第18話 青い空と赤面するアリス

 1限目と2限目の合間の休憩時間。


 特に話す相手もいない俺は、いつも通り机に突っ伏して居眠りをしながら、時間が過ぎるのを待っている。


 今日も、昼になったらアリスを誘いに行こう。


 そんなことを考えてウトウトしていると、急に教室がガヤガヤし始めた。


「……なんだ?

 騒がしいな」


 顔を上げてクラスメートたちの見ているほうに、俺も目を向ける。


 すると彼らの視線を追った先、教室の後ろの扉に、可憐な金髪美少女の姿があった。


 西澄アリスだ。


 俺と目があったアリスは、扉に半分くらい身を隠しながら、ちょいちょいと手招きをしてくる。


 席を立ち、彼女の元へと向かった。


「どうしたアリス。

 E組までくるなんて初めてじゃねぇか」


「大輔くんに用事がありまして。

 今日のお昼は空いていますか?」


「ん?

 昼はお前と一緒に、学食でもと思ってたが」


「……そうですか。

 それなら、ちょうど良かったです。

 大輔くん。

 今日は屋上でお昼ごはんを食べませんか?

 わたし、お弁当を持ってきましたので」


「ああ、いいぞ。

 なら俺は購買でパンでも買うことにするわ」


 アリスがゆるゆると首を振る。


「……大輔くんのぶんもあります。

 作ってきました。

 だからパンは買わなくても大丈夫です」


「まじか⁉︎

 アリスの手料理か?」


 思わず声を張り上げてしまう。


 するとアリスは少し頬を赤らめて、こくりと頷いた。


「じゃあ、約束です。

 お昼に屋上で」


「おお!

 すっげぇ楽しみだな!」


 アリスはもう一度頷いてから、そそくさとA組へと戻っていった。


 やっぱりちょっと恥ずかしかったらしい。


 彼女が見えなくなるまで後ろ姿を見送ってから、俺も席に戻る。


 振り返るとE組のやつらが驚いた顔で見つめてきた。


「い、いまのってA組の西澄だろ?

 やっぱり可愛いなぁ……。

 北川とどんな関係なんだ」


「知らねえよ。

 お前、北川に直接聞いてこいよ」


「む、無理だって。

 機嫌を損ねたら、なにされるかわからないって言うし」


「北川のことだし、まさか500円で言うことを聞かせていたり……」


「バッカ。

 ただの噂だろ、それ」


 急にクラスのやつらが騒がしくなるも、誰も俺には話しかけてこない。


 俺はクラスメートのことは特段気にもせず、昼に想いを馳せながら、上機嫌に椅子の背もたれに体を預けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 屋上にやってきた。


