‥‥‥」


柚木は、結菜の手の平に傷があることに気づいた。


「結菜、この傷どうしたの?」

「柚木さんが眠っている間にいろいろありまして」


結菜の手には、沙里のカッターを握りしめた時にできた傷が跡になって残ってしまっていた。


「傷のことより柚木さん、これからは沢山思い出を作りましょうね。今年はクリスマスパーティーも必ずやりましょう」

「うん、絶対!」


柚木さんは笑顔だった。

ちゃんと現実を受け入れたのだろう。


安心していると、柚木さんが僕の体を不思議そうに見つめてきた。


「輝久、なんか太った? 胸膨らんでる気がする」

「え!? あ、最近太ってきてさ! 明日から走り込みだね!」

「男なのに胸? 輝久君は本当にダメだなー‥‥‥萎んだ!?」


一樹君が僕の胸を、いや、ブラをつまんできた。

あー、終わった、人生詰んだ。


その時、病室に愛梨さんが入ってきて、皆んなが愛梨さんに注目した。

ナイスタイミングだ。


すると愛梨さんは柚木さんを見つめ、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい‥‥‥柚木先輩が事故にあった時、私はその車に乗っていました。私の運転手が事故を起こしたばっかりに、柚木先輩をこんな目に合わせてしまい、本当にごめんなさい‥‥‥」

「‥‥‥い、いいよ。私もよく分かってないし、愛梨は車に乗ってただけなんだし」


愛梨さんが車に乗っていたという事実に全員が驚いたが、愛梨さんを責める人は一人もいなかった。



***

結菜は何も言わず、愛梨の謝罪を聞いて安心していた。


(きっと、今の今まで愛梨さんも辛かったでしょうね。愛梨さんもなんだか気まずそうですし、話を変えてあげましょう)

「そういえば愛梨さん、髪はもう下ろさないのですか?」

「はい、結菜先輩に褒められたのは嬉しかったのですが、なんだか恥ずかしいですし、結んでないと気が引き締まらないので」

「そうですか。たまには下ろした髪も見せてくださいね」

「はい! それでは、今日はこれで失礼します。柚木先輩、早く学校に戻れることを願っています」

「ありがとう!」



***



愛梨さんが帰ると、美波さんがニヤニヤしながら言った。


「結菜は優しいね〜、わざと話変えちゃって〜」

「そんなつもりはありません」

「またまた、そんなこと言っちゃって〜」

「ちょっと黙っててください、貧乳」

「なっ!? 大きくなるもん!!」


結菜さんと美波さんの会話で、病室内が笑顔に包まれた。

そのあと、皆んなで柚木さんとたくさん話をして話しているうちに、あっという間に帰る時間になってしまった。


柚木さんが目覚めたことへの嬉しさと感動、これから皆んなでしたいこと、柚木さんが眠っている間にあった出来事を話して、何だかんだニ時間が一瞬だった。

そのニ時間は、すごく楽しくて幸せなニ時間だった。


「僕、そろそろ帰らないと」


僕が帰ろうとすると、柚木さんは子供みたいな反応をした。


「えー、もう帰るの? もっと話そうよ〜、寂しい〜!」


すると結菜さんも立ち上がり、優しい表情で柚木さんを見つめた。


「寂しいですけど、柚木さんはまだ、しっかり休むべきだわ。私達もそろそろ帰りましょう」


結局帰っていく僕達を柚木さんは、寂しそうな眼差しをして不機嫌そうに頬を膨らませて見送った。


帰り道の途中、真菜さんが嬉しそうに話しだした。


「本当に元気そうで良かったね! 柚木ちゃんが退院したらさ、お祝いにパーティーしようよ!」


結菜さんも嬉しそうに言った。


「賛成です! ね? 輝久君も賛成ですよね?」

「はい! 一生思い出に残るパーティーにしよう!」

「おー!!」


そして何故か、芽衣さんが急に泣き出してしまい、結菜さんが心配したように背中をさすり始めた。


「どうしたんですか?」

「ずっと我慢してたの。柚木の前では泣かないって、本当に嬉しくてさ‥‥‥それに、安心して涙が」


我慢していたのは皆んなも同じだった。

自分の感情を素直に出した芽衣さんを見た全員、その場で静かに嬉し涙を流した。



***



その頃柚木も、病室のベッドで一人で泣いていた。


(私、六ヶ月も眠ってたんだ。皆んなとしたいこと沢山あったのに‥‥‥ 一人にしないでよ‥‥‥皆んな戻ってきてよ‥‥‥)



柚木が一人で泣いていることを知らない結菜は、家に着くと、すぐに柚木にメッセージを送った。


『明日も会いに行きます。いっぱい話しましょうね』


柚木はそのメッセージを見て、静かに涙を拭いた。



***

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