第168話 邪魔者
「“
武淵先輩の重力魔法が上から炎のドローレムを地に叩き伏せる。さすがに前脚二本をぶった斬られたんじゃ、起き上がれるはずもない。それでも武淵先輩が油断することはなかった。
「“
武淵先輩の隣で呉宮さんが吸血魔法を発動させるが、やはり無機物であることから効果を発揮することは無かった。
力になれないことを口惜し気にしている呉宮さんを横目に、俺と紗希は駆けだす。口から炎を吐こうとしているのか、重力下で開いた口の中に橙色の輝きが見える。
どうするか、と考えている内に俺の背後から雷の砲撃が駆け抜けていく。その後を追うように氷の刃が高速回転しながらドローレムへと飛んでいく。今のは間違いなく、洋介の“雷霊砲”と、茉由ちゃんの“氷魔刃”だ。
“雷霊砲”は炎のドローレムの口腔で輝く橙色の輝きと衝突。口内で大爆発を引き起こした。それにより、大ダメージを受けたドローレムの体のあちこちを“氷魔刃”が容赦なく切り裂いていく。
絶叫する炎のドローレム。紗希が技の準備を開始、俺はその時間稼ぎのために魔法陣を
「“七魔陣七十七式”!」
七十七に及ぶ魔法陣から射出されるのは七つの属性の魔法。水、風、土、雷、氷、光、闇。火を除く属性魔法全てを十一個ずつだ。
そんな全方位から放たれた魔法攻撃すべてが炎のドローレムに着弾した。一つ一つの攻撃はドローレムからすれば大した威力ではないが、一斉に撃ち込まれれば広範囲に軽くダメージを与えられる。
……どうして一点集中で攻撃しないのかって?
それは今から我らが最強の剣士がやってくれるから問題ナシだ。
「――紗希!」
「うん!」
俺の真横を通過するたくましい妹の姿を横目に、俺は傍観者として戦いを見届ける。
「薪苗流剣術第三秘剣――久遠」
紗希の剣から放たれる一筆書きのように繋がった無数の斬撃。炎のドローレムに触れるや否や、原形をとどめることなくみじん切りにしてしまった。
……ただ、その奥の扉まで粉々に切り刻んでしまったのは想定外だったが。
「よし。じゃあ、奥に進んで大地の宝玉を取って、帰ろうか」
現在地はマグマが近くを流れていないとはいえ、十分にアツい。帰りのことを考えれば、早いところホルアデス火山を出た方が良い。
そう、考えていたのに。思わぬ邪魔が入った。
「兄さん、上!」
「上?」
紗希の緊張感あふれる声の言うまま、顔を上げるとどこの噴火口から入って来たのか。4人の男女が降って来た。俺に武器を向けて。
俺はその光景を視認し、反射的に後ろへ跳び退いた。直後、拳と大斧、槍、サーベルが地面に突き立っていた。これは、俺への殺意があったのは明白だ。
一体誰なのか。それを問おうとした時、聞かなくても彼らが人間ではないことはすぐに分かった。
「テメェらも大地の宝玉狙いだったのか……!」
先頭に立つ一際存在感の大きなタンクトップ姿の男の魔人はキッと威嚇するような眼差しで俺たちの方を睨んでいる。その真紅の髪からは闘志の炎が燃え盛っているように感じた。
「ゲオルグ様は行ってくれ。こんな奴ら、俺たちだけで大丈夫だ」
「ええ、私たちに任せて」
「……大丈夫」
そんな男に扉の先へ進むように促す3人組。大斧を持った逆立ったルビーレッドの髪を持つ大男と、ファイアーレッドの髪をツーサイドアップにして束ねた長槍を構えるモデル体型の女性。もう一人はサーモンピンクの髪を二つ結びにした内気そうな印象を受ける、華奢な少女。
ゲオルグという人物が扉の奥へと進んで行き、それを追おうとした俺たちの前にその3人は武器を構え、戦闘態勢で立ち塞がった。
「俺たちはこの奥の部屋に用があるんだ。通してくれ」
「そいつは無理な相談だな。我らがゲオルグ様の邪魔はさせられない」
交渉し、話し合いで解決できれば良かったが、武器を下ろしてくれる様子はカケラも無かった。
「直哉、お前は呉宮と妹の二人を連れて先に行け」
「おい、洋介。それって……」
後ろに居る武淵先輩と茉由ちゃんは武器を構えて、準備万端といったところだった。言葉を交わさなくても言おうとしていることは分かっていた。
「……じゃあ、3人は道を開けてくれ。俺と紗希と呉宮さんで突っ切るから」
「任せとけ!」