 今日の天気は快晴で、青く高い空には真っ白な雲が浮かんでいる。


「ここにしましょう」


 アリスが持参してきたレジャーシートを敷いた。


 ふたり用のそのシートに、小さな弁当と大きな弁当を並べる。


 屋上には俺たち以外にもグループで昼食を食べている生徒が散見できたが、レジャーシートまで敷いているのは俺たちだけである。


 気分はまるでピクニックだ。


「用意できました。

 座って下さい」


「あんがとよ」


 シートに腰を下ろし、向かい合ったアリスから大きいほうの弁当箱を受け取る。


 ふたを開けると、中身はオーソドックスな弁当だった。


 白いごはんが半分で、もう半分は色とりどりのおかず。


 出し巻き卵に、タコさんウィンナーに、小さなミートボール。


 どれも好きなおかずだ。


「どうぞ、召し上がってください」


「おう。

 んじゃ、いただきます!」


 白米と一緒に出し巻き卵を頬張った。


 ひと噛みすると、奥歯に卵の殻と思わしきじゃりっとした食感がある。


 思わず噛むのをやめた。


「……すみません。

 あまり料理は得意ではないので、美味しくないかもしれません」


 見ればアリスの指には、いくつもの絆創膏が巻かれていた。


 彼女の弁当箱のおかずは、どれも黒く焦げている。


 きっと上手に出来たものを選んで、俺の弁当に詰めてくれたのだろう。


 俺が見ていることに気づいたアリスは、さっと指を背中に隠した。


「……お菓子なら割と上手に作れるのですが、料理は苦手です」


 彼女がしょんぼりうな垂れる。


「いつも大輔くんにはお世話になってばかりなので、なにかお返しをしたかったのですが……。

 すみません。

 気が急いていたようです。

 やっぱり上手になるまで、作ってくるべきではありませんでした」


 アリスが俺の弁当を取り上げようと、手を伸ばしてきた。


 だが俺は渡さない。


「……なんでそうなるんだよ。

 うめぇぞ、この弁当」


 再び箸を動かし、もぐもぐと飯を掻き込んでいく。


 食べながら想像する。


 アリスはどんな風に思いながら弁当を作ってくれたんだろうか。


 きっと俺の笑顔に想いを馳せながら作ってくれたんだと思う。


 だから俺は、ごくりと飯を飲み込んでから、ニカッと笑ってみせた。


「ははっ。

 うめぇな!」


 多分アリスは早起きをして、この弁当を作ってくれたのだろう。


 もしかしてこれを作るために、料理の練習なんかもしてくれたのかもしれない。


 そんなことを思うと、胸の奥からじんわりと、暖かな気持ちが湧き上がってくる。


「あっ。

 大輔くん……。

 そんな無理しなくても――」


「無理なんかしてねぇよ」


 黙々と弁当を食う。


 出し巻き卵には卵の殻が入っていて、タコさんウィンナーは一部が焦げ、ミートボールは火を通し過ぎてもさもさしていたが、そんなことはどうでもいい。


 俺はアリスが俺のために料理を作ってくれたことが嬉しくて、すぐに弁当を完食してしまった。


「……ふぅ、ご馳走さん。

 美味かったぜ」


 うな垂れていたアリスが、俺を真っ直ぐみて微笑んだ。


「……やっぱり大輔くんは、大輔くんですね。

 ありがとうございます」


「なんでアリスが礼を言うんだよ。

 こっちこそ、ありがとうだ。

 また気が向いたら、作ってくれよな」


「…………はい」


 頷いた彼女の頬は、少し赤くなっていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 屋上で食休みをしながら、アリスと語り合う。


「そういえば、そろそろGWゴールデンウィークだよな。

 アリスはなんか予定あんのか?」


「特にありません。

 家で料理の練習でもしようかと思っています。

 今度こそ大輔くんに、本当に美味しいお弁当を食べて欲しいですから」


 可愛いことを言ってくれる。


 俺は無意識に手を伸ばし、妹たちにそうするように、彼女の金色の頭をぽんぽんと叩いた。


「――はぅ⁉︎」


 変化は急激に起きた。


 アリスの顔が真っ赤に染まっていく。


「う、うぉ⁉︎

 ど、どうしたアリス。

 顔が真っ赤だぞ!」


「わ、わかりません。

 なんだか急にふわってなって……。

 か、顔が熱いです」


 話している間にも、ますますアリスの顔は赤くなっていく。


 試しに俺は、もう一度彼女の頭をぽんぽんしてみた。


「――はぅ⁉︎」


 またアリスが変な声をだした。


 もう顔は熟したトマトみたいに真っ赤だ。


 もしかするとこいつ、頭を撫でられて照れてるのかも知れない。


「はははっ。

 なんか楽しいな、これ。

 うりゃ」


 今度はぐりぐりと頭を撫で回す。


 すると彼女の目も、一緒にぐるぐると回り始めた。


「や、やめ……。

 わたしで遊ばないで下さい。

 ぅぅ……。

 だ、大輔くんっ」


 やっぱり楽しい。


 俺は青い空の下、赤面して悶えるアリスを堪能した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る