第150話 伯爵邸広すぎ問題

「よし、準備は出来たか?イシュトイア」


「それはもちろんできとるで!」


 俺は旅支度を整え、イシュトイアにも荷物をまとめたかを訊ねた。正直、本当に準備が出来ているのか、疑わしいところではあったが、見たところ準備は整っているようだ。


 俺たちは再度、忘れ物がないかを部屋中を見渡してから部屋を出た。


 一体、俺たちは今から、どこへ向かうのか。それは港町アムルノスだ。一昨日、セーラさんの話を受けて、その日の夕方に茉由ちゃんたちのいる屋敷に向かい、セーラさんの実家に行かないかと誘った。


 セーラさんの実家であるリラード伯爵家は港町アムルノス付近一帯を治めているのだそうだ。そして、セーラさんが実家に帰るのに合わせて、俺たちも港町アムルノスへ行き、観光してはどうかと提案されたのだ。


 『観光できるのは良いな』と思って受けたのもあるが、目的はもう一つのところにある。港町アムルノスの目の前に広がるヴェルダ海。そのヴェルダ海から港町アムルノスを挟んで反対側に存在するクレイアース湖の底に建つ古代神殿の内部に大海の宝玉があるのだ。


 港町アムルノスまでは馬車で15日かかる。その分の旅費は途方もなく高額である。ゆえに、中々行くのに踏ん切りが付かなかったのだが、道中のエミリーちゃんとオリビアちゃんの相手をしてくれるのであれば、旅費はリラード伯爵家持ちで出してくれるのだそうだ。


 それならば、と俺は快諾したわけだ。ただ、一人で決めるわけにもいかず、みんなにも相談したというわけだ。まあ、今の俺の動きを見れば相談した結果がどうなのかなど察するのは容易いだろう。


 そして、今回の旅に向かうのは俺と呉宮さん、紗希、茉由ちゃん、洋介、武淵先輩。そこにイシュトイアとセーラさん、エミリーちゃんとオリビアちゃん。そして、マリエルさんの計11名。


 なぜ、マリエルさんが居るのかと言えば、運送ギルドに所属して以来、一日も休むことなく働き続けている彼女にジョシュアさんが強制的に45日の休みを与えたのだ。これによって、暇を持て余しているマリエルさんを紗希が誘ったのだ。


 また、俺とイシュトイアが居ない間、申し訳ないがシルビアさんには茉由ちゃんの屋敷に移ってもらうことになった。それに関して、シルビアさんは異論を唱えることは無く、昨日の内に荷物を屋敷の方に移してしまった。


「ナオヤ、集合場所って何でも屋の前やんな?」


「ああ、今から出れば待ち合わせの時間には充分間に合う」


 俺は家のカギを閉め、イシュトイアと共に歩き出す。何でも屋は東の通り沿いにある。そこに何と、伯爵家の馬車が来るらしいのだ。セーラさんが友人を招待すると、俺たちに声をかける前から言っていたらしく、馬車が二台も来るのだ。


 馬車の1台目にはセーラさん母娘、俺と呉宮姉妹の6人。2台目には紗希とマリエルさん、洋介と武淵先輩、イシュトイアの5人が乗ることになっている。


 元々、俺たち来訪者組6人とそれ以外の人たちといった具合に分かれるつもりだったのだが、エミリーちゃんとオリビアちゃんの二人が俺と乗りたいと言って聞かなかったらしく、この形になったのだ。


「みんな、おはよう」


「おはよう」


 俺は家の前に居た紗希たちと何気ない朝の挨拶を済ませ、セーラさんたちやマリエルさんとの合流も済ませた。


 そうして数分が経ち、待ち合わせ時間きっかりにリラード伯爵家の箱馬車がやって来た。さすがは伯爵家の馬車、煌びやかな装飾が施されている。


「セーラ様。お久しぶりでございます」


「ええ。今回は無理を言ってごめんなさいね」


 俺たちはセーラさんが御者の方たちから様付で呼ばれているのを見て、セーラさんが伯爵家の女性であることを実感した。


 俺たちはセーラさんが話している間にそれぞれの馬車の前に移動した。セーラさんが乗った後で、2台の馬車にそれぞれ人が乗り込んでいく。馬車への乗車、降車の作法は乗車の際はその家のモノが乗りこんだ後で、他の者が身分が高い者から順に乗車する。後者は逆で身分が低い者から降り、その家の者が一番最後に降りるのだ。


 ゆえに、俺たちはセーラさんとエミリーちゃんとオリビアちゃんの3人が乗車するまで、馬車に乗ることは許されなかったのだ。


 とりあえず、作法通りに全員が馬車に乗車したタイミングで、馬車は東門から港町アムルノスへと出発した。道中は特に何も起こらず、平和な馬車での旅が続いた。


 俺は呉宮さんと茉由ちゃんの二人と一緒にエミリーちゃんとオリビアちゃんの二人の相手をした。相手と言っても、エミリーちゃんの相手ばかりであったが。


 オリビアちゃんは相変わらず、難しそうな内容の本を黙々と読んでいるだけであった。読書中のオリビアちゃんからは邪魔するなオーラが発せられているために、話しかけることすら出来なかった。


 また、エミリーちゃんの相手をしながら、セーラさんとも色々な話をした。幼少期の話や、港町アムルノスで遊んだことなど。それから、俺たちの幼少期などの話も根掘り葉掘り聞かれた。


 特に驚きだったのが、町の名前に関しての事だった。この国ではローカラトの町がそうであるように収めている領主の名にちなんで付けられる。


 ゆえに、収めているのがローカラト辺境伯だから町の名前もそのままローカラト。だが、今から行く港町アムルノスは町の名前はアムルノスなのだが、収めている伯爵はリラードとまったく違う。


 これには貿易の事が絡んでいた。大陸を越えてやり取りをすることが多くなると、治める領主が変わるごとに町の名前が変わると貿易相手にもその旨を伝えなくてはいけないし、地図も書き換えて渡さなければならない。


 そんな面倒な手間を省くために町の名前はアムルノスという名前で固定されている、とのことだった。


 こんな感じで、いろんな話をしながら15日も馬車旅が続いた。ダグザシル山脈の時よりも5日も長い馬車の旅であったために、今までにないくらい長旅疲れが出た。


 そして、長旅の末、昼過ぎに到着したリラード伯爵家。そこは茉由ちゃんの屋敷ですら足元に及ばない大豪邸であった。


 まず、屋敷の前の堀に橋が下ろされ、門が重みのある音を響かせながら開いた。その先に広がるのは奥が見えないほどに広い庭園。


 町の外れの小高い丘に建つその豪邸からは広大なヴェルダ海が一望できる。特に朝日が湖面から昇ってくる様は絶景なのだという。


 建物自体は茉由ちゃんの屋敷と同様、3階建て。だが、奥行きが違い過ぎる。さらに、本館と別館がある。


 本館1階にはだだっ広い応接室。奥にはこれまた何十人が同時に入れる大浴場。大浴場からはヴェルダ海が見れ、その手前には中庭まである。2階にはダンスパーティーが開けるようなホールがある。そんな2階のバルコニーからは庭園と港町アムルノスが見下ろせる。