洋介は魔槌アシュタランを肩に担ぎ、チラリと見えた歯を光らせた。武淵先輩も槍を高速回転させ、茉由ちゃんも両手で魔剣ユスティラトを斜に構えていた。
それを確認し、俺と紗希と呉宮さんの3人で前へ。ゲオルグという人物の後を追った。
「ウラァ!」
「フッ!」
「ハァッ!」
洋介が大斧を持つ大男、武淵先輩が長槍使いの女性、茉由ちゃんがサーベルを提げている女性へそれぞれ攻撃を仕掛けた。そうしてこじ開けてくれた隙間を駆け抜ける。
ゲオルグが大地の宝玉へと手を伸ばしたタイミングで呉宮さんが矢を速射した。その矢はゲオルグの腕を掠めたり、足元に突き立ったりとわざと外しているようだった。正直、走りながらここまで正確に射撃できるとは思わなかったため、俺は心底驚いた。
「ハッ!」
紗希の横薙ぎの斬撃。一瞬の内に距離を詰められたことに焦ったのか、ゲオルグは後方へと飛び退くことで回避していた。
「チッ!あいつら、何やってんだ……!人間如きの足止めも出来ねぇのかッ!」
ゲオルグという男は勝手にキレていた。まあ、足止めを買って出た奴らがロクに足止めできなかったら、怒りたくもなるか。
「あなたは魔王軍?狙いはやっぱり、大地の宝玉?」
俺が色々と思っている間に紗希はゲオルグに質問を投げていた。
「ハッ、俺が何でテメェら人間如きに偉そうに質問されなきゃなんねぇんだよ」
ゲオルグはすでに周辺に凄まじい殺気をまき散らしており、呉宮さんの足は震えていた。俺はそんな呉宮さんの手をギュッと握りしめる。
そうして呉宮さんを落ち着かせている間に、しれっと竜の力を解放していつでも戦闘状態に入れるようにしておいた。
「俺はテメェら人間如きに構っている時間はねぇんだよ」
ゲオルグは殺意を纏いながら、大地の宝玉を回収してしまった。てっきり、怒りの向くままにこっちに攻撃を仕掛けてくるものだとばかり思っていたため、完全に計算が狂った。
「ゲオルグ」
「ああん?レティーシャの――」
「そうだ。大地の宝玉をこちらへ渡してくれ」
一筋の光となった姿を現した男。それはクレイアース湖で会ったマルティンだった。そんなマルティンからの言葉にゲオルグは明らかに嫌そうな表情をしていた。
「お前、クレイアース湖で会ったマルティンってヤツだろ!」
俺が驚き混じりの声を出すと同時にマルティンを指さす。すると、俺の隣にいる呉宮さんと紗希が揃いも揃って目を見開いていた。そして、それはゲオルグも同様だった。
「マルティン、あいつのこと知ってんのか」
「まぁな」
ゲオルグの言葉にぶっきらぼうな返答をするマルティン。
「直哉君、あの人のこと知ってるの?」
「ああ、クレイアース湖でベルナルドと戦った時に会ったんだよ」
「兄さん。あの人、王城で兄さんを後ろから短剣で刺した人だよ」
「……は?」
紗希からの言葉に俺は王城での記憶が蘇る。竜の力を解除した一瞬、背後から貫かれた所までは覚えている。だが、今さらそれが分かっても何とも思わなかった。あの傷で、後遺症が残っていたり、誰かがあの後殺されたとかなら、間違いなく怒りに支配されていた。
だが、話を聞いた感じ、マルティンが攻撃したのは俺だけみたいだから、あの件はそこまで言及する気もない。
「そうか、刺した犯人はマルティンだったのか」
「……怒ったか?」
「いや、その事はもういい。だが、ここに来た目的はクレイアース湖での時みたいに宝玉を持ち帰ろうってことなのか、そっちを聞きたい」
俺の言葉にマルティンは押し黙った。恐らく、答えるのをためらったのだろう。だが、それだけで黒だと俺は感じられた。大空の宝玉、大海の宝玉。3つの宝玉の内の2つは魔王軍に奪取されてしまっている。せめて、大地の宝玉だけでも俺たちが手に入れておきたいのだ。
「マルティン、俺たち高潔な魔族が人間如きと言葉を交わすことは無い。テメェはさっさと魔王城に戻れ」
「……分かった。ついでに言っておくが、そこの男はサシの勝負でベルナルドに手傷を負わせた人間だ」
マルティンはフッと笑みを浮かべながら、ゲオルグの肩にポンッ、と手を置いていた。
「フン、相手にするつもりもなかったが、ベルナルドに手傷を与えた人間だったのか。だったら、ここでくびり殺しておけば魔王城に持ち帰る手柄も増えるし、俺にメリットしかねぇな」
もうすでに俺を始末したつもりでいるのか、見下すような眼差しで俺を見てくるのが実に気に入らない。
「じゃあ、オレはコイツを魔王城へ送り届けてくる」
――だから、後はよろしく。
そう付け足して光となって消えたマルティン。しかし、次の瞬間には入り口とは反対側の壁に半分埋まるような形で叩きつけられていた。
正直、何が起こったのかさっぱりだったが、マルティンの目の前に紗希が水聖剣ガレティアを提げて立って居ることで何となく、事情は把握できた。
恐らく、大地の宝玉を持って逃走しようとしたマルティンの先回りをし、斬撃を叩きつけたといったところだろう。
あまりの速さで目が追い付かなかったが、間違いなく敏捷強化魔法を使っている。
「チッ、どいつもこいつも人間相手に何やってやがる……!」
ゲオルグは先ほどの部下3人への言葉と同様、マルティンにも「使えねぇ」と言っているようだった。
俺はゲオルグが目を閉じている間に全力で間合いを詰めて大上段からの振り下ろしを見舞った。
「ああん?人間如きが調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
そう一喝し、ゲオルグは俺へと凄まじい数の火球を打ち出してきた。一々捌いていては処理しきれないため、無視して正面から突撃をかけた。あの程度の魔法の威力であれば、竜の力を使っている今なら大したダメージにはならない!
「ハッ!」
「チッ、めんどくせぇ!」
俺の横薙ぎの一撃を体を後ろに倒して回避。直後、俺の顔面に炎を纏った足の裏での一撃が叩き込まれる。
俺は思いっきり後方へ吹き飛ばされ、呉宮さんの元へと瞬く間に戻された。ゲオルグは再び火球を何十発と休みなくぶっ放してきた。狙いは呉宮さんだ。
呉宮さんも軽やかなステップで回避しているが、何発かは被弾している。それを見て、俺は居ても立っても居られなかった。これで何もせずに見ているなんて、金輪際呉宮さんに「好きだ」と胸を張って言えない。
そんな感情がバネになったのか、俺はお構いなしにツッコミ、呉宮さんの盾となった。
「直哉君ッ!」
「俺は大丈夫!だから、呉宮さんは次の攻撃の準備を!」
周囲にまき散らすように撃たれていた炎の弾丸は俺に一点集中で放たれた。まず、俺を戦闘不能に追いやって、そのまま呉宮さんもまとめて倒そうという腹だろう。狙いは分かりやすいが、判断としては妥当だと思う。
だが、俺が倒れないことに業を煮やしてか、弾丸一発一発の威力が増し始めた。それにより、俺はじりじりと後ろへ押されていく。
「直哉君、―――――」
「分かった。頼んだ」
俺は押される中で自分の位置を右へと移動させた。すると、炎の弾幕も右へ右へ移動してきた。そして、左へ一つの影が動いた。
「ハァッ!」
「何!?」
弾幕から逸れた場所に転がり込んだ呉宮さんから放たれた一本の矢。それを腕を使って豪快に薙ぎ払うゲオルグ。だが、この一瞬。炎の弾幕が途切れたことで、俺は特攻をかけた。
「“黒風斬”ッ!」
俺は黒い風を纏わせた斬り上げを放ち、ゲオルグへと一太刀報いた。そのことで激昂したゲオルグは自らの周囲に真っ赤な炎を放出し、俺を吹き飛ばした。その炎は消えることなく、燃え続けている。土の上をゴロゴロ転がっても、砂とか水をかけても消えることは無かった。
だが、これも魔法だという事を思い出し、魔法破壊魔法を
そのことに安心していると、ゲオルグの向こう側で凄まじい戦いが繰り広げられていた。白い光と化したマルティンと敏捷強化魔法を使って目にも止まらぬ速さで動き回る紗希が何度も交差しては、火花を散らし、交差しては火花を散らしている。
二つの光がぶつかっては弾ける光景に、人間を蔑視しているゲオルグも驚いているようだった。
そして、背後では洋介と武淵先輩、茉由ちゃんの3人も必死に魔人相手に激闘を繰り広げている最中だった。
――みんななら、大丈夫。
そう信じて、俺は再び目の前の
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