親衛隊の裏切り

Mの校舎に行くと、いつも一番に来て本を読んでいる結菜さんが、自分の下駄箱を開けて立っていた。


「結菜さん! おはよう!」

「輝久くん‥‥‥この写真はなんですか?」


結菜さんが見せてきた写真は、昨日の出来事そのものだった。


「それは! えーっと、どこから説明したらいいのかな‥‥‥」

「ていうことは、この写真は合成ではなく、本物なんですね?」

「それはそうなんだけど‥‥‥」


僕が上手く説明できないでいると、ニヤニヤした親衛隊の隊長がやってきた。


「結菜様、おはようございます! いやー、結菜様の恋人が浮気をしてまして、証拠の写真を撮ったんです。本当最低な男ですよねー。結菜様のような恋人がいながら」


結菜さんは僕の制服を掴み、僕を力強く下駄箱に押し付けてきた。


「ちょっと!?」


結菜さんは無表情だけど、行動的に絶対苛立っている。


「輝久君、いつから浮気していたんですか? こんな沢山の女性と浮気ですか? それにこの写真、美波さんの後ろ姿ですよね。 美波さんと体育館倉庫に向かっているようですが、二人で何をしに行ったんですか? 説明できますよね」

「ゆ、結菜さん落ち着いて!」


隊長は、その場を煽るように言った。


「浮気はよくないですねー。結菜様、こんな男とは早く別れた方がいいですよ?」


すると結菜さんは僕の制服を掴んだまま、隊長を鬼の形相で睨みつけた。


「貴方は黙っていなさい!!」

「は、はい!!」


結菜さんは怒った表情のまま、僕に視線を戻した。


「早く説明してください。私は怒ってるんですよ? 説明できませんか? それじゃ、私の質問に答えてください」

「はい‥‥‥」

「輝久君は浮気をしましたか?」

「してません」

「輝久君は私のことが好きですか?」

「好きです」


結菜さんはいきなり涙目になり、僕を強く抱きしめてくれた。

どういうこと!?


「それじゃなんでですか? なんであんな沢山の女性と密着していたんですか! 輝久君は私だけの男性なのに! 私のなのに! 他の女が輝久君に触れるなんて許せません! 輝久君の目も!! 鼻も唇も!! 手も足も‥‥‥心も!! だけのものなのに‥‥‥」


そこに美波さんが登校してきた。


「なにしてるの? って、お前!! 昨日はよくも!!」


隊長と目が合った美波さんは、いきなり戦闘態勢に入った。

それを見た結菜さんは抱きつくのをやめて、美波さんに聞いた。


「昨日なにかあったんですか? それより、この写真! なんで輝久君と写ってるんですか!!」

「全部こいつにはめられたの! ファンクラブだか親衛隊だか知らないけどね! 輝久に酷いことして、挙げ句の果てに輝久を殴るとか許せない!!」


結菜さんは冷静になり、僕の顔を見て驚いた。


「輝久君!? 顔に痣ができてますよ!?」

「今ですか!?」

「この男にやられたんですか?」

「う、うん‥‥‥」


結菜さんは、いきなり人が変わったように、スッと無表情になり、隊長のお腹を回し蹴りで蹴り飛ばし、隊長は下駄箱に背中をぶつけ、お腹を押さえて床に座り込んでしまった。

もしかしたら、格闘技ができる美波さんより強い説‥‥‥。


「ゆ、結菜様‥‥‥」


結菜さんは何も言わずに、座り込んだ隊長の顔面に躊躇なく蹴りを入れた。


「結菜さん? それくらいにしたほうが‥‥‥」

「そうだよ結菜、あまりやりすぎると退学になっちゃう!」


美波さんの退学という言葉を聞いて、結菜さんが冷静になった瞬間、隊長が結菜さんにアタックするように床に結菜さんを押し倒して馬乗りになった。

結菜さんは起き上がろうともがくが、男の力には抵抗できない。


「結菜様!! 結菜様はあんな男と付き合ってはダメだ!! 結菜様は俺のだー!!」


隊長がキスをしようと顔を近づけた時、結菜さんが震えた声で言った。


「助けて‥‥‥」


美波さんが動こうとするより先に、僕の体は自然に動いていた。

僕は隊長を後ろに押し倒し、全力で殴り続けた‥‥‥。

嫉妬や怒りが混じり、隊長を殴る手が止まらなかった。初めてこんなに人を殴ったのに、そこに恐怖心は無かった。


その時、隊長の様子を遠くから見ていた親衛隊のメンバーが、学校の先生を引き連れてM組の校舎にやってきた。

莉子先生は現場を見て驚いている。


「これはなんの騒ぎ!?」


莉子先生以外の先生もいて、結菜さんが隊長を蹴ったことがバレたら退学になってしまうと思い、僕は自分だけのせいにしようと試みた。


「僕がいきなり殴っただけです!」


すると隊長は結菜さんを指差して口を開いた。


「こ、この女に腹と顔を蹴られた!!」


僕と結菜さんは、体育教師に手を引っ張られ、M組の校舎から引きずりだされてしまった。


「二人ともこっちに来い!! 結菜!! 退学の覚悟はできてるんだろうな!!」


美波さんは、莉子先生に必死に状況を説明しているがみたいだが、僕と結菜さんは力任せに生徒指導室に連れていかれた。





先生達にある程度説明を受けた校長先生と僕と結菜さんの三人で話すことになった。

校長先生は温かいお茶を一口すすって、結菜さんに聞いた。


「男子生徒を二回も蹴ったというのは本当かい?」

「本当です」

「結菜さん!」

「嘘をついてもしかたありません」


このままじゃ、結菜さんが退学になってしまう。

どうすればいいんだ‥‥‥。


「君が男子生徒に殴りかかったのは本当かい?」

「ほ、本当です‥‥‥」

「んー、結菜さんに関しては、去年の問題のこともある。残念だが、退学ということになるかな」

「そんな! 結菜さんは悪くないんです!」

「だが、男子生徒を蹴った事実は変わらんじゃろ? 輝久君は、ひとまず停学ということにする」


すると結菜さんが立ち上がり、校長先生に頭を下げた。


「今までお世話になりました」


そんな‥‥‥結菜さん‥‥‥嫌だよ。


「話は聞かせてもらいました」


生徒指導室に堂々と入ってきて、そう言ったのは愛梨さんだった。

愛梨さんの後ろには沙里さんが隠れている。


「校長先生? 結菜先輩を退学、輝久先輩を停学、そのご判断は揺るぎませんか?」

「愛梨さん、これはしょうがないことなんじゃ」

「殴られた男子生徒はただの被害者だと思っているんですか?」

「わしはそう聞いておるが」

「私は授業の時間以外、ずっと結菜先輩を見ています」


なにそれ怖い。


「もちろん、先程の事件の一部始終も、しっかり見ていました。男子生徒にも非があると思いましたけど?」

「し、しかし、これ以上学校で問題を」


愛梨さんは校長先生の言葉を遮り、獲物を狙う蛇のような目をして言った。


「校長先生? 二人の処分を取り消してくださりますね?」

「は、はい。分かった」

「ありがとうございます。それでは結菜先輩と輝久先輩、行きましょうか」


愛梨さんの権力と圧力で、校長先生は撃沈してしまった。

そのおかげで僕達は、処分を受けなくて済み、生徒指導を出てすぐに、結菜さんはお礼の気持ちを口にした。


「ありがとうございます」

「いいえ、結菜先輩のためですから」

「ですが、私を監視するのはやめてください」

「そ、それくらいはいいじゃないですか!」

「見られてると思うだけで鳥肌が立ちます」

「これからは控えます‥‥‥」


愛梨さんは落ち込んでしまったが、すぐに気分を切り替えて言った。


「ですが、一番最初に二人を助けようって言ったのは沙里なんです」


沙里さんが?

一番意外な人だけど‥‥‥。


僕が沙里さんを見つめると、沙里さんは恥ずかしそうに愛梨さんの制服を引っ張った。


「愛梨! 言わなくていいから!」


すると、結菜さんはいきなり沙里さんのパンツを下ろし、沙里さんはビックリして転んでしまった。

僕は驚いて、沙里を見ないようにとっさに目を背けた。


結菜さんは沙里さんのパンツを愛梨さんの口に押し込み、笑みを浮かべた。


「沙里さん、ありがとうございます。これはお礼です」


沙里さんは息遣いが荒くなり、ハァハァしている。

僕はなるべく二人を見ないようにお礼を言って、走ってM組に戻ってきた。



***



結菜も、ツルツル丸出しで廊下に座り込む沙里と、パンツを加えて顔を赤くした愛梨を放置してM組に戻った。


その頃、結菜が退学にならなかったと耳にした隊長は怒りに震えていた。


(絶対にあの二人を許さない。絶対酷い目に合わせてやる!!)


***

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