 そして、3階。ここには20人くらいで食事ができる食堂。その食堂に運ぶ料理を作る厨房が付いている。また、伯爵と伯爵夫人の寝室も奥にあるとのことだった。


 また、別館も3階建てで、各階に10部屋ずつあるらしく、そのうちの半分くらいは使用人の人たちが使っているとのことだった。


「皆さん、一人一部屋ずつ使ってもらっても構いませんし、二人で一部屋使ってもらっても大丈夫ですから」


 そうセーラさんは言っていたが、二人で使ったとしても広すぎるくらいの部屋である。ベッドが一つに、ベランダが付いている。窓も2メートルくらいの高さのガラス窓である。


 それとは別に棚が壁際に3つほど用意されており、その隣にクローゼットも付いている。部屋の中央にはテーブルとソファが置かれており、とてもふかふかしている。


 他にも色々と部屋に置かれていたりするが、手狭になっている風なことはカケラもない。それどころか、まだまだ空いている場所も多く、もの寂しく感じたりするレベルである。


 そんな部屋に泊まることになるわけだが、部屋割りは俺と呉宮さん、紗希とイシュトイア、茉由ちゃんとマリエルさん、洋介と武淵先輩の4組に分かれることとなった。また、なぜかは分からないが3階の部屋には空きが多かったために、全員が3階の部屋に止めることを決めた。


「直哉君。この部屋、ホントに広いよね……」


「……確かに。これなら3人で寝泊まりしても、まだまだスペース余りそうだ……」


 そんな会話の後、呉宮さんはベッドにダイブしたりしていたが、分かる。ふかふかのベッド見ると、飛び込みたくなるものだ。


 しかも、そのまま呉宮さんがベッドにうつ伏せで足をバタバタしてるのも見ていて可愛らしく、ついつい見惚れてしまう。


 俺はそんな呉宮さんを見て、癒されながらソファに腰かけ、窓の外の景色を見た。ありがたいことに俺たちが選んだ部屋は窓からクレイアース湖を眺めた。本館の影になっていて、ヴェルダ海が見れないのは残念ではあるが、それに勝るとも劣らない湖を見ることが出来るのだ。それだけでも良しとしよう。


 明日は自由行動することになっている。洋介と武淵先輩は港町アムルノスの散策、紗希と茉由ちゃん、マリエルさん、イシュトイアはヴェルダ海の海辺を歩いたり、景色を眺めたり、砂遊びをするんだと言っていた。季節的には2月中旬とかなので、真冬である。ゆえに、海水浴などが出来ないのには紗希たちも残念そうにしていた。


 そして、俺は朝からエミリーちゃんの剣術の稽古をして、そこからは呉宮さんと二人でクレイアース湖の方へと向かう予定……だった。どうも、セーラさんは伯爵様に呼び出しがかかっているらしく、エミリーちゃんとオリビアちゃんの二人の面倒を見ることが出来ないらしく、二人も連れていくことになったからだ。


 折角、呉宮さんと二人きりになれると思ったが仕方がない。でも、二人がいると賑やかになるからもっと楽しくなりそうだ。


「直哉君、ニヤニヤしてたけど、どうかしたの?」


「いや、明日の事考えてて。何か、明日も楽しくなりそうだなって」


「ふふっ、そうだね!明日も直哉君といっぱい過ごせるから、私も楽しみだよ」


 呉宮さんは嬉しいことを言ってくれたが、そこから不意に頬にキスをして大浴場へと逃げるように走っていった。まったく、キスのやり逃げをされると胸の奥がムズムズする。


 俺はそんな胸の奥でムズムズする思いを抱えながら、明日へと思いを馳せる。明日は呉宮さんと観光できるのも楽しみだが、湖底の神殿のことも同時に調べていかなければならない。


 公私ともに明日は忙しくなりそうであるため、あまり今日は夜更かしをするわけにはいかない。


 時計を見てみれば、もう1時間もすれば夕食の時間である。どんな料理が出てくるのかが今から楽しみである。


 呉宮さんは30分ほどして戻ってきた。風呂上がりと言うこともあり、髪はまだ湿っており、肌もほてっている。そんな普段とは段違いに色っぽい呉宮さんの姿に、俺は反射的に目を逸らしてしまった。


「ねぇ、直哉君」


「ど、どうかしたの?」


「うん、何で私から目を逸らすのかなって思って」


 俺は迷った。呉宮さんから漂う色っぽさを直視することが出来ないから。それを素直に伝えるのは言いづらかった。チラリ、と呉宮さんの方を見てみれば、寝間着の隙間からはかすかに膨らんだ双丘の谷間が拝めた。


 俺は結局、何も言えずに俯いたままの状態に落ち着いてしまった。呉宮さんは頬を膨らませながら、ジッと俺を見つめている。しかも、ソファに正座である。もちろん、靴は脱いでいる。


「それは風呂上がりの呉宮さんが……」


「えっ、私がどうかしたの?」


 呉宮さんはそう言って、自分の体を見て回るように体を捻ったりしてわきの下を覗いたりと色々な動きをした。そんな呉宮さんを見ていて体が柔らかいことを羨ましく思った。


「……いつも以上に色気があるから、まともに見れなかっただけなんだ」


 俺はもう正直に打ち明けた。それに、だ。俺自身、呉宮さんに極力隠し事はしたくないと思っているのもある。とはいえ、呉宮さんにも隠し事をしないように強制するつもりは無い。そんな束縛をするようなマネ、俺には出来ない。


「私、そんなに色気あるの?私ってそんなに胸とか大きくないけど……」


「それはそうだけど、色気って胸の大小関係ナシに好きな人であれば感じてしまうモノだと思う……よ?」


「どうしてそこで疑問形なの?」


 呉宮さんはそう言った後で、口元に手を当てながらクスクスと笑い始めた。俺もそんな呉宮さんを見て笑ってしまった。


 そんな時、リアルメイドさんが夕食の準備が出来たと呼びに来たため、夕食を食べに本館へと向かった。別館1階と本館の1階は渡り廊下で繋がっているため、そこを通って本館3階の食堂を目指した。


 メニューとしてはパンとローストチキン、野菜たっぷりのシチュー。そして、ブドウや梨などの果実が並んでいた。どれも美味しかったために、全員がペロリと平らげてしまっていた。


 その後のリラード伯爵たちとの団らんも中々楽しいモノだった。だが、俺がエミリーちゃんとオリビアちゃんの二人に懐かれているのを見た伯爵から「セーラを嫁に貰ってやってはくれないだろうか?」などと言われた時には心臓が止まるかと思ったが、丁重にお断りした。


 ああ、なんて平和な日だろう。そんなことを団らんの時に思った。本当に、こんな戦いもなく、みんなが平和で笑っていられるような世界であって欲しい。そのためにも、今俺たちが出来ること。それは、魔王軍に大海の宝玉を渡さないこと。そして、次は大陸の北西にあるホルアデス火山で大地の宝玉。


 俺が弱かったせいで、ダグザシル山脈では大空の宝玉は奪われてしまった。今度こそ……大海の宝玉こそは俺たちが手に入れるんだ。


 そんなことを思いながら、みんなと話をしていると、夜も更けてきた。俺は一足先に晩餐を抜けて、大浴場で一人、入浴を済ませて部屋に戻った。


「あ、呉宮さん。戻ってきてたんだ」


「うん、そろそろ眠くなって来たからね。紗希ちゃんたちはまだ向こうで話をしてるみたい」


 どうやら、先ほど階段についている窓から、3階の方で伯爵たちが楽し気に話をしているのが見えたんだそうだ。


「そうだったのか。にしても、みんな元気だよな……」


「ホントにね」


 俺と呉宮さんは何てことない話を数分くらい続け、ベッドに横になった。伯爵家のベッドはどの部屋にもダブルベッドが一つずつ備え付けられている。俺は呉宮さんとベッドを共にすることになった。


 ローカラトの家では二人で一緒に寝るのが当たり前になったりしていたが、最後にそんな風に寝たのはダグザシル山脈へ出発する前。つまり、2ヶ月ぶりくらいになる。何だか、2ヶ月ぶりというだけで胸のドキドキが止まらなかったが、俺は意地でも眠ることにした。


「呉宮さん、おやすみ」


「うん、おやすみ」


 ――呉宮さんの声が聞こえることで心が安らぎ、徐々に瞼が重くなり、意識が遠のいていったのだった。

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