第33話 試験勉強、猫とハプニング
今日も今日とてアリスの部屋で勉強会である。
この1週間は、とにかく勉強漬けだった。
なにせアリスは直接勉強を教えてくれるだけでは飽き足らず、自宅で解いておくようにと、宿題まで課してくるのだ。
しかもこれがまた、なかなかのボリューム……。
容赦のない教師っぷりである。
だがその甲斐あって、俺の試験対策はいつになく準備万端に仕上がっていた。
◇
「……よし、ぜんぶ解けたぜ。
さぁアリス。
これでどうだ!」
解き終えた答案用紙をアリスに手渡す。
これはアリスがわざわざ手作りしてくれた、数学の予想問題だ。
「お疲れ様です、大輔くん。
では採点をしますので、少し待っていて下さいね」
受け取った答案に、アリスが真剣な顔つきで目を落とす。
まったく自分の勉強もあるだろうに、こんなに世話を焼いてくれるなんて、ありがたいことだ。
今後勉強については、俺はもうアリスに頭が上がらないだろう。
「……ん。
大丈夫です。
ほとんどの問題が、しっかり解けています」
「ふぅ。
そりゃ良かった。
じゃあこれで、勉強会は終了ってことで構わないか?」
「はい。
問題ないと思います。
ですが試験中も、復習を欠かさないてくださいね」
ようやくアリスのお墨付きがでた。
頑張って勉強した甲斐がある。
「……しかし大輔くんはすごいですね。
最初はあんなにわからない問題だらけだったのに、たった1週間で、もうこんなに解けるようになりました」
「まぁ、根を詰めて勉強したからなぁ。
なにせアリスが出す宿題が、べらぼうな量だったしよ。
ははは……」
容赦のない量の宿題を思い出し、思わず乾いた笑いをこぼしてしまう。
「それでもすごいです。
というか、わたしも良かれと思って張り切りすぎたかもしれません。
すみませんでした」
「いや、なんでアリスが謝るんだよ。
世話になってるのは、俺のほうだってのに」
頭を下げるアリスに鷹揚に手を振って返す。
ところで、もともと俺は勉強は嫌いだが不得手ではない。
頑張ればそこそこの成績は残せるし、実際中学のときはそれなりに勉強していたから、地区で一番の進学校である都立天光寺高校にも入学できたのだ。
「ふぁぁ……。
あふ」
気が緩んだ途端に眠気がやってきた。
「ふふ。
大きなあくびです。
大輔くん、睡眠不足ですか?」
「まぁな。
ここ数日は遅くまで起きて、宿題をこなしてたからなぁ」
「なるほど。
では明日から試験ですし、今日はゆっくりと寝て下さい。
勉強会、お疲れ様でした」
「おう、お疲れ様。
ありがとうな。
ほんと助かったよ」
礼を言ってから、眠気覚ましに紅茶のお代わりでもと、ポットに手を伸ばす。
しかし紅茶はすでに空になっていた。
「ありゃ。
もうないのか」
「あ、ほんとですね。
気付かずにすみません。
新しく淹れてきます」
アリスがポットを持って立ち上がる。
「あ、そうです。
淹れなおすついでにおやつにしましょう。
勉強がぜんぶ終わったら大輔くんに食べてもらおうと思って、クッキーを焼いておいたのです」
「おー!
そりゃ嬉しいな。
何から何までありがとうな。
また今度、礼をするよ。
なんか希望があれば言ってくれ!」
「いえ、気にしないで下さい。
わたしのほうこそ、いつも大輔くんにはお世話になりっぱなしですので。
ではすぐに戻るので、少し待っていて下さい」
アリスはパタパタとスリッパを鳴らして、部屋を出て行った。
◇
アリスが戻ってくるまでの間、俺は少し手持ち無沙汰になった。
なんとなく部屋を見回す。
以前来たときと変わらず、飾り気のない部屋だ。
でもどことなく、前よりも温もりが感じられる気がする。
これはアリスの性格が少しずつ明るくなってきているからだろうか。
取り止めもなくそんな事を考えていると、少しだけ開いたままだったドアの隙間から、白い子猫が入ってきた。
「……にゃあ」
「ん?
なんだ?」
「にゃあぁ」
「ああ、お前か。
久しぶりじゃねーか。
元気にしてたか?」
こいつは俺がアリスと出会うきっかけになった白猫で、たしか『マリア』とかいう名前をつけてもらっていたはずだ。
「なんだぁお前。
少し見ない間にデカくなったなぁ」
ひと回り大きくなった子猫をみて、すくすくと育ってるんだなと嬉しくなる。
「ほら。
撫でてやるからこっちこい」
「みっ」
手招きして呼び寄せるも、猫はこちらには来ずにクローゼットのほうに歩いていく。
「なんだ、愛想のないやつだな。
もう俺のことは忘れちまったか?」
「にゃあ」
返事をしているつもりなのか、猫は軽く鳴いてみせてから、少しだけ開いていたクローゼットの扉の隙間に頭を押し当てた。
どうやら中に入りたいらしい。
しかしその隙間はほんの僅かで、立て付けも少し悪いようだ。
なかなか頭は通りそうにない。
だが白猫マリアは諦めず、無理矢理額をねじ込み続けて――
「み、みぃ⁉︎」
そのまま扉に挟まってしまった。
「みっ⁉︎
みぃぃぃい゛!」
「おわっ⁉︎
お前、なにしてんだよ!」
「にゃあ!
にゃあああ゛!」
「ま、待ってろ!
いま助けてやっから!」
慌ててクローゼットに駆け寄り、扉を開けてやる。
「ふぎぃ!
ふにゃぁあ!」
隙間から解放されたマリアは、最後に大きな鳴き声を発したかと思うと、一目散に部屋の外へと走り去っていった。
◇
「……ふぅ。
まったく、なんだったんだあいつは」
猫だというのにクローゼットのドアに挟まってパニックになるとか、お間抜けにもほどがある。
おかげで眠気も吹っ飛んでしまった。
「あらまぁ……」
乱暴に開けてしまったせいでクローゼットの中身が少し散乱してしまっている。
「はぁ、アリスが戻ってくるまでに片付けるとするかか。
……ん?
なんだこれ。
よっと……」
フローリングの床に落ちていたコルクボードを手に取り、なんとなく裏返してみる。
「おわっ⁉︎
こ、こいつぁ……!」
それを見て、思わず目を見張る。
ついでに驚きの声を上げてしまった。
なんとそのコルクボードには、俺の写真が何枚も貼り付けられていたのだ。
◇
「な、な……」
びっくりして固まっていると、廊下からトントンと足音が聞こえてきた。
アリスが戻ってきたのだ。
「紅茶淹れてきました。
ところで大輔くん。
いまマリアが毛を逆立てて、凄い勢いで走っていきましたが、なにかあったので、す……か……?」
紅茶とクッキーの乗せられたトレイをテーブルに置いたアリスが、俺の手元をみて固まった。
「だ、大輔くん⁉︎
そ、それはっ。
その手に持っているコルクボードは!」
アリスが慌てふためいている。
というか、こんな彼女をみるのは初めてかもしれない。
「あ、ああ。
悪りぃ。
クローゼットの中から出てきたんだが……」
そっとひっくり返して、俺の写真が貼られている面を見せる。
「――っ!!
あ、あ……。
ん〜〜〜〜っ⁉︎」
その瞬間、いつもは無表情なアリスが変な声を漏らしながら真っ赤になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます