第11話 異世界の門と奴隷の少女

「さて、それでは始めるか」


 例の魔法陣のある部屋に入り、早速実験を開始するイスト。

 何やら不可思議な呪文を詠唱しながら用意していた薬やら様々なマジックアイテムを魔法陣の中へと入れていく。

 その後ろでオレは彼女を見守っているのだが、彼女いわくこの実験にはオレの協力も必要とのことなので、何かあればすぐ手伝えるように転移結晶を持ったまま待機している。

 そうして、薬の調合を行っていたイストがオレの方を振り返る。


「うむ、そろそろじゃな。ユウキよ、魔法陣の中に入って、その転移結晶を使ってくれ」


「え、それって大丈夫なの?」


「大丈夫じゃ。魔法陣の中に入っても問題はない。これは異世界の者のデータを魔法陣の中に取り込むための作業。これを行った後、転移結晶を使えば、この世界と異世界を繋げることが可能なはず。お主はそのための接点とでも言うべきか」


 な、なるほど。よくわからないがイストが言うのならそうなのだろう。

 オレは光り輝く魔法陣の中に入る。

 すると魔法陣が輝きだし、不思議な光子がオレの周りに浮かんでは散っていき、まるでオレの何かを解析しているようであった。


「よし、今じゃ。その転移結晶を使え」


「え? 使っていいの?」


「当たり前じゃ、早くしろ」


 ま、マジか。まあ、イストがオレの協力が必要と言ったんだからそうなんだろう。

 オレは両手に抱えた転移結晶を天高く掲げ宣言する。


「スキル! アイテム使用!」


「……は?」


 瞬間、転移結晶はオレの中に使用された。

 その後、すぐにオレの中にニュースキルが登場する。


 スキル:空間転移 ランク:A

 効果:使用者の思い浮かんだ場所に瞬時に転移できる。この時の転移には複数人の転移が可能であり、最大百人近く転移させることが可能。


 おお、なるほど。これはなかなか便利なスキルだ。

 それであとはこのスキルをこの魔法陣の中で使用すればいいのか? そう思ってイストを見ると、何やら俯いたまま体中をワナワナと震えさせていた。


「い、イスト? どうしたの――」


「ば、ば、ば、馬鹿者~~~~~!! お主、何をアイテム使用しておるんじゃ~~~~!!!」


「え、ええー!? だ、だって、今イストがアイテムを使えって!」


「馬鹿者! その『アイテム使用』ではなく、『普通にアイテムとして使え』という意味じゃ!! その状態のままこの魔法陣の上でその転移結晶を使えば、お主の波長と合う異世界と門が繋ぐかもしれないと思ったんじゃ!!」


「あ……」


 あー、そっちの『使え』だったのね。

 うん、いや、まあ、なんかおかしいなーとは思ったんだよ。

 こんな貴重な転移結晶をオレに使わせて消費させるなんて。

 でも、そっちの使えだったのねー。

 いや、普通に考えればそっかー。アイテムはそうやって使うもんだったもんねー。あははははっ、やっちゃったよー、てへぺろ。


「あはは、ではないぞ! 笑って誤魔化せると思うなよお主。どう責任取るつもりじゃ?」


「あ、いや、その、ち、ちょっと勘違いというか、悪気は決してなくてだな……」


 見るとイストは殺意増し増しの瞳でオレを睨んでいる。

 ま、まずい! というか、貴重な転移結晶を取り込んでしまった上に、彼女の目的でもある儀式がこれじゃあ完全におじゃんだ! な、なんとかしなくては……そうだ!


「ま、待って! 今、転移結晶を使って何かスキル覚えたからこれ使うから! うん、転移結晶から得たスキルだから、これでも代用できるでしょう!? それじゃあ、早速使ってみるね!」


「あ、ま、待て! これはもともと転移結晶というアイテムを想定して描いた魔法陣であって、スキルによってそれを代用するなど想定しておらず、その場合はそれに合わせた術式や魔法陣をだな……!」


 と、何やらイストが説明してくれたが、一歩遅かった。

 せめてもの挽回にとスキルを使用したその瞬間――


「うわっ!」


「なんじゃこれは! ま、眩しい……!」


「あ、主様ー!!」


 イストとブラックの声が聞こえる。

 だが、オレは目を開けることの出来ない眩さに瞳を閉じ、オレの意識は一瞬沈む。


◇  ◇  ◇


 ――そうして、光が止んだ後、オレは静かに目を開ける。

 するとそこには目を疑う光景があった。


「なっ……!」


「これは……」


 そこにいたのは一人の少女。

 魔法陣の中でうずくまり、膝を抱えるように眠る女の子。


「こ、この子は……?」


「い、いや、分からぬ。ここには儂以外住んでいないはず。それにこの少女は今、突然この場に現れた。正確には先ほどの光が収まると同時にじゃが……」


 ということは……?

