第27話 魔王との対話

「ちくしょう……どうすれば……」


 オレは自分の部屋で一人頭を抱え悩んでいた。

 イストが持つ薬、魔法をもってしてもファナの症状は良くならなかった。

 やはり彼女のあの右目が何らかの影響を与えている。

 あるいはこの世界の環境と合わさることで今のような状態になっているのか?


 いずれにしてもイストですら解析できないファナの右目をどうこう出来る手段などあるはずはない。

 いっそ、ファナの右目ごと抉り取るべきか……?

 ……いや、そんなことできるはずがない。

 仮にそれをしてファナが助かる保証なんてない。ヘタをすれば、それで彼女が命を失うリスクの方が高い。

 ならば一体どうしろと言うんだ。


 ファナがこの世界に来て、まだ僅かな日数しか経っていない。

 最初はオレがイストの実験の際にヘマをして、彼女をこの世界に呼び寄せてしまった。

 その時は贖罪と同情の感情から彼女を保護したが、この城で一緒に暮らして、オレやイスト達に懸命に奉仕しようとする姿や、街での年相応の子供のようにはしゃぎ方、時には実の娘のように甘えてくれた。

 そんなファナの姿を見て大事に想わないはずがない。

 時間なんて関係ない。ファナはオレの大事な娘だ。

 あの子の笑顔がとても好きだ。

 あの子が笑ってくれると、とても癒される。あの子が傍にいればオレはこの世界でもずっとやっていける気がした。


 そんなあの子が今、命の危機にある。

 それもオレがあの子をこの世界に呼び出したせいかもしれない。

 奴隷として過ごし、この世界でようやく得たであろう自由。

 それを謳歌させられず、このまま見殺しにするのか?


 いいや! それだけは絶対にさせない!

 たとえ今は手段がなくても、それを作ってファナを救いたい!!

 そう強く願い、拳を握り締めた瞬間であった。


『くくくっ、魔人を倒す猛者とは言え存外心の内は脆いな。今の貴様なら楽に内部から侵食できそうだぞ?』


「!? 誰だ!?」


 叫び立ち上がる。

 だが、声の主はどこにもいない。

 いや、そもそも今の声は本当に『音』としてオレの耳に入ったものだったのか?


『どこを見ている。我はここに――貴様の内にいるぞ』


「! お前は――」


 そうオレの中に囁く存在を自覚した瞬間、オレの意識はブラックアウトする。


 やがてまぶたを閉じたように、その瞳を開けると真っ暗な闇の中に佇む一人の男と対面する。

 男――と、それを呼んでいいのかは分からない。

 全身を黒ローブで包んだ、顔のない誰か。

 虚ろな闇の仮面をかぶった怪物、不死王ノーライフキングであった。


『こうして話すのは久しぶりだな。ユウキよ』


「……ノーライフキング。やっぱりまだ生きていたのか」


『当然よ。それに生きているという表現はいさかか奇妙だな。言ったように我はすでに死した魂。それが貴様と同化し、この世界にまだかろうじて存在している。だが、そう思うならば私の命はある意味、貴様の命でもあり現状を考えれば貴様として私は生きているとも言えるな』


 くつくつと面白そうに笑う不死王。

 だが、オレはそんな奴の笑いに頷くことなく、奴の一挙一動を見逃すことなく注意を張る。


「で、何の用だ?」


『釣れぬ態度だな。貴様が困っている様子だから助けてやろうと思ったのだがな』


「悪いがお前に助けられる義理なんてないだろう。それにお前に何ができ――」


『あの娘の虚ろの侵食。だいぶ進んでいる様子だな。まあ、無理もない。あのような呪いをあんな小娘一人に背負わせるとは、あれをあの娘に与えた者はよほどの悪魔であろう』


「!? いま、なんて言った……?」


『ん? 聞いていなかったのか? あのまま放っておけば娘は死ぬぞ。いや、それだけで済めばいいがな、あれが』


 こいつ、まさか……ファナの症状を知っている?

 いや、それよりも虚ろの侵食と言った。それはファナのあの右目のことか?


「どういうことだ!? お前はファナのことを知っているのか!?」


『あの娘個人のことは知らぬ。だが、奴の右目に宿ったものなら知っているさ』


 そう言ってノーライフキングはこともなげに告げる。

 そういえば、前にこいつがファナを目にした時、目の色を変えてファナに襲いかかっていた。

 それはつまりファナ本人ではなく、ファナの右目に宿った『虚ろ』とやらを恐れて?

 だとすれば、こいつはもしかしてそれの対処法を知っているのか?


『ああ、知っているぞ』


「!?」


 口に出さなくてもオレが考えていることを読み取りノーライフキングは答える。


『当然だ。ここは貴様の精神世界だからな。考えていることは我にも伝わる』


「……そうか。なら単刀直入に言う。どうすればファナを救える。答えろ、ノーライフキング」


 オレが告げた質問にノーライフキングは沈黙を返す。

 表情こそ変わらないがおそらく、あの虚ろな顔の中でオレを笑って見ているのだろう。

 最悪、オレの体を寄越せば代わりに情報を渡すと条件を突きつけるかもしれない。

 もしそうなればオレは迷うことなくこいつに体を明け渡してでも、ファナを救う道を選ぶだろう。

 そうオレが覚悟した瞬間であった。


『魔国を目指せ』


「……なに?」


『かつて我が魔王として支配していた国、魔国。そこに虚ろに関する記述がある。あの娘を救う手段があるとすれば、それは魔国のみだ』


 魔国……。魔物がいる国。

 今や魔人達が支配ている場所。そこに行けと?

 だが、しかしなぜそれをオレに告げる。

 しかも何の見返りも条件を突きつけることなく。


『ふふ、不思議か? 我がこのような絶好の好機を利用して、貴様に交渉を迫らなかったことが?』


「…………」


『まあ、我にも色々と都合というものがある。今はこのままでかまわぬ。それにどのみち、これで貴様は魔国に行くしかなくなった。それは我の目的にも沿うのでな』


「お前の目的はなんだ?」


『さあな、それを言ってはつまらぬだろう。いずれにせよ、急ぐことだ。あの娘を連れて魔国へ行け。全てはそこから始まる』


 そう告げた瞬間、ノーライフキングは周囲の闇に溶け込むように消えていく。


 そうして、オレもまた静かに目を開く。

 そこには不思議と先ほどまでの怒りも焦りもない。

 あるのはただ一つの決心のみ。


 奴が嘘を言っている可能性もある。オレを謀ろうとしている可能性もある。

 だが、不思議と奴のセリフには真実を感じられた。

 それはオレの精神世界で魂だけの奴と対面したからか。

 いずれにしろ、オレが取るべき道は決まった。


「――魔国」


 オレはその名を呟き、静かに拳を握る。

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