第26話 実食判定
予行演習の成果として見えてきたことがある。接客をする上で欠点となってしまう三人の性格と特徴だ。
アムちゃんはそつなくこなすが、営業スマイルは出来ないので注文を取る際や配膳する際の顔が嫌々やっているように感じられるのが客には悪い印象を与えるだろう。
ただし笑顔が出ないわけではなく、顔見知りと会って相手が笑顔になると釣られて笑顔を見せるので相手次第となってしまうのが厄介だ。
エリスちゃんは張り切ってビールをジョッキになみなみと注いでから早足で歩いていたため、通った後にビールの飛び散った跡が残っていた。
今回は外だったからいいものの、店内では汚れるし、滑りやすくなるので気を付けてほしい。
ユノちゃんは丁寧すぎるほど丁寧な接客で、慎重すぎるほど慎重に動くため、一連の行動に時間が掛かり過ぎてしまう。
会話も得意ではないようで、注文を取るのも手こずっていた。相手によっては苛つかせたり、不安にさせてしまうだろう。
しかし、笑顔は花丸だった。そのおかげか客から不満の声が上がっている様子はなかったので、ぜひ店でも活かしてほしい。
三人の育成方針を頭の中で捏ねくり回しながら寒空を見上げていたら、空の青にアムちゃんとエリスちゃんの青い目が被さってきた。
さすがにもうディアンドルは返却していたようで着ていなかったが、代わりの皆一様にエプロンドレスにコートを羽織った姿だった。
チアキさんからの伝言によると、メード服は特殊なので複数はまだ用意できないが、これは一般に着られている服なので現時点での代用としたらしい。
「父様、たくさんの食材をいただきましたので、今日は店に寄らずに家へ帰りましょう」
「私達もお邪魔させていただきますわ」
「……よろしくお願いしますぅ」
アムちゃんが、犬猿の仲に思えたエリスちゃんを自陣に招き入れる決心をしたのは意外に思えたが、苦渋の色がありありと見えるので、きっとエリスちゃんが提案して押し切ったのだろう。
朝食の時に繰り広げられた一幕から連想すると、何らかの勝負事を仕掛けられたのかもしれない。二人仲良く負けず嫌いのようなので、引くわけにも行かなかったのだろうか。
家への帰路では、アムちゃんが僕の腕をガッシリと掴んで離すまいとの意思がありありと感じられた。
寒いのでちょうどいいけれど、あまりにも密着してひっつかれているので歩きにくかった。
背後からは時折エリスちゃんの「少しは離れたらどうですか」と非難するような声が聞こえてきたが、逆に腕の力を強められる始末だった。
家に到着し、全員が外気から逃れ人心地ついた気の緩みにより、一斉にホッと溜息を漏らす。
その後、ご厄介になるからと、夕食の調理はエリスちゃんとユノちゃんが担当することになって、アムちゃんは休憩する事になった。どうやらこれから料理勝負に発展するような展開ではなかったようだ。
二人とも聖薇ちゃんから料理を教わっているとのことで、味と見た目に問題は無かった。調理スタッフとしても働けるだけの実力はありそうだ。
僕が好きなおかずが揃っているのも個人的に高ポイントだが、たぶん僕に料理を出すと聞いた聖薇ちゃんの入れ知恵なのだろう。
あちらの世界でご飯を作りに来てくれていた頃の聖薇ちゃんを懐かしく思い出す。あの頃から、エプロンを押し上げる球体の存在感はなかなかだった。
「わたしの作った肉じゃが、変でしょうか……」
思わずユノちゃんのエプロン姿を凝視していたため、睨んでいるように見えてしまったのか、自分の料理に否があったのではないかと不安を抱かせてしまったらしい。
可哀想なくらい目に見えて縮こまってしまったので、すぐさま誤解を解く。
「いやいや、美味しさに感動するあまり固まってしまっていただけだよ。これほどの肉じゃがが作れるんだから、将来の旦那さんは幸せ者だなあ」
「わあ、そう言ってもらえてうれしいです!」
一転して笑顔に染まる。どうやら会話の選択肢は正解を引けたようだ。
しかしここで敢えて厳しい一言を告げる事にした。彼女は今ではもう僕の育成対象であり、メード候補生だ。ちゃんと僕なりに責務を果たさなくてはならない。
