腹痛牧場
「結菜さんはバス酔いとか大丈夫な人ですか?」
「はい、全然平気です」
僕達は今、牧場に向かうためにバスに乗っている。
結菜さんは僕の隣に座り、外を眺めている。
多分結菜さんは、冷静を装って、内心ワクワクしているに違いない。
※
そしてしばらくバスに揺られて、とある山の下でバスを降りた。
この山を少し登ったところに牧場があるはずだ。
さっそく皆んなで山を登っていると、山の上から吹く風が冷たくて、雪もないのに息が白くなる。
それから五分ほど登って、やっと牧場に着いたのだが‥‥‥牛達が一匹もいない。
というか、他の動物も見当たらない。
牧場の入り口で全員が唖然とるする中、結菜さんが珍しく焦った様子で僕の腕にしがみついてきた。
「輝久君! う、牛は? 牛さんはどこにいるんですか!?」
「わ、わからないよ」
そして美波さんは、強く地面を踏みつけた。
「なんで!? なんで牛がいないの!!」
美波さん、地面に罪はないよ。
それに、結菜さんと牛を求める理由が違いすぎて同情できないよ。
一樹君がガッカリした様子で芽衣さんに話しかける。
「せっかく来たのに残念ですね。それに次のバスは十五時ですよ」
「今何時だっけ」
「今は十時五十分です」
皆んながガッカリしている時、牧場の大きな建物から、優しそうな一人のおじさんがバケツを両手に持ちながら出てきた。
そのおじさんと目が合ってしまい、おじさんの方から声をかけてきた。
「お客さんかい?」
「はい、牛さんはいないんですか?」
「この季節は寒いからね。室内に移動させたんだ。よかったら見ていくかい?」
「はい!」
全員嬉しそうに即答だった。
それから僕達はおじさんに説明を受けながら、牛のいる室内に向かった。
「牛は寒さには強いんだけどね、流石にこの時期は外に出さない所が多いんだ。子供の牛もいるからね。ミルクをあげることもできるよ」
室内に入ると、そこは暖房がついているのか暖かく、牛が沢山いて、ウサギや鶏もいた。
***
美波は牛と自分の胸を見比べて、自分より小さい牛を探し始め、真菜と柚木、一樹と芽衣は、牛を一匹一匹ゆっくり見て回った。
***
結菜さんは目を輝かせて何も言わないが、とても嬉しそうにしている。
そんな結菜さんを見たおじさんが、大きな哺乳瓶を持って結菜さんに声をかけた。
「お嬢ちゃん、牛が好きなのかい?」
「あ、はい。好きです」
「よかったら、この子牛にミルクをあげてやってくれ」
「いいんですか?」
「いいぞ、哺乳瓶を離さないようにしっかり持つんだよ」
「はい!」
結菜さんが子牛に哺乳瓶を近づけると、子牛は舌を伸ばしてミルクを飲み始めた。
「輝久君見てください! 飲んでます!」
「可愛いね!」
「吸う力が強くて、結構引っ張られます! モォー、モォー」
「牛と会話ですか?」
「はい!」
「牛はなんて?」
結菜さんはミルクをあげながら、僕を笑顔で見て言った。
「輝久君の周りの女性を全員ぶっ殺せ」
「怖い!! こんな可愛い子牛がそんなことを!?」
「冗談です」
「知ってますけど!?」
結菜さんはクスクスと笑い、満足そうに子牛にミルクをあげ続けた。
そこに美波さんが帰ってきて僕に言った。
「牛の乳ってデカイね」
「牛と張り合わないでください」
これが牛に負けた人間の顔か。
給料全部落とした大学生みたいな顔だ。
結菜さんがミルクを与え終えると、おじさんが子牛を撫でながら言った。
「どうだった? 一生懸命飲む姿も可愛いだろ」
「はい! いい経験になりました!」
「それは良かった。お嬢ちゃん、よかったらこの子牛に名前をつけてみないか? まだ決まってないんだよ」
「え!」
結菜さんの嬉しそうな表情を見た美波さんも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「よかったじゃん! 牛の名付け親とかすごいよ!」
「はい! なににしましょう」
結菜さんはしばらく考えた後、閃いたように言った。
「
「えっと、結菜さんのゆ、芽衣さんのめ、美波さんのみ、僕のて、柚木さんのゆ、真菜さんのま」
僕がそう言うと、真後ろから恐ろしい声が聞こえてきた。
「一人足りなーい」
「わっ! 一樹君か、ビックリさせないでよ。なに今の一枚足りなーいみたいな言い方」
