初めてをあげる

「輝久ー! お待たせ!」

「おはようございます」

「電話繋がらないからビックリしたよ! メッセージは帰ってきたから良かったけど」


結菜さんが皆んなの番号を着信拒否したこと、すっかり忘れてた。


そして今日は美波さんとデートの日。

僕の家の前で待ち合わせをして、今から室内プールに行くところだ。


美波さんは、少しブカブカの赤いパーカーを着ていて、彼氏の私服を着た彼女みたいになっていてとても可愛い。


「輝久、ちゃんと水着持った?」

「持ちましたよ!」

「よし! それじゃ行こう!」


二人でバスに乗り、プールに向かい始めた。


「今日は結菜の彼氏じゃなくて、私の彼氏だからね? 今日だけは恋人だからね!」

「わ、分かりました」

「敬語やめよ?」

「わ、わかった」


美波さんは嬉しそうに、少し頬を赤らめてニコッと笑みを浮かべて僕を見た。

その時、僕の携帯に結菜さんからメッセージが届いた。


『見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ』


怖いよ‥‥‥なんか目がチカチカするし。って、どこで見てるの!?


バスの中を見渡しても、結菜さんの姿はない。



***



結菜は宮川に頼んで、街中、そしてバスの中にも監視カメラをつけていた。

監視カメラの映像は、結菜の家のモニターに全て映し出されている。


監視カメラが多すぎて、当然モニターの数もかなりの量になり、結菜の家は今、海外の凄い組織の基地のようになっていた。



***



バスの中で、美波さんは僕の手を握ったその瞬間、また結菜さんからメッセージが届いた。


『 』


なにも書いてない‥‥‥逆に物凄い恐怖を感じる。





プールに着いて水着に着替え、プールがある室内に入ると、ゴールデンウィークということもあり、沢山のカップルが幸せそうにはしゃいでいる。


「他の女の胸ばっかり見て、興奮してるんでしょ」

「いたの!?」


美波さんは赤い水着を着て、いつかのまにか僕の真後ろに立っていた。


「なにその反応! やっぱり胸見てたんだ」

「ち、違うよ! カップルいっぱいいるなと思っただけ!」


そう言うと、美波さんは笑顔で僕の腕に抱きついてきだが‥‥‥うわー、ぺったんこだ。


「なに言ってんの! 私達も今日はカップルだよ!」

「ちょっと!?」


美波さんは、突然僕の腕を引っ張って、無理矢理プールに飛び込んだ。


「わーい! 冷たい!」

「飛び込みはやめてくださーい」

「美波さん、怒られてますよ」

「次から気をつける! あの滝の所行こ!」


美波さんが指さす方を見ると、すごいリアルな滝があり、子供達が滝に当たって楽しんでいた。

室内プールで滝を作るなんて凄いな。


「(なにこれ! 今すごい幸せ! すごい楽しい! 今日は輝久と恋人同士。いっぱいイチャイチャしても問題ない! 最高!)見て見て! 修行してる人の真似する!」

「わー、すごい。修行だー」

「なにその適当な反応!」

「み、美波さん!!」


美波さんは滝に打たれ、上の水着がズレ落ちてきていた。


「なに?」

「水着!!」


美波さんが気づいた時には遅く、完全に水着が外れてしまったが、僕は水着を掴み、とっさに美波さんに抱きついた。


上半身が直で密着し、美波さんは顔が真っ赤になってしまった。


「動かないでください。周りにはバレてないので、僕が水着を着させます」


美波さんの背中で、しっかり紐を結び、胸の部分に合わせて水着を下げると「んっ♡」と美波さんは変な声を出した。


ん?なんか今、コリッて‥‥‥。


「これで大丈夫です!」

「こ、恋人だからって、こんな場所で触るのはルール違反!」

「な、なにが!?」

「い、言わせないで! と、とりあえず唐揚げでも食べようか‥‥‥」

「そうだね!」


美波さんと唐揚げを食べ、一緒にウォータースライダーに乗ったり、なんだかんだプールデートを満喫している。



***



その頃結菜は、監視カメラのモニターを無表情で見つめながら、ただひたすら包丁を研いでいた。



***



僕達はプールで遊び尽くし、私服に着替えて外に出た。


「楽しかったね!」

「本当!? 私も楽しかった!」

「よかったです! それじゃ、今日はこれで解散ですかね」

「なんで? 恋人なのは今日一日ずっとなんだよ? お泊まりしたって悪くないんだし‥‥‥ダメ‥‥‥かな‥‥‥」

「だ、だ、ダメですよ! 僕には結菜さんがいますし‥‥‥」


一瞬で美波さんの表情が変わった。

どこか冷たく、どこか怒りを感じる表情だ。


「ねぇ、輝久? 今日は私と付き合ってるんだよ? なんで結菜の名前が出てくるの? 今日は私だけ見てればいいの。私のことだけ考えて、私をいっぱい愛せばいいの。違うかな、ねぇ輝久? 私間違ってるかな。ねぇねぇ」

「ぼ、僕が間違ってました」

「そうだよね。次他の女の名前出したら、喋れないように唇を縫ってあげるから。あっ、私と輝久の唇を繋げて縫えばいいんだ。そうすればキスしたまま、ずーっと一緒だもんね」

「も、もう言わないから!」


そして、美波さんの表情が少し悲しげになったと思ったら、次は急にキスをしてきた。


「ん!?」

「私とキスしたくなかった?」

「え、えっと」

「今日は恋人だから、キスだってし放題。でも、今日が終わったら‥‥‥きっともう、二度とできない。結菜のためにもしちゃいけない。だから今日だけ、今日だけはワガママでも許してよ。今日だけは世界で一番愛してよ」


美波さんも、しっかり結菜さんのことを考えているんだ。それでもずっと僕を好きでいてくれている。

腹をくくらなきゃ。


「美波さん」

「なに?」

「す、す、寿司でも食べます?」


あー!!

