第128話 宴の始まり

 ここは暗殺者ギルドの地下室。そこは昼でも夜でも薄暗い。ゆえに、現在の時刻は不明である。


 そこに居るのは魔王軍総司令のユメシュ。そして、ギケイ、オルランド、テオ、ヴァネッサ、アレッシアの暗殺者5名。さらに、魔人3体と人型悪魔ホムンクルス6体を加えた計15名の男女である。


「さあ、今夜が決行の時だ。今宵、必ずや我らの手でスカートリア王国を陥落させるのだ!また、ここに集うモノは同じ目標を共にする仲間ではない。ただただ、己の目的を果たすため、それぞれが全力を尽くしてくれれば、それで良い」


 ユメシュは自分以外の13名にそう語った。だがそれは同時に、王都での惨劇の幕開けでもあった。


 ――そんなことになろうとは、この時王都にいる者には誰一人、知る由も無いのだった。



――コンコン


「直哉はいるか?」


 部屋のドアをノックした後にウィルフレッドの声が直哉の耳へと届けられた。届くと同時に直哉はドアを開けに行き、部屋へと招き入れようとした。しかし、ウィルフレッドはそれを辞した。


「いや、部屋に上がるつもりは無い。用件は口頭で説明できるからな」


「分かりました。それで、用件というのは?」


 直哉はにこやかにウィルフレッドへと問い直す。ウィルフレッドは話し出す前に、コホンと咳払いをした。


「ああ。今夜、一緒にディナーでもどうだ?私の行きつけの料理屋で味なら王都一なんだが……」


「俺は全然大丈夫ですけど、みんなも誘っていいですか?」


「ああ、問題ない。すでに他のギルドのメンバーには連絡済みだ」


 ウィルフレッドは声はかけたが、何人来るかまでは把握しきれていないということや、参加は強制ではないことも付け加えて去っていった。


「兄さん、ウィルフレッドさんと何の話をしてたの?」


「ああ、それはだな――」


 直哉は部屋に居た紗希と聖美、イシュトイアの3人にウィルフレッドの話の内容をそのまま伝えた。3人とも『王都一の料理屋』という時点で目をキラキラと輝かせていた。行くか行かないかなど、聞くまでも無かった。


「ナオヤ、時間はいつや言うてた?」


「今から3時間後の19時に王城前の広場。その料理屋がその辺りにあるらしいからってさ」


 王城は王都の北の方角。一方、直哉が宿泊している宿屋は王都の東通り沿いにある。そして、王都は直径8㎞の円形状の形をしている。まずは中央広場に出て、そこから北へと向かえば王城前の広場に着く。細い道をショートカットしていくするルートがないわけではないが、道に迷うことを考慮すると大通り沿いに進んだ方が便利なのだ。


「それじゃあ、直哉君。特にやることも無いし、出発する?」


「……だな、出発しようか」


 直哉たちは聖美の提案に従って、宿屋を出て王城前の広場を目指すことにした。聖美は護身用の短剣一本と貴重品の弓と矢。そして、紗希も護身用としてサーベルを佩いた。直哉たちはそれから日の傾き始めた王都へと繰り出した。


 王都は夕方でも人で賑わっており、王都の繁栄ぶりをよく表していた。4人はそんな王都を歩きながら、王城前の広場を目指して歩くこと2時間。王都の直径と人間の歩行速度を考えれば、それくらいかかるのが普通であった。


 広場に2時間かかって到着したものの、約束の時間までは1時間ほど残っていたために直哉たちが広場で時間を潰していた。そこに寛之と茉由の2人と、洋介と夏海の2人が数分の時間差で遭遇した。


 直哉が4人にもウィルフレッドの話を伝えると、自分たちもそのために来たと言っており、来訪者組が全員揃ったことで話に華を咲かせた。


「ほう、来訪者組は全員揃っていたか」


 待ち合わせの19時より30分早い18時半に、ウィルフレッドもやって来た。そこからは直哉と寛之、洋介の3人を抜いた女性陣5人から料理屋の事を質問されたウィルフレッドが、料理屋の料理がどれほど美味しいのかを説明したので、5人ともジュルリとよだれが垂れそうになっているほどであった。