「皆んなの頭文字って、俺入ってないじゃん!」
結菜さんが無表情で、冷たい目をして一樹君を見つめた。
「貴方とは仲良くないので忘れてました」
「そんな酷いよ!」
おじさんがその会話を聞いて、思わず笑い出す。
「ハッハッハッ! それより、いい名前じゃないか! 明日にでも名札つけておくから、たまに様子見にきてあげてくれ!」
「もちろんです!」
結菜さんは名前の漢字をおじさんに説明してからも、牛を眺めていた。
真菜さんと柚木さんと芽衣さんはどこに行ったのかな。
「一樹君、三人は?」
「なんかここ、ご飯食べる場所があるらしくて、お昼ご飯食べに行ったよ」
「そうなんだ! 僕達も行こうか!」
僕達四人も、お昼ご飯を食べるために牛のいる室内を出た。
室内を出る時、結菜さんが牛達に小さく手を振っていたのを、僕は見逃さなかった。すごく可愛い。
牧場にある、ご飯を食べる所で三人と合流すると、真菜さんと芽衣さん、そして柚木さんは、十一月だというのにソフトクリームを食べていた。
「ずるい! 一口ちょーだい!」
「お姉ちゃんやめて! 自分で買いなよ!」
暖房が効いた室内で食べるソフトクリーム‥‥‥美味しそうだな。僕も食べよう。
「ソフトクリームを二つください」
「味はなににしますか?」
「バニラでお願いします」
バニラの他に、ストロベリーとチョコ、ラムネ味とかもあったが、牧場で食べるならやっぱりバニラ一択。
ソフトクリームを受け取り、僕は結菜さんにソフトクリームを一つ渡した。
「どうぞ!」
「いいんですか!?」
「うん! メニューに書いてあったんだけど、ここで取れた牛のミルクを使ってるらしいよ!」
「いいですね! ありがとうございます!」
結菜さんは舌を少し出して、ソフトクリームを少し舐めた後、幸せそうな顔でソフトクリームをパクッと食べはじめた。
すると、話を聞いていた美波さんが、目を大きく開き、鼻の穴を膨らませ、興奮気味に僕に話しかけてきた。
「牛のミルクを使ってるってことは牛乳!? 胸大きくなる!?」
「う、うん、多分」
美波さんは走ってソフトクリームを買いに行った。
「ソフトクリームください! あと牛乳五本!」
ソフトクリームを食べながら牛乳を飲みまくる美波さんを見て、一樹君が心配しだした。
「お腹壊しますよ?」
「大丈夫だよ! 私お腹強いから!」
「そうなんですね。俺もソフトクリーム食べよ」
芽衣さんはソフトクリームを食べ終えて、勢いよく牛乳を飲む美波さんを見つめていた。
「そんなに大きい方がいいの?」
「当たり前じゃん!」
「なんで?」
「だって大きくなったら、輝久に見てもらえるじゃん!」
とんでもない理由に、柚木さんが引き気味に言った。
「完全に痴女だね」
結菜さんはソフトクリームをひと舐めして、美波さんを見つめる。
「私がいる限り、美波さんがいくら巨乳になっても意味ありませんよ」
「い、いいし! 輝久が見てくれれば!」
「その時は輝久君の目をくり抜くか、美波さんの胸をえぐり取るしかありませんね」
美波さんは自分の胸を触れながら青ざめてしまった。
「えぐる‥‥‥これ以上えぐれたら、私男になっちゃう!」
「美波さん! 貧乳のままでいてください! 目が見えなくなるなんて嫌です!!」
「ひ、貧乳‥‥‥あー!! 牛乳おかわりしてくる!!!!」
美波さんは追加で牛乳を買い、ひたすら飲みまくっている。
そんな中、柚木さんが僕に話しかけてきた。
「輝久君って、誕生日いつなの?」
「僕は十一月月十八日ですよ。今月です」
「え! 私二十日!」
僕と柚木さんの誕生日を聞いて、美波さんは驚いた様子で自分の誕生日を教えてくれた。
「私と真菜は二十三日だよ!」
まさかな芽衣さんも驚いた様子で立ち上がる。
「私二十九日!」
完全に誕生日を教える流れになり、一樹君も誕生日を教えてくれた。
「俺の誕生日はクリスマスだよ!」
すると結菜さんがいきなり立ち上がって僕達を見下ろした。
「何故、輝久君と誕生日月が同じなんですか? 今すぐ誕生日を変えてください」
一樹君以外の全員が同時に言った。
『無理だろ!!』
「俺は誕生日月違うよ!」
「貴方はどうでもいいです」
一樹君はいつものようにうなだれた。
もはやテンプレートだ。
そして柚木さんは、ワクワクした様子で言った。
