修復と目覚め

あれから一日中結菜さんと話すことはなく、放課後も結菜さんは僕に声をかけずに帰ってしまった。


すると、芽衣さんと美波さんは、同時に僕に声をかけてきた。


「輝久!」


僕が返事をする前に、真菜さんが勢いよく僕を抱きしめる。


「輝久君!」

「なんですか!?」

「一緒に帰ろ!」


美波さんは真菜さんの制服を引っ張って、真菜さんを僕の体から無理矢理離した。


「輝久は私と帰るの! 約束してたんだから!」

「え、約束なんてしてないですけど!」

「話し合わせてよ!」


そして芽衣さんは、僕の手を引っ張って教室から出た。


「輝久は私と帰るの!」

「ちょっと芽衣さん!?」



***



教室に残された美波と真菜は、目を合わせながら、静かな声で言った。


「お姉ちゃん」

「真菜、邪魔者は?」

「お掃除しなきゃね」


その会話を聞いた一樹は、急いで教室から出ようとしたが、その時、真菜に呼び止められてしまった。


「一樹君」

「は、はい!」

「聞いてた?」

「え、携帯に夢中でなにも‥‥‥」


真菜は笑みを浮かべ、淑やかな口調で言った。


「よかった。一樹君までお掃除しないといけないかと思った」


一樹は慌てて逃げるように教室を出た。

そして、M組の廊下を走ってる時、手を繋いでいる輝久と芽衣とすれ違った。


「輝久君! 芽衣さん! さよなら!」



***



一樹君は恐ろしいなにかから逃げるように帰っていった。


「一樹君どうしたんですかね」

「なんだろうね。それよりさ、輝久と結菜は別れたってことでいいんだよね?」

「え?」


あれは別れたことになるのか‥‥‥。

もう話しかけないでって言われたしな‥‥‥別れたく‥‥‥ないな。


「あれ? 愛梨と沙里だ」

「愛梨さん! 立て直しありがとうございます!」


愛梨さんと沙里さんがM組の校舎に入ってきて、愛梨さんは僕の目の前に立つと、急に本気でビンタをしてきた。


「こういうことですか」


なんで今、僕はビンタされたんだ?


すると芽衣さんは、愛梨さんの胸ぐらを掴んだ。


「輝久に何すんの!?」


沙里さんは芽衣さんを睨みながら、芽衣さんの首元にカッターを突き立てた。


「愛梨から離れて」


芽衣さんは素直に、愛梨さんからゆっくり手を離して一歩下がる。

すると愛梨さんは、唖然としている僕の胸ぐらを掴んで言った。


「結菜先輩が泣きながらM組の校舎から出てきたので、少し話を聞きました」

「な、なんで泣いてたんですか?」

「輝久先輩、貴方は‥‥‥」


愛梨さんが何か言おうとした時、沙里さんが僕の足を思いっきり踏みつけて睨みつけてきた。


「い、痛いです!」

「結菜は泣くほど痛かったんだよ。どんな気持ちで三人とのデートを我慢したと思う? どんな気持ちで輝久から距離を置いたと思う? 分からないお前はクソ野郎だ!!!!」


沙里さんは珍しく感情を剥き出しにして、大声で僕を怒り始めた。


「だって、いきなり話しかけないでとか言われて、なんにも分かるはずないじゃないですか!」

「信じてたんだ! 友達のことも! 輝久のことも! だから不安でも嫌でもデートを許したんだ! なのに輝久は!!」


愛梨さんは沙里さんの手を優しく引いて、沙里さんを落ち着かせた。


「輝久先輩、貴方は結菜先輩に相応しくないです。結菜先輩と友達ごっこをしていた芽衣先輩、もしくは教室の入り口からこちらを見ている美波先輩か真菜先輩とでも付き合っていたらいいです。私は皆さんのことを、もっと素敵な方々だと思っていました。ガッカリです」


ゆっくりと帰っていく二人の後ろ姿に、芽衣さんは少し震えた声で言った。


「友達ごっこなんかじゃない」


愛梨さんはこちらを振り向くことなく、背中を向けたまま言った。


「友達ごっこでしょ? 結菜先輩が輝久先輩から距離を置いた矢先、結菜先輩の気持ちを考えもせずにお手手繋いで下校しちゃうぐらいですもんね」

「本当に友達だと思ってる。大切だと思ってる!」

「だったらやるべきことがありますよね」

(やるべきこと‥‥‥結菜に謝らなきゃ。違う、私が輝久を諦める。嫌だ‥‥‥どうしたらいいの‥‥‥)



***



美波と真菜は、教室から顔を出しながら小さな声で言った。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんは結菜ちゃんのこと友達だと思う?」

「思うよ」

「大切だと思ってる?」

「思ってる」

「芽衣ちゃんのことは?」

「友達だし、大切」


二人は教室に顔を引っ込めた。


「真菜、さっきは自分達の感情で、芽衣を傷つけようとした」

「うん」

「まだ何もしてないけど、悪いことしようとしただけで私達って最低だよね」

「そうだね」


二人は目を合わせて声を合わせで言った。


「せーの!」


二人は同時に、お互いの頬にビンタをした。


「お姉ちゃん! 痛すぎ!」

「真菜だって本気だったじゃん!」


二人は顔を見合わせ、ニコッと笑った後、堂々と教室から出て、美波が愛梨達を指差した。


「後輩!! なに先輩に説教してんだ! 生意気だぞ!」

「そうだそうだ! お姉ちゃんの言う通りだ!」

「私達は結菜の友達だ!」

「友達だー!!」


二人は愛梨と沙里に飛び蹴りしようと走り出す。


「おりゃー!!!! とう!!」


愛梨と沙里は普通にそれを避け、二人は背中から床に落ちてしまった。

美波は痛そうに腰を押さえながら言った。


「なんで避けるの!!」

「普通避けますよね」

「こうなったら輝久! 芽衣! 私達はいいから早く行って! 早く!!」

「あの、先輩、二人が残っても私達はなにもしませんよ」


真菜は小声で愛梨に言った。


「お姉ちゃんはカッコつけたいの、空気読んであげて」

(空気読むって、この場合どうしたらいいんでしょう)

「輝久! 早く!」

「行けってどこにですか!?」

「結菜のとこに決まってるでしょ!」




***



僕が芽衣さんを見ると、芽衣さんは静かに頷いた。

そして、二人で結菜さんの元へ走り出した。


「芽衣さん! 前にもこうやって、一緒に走りながら学校を出たことがありましたね!」

「懐かしいね!」

「僕はあの頃、本当に芽衣さんを女性として好きでした! 今は結菜さんのことが好きですけど、友達として今も芽衣さんが好きです! 結菜さんを大切に思ってくれる芽衣さんが好きです!」

「私も輝久が好き! でも私は、友達としてじゃなく、男として好き! どうしようもないくらい好き!」

「ありがとうございます!」

「来世の予約! 生まれ変わったら、次は私と付き合って!」

「前向きに考えておきます!」

「もう! そこは嘘でもOK出しとけばいいの!」

「それじゃ、喜んで!」

「この嘘つき!」

「え!? なんで!?」

「あはは、なんか全部スッキリした! 私が輝久を好きって気持ちは一生変わらないから、私が輝久を好きってこと、一生忘れないで!」

「もちろんです!」

「それは本当? 嘘?」

「これは本当です!」

「これはってことは、やっぱりさっきのは嘘だったんだ!」


その時、後ろから美波さんと真菜さんが全力で砂埃を立てて走ってきた。


「止まれー!!」


美波さんのその声に、僕達は足を止めた。


「私達も行く!」

「私達も結菜ちゃんに謝らなきゃ!」


芽衣さんが申し訳なさそうな表情をして言った。


「私があの勝負を仕掛けたんだから、私の責任!」

「私は輝久にキスしたの! だから、謝らなきゃ!」


真菜さんがビックリした様子で美波を見つめる。


「お姉ちゃんも!?」

「真菜!? なにその反応! もしかして真菜もなの!?」


すると、芽衣さんが謎に二人と張り合い始めた。


「私なんて、輝久の方からされたもんね!」


やば‥‥‥嫌な汗かいてきた。


「さ、三人共、睨み合うのはその辺にしましょ」


え、なんか三人の鋭い目つきが僕に向けられたんだけど‥‥‥逃げよ!


僕は三人を置いて、結菜さんの家に全力で走った。

すると、三人は全力で追いかけてきて‥‥‥って、美波さん足早すぎ!


「輝久! 誰とでもキスしやがって! 私はもう怒った! もう一回キスさせろー!」

「はい!? 状況が悪化するのでやめてください!」

「うるさーい!!」


結局僕達四人は、結菜さんの家の前で倒れ込むほどバテバテになってしまった。

そんな僕達に気づいた宮川さんが外に出てきて、結菜さんがいるか宮川さんに聞くと、結菜さんはまだ帰っていないみたいで、外で結菜さんの帰りを待つことにした。



***



数十分前のこと。

結菜はいつものように柚木に会いに来ていた。


「柚木さん、私‥‥‥輝久君に酷いことを言ってしまいました‥‥‥もう取り返しがつかないかもしれません。柚木さんならこういう時どうしますか? 起きて教えてください‥‥‥え‥‥‥?」


その時、柚木の目が薄っすらと開いた。

それを結菜は慌ててナースコールを押し、柚木に声をかけた。


「柚木さん! 結菜です! 聞こえますか? 柚木さん!」


慌てて看護師さんが駆けつけると、状況を見て、急いで先生を呼んだ。


「先生!」


それからすぐに先生が駆けつけて、柚木さんの状態の確認を始めた。


「柚木さん! 聞こえるかい? 聞こえてたら二回瞬きをしてみて」


柚木は二回連続で、ゆっくりと瞬きをした。


「今すぐご家族に連絡して!」

「はい!」


結菜は不安そうに先生に聞いた。


「柚木さんは? 柚木さんはどうなったんですか?」

「意識を取り戻したんだ! 名前を呼んであげて! できるだけ何度も!」


結菜は大粒の涙を流しながら、柚木の手を握り、名前を呼んだ。


「柚木さん‥‥‥柚木さん!」


結菜は我慢できずに柚木に抱きつき、名前を呼ぶことができないほど嬉し泣きが止まらなかった。


それからしばらくして、柚木のお婆さんとお爺さんが駆けつけ、二人は泣きながら柚木の名前を呼んだ。


「柚木ちゃん!」

「柚木!」


そして、先生は状況の説明を始めた。


「意識は戻っていますが、体力低下、もしくは後遺症などで、喋れる状態ではありません」


その時、かすれた声で柚木が喋った。


「お婆ちゃん、お爺ちゃん」

「柚木! 喋れるか? 無理するな、大丈夫だからな」


お爺さんが優しく声をかけ、結菜は久しぶりの柚木の声に、また泣き出してしまった。

まさか喋れると思っていなかった先生も、驚きを隠せない様子だ。

そして、お婆さんが結菜がいることを柚木に伝えた。


「柚木ちゃん、お友達もいるわよ」

「柚木さん、私が分かりますか?」

「‥‥‥結菜?」


結菜は泣きながらも優しい表情で言った。


「本当に‥‥‥起きるのが遅いですよ‥‥‥」

「あれは‥‥‥夢かな‥‥‥夢の中で‥‥‥」

「柚木さん? なんですか?」

「夢の中で‥‥‥結菜の声が聞こえた気がした‥‥‥」

「どんな声でした?」

「結菜は泣いてた‥‥‥死なないでって‥‥‥」


その場にいた全員が驚いた。

その言葉は、柚木の心臓が止まった時、結菜が泣きながら叫んだ言葉だったのだ。

そして柚木はまた静かに目を閉じた。


「柚木さん? 柚木さん!」


先生が柚木の状態を確認した。


「眠っているだけです。お爺さん、お婆さん、そしてお友達も、本当におめでとうございます。まだ何が起きるか分かりませんが、ひとまず安心です」


すると、お婆さんが不安そうに口を開いた。


「柚木ちゃんはこれからどうなるんですか?」

「リハビリをしながら、後遺症などがないかを調べます。問題がなくて、柚木さんの頑張り次第では、早くて来月には学校に戻れるかと」


その場にいた全員が安心し、結菜は帰り、また明日来ることにした。


そして病院を出て、柚木のことを輝久に伝えようと携帯を開いた。


(あ‥‥‥輝久君とは、もう‥‥‥)


そっと携帯をポケットにしまい、家の前まで行くと、そこには四人が立っているのを見つけた。



***



「皆さん、なぜここに?」

「結菜さん! 話があるんだ! その‥‥‥ごめ」

「ごめんなさい!」


僕が謝る前に、結菜さんは頭を下げて謝ってきた。


「ゆ、結菜さんが謝ることじゃ‥‥‥」

「いきなり輝久君を避けてしまったこと、反省しています‥‥‥」

「私もごめん! あんな条件の勝負して、結菜の気持ちも考えないで‥‥‥」

「ごめんなさい!」


結菜さんは俯いた後、笑顔で僕達を見つめた。


「仲直りですね!」


その言葉に全員が笑顔になり、その場は明るい雰囲気で包まれた。


「それと、柚木さんが目を覚ましました」

「本当!?」

「はい! 明日、皆んなで会いに行きましょう!」

「うん!!」


和解も済んで、皆んなが帰ろうとした時、結菜さんは僕を呼び止めた。


「輝久君とは話があります。少し残ってください」

「いいけど」


美波さんが僕達を見ていった。


「それじゃ、私達は先帰るね!」


三人は先に帰り、僕は結菜さんの部屋に招かれた。

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