 驚くオレとイスト、それにブラック。

 オレは膝を折り、倒れたままの少女に近づく。


 眠っているのだろうか?

 目を閉じたまま、浅い呼吸をしている少女。

 年齢はおよそ十二歳くらいだろうか?

 背丈もイストよりも小さく、幼い印象。

 黒髪の肩にかかるくらいの髪型であり、肌の色は驚く程白い。

 だが、それよりも驚いたのは少女のおでこから生えた真っ白な角。

 これは明らかに人間が持つ器官ではない。無論、作り物などでもなくそれは少女のおでこから直接生えている。

 人間ではないのか……?

 驚くオレが少女の顔を覗こうと顔を近づけた瞬間、閉じていた少女の瞼が開かれる。


「―――!」


 瞬間、少女と目が合い、一瞬オレは息を呑む。

 それは少女が目覚めたことにではなく、その瞳と目があったからだ。

 少女の左目は金色の瞳に輝いていた。

 それは今まで見たことがないほど美しく幻想的な色であり、人が持つにはふさわしくないような輝きを秘めていた。

 だが、オレは真に驚いたのはそちらではなく、もう片方の――右目の方だった。


 なぜなら少女が持つ右目。そこにあったのは――空洞であった。

 いや、それは正確ではない。

 虚ろ。そう評していい真っ黒な穴が少女の右目にぽっかりと空いていた。

 一瞬、それこそ一秒にも満たない刹那の視線であったが、それと目が合った瞬間、オレは言いようのない何かを感じた。

 まるで底のない深淵を覗くかのような感覚。

 だが、オレがそれに感じ入るよりも早く少女は慌てた様子で右目を髪で隠し、すぐさま両手で自らの体を抱き、後ろに下がる。


「……だ、誰……? こ、ここは……どこ……?」


 明らかに怯える様子の少女に対し、オレは慌てて両手を上げて無害なアピールをする。


「あ、オレの名前は安代(あしろ)優樹(ゆうき)。で、ここはこっちにいるイストって魔女が住む古城だよ」


「うむ、その通りじゃ」


「ちなみに私の名前はブラック。こちらのユウキ様にお仕えする黒竜だ」


 それぞれの名乗りに対し、しかし少女は怯えた様子でオレ達を眺めるだけ。

 うーむ、やはり警戒されている。

 それもそうか、いきなり目の前にオレらのような人物がいたら怪しんで当然。

 というか、先ほどの光と同時にこの少女が現れたということは、もしかしなくてもこの少女は――。


「ユウキ。おそらくじゃが、この少女はお主同様、異なる世界から来た人物である可能性が高い」


 やはりか。

 先ほどの光が収まると同時に魔法陣に現れた少女。

 普通に考えれば、それは少女がこことは異なるところから呼び出されたと考えるべき。

 しかも事前にイストが異なる世界との門を繋ごうとしたんだ。

 おそらくはオレのスキルと魔法陣の力が合わさり、この少女を異なる世界からここへ呼び出した可能性が高い。

 となると、この少女のこの惨状の原因はオレということになる。


 参ったな……。

 あの王様にいきなりこんな世界に呼び出されて迷惑していたというのに、まさかオレがあの王様と同じような過ちをしてしまうとは。

 目の前でおびえている少女を眺めながら、その恐怖も仕方ないものであり、同時に少女をこんな目に遭わせてしまったことを申し訳なく思う。


「……み、皆さんは……わ、私を……ど、奴隷にするつもり……なんですか……?」


「え?」


 だが、そんな事を思っていると目の前の少女は驚くようなことを口にする。


「奴隷ってなんでまたそんなことを……?」


「だ、だって……わ、私の右目……『虚ろな瞳』……呪われた証……です……。こ、こんな穢れたものを持った者なんて……殺すか……奴隷として使い捨てるか……ど、どちらかしかありません……」


