ハッピーバレンタイン?
いつも通り学校に行ったが、もうM組は無い。
校門で立ち止まる僕達の元へ、莉子先生が駆け寄ってきた。
「皆んな! こんな時だから、図書室を授業に使っていいって校長先生が!」
とりあえず皆んなで図書室に来たが、僕を含めて皆んな元気がない。
莉子先生は図書室にホワイトボードを持って入ってきて、元気のない僕達を見て言った。
「皆んな元気出して! 全員無事だったんだからよかったじゃない!」
誰も何も言わない。
それにしても、結菜さんは制服を女子生徒に貸してから、ずっとワイシャツ姿だけど、まだ四月で寒くないのかな。
僕がそんなことを考えていると、美波さんが腕を組んで何かを考え始めた。
「んー、私さ、ここ数ヶ月、何か忘れてる気がするんだよね」
「なに? お姉ちゃん」
「それが思い出せないの。すごい大事なイベントだった気がするんだけど、もう手遅れ的な‥‥‥なんだったかな‥‥‥はっ!!」
「なんか思い出した?」
「バレンタイン!!」
美波さんがそう言うと、結菜さんが申し訳なさそうに僕を見つめてきた。
「ごめんなさい輝久君、いろんなことがありすぎて、すっかり忘れてました」
「大丈夫だよ、僕も忘れてたから!」
すると、莉子先生が笑みを浮かべて僕達に提案した。
「それじゃ明日はチョコを作りましょう! チョコは先生が準備するから、みんなエプロンと、頭に巻く用のバンダナを忘れないでね!」
莉子先生はきっと、優しさで言ってくれたんだろうな。
心がほっこりする。
※
翌日学校へやって来ると、一限目からチョコレート作りが始まった。
「さて! 先生、奮発して沢山チョコレート買ってきたから! 好きなだけ作っていいわよ!」
僕と一樹君以外は、早速チョコレートを溶かし始めたりして、さすが手際がいい。
そうして僕と一樹君は、同じテーブルで一緒に作ることにした。
***
結菜はコンロを二つ使い、輝久用と、別の人用のチョコレートを分けて溶かしていた。
輝久用のチョコレートが入ったボウルに顔を近づけて、なにかをやり始める。
輝久はそれを見て、なにをしているのか気になって聞いてみた。
「結菜さん? なにしてるの?」
結菜は少し慌てた様子で、自分の後ろにボウルを隠した。
「チョコレート、いい匂いだなと思いまして」
「甘くて美味しそうな匂いするよね!」
「はい! 輝久君は順調ですか?」
「苦戦してるけど、なんとかなりそう!」
「お互い頑張りましょう!」
「うん!」
***
皆んなを見ると、全員匂いを嗅いでいた。
んー、確かにいい匂いだけど、顔近づけなくても匂いするけどな。まぁいいか。
「一樹君、チョコ溶けたけど、型はどれにする?」
先生が用意してくれた型は、ハート型、星型、クマの顔型、魚型があった。
「俺は星型にしようかな! 輝久君は?」
「んじゃ僕はクマの顔にする!」
そんな会話をしていると、莉子先生が近づいてきて小さな声で言った。
「輝久君、一人分しか作らないの?」
「はい、結菜さんに渡す分です」
「あんたバカァ!?」
「なんですかその有名キャラクターみたいな言い方‥‥‥バカかもしれませんけど」
「男の子はあくまでバレンタインのお返しに作るのよ? 輝久君は一人分じゃ足りないんじゃない?」
「あ、どうですかね、皆んな僕にくれるんですかね」
「当たり前でしょ!? 皆んなの分も作って!」
「は、はい」
すると莉子先生は、チョコレートを型に流し込む一樹君を見て言った。
「ところで、一樹君はなんでチョコレートを作ってるの?」
「先生‥‥‥希望を持つことはいけないことですか!?」
「あ、う、うん、まぁ頑張ってね」
莉子先生は意外とデリカシーがないことが分かった。
僕は、結菜さんのチョコはクマの顔型、みんなの分は魚型で、一人十個ずつになるように作ることにした。
一樹君は一人分しか作っていない。
多分、芽衣さんがくれることを期待しているんだろう。
皆んなチョコレートを型に流し終えて、冷蔵庫にチョコを入れ、固まるまでの待ち時間、全員が同じテーブルに集まり、たわいもない話を始めた。
「私とお姉ちゃんは猫飼ってるけど、みんなはペットとか飼ってないんですか?」
「僕は玄関に、祭りで掬った金魚がいるだけだです」
僕が答えると、一樹君も答えた。
「俺は何も飼ってないです」
芽衣さんは、携帯の写真を見せながら、ペットの自慢を始める。
「見て見て! これ私のペット! パールホワイトハムスターの精◯君!」
「今、なんて?」
「だから、精◯君! 白いから精◯君にした!」
「そのハムスターが死んだ時、ちゃんと成仏できるように名前変えてください」
全員が引いた顔をして、無言で頷いた。
「えー! んじゃ名前考えてよ」