「ユノは自分を客観的に評価できるようにならないといけないだろうね。何かと自信なさげに不安な姿を見せたら周りも不安になってしまって、悪い印象が残りやすくなってしまうから正当な評価が得られにくくなって、ますます自信がなくなってしまう負の連鎖が発生しているんじゃないかな。自分を磨いて、積み上げたものを自覚して、実績を得ていけば、やっている事に自信が持てるようになるはずだよ」
「はいっ、わかりましたっ、やってみますっ」
僕の言葉に感化してもらえたのか、わずかだが意志の強さが込められ引き締まった顔に変わった感じがした。ユノちゃんが自分磨きに強い自覚を持って取り組んでくれるようになれば、いつしか周りから出来る女と評価されるようになるかもしれない。
「次は私の作ったこの
エリスちゃんからの実食リクエストが入り、いわゆるハンバーグと思われる料理が乗った皿が差し出された。ハンバーグはドイツ語が語源だからそう名付けられていても良さそうな気がするんだけど。
食べたら普通に美味しいんだけど、ここはお店で出す場合を考え、敢えて厳しい指摘をしなければ。
「美味しいよ。でもこれ、お客様に出す料理だと考えながら作ったの?」
「お客様とは考えておりませんでしたが、ロム様に喜んでいただけたらと思いまして、男性が好むと聞くこの料理を選びました」
「合格」
女の子が僕のためを想って作ってくれた料理を不合格にできるはずないじゃんか。その言葉で評価が最高潮に達しないなんて御主人様はいるはずもない。
しかしここは心を鬼にして、改良の提案をする。
「焼き加減が僕にはちょっと固すぎると感じたな。好みが分かれるところだから、事前に選べるようにするといいよ」
「そうですね。初めて出す方の好みは聞かなければ分かりませんものね。その視点が欠けておりました。以後、注意いたします」
すんなりと受け入れてもらえて助かる。
味についてはレシピを理解していない僕がしゃしゃり出るわけに行かないので、そこの評価と改良は、調理場を任せられるらしい聖薇ちゃんに丸投げしようと思っている。なので料理に関して僕が言えるのはこのくらいだ。
もし店でハンバーグを出すのであれば、焼き加減だけでなくソースも数種類用意したいので、ストックも多くなってしまう。もしエリスちゃんの得意料理がこれだったとしても採用は難しいだろう。
そもそも、エリスちゃんはホールスタッフとして期待しているわけだし。これほど綺麗な容姿で客を惹きつけられそうな子を裏方に回すのは勿体無い。裏方の親分になりそうな聖薇ちゃんが聞いたら怒られちゃうかもしれないけど。
それに、言い忘れちゃならない事がある。
「でもさっきの言葉はぜひ店でも言ってほしいな。料理を出す時、御主人様を想いながら作りました、と一言を添えるようにしよう」
「それを初対面の方に言うのですか?」
「うん、そうしてほしいんだけど」
エリスちゃんの顔が曇ってくる。
どうやら反論がありそうだ。
「何か言いたい事があるなら言ってみて」
「……さすがにそういった言葉を告げる相手は選びたいのですが」
「でも、そう言ったことを言ってくれたらお客様は喜ぶはずだよ。さっき、僕がそれを実感したんだし」
「ロムさんはその……親しい方なので問題ないのです。ですが誰にでもそう接するのは私としては難しいですね」
うん、わかった気がする。
エリスちゃんはまだ働いたことがないから、こういった店特有の【恥ずかしい決めゼリフ】を言うのに慣れていないのだろう。
割り切れるかどうかは性格によって個人差があるだろうからね。
(このにぶちんめ)
なぜかここで聖薇ちゃんの声が聞こえてきた気がしたが、目の前にいるのはどこか拗ねたような顔をしているエリスちゃんに間違いなかった。
本人は僕の意向が不満なようだから、とりあえずは慣れてもらうまでこのサービスは封印することにしよう。
当然、更に恥ずかしい系になってしまう、美味しくなる呪文の係もエリスちゃんは除外だ。他に役どころを見つけなくては。
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