 そう言って怯えるように縮こまる少女。

 虚ろな瞳って、あの右目のことか。

 確かに普通では考えられない穴のような目を彼女は持っていた。

 イストとブラックはそれを見ていないのか小首をかしげるが、しかし、少女がおびえていることだけは本気で伝わっている様子だ。


「……ふむ。その虚ろな瞳とやらは分からぬが、その額から生えた角。少なくともこの世界にいる種族にそのような角が生えたものはおらぬ」


 イストの発言に少女は慌てたように角を両手で隠すが、すぐに自虐的な笑みを浮かべる。


「そ、そう……ですよね……。わ、私……右目以前に……角持ち……ですもんね……その時点で奴隷でしたね……。ご、ごめんなさい……。こ、ここがどこかは分かりませんが……ど、どうか……い、命だけは……た、助けて……ください……。その代わりに……奴隷でも、なんでもします……だ、だから……お、お願いします……た、助けて……助けて……」


 そう言ってガタガタと震えながら涙を流す少女。

 その有様はあまりに痛々しく、出会ったばかりなのに見ていられない有様であった。


「イスト。この子――」


「何も言うな、わかっておる。おそらく先ほどの儂の実験によって、異なる世界よりこの少女を呼び出してしまったのじゃろう。しかも、見る限りおそらく奴隷階級の娘で劣悪な環境、仕打ちを受けてきたと見える。種族的、あるいは何らかの身体的特徴によって。いずれにしても、この子をここに呼び出した責任は儂にある」


 そう言ってイストは頷くようにオレを見る。

 ブラックはオレの考えに従うといった風な顔であり、オレはそんな二人の顔を見た後、目の前の少女へと近づく。


「ひっ……!」


 ほんの少し、手を伸ばしただけで少女は身をかがめて、両手で頭を押さえる。

 なるほど。この子にとって誰かに手を伸ばされるという行為は、そういう意味を持っているのか。

 その僅かな態度だけで、目の前の少女がどんな境遇にあったのか想像が出来、オレは僅かに胸を締め付けられるような気持ちになるが、そのまま手を伸ばした後、少女の手を優しく包み込む。


「大丈夫だ。オレ達は君を奴隷になんかしない」


「……え?」


 少女はオレの言葉に驚いたように顔を上げ、オレの目を見つめる。


「というよりも君をこの世界に勝手に呼び出してしまったのは、どうやらオレ達の方だ。すまない。だから、そのお詫びというわけじゃないけれど、君のことを保護したい。オレもまだこの世界に召喚されて日が浅いけれど、だからこそ君の不安とか恐怖とか少しは分かるつもりだからさ。よければでいいから、オレ達を信頼してもらえないかな」


 なるべく怯えさせないように優しくオレは少女に呼びかける。

 少女はそんなオレの顔を見つめながら、隣にいるイストやブラックの方も見る。


「ま、儂も同じようなものじゃ。手違いとは言え、お主を勝手に召喚した責任は取る必要がある。この世界に来たばかりで行くあてもないじゃろうし、こんな城でよければ好きに部屋を使ってかまわぬぞ。無論、奴隷扱いなどする気はないぞ」


「私はそちらの主様――ユウキ様の意思に従うのみです。主様があなたを保護するというのなら私もそれに同意するだけです」


 二人のそんなセリフに少女は息を呑み、そして最後にもう一度オレの方を見ながら問いかける。


「……あの、本当に私を奴隷に、しないんですか……?」


「しないよ。というよりも、どっちかというとこれからは一緒に暮らす仲間、家族みたいな感じで君を迎えたい」


「か、ぞく……」


 その言葉に少女はなぜだか涙ぐみ、視線を落とし、静かに頷く。


「……はい……わ、私、なんかでよければ……お、お願い、します……」


「こちらこそよろしく。それでよければ君の名前を聞いてもいいかな?」


 尋ねるオレに少女は俯いたまま小さく答える。


「……ファナ。ファナ・ルー・ファナです……」


「うん、分かった。よろしくね、ファナ」


 少女――ファナの名乗りにオレは彼女の頭を優しく撫でて頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます