真菜の過去

***



「真菜? 朝ご飯は?」

「うるさい! 話しかけるな!」


美波と芽衣、そして結菜が仲を深めている間、真菜は孤立していた。

真菜の両親は、リビングで真菜について話し合う。


「あなた、真菜どうしちゃったのかしら」

「どうしたんだろうな。美波は結菜さんの家に泊まってるらしいけど、あまり長く泊まらせるのは結菜さんの家に悪いよな」

「私があとで電話しておくわよ、それより真菜のことよ」

「うーん‥‥‥真菜が暴力的になったのは、やっぱりあの時からだよな」

「そうね‥‥‥」



——真菜と美波が小学六年生の頃の話。



学校の帰り道、雨に濡れた段ボールから猫の鳴き声が聞こえ、真菜が段ボールを開けると、そこには毛が白黒で、目がビー玉のように綺麗な子猫がいた。


「お姉ちゃん! 捨て猫!」

「本当だ! 可愛い!」

「連れて帰ろうよ!」

「ダメだよ! パパとママ、どっちも猫アレルギーじゃん!」

「でもこのままだと死んじゃうよ‥‥‥」


悲しんでいる真菜を見た美波は、真菜に提案した。


「こっそり飼っちゃおっか!」

「うん!」


二人は猫をこっそり持ち帰った。


二人は真菜の部屋で猫の体をタオルで拭きながら、名前を考えていた。


「お姉ちゃん、名前何がいいかな」

「ニャン吉!」

「普通すぎ! 嫌だ!」

「んじゃなににするの?」

「白いからバニラ!」

「黒い部分もあるじゃん」


真菜は猫を抱き抱えて、笑顔で猫を撫でならがら猫に話しかけた。


「いいの。ねー? バニラ」


親にバレないように飼おうと思っていたが、鳴き声が原因で、猫を連れ帰ったことは、その日のうちにバレてしまった。


だが、二人の両親は怒ることはしなかった。

命の大切さを学ぶ、いい機会になると思ったからだ。


お父さんは、リビングで優しい笑顔で二人に言った。


「それじゃ、明日俺が動物病院に連れて行くよ。二人の学校が終わったら、みんなで首輪とか飼育グッズ買いに行こうな」


戻してこいと言われるのを覚悟していた二人は、素直ぬ飛び跳ねるほど喜んだ。


「わーい!」

「いきなりジャンプしちゃダメだろ? バニラが怖がっちゃうぞ」


次の日、二人が学校に行った後、お父さんはバニラを車に乗せようとしたが、いきなりバニラが暴れだして、手を離してしまった。


その拍子に、バニラはどこかへ逃げてしまったのだ。


「バニラ? 出てこーい、バニラー」


お父さんは夜まで探し続けたが、バニラは見つからなかった。

諦めて家に帰ると、真菜と美波は、ペットショップに行くのを楽しみに玄関に座っていた。


「首輪何色がいいかな!」

「やっぱり赤じゃない?」

「赤かー! 似合いそう! パパ早く帰ってこないかなー」


お父さんは、玄関の外でその声を聞いて、申し訳ない感じで扉を開けた。


「あのー、バニラな、動物病院に連れて行こうとしたら逃げちゃって、見つからなかった‥‥‥」


それを聞いた真菜は泣き出してしまい、お父さんを強く非難した。


「嘘だ! パパとママは猫アレルギーだから、バニラを捨てたんだ! バカ! パパなんか死んじゃえ!!」

「こら! パパに向かってなんてこと言うの!! パパに謝りなさい!!」

「知らない!!」


真菜は泣きながら自分の部屋へ行ってしまった。


その日の夜中、真菜はみんなに内緒で家を飛び出した。

真菜は一人でバニラを探すために、どんどん家から離れいく。


「バニラー? 出ておいで? 真菜だよー」


しばらくして、車通りの多い歩道でバニラを見つけた。


「バニラ!」


真菜は必死にバニラを追いかけた。

その時、自転車でパトロール中の警察に見つかってしまったが、真菜はそれどころではない。


「君! こんな時間に一人でなにしてるの!」

「バニラー! 逃げないでー!」

「危ない!!」


真菜はバニラを追いかけているうちに、気づかずに道路に飛び出そうとしていた。

その所を危機一髪で警察に体を抑えられ、真菜は車に轢かれずに済んだ。

だが、バニラは真菜の目の前で車に轢かれ、目の前で命を絶ってしまったのだ。


「バニラ‥‥‥?」


その経験は小学六年生という、真菜の幼い心に強い衝撃を与えてしまった。

真菜は、命の大切さの学び方を間違えたのだ。


命に決まりはない。

何才まで生きるのが普通とか、そんな基準どこにもない。

死ぬ時は死ぬ。

あっという間に‥‥‥一瞬で。

そこにどれだけの愛があっても、死ぬ時は死ぬんだと。

愛、死、痛み、憎しみ、その感情の連続で、真菜の心は歪んでしまった。


愛するものは、離れると失ってしまう。

なら、どんな手を使っても側に置いておきたい‥‥‥。



それから今の今まで、真菜はお父さんと一切口を聞いていない。



そして今、その心の歪みが生んだ結果が孤独だ。


両親は話し合った結果、新しく猫を飼うことを決意した。

お父さんは一人でペットショップに行き、可愛い猫を探した。

すると、バニラにそっくりな子猫を見つけ、すぐにその子にすると決断した。


「これは真菜喜ぶぞ‥‥‥店員さん! この子飼います!」


お父さんはバニラにそっくりな子猫を連れて帰ってきて、真菜の部屋のドアをノックした。


「真菜? 見せたいものがあるんだ」


真菜からの返事は無かった。


「出てきてくれないか」


ドンッ!とドアに何かを投げつけたような音が聞こえ、やはり真菜はお父さんと喋る気がない。


すると、その音に反応した猫が鳴き声を出した。


「にゃ〜」


次の瞬間、真菜がゆっくりドアを開けた。

真菜はお父さんを見つめて、何も喋らない。


すかさずお父さんは、優しい表情で真菜を見つめた。


「このダンボール、開けてごらん」


真菜は何も言わないでダンボールを開けた。


「バニラ‥‥‥? バニラだ‥‥‥」

「新しい家族だよ。ちゃんと可愛がってあげるんだよ?」


真菜がお父さんの顔を見上げると、真菜の目から大粒の涙が溢れ出てきた。


「あり‥‥‥がとう‥‥‥私、パパとお父さん、どっちで呼んでたっけ」

「パパだろ?」

「そっか」


それから真菜は何も言わずに猫を撫ではじめた。


「この子の名前、なににするんだ?」


真菜は笑顔でお父さんを見上げた。


「バニラ!」


その笑顔を見たお父さんは、涙をグッと堪えて笑顔を見せ、真菜を一人にさせるためにリビングへ行った。


それから真菜は、携帯でバニラの写真を撮り、すぐに美波に送った。


『お姉ちゃん! バニラが帰ってきたよ!』


(あっ‥‥‥なにも考えないで送っちゃった。お姉ちゃん‥‥‥絶対怒ってるし、私なんかと話したくないよね)


一人で俯いていたその時、美波から電話がかかってきた。


「もしもし真菜?」

「う、うん‥‥‥」

「あの猫どうしたの?」

「パパが連れてきた」

「お父さんと話したの?」

「話した。それよりお姉ちゃん、怒ってないの?」

「もういいよ」


美波の声は、とても優しく、真菜の心を落ち着かせた。


「お、お姉ちゃん、帰ってきてよ」

「わかった、今から帰るね!」


それからしばらくして、美波が帰ってきた。


「ただいま」


お母さんは、久しぶりに帰ってきた美波の髪を見て驚いた。


「あら! 髪切ったの!?」


その言葉で、お父さんも美波に視線を向けた。


「おっ! いいじゃないか、夏らしくて」

「ありがとう、真菜は?」

「部屋にいるぞ、バニラと」


美波は真菜の部屋の前まで行き、一瞬躊躇した後、勇気を出してドアをノックした。


「美波だけど、入っていい?」

「うん」


美波は真菜の部屋に入った瞬間、猫の可愛さにメロメロになってしまった。


「可愛いー♡」


真菜は美波の髪を見て、今更ながら罪悪感を感じ、改めて謝った。


「髪の毛‥‥‥本当にごめん」

「私はもう大丈夫。それより、結菜にもちゃんと謝りなね」

「それは嫌だ」


真菜がそう言うと、バニラは本能で分かるのか、殺気を感じて部屋を出て行った。


「結菜ちゃんには謝らない。逆にまだやり足りないくらい」

「でもね、結菜凄く優しくて、私は結菜と友達になったんだ」

「お姉ちゃんは輝久くんのことたいして好きじゃないんでしょ。だから友達になれるんだよ」

「そんなことない!」


真菜は、美波の髪を撫でながら美波を見つめた。


「お姉ちゃん、もう輝久くんに近づかないで。ね?」

「わ、私、結菜の家に戻るから」

「そんなに震えて大丈夫? ちゃんと立てる?」

「だ、大丈夫だよ」

「過去のことはもう仲直り。でも、輝久くんに近づくのは許せないなー。輝久くんは私のなの。わかった?」

「わ、私だって‥‥‥輝久が好きなの。簡単に譲れない」


真菜は、撫でていた手をチョキの形にして、ハサミで切るように、美波のツインテール部分を指で挟んだ。


「私の命令は絶対なの、わかった?」


美波はトラウマで、体の震えが止まらなくなってはまい、真菜の言うことを聞くことにしてしまった。


「わ、わかった‥‥‥」

「もう夏休み中は、結菜ちゃんにも会っちゃダメ。ずっと家にいて? そうすれば、お姉ちゃんには酷いことしないから」

「う、うん‥‥‥」



***

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