第29話 家の敷居は跨がせない理由

 そんなこんながあったのに。

 三枚重ねされた毛布に、僕の両隣にアムちゃんとエリスちゃんが配置される形で密着しながらの就寝を迎えていた。

 ユノちゃんはエリスちゃんに抱っこするよう寝ている。エリスちゃんも抱っこされているのに鬱陶しさを感じる様子は微塵もなく、その顔は母のように穏やかだった。

 エリスちゃんの性格からすると、面倒見が良いタイプだとは思えない。そんな子に母の顔をさせるのだから、ユノちゃんはよっぽど庇護欲を掻き立てられる存在なのだろう。母性本能をくすぐりまくるというやつか。


 僕の喫茶店コンセプトでは、どうしても男性視点で魅力的な娘を配置しようとしてしまう。その特性を活かすための演出を盛り込もうとしてしまう。

 なので、男性客への受けはいいかもしれないが、女性客からは白い目で見られ、非難されかねない。それが気掛かりとして燻っていた。

 もしかするとユノちゃんは、女性客からの支持を得る役を引き受けてもらうべきなのではないか。

 本人が寝ている間に判断を下すのは可哀想だが、僕の心は決まった。

 ユノちゃんに被ってもらうのは帽子ではない。

 ようこそ、アキルノパークへ。


+*+*+


 朝食は三人で手分けして作ってもらえた。

 食材は昨晩の残りから選定されたため、朝食にしては重めの料理が出揃ってくる。

 しかしそれでも堂々とメインを張っている目玉焼き。僕の家ではこれが無いと朝を迎えた気がしないとまで言える。

 今日も醤油との相性はバツグンだ。

 エリスちゃんとユノちゃんが揃ってソースを掛けているのを見た時には、やっぱりここって異世界なんだなあと溜息が漏れそうになったけども。


 エリスちゃんとユノちゃんは、まだ朝の冷え込みが抜け切っていない寒空の下、孤児院に帰っていった。

 冬らしく雲の薄い快晴で、さすがにお天道様が見守ってくれているから連れ添いは不要だろう。


「父様、今日はどちらか行かれますか? アムは造花関連が片付きましたので、しばらくは決まった用がありませんから、いつでもどこへでもお供いたしますよ」


 そして手には、この二日間で荒稼ぎした成果である憧れの諭吉さんが複数枚握られていた。今まで薄っぺらいままだった財布に、大事に大事に収める。

 大事にするのも結構だが、お金は使わなければ価値がない。どう使うのかが一番大事だ。


 そうか。これを元手に府中あたりで増やすのもありだよね。

 違うだろ、と脳裏に競走馬や競艇が疾走するのを振り払いながら、これからの未来を安定させるための物品に差し替えた。


 まずは最寄りのガス屋さんに行き、ガスストーブの購入と取り付け予約を入れた。暖房器具の導入は、引き換えにアムちゃんの温もりを手放すおそれがあったが、そのままでは健康を手放しかねないため常識的な天秤に掛け、決断した。

 取付工事の繁盛期は過ぎているため、今日の午後にでも工事できると返答をもらったのでそれでお願いした。


 続いて、繁華街の方にある『驢馬放手』と言う名の日用雑貨店(ディスカウントショップ)に行き、日用品の増強をする。特に、普段着がジャージでは女の子の尊厳が失われそうだったので、ブティックの服とは掛け離れた野暮ったい大量生産品ではあるけれど少しは女の子らしさを感じられる服を買い揃えた。

 アムちゃんの服装センスは男の僕から見ても壊滅的で、今までの人生で磨かれる機会が皆無だったのだろうと痛感させられた。だから完全に僕の趣味と直感で決めさせてもらった。どの服にもフリルが多めなのは言うまでもないだろう。この世界だとゴスロリってどう言うんだろうか。

 複数着の服やら器具類は手で持ち帰れない物量があるので、送料の負担は痛いが繰り返し来る手間暇を考えたら送った方がいいからと配送をお願いした。

 貨幣と引き換えに、現代社会の利便性という恩恵を受けられる喜び。諭吉さん他、偉人の皆さんありがとう。

 実は買ったのは日用品だけではない。いわゆるパーティーグッズコーナーが充実しているこの店では、面白い衣装も多く取り揃えられている。

 衣装とは違った趣を加える小物で、客に驚きと気付きを与えるのも試していきたい。何よりこれは、ユノちゃんの特性を活かす上で欠かせない装備になるはずだ。

 でもこの球状の取り付け器具が付いている尻尾アクセサリー、どうやって装着するんだろうね?


「ああ……このお店のヴルスト、食べるの久しぶりで感動しちゃいます……」


 帰りの途でフランクフルトソーセージにしか見えない物を焼いて売っている店を見つけたアムちゃんにせがまれて、ヴルストと呼ばれる肉の棒を買ってあげた。いや、このお金を稼いだのは全てアムちゃんなのだから僕が買ってあげたというのは筋違いだ。本来、僕には使い道の選択権はない。どんどん自分のために使ってほしいくらいだ。

 久々の味をじっくりと楽しみたいのか、舌を伸ばしてゆっくりと口に挿れていく。

 すぐには噛まずに再び出し、舌を這わせながら口内に挿れてを繰り返していた。

 たっぷりと味わいたいのだろう。それはわかる――けどね?

 駄目だよアムちゃん、その思わせぶりな出し挿れと舌使いは僕のソーセージに効く。


「おにぃ、知ってた? ソーセージはフランス語で、ヴルストはドイツ語なんだよ。そもそもフランクフルトはドイツの都市名だから、フランクフルトと聞いて太いソーセージを連想するのが間違いなの。それに、ウインナーコーヒーはオーストリアのウィーンって都市名が元だから、ウインナーソーセージを入れたりはしないよ。喫茶店でウィンナー珈琲を出すとしたら、クリームの代わりにソーセージを入れて出さないように気を付けてね」


 なぜか帰り道でバッタリと遭遇した聖薇ちゃんに、アムちゃんの舌使いを忘れさせてくれる知識お披露目の滝に打たれ、敢え無く僕のヴルストは沈降していった。

 聖薇ちゃんも片付けが終わったら年を越すまでは暇を持て余すそうなので、今日は街に繰り出して気分を開放させようと張り切って歩いてきたところ、目聡く僕らを視界に捉えて駆け寄ってきたらしい。

 遠目でも、その暴れるほどに揺れて迫る胸威にて聖薇ちゃんだと気付いた僕もどうかしているが。


「さてアムちゃん、ここで会ったが百年目だよ。今日こそ念願を叶えさせてもらっちゃうからね」


 聖薇ちゃんの瞳の奥が怪しく光る。


「そうですね、父様が昔からの父様だけじゃないところ、知りたいですから……わかりました。家にお越しくださいセラ姉様」

「やったあ!」


 飛び跳ねて喜びを示す聖薇ちゃん。バインバインと表現される擬音が擬音でなくなりそうなほど音を立てて揺れる様子が凄まじい。

 ああ聖母・真理愛様。僕も敬虔な信徒に下る準備は出来ております。


+*+*+


 家に帰り着き、聖薇ちゃんは今までこの家に入ることが許されなかった原因であるアムちゃんとの確執について、本人の目の前で僕に明かしてくれた。


 聖薇ちゃんにとってのアムちゃんは、孤児院に居る中で最も御しやすい素直な子との評価であり、僕と同じ姿形をしたロムという人物が同じ住所に居ることを突き止めてから、自分がいきなり乗り込んでは警戒されるかもしれないからと、偵察どころか捨て駒の突撃兵扱いでアムちゃんを送り込むことにしたらしい

 赤裸々すぎる告白に、アムちゃんの表情が固くなったようにも見えたが、その目は続きを促すように興味津々な色をたたえていた。


 話から察するに、アムちゃんを養子にしたのはロムさんの意志よりも、聖薇ちゃんの思惑によるものらしかった。


 やがてアムちゃんはロムさんとお近づきになって、狙い通りに個人情報を得られる状態になったものの、聖薇ちゃんが与えたロムさんを探って情報を引き渡すという使命を放り出し、偵察の域を超えて踏み込んだ親子関係が出来上がってしまった。

 自分よりも先に強い絆で結ばれてしまった二人の関係に焦りを覚えた聖薇ちゃんが、孤児院に出向いたアムちゃんに対して何をしているのかと問い質したところ口論に発展してしまい、アムちゃんの立ち位置に自分も収まろうと言い訳を並べる間に口を滑らせた聖薇ちゃんがロムさんを想い人として狙っているとバレたため、娘として看過できませんと今後家に入ることを許可しないとブチ上げたらしい。


 お互い、口論による一時の感情のたかぶりによる、やりすぎた判断だったと釈明した。そうだね、こういう口約束ってその場の流れで決めちゃうんだけど、なんでか意地になってなかなか取り下げられないもんだよね。

 聖薇ちゃんは猪突猛進タイプだし、アムちゃんは感情に流されてしまうタイプだから、口論に発展しやすい組み合わせという意味では相性が悪い。でもそれ以外は仲が悪くなる要素は無いように思えるし、事実としてアムちゃんは聖薇ちゃんを慕うような口ぶりでセラ姉様と呼んでいる。今後は心配しなくてもいいだろう。


 ならばここで僕が採択すべき選択肢は決まってくる。


「僕は二人が仲良くしてくれているのが一番の幸せだよ。ついでにでいいから、二人とも僕を変わらず好きでいてくれるともっと嬉しいな」


 正解を引いたのかは、この世界というゲームシステムは明かしてくれない。

 でも、両側から伝わる温かさと柔らかさは、二人とも僕の言葉を受け入れてくれる意思表示として間違えようのない満点回答だった。

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