すると美波さんが、ハムスターの写真を見ながら真剣な表情で考え始めた。
「白くて小さくて可愛いね! んー、マシュマロとか?」
「んじゃそれでいいや」
あ、いいんだ。
めっちゃくちゃ適当すぎて、愛情あるのか心配になるわ。
「結菜は? 何か飼ってないの?」
「私はお庭に鯉がいます。あとは暖かい部屋でタランチュラを飼っています」
「タランチュラ!? きも!!」
「芽衣さんの方がよっぽど気持ち悪いです」
芽衣さんは美波さんの肩を掴んで、美波さんを激しく揺らしながら聞いた。
「ねぇ! 私キモい!? タランチュラよりキモい!?」
美波さんが白目を向いているのを見て、僕はすかさず芽衣さんを止めた。
「芽衣さん! 美波さんは‥‥‥もう‥‥‥」
「そんな‥‥‥美波? 嘘でしょ‥‥‥起きてよ! 美波〜!!」
全員で美波さんに向かって手を合わせた。
***
その光景を見て莉子は思った。
(なんなのこの子達は‥‥‥)
***
動かなくなった美波さんが力の抜けた声で言った。
「気持ち悪い‥‥‥」
それを聞いた芽衣さんは、また美波さんを激しく揺らし始めた。
「ねぇなんで!? 私タランチュラ以下なの!? 冗談って言って!!」
「違いますよ! 揺らされて酔ってるんですよ!」
芽衣さんは笑顔に戻り、バンバンっと美波さんの背中を叩き始める。
「なーんだ! ごめんごめん!」
「うっ‥‥‥オロロロロロ」
美波さんは気持ち悪い時に背中を叩かれて、嘔吐してしまった。
すると莉子先生は呆れた様子で美波さんの肩を支えた。
「全く貴方達は! 先生、美波さんを保健室に連れて行くから、テーブルの上を片付けておきなさい!」
そして、テーブルの上を片付けている間、話題はタランチュラに戻った。
「で? なんでタランチュラなんて飼ってるの?」
「意外と可愛いのですよ? 毛深くてモフモフしてますし、それに、毒があるってゾクゾクしませんか?」
「しないよ」
「そうですか? 毒を持つ危険生物も、私がいなければ生きていけない。ゾクゾクします」
「結菜ってやっぱり、時々すごい怖いよね」
そんな会話をしながら時間は経ち、美波さんも元気に戻ってきて、各自作ったチョコレートを袋に入れ、ついにチョコレートを渡す時間がきた。
まずは女性からだ、一樹君以外の皆んなが、一斉に僕のところに来て、同時に言った。
「受け取ってください!」
すると、結菜さんが皆んなを見つめた。
「あら? 何故皆さんが輝久君に?」
真菜さんは珍しく頬を膨らませながら言った。
「いいじゃん! 頑張って作ったんだから!」
「そうだそうだ!」
「あなた達の手に触れたチョコレートなんて、輝久君が食べるわけないじゃないですか。万が一食べたりなんかしたら、どうなるか‥‥‥輝久君が一番よく知っていると思いますし、ね? 輝久君」
知っていますとも。指突っ込まれて、無理矢理吐かされるのがオチだ!
「知ってるけど、せっかくみんな作ってくれたし‥‥‥」
「輝久君は、私以外の手作りチョコを食べたいんですか? この三人は、トイレに行った後に手を洗わないんですよ?」
三人は同時にツッコんだ。
「洗うわ!!」
全く受け取らない僕にイラだってか、三人は袋を開け、チョコレートを沢山手に取り、同時に僕の口に突っ込んできた。
「ん!?」
美波さんが勝ち誇った顔で結菜さんを見つめる。
「もう食べさせちゃったもんねー!」
すると結菜さんは、勢いよく僕の首を絞めながら頭を揺らしてきた。
「輝久君! 吐きなさい!早く!」
「んー! ん!」
僕は吐くに吐けなくて、思わず飲み込んでしまった。
すると結菜さんは手を離し、僕を睨みつける。
絶対僕は悪くない‥‥‥。
「飲み込んだんですか?」
「ご、ごめん!」
「今すぐ吐き出すか、胃袋を開いて取り出すか、好きな方を選んでください」
「どっちも無理!!」
「どうしてですか? 私の言うことが聞けないんですか? 輝久君は私だけの彼氏ですよね。他の女から貰ったチョコレートを食べるなんて、浮気以外のなんでもありません」
「まぁまぁ、結菜も早く渡しなよ!」
芽衣さんに促され、結菜さんは納得いってないような表情で、僕にチョコを渡した。
「頑張って作りました」
「ありがとう! ハートの型だ! 可愛いね!」
「食べてください」
僕は結菜さんの機嫌を取るために、袋に入っていた十個のチョコレートを一気に頬張った。
それを見た結菜さんは嬉しそうな表情に戻り、なんとか一安心と言ったところだろうか。
「そんな一気に食べるほど嬉しかったですか!?」
僕は口に沢山のチョコレートが入っていて喋れない。一応頷くことで返事をすると、結菜さんは嬉しそうに僕を抱きしめた。
「嬉しいです! 輝久君が私をいっぱい食べてくれています!」
ん?どういうこと?
「本当に嬉しいです! 私の唾液をそんなに美味しそうに♡ 今、輝久君の口の中で、私の唾液とチョコレートが溶けて混じり合って♡」
「結菜も入れたの!?」
「芽衣も!?」
「お姉ちゃんも!?」
結菜さんは僕から離れ、三人の方を無表情で見つめる。
「も?」
三人は一斉に青ざめた。
もちろん僕も青ざめている。色んな意味で。
結菜さんは調理室にあった包丁を手に取り、三人を見て、ニコッと不気味な笑みを見せた。
その瞬間、三人は全力で調理室を飛び出して行き、結菜さんはそれを追いかけるように包丁を持ったまま出て行ってしまった。
僕はやっとチョコレートを飲み込み、一樹君に助けを求めた。
「一樹君! どうしよう! ‥‥‥一樹君?」
一樹君は調理室の椅子に、ただなにも言わず、真顔で座っていた。
「あぁ、輝久君。チョコレート交換は終わったかい?」
「い、いや、僕はまだ渡せてないけど‥‥‥それより! 皆んなの唾液が!」
「いいじゃないか、あんな可愛い子達の唾液なんだから。俺なら水筒に入れて持ち歩きたいよ」
「ごめん一樹君、今日で友達やめよう」
しばらくして、息を切らせた芽衣さんが戻ってきた。
「逃げ切ったー!」
僕は芽衣さんに、こっそり小さな声で聞いた。
「一樹君にもチョコないんですか?」
「え? 輝久の分しか作ってないよ?」
あぁ、やっぱり叶わない恋なのかもしれない。
その時、莉子先生が調理室に戻ってきた。
「あれ? もうチョコ渡したの?」
すると芽衣さんは莉子先生に聞いた。
「先生、板チョコ余ってない?」
「いっぱいあるわよ?」
「一枚貰うね!」
芽衣さんは板チョコを一枚手に取り、それを一樹君に渡した。
「はい! ハッピーバレンタイン!」
一樹君は、目を輝かせながら立ち上がる。
「ありがとうございます!! これ、芽衣さんのために作りました! 受け取ってください!」
「え? 私のために?」
「はい!」
「私だけのため?」
「そうです!」
「ふ、ふーん、ありがとう」
芽衣さんは明らかに照れているのを隠しながらチョコを受け取った。
その時、包丁を持った結菜さんが調理室に戻ってきて、真っ直ぐ芽衣さんを見つめた。
「ここにいましたか」
「逃げろー!!」
芽衣さんはまた逃げていき、結菜さんも負けじと追いかけて行く。
「結菜さん、今‥‥‥包丁持ってなかった?」
「持ってましたね」
「なんでそんな冷静なの!? 今日の授業は終わり! 帰宅!!」
莉子先生は慌てて結菜さんを追いかけていき、僕はお返しのチョコを、皆んなの下駄箱に入れて帰宅した。
***
その後、結菜は莉子先生に捕まり、莉子先生は、輝久が結菜以外のチョコは不味かったと言っていたと嘘をつき、結菜は落ち着いた。
そして結菜は、下駄箱に入っていたチョコを嬉しいそうに一つ食べて、ニコニコしながら柚木の元へ向かった。
※
「柚木さん、今日はチョコレートを作ったんですよ。美味しいので食べてくださいね」
結菜は柚木の枕元にチョコを置いたあと、優しく前髪を撫でてから病院を出た。
その日の夜、芽衣は入浴中に自分の気持ちと戦っていた。
(なんで! 私は輝久が好きなのに、頭から一樹が離れてくれない! なんで! なんでだー!! んー、本当になんでだ?)
***
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