「じゃあさ、輝久君の誕生日にまとめてお祝いしようよ! ね? 結菜!」
「い、いいですけど」
「で、でも、僕のお小遣いじゃ、皆んなの分のプレゼント買うのは‥‥‥」
芽衣さんが言った。いや、言ってしまった。
「私と美波はヘアピンとか、ヘアゴム買ってもらったし、それが輝久からのプレゼントってことでいいんじゃない?」
美波さんは最後の牛乳を飲み干して、口元を拭きながら答える。
「うん! それでいいよ!」
その時、美波さんのお腹から、ギュルルルルと嫌な音が聞こえてきた。
「うっ、お腹が‥‥‥私ちょっとトイレ」
「大丈夫ー?」
「う、うん」
美波さんが立ち上がり、お腹を押さえてゆっくりトイレに向かおうとした時、結菜さんが座ったまま美波さんの腕を掴んだ。
「待ちなさい。ヘアピン? ヘアゴム? なんの話ですか?」
「ゆ、結菜‥‥‥とりあえずトイレ行かせて」
「トイレは話が終わった後です。座りなさい」
美波さんは、この牧場で生まれた小鹿に間違われるんじゃないかと思うほどにプルプル体を震わせながら椅子に座った。
「芽衣さん、美波さん。今つけているそれが輝久君にプレゼントしてもらったものですか?」
二人は静かに頷いた。
「誕生日でもないのに、何故?」
美波さんは限界そうな表情で必死に答える。
「私は、生きてるご褒美っていうかなんていうか、またツインテールにできるようにって、輝久の気遣いみたいな、なんていうか」
「そうですか、美波さんはいいです。トイレへどうぞ」
美波さんは立ち上がり、お尻を押さえて必死にトイレへ走っていった。
美波さん普通に可愛い子なのに、あんな姿見たくなかったな。
僕達が小学生だったら、今日からアダ名がう◯こマンになってましたよ。
よかったですね、高校生で。
「それで? 芽衣さんは何故ヘアピンを?」
「私は、美波だけプレゼントされたのがずるくて‥‥‥おねだりした‥‥‥しました」
結菜さんは急に立ち上がり、一人でレジに向かった。
しばらくして戻って来ると、牛乳が十本入ったカゴを芽衣さんの目の前に置いた。
「飲みなさい」
「え?」
「全部飲んだら許してあげます」
「ぜ、全部は無理!」
「なら、そのヘアピンは没収です」
そう言われた芽衣さんは必死に牛乳を飲み始めた。
※
そして十本飲み終えた時、芽衣さんのお腹から悪魔のようなギュルル音が鳴り、芽衣さんも必死にトイレへ駆け込んだ。
あー、芽衣さんまであんな姿に‥‥‥。
「輝久君」
「は、はい!」
結菜さんは急に僕の首を軽く締め始め、早口で喋り始めた。
「三人で出かけたのは何故ですか? 浮気ですか? そうですよね。それ以外ありえませんよね。なんで? ねぇ、なんで浮気とかするんですか? 私じゃ満足できませんか? どうしたら満足してくれるんですか? 輝久君が望むならなんでもしますよ? 本当になんでもです」
三人は自分に被害がこないように、見て見ぬ振りをしている‥‥‥まぁ、正しい選択かも。
「ゆ、結菜さんの誕生日プレゼントを買いに行ってたんです」
結衣さんは首を締めていた手を離し、急に笑みを浮かべた。
「そうだったんですね! ごめんなさい、浮気を疑ってしまって‥‥‥」
「大丈夫ですよ」
「あの二人には悪いことをしてしまいました。私のせいで今日から私にう◯こマンって呼ばれてしまいます」
いたー!小学生思考の人がここにいたー!
「結菜さん、そんな下品なこと言わないでください」
「失礼しました」
※
そのあと、みんなで牛の乳搾り体験をして、帰りのバスでは皆んな満足そうにしていた。
そう、皆んな‥‥‥皆んな!?
「芽衣さんと美波さんは!?」
僕がそう聞くと、柚木さんが急にバスの中で立ち上がった。
「あー! トイレに行ったっきりじゃん!」
「危ないのでお座りください」
柚木さんは、バスの運転手さんに注意されてしまった。
にしても、あの二人大丈夫かな。
***
その頃、芽衣と美波はバス停のベンチに、やつれた顔で座っていた。
「ねぇ、芽衣、頑張って沢山飲んだのに全部出ちゃった」
「汚いこと言わないで」
「芽衣だって隣で苦しそうな声出してたじゃん」
「うるさい、う◯こマン」
「黙れ、う◯こマン」
***
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