第63話 今必要なのは、解毒剤②
「あ、確かに美味いな」
「でしょ?」
流石は今流行りのカフェなだけある。俺は千恵とは違いクレープとブラックコーヒーを頼んでみたのだが、思っていた以上の味だったので正直驚きだ。
極限まで薄くされた乳白色の生地に包まれた弾力の強いホイップクリーム。俺が大好きなイチゴも良いアクセントになっていて最高だ。これならいくらでも食べれそうである。
あと、調子に乗ってブラックコーヒーを頼んでみたが、やっぱり俺の舌にはまだ早いようで滅茶苦茶不味かった。やはり大人しくミルクコーヒーを頼んでおけばよかったとはここだけの話。ただ目の前の2人には何とかバレずにいきたい。
だがまぁ、先程余裕での表情で一気飲みしてやったので恐らく大丈夫だろう。
「はは、兄ちゃん無理しなくてもいいよ?」
「・・・なにがだよ」
「ふふ、かわいぃでちゅねぇ~」
「・・・」
むかむかむかむか・・・・
こいつ、とてつもなくウザイ表情で俺の頭をなでなでして来やがった・・・。何たる屈辱。こんどガチのゴキブリ寝室に忍ばせてやろうかこの女。
「・・・相変わらず、だね」
「うん?なにが?」
「いや、相変わらず芦田兄妹は仲が良いなぁ~って思って」
「そうかなぁ。普通だと思うけど」
「普通ではないと思うよ・・・?」
まあ確かに普通ではないな。特に千恵は。俺は全くもって正常だ。
だが兄妹なのに全く似ていないという点においては、普通ではないと言える。
「あ、そう言えば千恵ちゃんってまだ武流君と結婚し――」
絵里奈が今気付いたように何かを言いかけたその時。
「はぁ!?意味わかんないんですけど!?なに言っちゃんってんの?!」
「え?そんな怒る!?」
絵里奈的には、話のネタとしてそんな深い意味もなく出た発言なのだが、思ったより千恵が過剰に反応したため逆に驚いた始末。
「そんな昔の事今更言わないでもらえる!?」
「あ、うん。分かった・・・」
まさかそんな反応されるとは思っていなかった絵里奈は、明らかに納得していない顔で頷く。
「おいっ、こんな所で騒ぐなっ千恵」
「え?」
「この時間帯結構人居るんだから。ほら皆こっち見てるじゃんか・・・」
俺がコソコソとした声で千恵に呼びかけると、千恵は我に返ったように言葉を零す。
うぅ・・・こういう視線が一番苦手だ・・・。
周囲の人間が俺達を訝しげに見やるその視線に、背中に冷たい汗がスッと通ったのは自覚する。
千恵が大声を出したせいで今やかっこうの的だ。洒落た雰囲気が取り柄の【Sun Jeriol】をぶっ壊した超迷惑客である。今頃ネットに晒され、近いうちにスカッと○ャパンに出演するやもしれん。
だが、状況はどこまでも俺に楯突きたいらしく――
――うわぁ、もしかして修羅場・・・?
――しかもあんなに可愛い子たちを・・・最低ね
――二股男・・・
――パッとしない顔の癖になんであんな子たちを手玉に取れるのかしら
――ああいうのは外でやって欲しいんだけど
うっそぉー!?
なんで俺に標的がすり替わってるんだよ!俺全くの無関係だかんね!俺は黙ってブラックコーヒーをチビチビ飲んでいただけなのにっ。全部こいつが悪いんですけど!
だけどまあ、学校のトップカーストが俺みたいな底辺と一緒に居るんだから勘違いするのも仕方ないかもしれない。
「あはは・・・ごめん」
「・・・」
ごめんで済まされるなら警察は要らないとは誰の言葉か。
「申し訳ございませんお客様。店内ではお静かにお願いします」
「す、すみません。静かにします」
「よろしくお願いします」
恐らく女子高生のバイトだとは思うが、俺と目が合った時の瞳の冷たさを俺は忘れはしない。絶対零度すら超えてきそうなその瞳は、俺の事を心底軽蔑しているかのようだった。ひどい。
あの、俺一応客だからね・・・?
「はぁ・・・」
「ご、ごめん。兄ちゃん」
「いや、(今度ゴキブリをベッドにインしとくから)いいよ」
必ず実行すると、俺は今誓った。
「で、なんでそんな大声出したんだよ?」
「そ、それは・・・」
”結婚”というワードが出てきたが、多分それは――
「千恵が小さい頃言ってたことか」
「うぅ~覚えてるし~」
千恵は頬を赤く染め悶える。
小学校の頃だったか、千恵が俺にベッタリとくっ付くようになったのは。当時は本当に大変だったのだが、今では大分収まってきていて安心していた。
――兄ちゃんとけっこんするから、わたしっ、ウェディングドレス作る人になるっ!
ああ、あの純粋無垢な少女はどこへやら。今となっては悪女へと大変身を遂げた人の顔をした悪魔である。
そしてそれは絵里奈も知っていたようで、先程の状況になったわけだ。
「あの時は本気で驚いたのを覚えてるなー」
絵里奈が思い出を探るように、微笑を浮かべ話す。
「恥ずかしいからやめて・・・あれは本当に黒歴史だから・・・」
「ふふ」
「そんなんが黒歴史なら俺、千恵の黒歴史余るほど知ってるわ――いたっ!」
くっそ、こいつ足踏んできやがった・・・
「余計なことは言わないの」
「そうだよ武流君。女の子には聞いていい事と悪いことがあるんだから」
「そうですか・・・」
女の子の秘密、ねぇ。
だったら――
「祐樹の黒歴史は話していいだろう?」
「っ・・・!」
いつまでもペチャクチャ喋っていてはきりがない。
さっさと本題に入って俺は帰りたいんだよ。
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