全然腹くくれない!!演技でも結菜さんへの罪悪感がー!!


「え? 唐揚げ食べたから今は食べなくていいけど」

「だ、だよねー」


罪悪感はあるけど、なんでかな。

なんでか分からないけど、今の美波さんに好きって言ってあげなきゃいけない気がするんだ。


「美波さん」

「ん?」

「す、すー、す、すべらない話してください」

「いいよ!」


わー!また言えなかったー!ん?いいの?


「靴でコンクリートの上はー」


美波さんはコンクリートの上をザザッと一瞬滑り、手を広げた。


「滑らなーい!」


わー、すごい、こんなにスベる人初めて見た。

まぁ、なんか美波さんも機嫌直ってるみたいだし、無理に言わなくてもいいか。



***



その頃結菜は。


「宮川さん、私、柚木さんのとこに行くので、輝久君を見失わないように監視していてください」

「かしこましました!」



***



「輝久がいつも寝てるベットだー! ふかふか♡」


結局僕の家に泊まることになってしまった‥‥‥。


「本当にただ寝るだけだからね」

「分かってるって!」


ご飯もお風呂も済ませて、ゲームをしている間に遅い時間になってしまった。

僕は美波さんと同じベットに入り、早く寝てしまおうとしたその時、美波さんは僕に抱きつき、僕が逃げないように頭を押さえながら舌を絡めてキスをしてきた。


「ん!?」


これだけ密着していると、美波さんの体温が上がっているのが分かる。


「もっと‥‥‥もっとしよ」


それからキスは続き、結菜さんへの罪悪感が薄れてきてしまった。僕は最低だ。


「輝久、好き、好きだよ」


美波さんは僕を好きと言いながら、何回もキスを繰り返した。


「僕も好きです」

「やっと言ってくれた」

「はい」

「明日から、またただの友達なんて嫌だ‥‥‥輝久は結菜じゃなきゃダメなの? 私じゃダメなの?」

「美波さん‥‥‥今日は寝ましょう‥‥‥」


美波さんは僕の上に乗っかり、僕の腕を押さつけた。


「結菜とはもうしたの?」

「な、なにがですか?」

「その、そういうこと‥‥‥」

「まだだけど‥‥‥」

「そっか、輝久に私の初めてあげる」

「な、なに言ってるんですか!」

「今日は恋人なんだから。輝久は彼女の誘い断るの? 上手くできないかもしれないけど、私頑張るから‥‥‥」

「美波さん!?」


美波さんが僕のズボンを半分下ろした時、美波さんの携帯が鳴った。

そして美波さんは、すごい切ない表情をしてベッドから出て、僕に背中を向ける。


「アラームが鳴り止む前に、もう一回言って。好きって‥‥‥お願い」

「す、好きです」

「名前呼びながら、ちゃんと」

「美波さん、好きです」


美波さんは静かに携帯のアラームを止めた。


「美波さん? 急にどうしたんですか?」

「今のアラームは、ゼロ時を知らせるアラームなの。だから安心して! 私と輝久はただの友達だよ!」


何故だろう。失恋したような喪失感と、嫌な胸の騒めきがあった。


「私は床で寝るから」

「敷布団で良ければありますよ? 僕が敷布団で寝るので、美波さんはベットで寝てください」

「ありがとう」



***



美波は輝久に気づかれないように、輝久のベットの中で泣き続けた。


(こんな辛いなら、あんな勝負しなければよかった。デートなんてしなければよかった‥‥‥そうすれば、こんな心の痛み、知らなくてすんだのに。輝久‥‥‥好きだよ)



***




あー、朝か、なんだ?顔になにか密着してる。


寝ぼけながら密着するなにかに触れてみた。


すごいプニプニだ。

ん?これ美波さんかな。美波さん、こんなに胸大きかったかな‥‥‥いや、尻!?

美波さん、寝ぼけてベットから落ちたんだ。

よかった、美波さん起きてないみたいだし、お尻触ったのがバレたらヤバかったな。


「変態」

「起きてたの!?」

「輝久がお尻触るから起きたの!! 昨日拒んだくせに、本当はしたかったんじゃん!」

「ち、違うよ! 僕も寝ぼけて触っちゃって!」

「別に輝久なら、もっと触ってもいいけど‥‥‥」


その時、家のチャイムが鳴った。


「だ、誰か来たみたいなので、行ってきますね!」

「うん」


玄関を開けると、そこには真菜さんがいた。


「おはよう! 輝久君!」

「お、おはよう!」


そうだ、今日は真菜さんとデートする日だった。

まったく休む暇がないな。


真菜さんの声を聞いた美波さんが、玄関まで降りてきた。


「お姉ちゃん!? 昨日帰ってこないと思ったら、もしかして泊まってたの!?」

「もちろん! だって恋人だもん!」

「今日は私が恋人なの! お姉ちゃんは早く帰って!」

「わかってるよ。それじゃ輝久、昨日はありがとう! ばいばい!」


美波さんは笑顔で帰っていった。


「早くデートの準備してください! あと、私も今日泊まります!」

「泊まるの!?」

「お姉ちゃんがよくて、私だけダメなんて許せません!」

「わ、分かったよ」


また罪悪感を募らせる一日がはじまる。

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