 そんな平和の時間の中。突如として重々しい音が響き渡り、王城から黒い煙が立ち上っていた。最初は火災かと思ったが、王城の最上階である4階から魔法による爆発が相次いだ。


 誰の目から見ても、ただ事ではないのが明らかであった。


「みんな。私は王城へ向かうから、君たちは――」


 ――料理屋に一足先に行っていてくれ。


 そう言おうとしたウィルフレッドだったが、直哉がそれを許可しなかった。


「ウィルフレッドさん、俺たちも行きます」


 ウィルフレッドは直哉以外の7人の表情を見れば、全員がやる気満々であった。洋介は腰からサーベルを提げ、夏海も伸縮式の長槍を所持していた。そして、茉由は片手剣、寛之も長杖をそれぞれ携帯していた。


 偶然にも、直哉たちが防具はなくとも武器だけは持っていたことに、ウィルフレッドはフッと思わず笑みがこぼれた。


「それじゃあ、ここにいる全員で王城に突入しようか」


 ウィルフレッドの言葉に全員が黙って、頷き王城へと駆けだした。駆けだして数十秒。城門の下を潜ろうかというタイミングで、それは起こった。


「――ッ!?全員、前に跳べッ!」


 ウィルフレッドの絶叫に、反射的に7人は思い切り前へと跳んだ。その様は走り幅跳びの様であった。


 ――刹那、3つの影が空中から石畳を破壊し、地面へと降り立った。その桁違いの存在感に直哉たちに冷や汗が流れる。


「来訪者組プラスイシュトイアはこのまま直進して、王城内に入れ」


「いや、ウィルフレッドさん。俺たちもここで一緒に……」


 3つの影、それは魔人であった。3人とも俯いており、顔までは見えなかった。一人は大槌を肩に担ぎ、長めの茶髪を一つ結びにした男。残る二人は金髪で長槍を装備している男で、一人は左耳にピアスをつけており、もう一人の方は右耳にピアスをつけていた。


 3人とも殺気立っており、直哉たちもたじろいでしまうほどのモノだった。その3人は例えるなら、殺気だったウィルフレッドが3人居るようなもの。つまり、直哉たちよりも遥かに強いレベルの相手。


 さすがに八眷属ほどのレベルではないにせよ、並みの魔人ではないことくらいはヒシヒシと感じる。


「いや、ハッキリ言って、お前たちがいたら足手まといでしかない」


 ウィルフレッドの口からこぼれたド直球な言葉は直哉たちの心に突き刺さった。


「一人一人が私たち八英雄と一対一サシで互角に戦えるのなら、共に戦うのに問題はない。だが……」


 ――お前たちにそこまでの強さは無い。


 ウィルフレッドはそこまで言わなかったが、そんな風に直哉たちは勝手に解釈した。


「分かったら、早く行け。私もこいつらを片付けてから、追いかける」


 ウィルフレッドはフッと笑みをこぼして、シッシと追い払うように手を動かした。直哉たちもそれ以上食い下がることはせず、迅速にその場を離れ、王城内へと走っていった。


「さて。待たせたな、お前たちは何か私に用があるんだろう?」


 ウィルフレッドは直哉たちを見送った後、目の前の魔人たちへと向き直った。魔人たちもウィルフレッドの言葉を聞き、獰猛な笑みを浮かべた。


「そうだ、俺たちの目的は一つ。お前をこの手であの世に送ってやることだけだ」


 真ん中の大槌を担ぐ男が代表して言葉を告げた。その声は威勢よく、敵を威圧するという目的も兼ねているかのようであった。


「魔人に命を狙われるとは、私も随分と人気者になってしまったようだな。それにしても、君たちは私が殺したはずだが?」


「フッ、確かに俺たちは一度お前に負けて死んだ。だが、総司令ユメシュ様の力によって蘇ったんだ」


 そう、ウィルフレッドの前に立つ3人の魔人――アレクセイ、ケヴィン、ゲーリーはローカラト防衛戦において、ウィルフレッドに討ち取られた者たち。しかし、死体はユメシュによって回収され、その場には残されていなかった。


 まさか、こんな形で一度殺した人間に出会うなどとはウィルフレッドも思っていなかった。いや、ウィルフレッドに限らず、殺した人間と再び相対することを想定できる人間など存在しないだろう。


「そうか、ならば始めよう。今度こそ、確実に息の根を止めてやる」


「それは俺たちのセリフなんだが……な!」


 アレクセイは言い終わると同時に石化魔法を発動し、ウィルフレッドを石化させようとした。


「だから、それは効かないと前にも言ったと思うんだがな」


 もちろん、ウィルフレッドは石化魔法と同化することで易々と対処してのけた。しかし、アレクセイも前回の敗戦から何も学ばなかったわけではない。


「「死ねッ!ウィルフレッド!」」


 目のも止まらぬ速さでウィルフレッドの胴体に2本の槍が突き立った。だが、いずれもウィルフレッドがギリギリのところで体を捻ったために急所は外れていた。


 ウィルフレッドの同化魔法の欠点は一度に一つの属性にしか同化することが出来ないというところにある。つまり、アレクセイの石化魔法に同化している限り、ウィルフレッドはケヴィンとゲーリーの槍をすり抜けるという芸当ができない。


 槍と同化すれば石化してしまい、石化魔法と同化している間は槍や大槌での攻撃が命中すればダメージを与えられるというわけだ。


 ウィルフレッドはこの瞬間に悟った。自分の魔法が研究しつくされている……と。


「チッ、これは思っていたよりもマズい状況に置かれているな……」


 ウィルフレッドはそう独り言ち、一際高く飛んで城壁の上へと逃れた。3人は視線を交わし、頷きあった後にウィルフレッドの追撃を開始した。


 ――この追いかけっこはウィルフレッドを一層追い詰めることになった。


 純粋な走りだけなら、魔人3人にギリギリ追い付かれない速度で走ることが出来ていた。そもそも、自分の移動速度についてこられている時点でウィルフレッドには恐れの感情を抱いていた。


 なぜなら、前回の戦いでは自分の動きにロクに付いてこれなかった相手が、自分と同等以上のスピードに成長しているのだから。


「ケヴィン、ゲーリー!お前たちも魔法を使え!」


「ハッ、承知しました」


「おう!」


 ケヴィンとゲーリーは土属性の身体強化魔法を使用し、瞬く間にウィルフレッドを追い越した。


「何ッ!?」


 二人は追い越した刹那、槍を交差させてウィルフレッドへと叩きつけた。とっさにウィルフレッドも腕を使ってガードしたためにダメージは少なかったが、走っていた方向とは逆へと吹き飛ばされた。


「くたばれッ!」


 後ろへ吹き飛ばされたところへアレクセイの大槌が大気を抉り取るほどの勢いでウィルフレッドの背へと叩きつけられた。ウィルフレッドの口から大量の血が吐き出される。


「ぐっ!?」


 勢いそのままにアレクセイは前方へとウィルフレッドを薙いだ。城壁の石畳をめくり上げながら、勢いそのままにケヴィンとゲーリーの元へ。


「フッ!」


「くらえッ!」


 二人から同時に突き出される槍。これをウィルフレッドは腕の力で空中へ跳んで逃げた。体を捻りながら着地。何とも、攻撃を器用にかわした。だが、着地の衝撃で大槌での攻撃を受けた背骨に死ぬかと思うほどの激痛が走った。


 しかし、痛みに面食らう時間すら与えず、二本の槍と大槌での攻撃が立て続けに撃ち込まれる。


 ――戦いの場は3人の息の合った連携攻撃にウィルフレッドが押されるまま、王都の外にある森林へと移っていったのだった。

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