幕間4 再同盟と模擬戦
執務室にペンが走り終える音の後に続いて、ペンが机に丁寧に置かれる音が響く。
「うむ、これで良いな?」
「はい、ありがとうございます」
竜王から差し出された書状を受け取り、クラレンスは一礼した。
その書状には20年前同様、竜の国からスカートリア王国に対しての不可侵条約の内容が明記されている。
この結果にはクラレンスも一安心といったところだった。あとはこの書状を王城まで持ち帰るだけでいいのだから。
「さて、王子。帰りは俺が王都まで送っていってやるよ」
「……宜しいのですか?」
クラレンスは予想もしていなかったジェラルドの言葉に一瞬態度が固まった。
「ああ、俺もそっちに用事があるんでな」
クラレンスはキチンと親衛隊たちに話を通した後で、改めてジェラルドへ同行を依頼した。
「そうだ、出発前にお前たちと手合わせしたいと思ってな。大丈夫か?」
ジェラルドからの突然の一言に目を皿のようにして驚く一同。だが、次の瞬間には「お願いします」と頭を下げたのだった。何せ、ジェラルドと手合わせできるなど今を逃がせばできる機会があるか分からないほどのレアである。
「おう、それじゃあ武器を持って決闘場に来てくれ」
ジェラルドはフッと笑みを浮かべた後で決闘場の方へとゆっくりと歩いて行った。クラレンスたちもその後に小走りで続いた。
決闘場は昨日のクラレンスとラモーナの決闘で一部が補修中になっている。だが、9割がたは使用する上では問題ナシである。
「よし、まずは誰から来る?」
「じゃあ、俺から行かせてもらうぜ!」
すでに大戦斧を肩に担いでやる気満々のライオネルが勇ましく前へと進み出た。この戦いに関しての情熱にはクラレンスも一歩引くことにした。
「よし、レイモンドのガキからか。最初から全力で来いよ」
ジェラルドも手早く背負っていた大太刀を引き抜いて構えた。ライオネルは野原で蝶を追いかける少年のように楽し気な笑みを浮かべていた。
「行くぜぇッ!」
模擬戦開始と同時にライオネルは獣化魔法を発動し、一息にジェラルドとの間合いを詰めた。手始めに振りかぶった大戦斧を首筋目がけて勢いよく振り下ろした。
ガキィンと高らかな金属同士の衝突音が響き合った。ジェラルドは危うげもなく大太刀で大戦斧を受け止めていた。
ジェラルドからは挑発じみた笑みが浮かべられた。これにはライオネルもさっき以上に加速させた斬撃を見舞うもまたしても防がれていた。
その後もライオネルの大戦斧はジェラルドの大太刀によって、何度も何度も弾き返されていた。ライオネルの身体能力は獣化魔法によって1.4倍くらいに引き上げられている。それでも“最強”には遠く及ばなかった。それは身体能力でも技の面でも。
「ハァ、ハァ……」
模擬戦はエスカレートしていき、ライオネルはもうこれで何度目か分からない壁への叩きつけの前に膝を付いた。
「お前もまだまだ父親には及ばないな。お前の父親の肉体の耐久性は桁違いだったぞ」
ライオネルは悔し涙をこすったが、父親を褒められたことは少し嬉しかった。
「俺も殿下の役に立てるようにまだまだ強くならねぇとな……」
ライオネルは土のまじった汗を服の袖で拭いながら、そう言葉を落とした。
「よし、次は誰が来る?」
よろよろと大戦斧を杖のように突きながら観客席へと戻っていくライオネルを尻目に、ジェラルドは声を投げた。
「次は私が」
そう言って、ピシッと姿勢よく立ちあがったのはクラレンスだ。すでに剣を提げて準備万端といったところだった。
「よし、次は王子だな。来い!」
クラレンスが笑顔で観客席から決闘場へと降りていくのとすれ違いにライオネルに肩を貸すレベッカの姿があった。
「すまねぇ、レベッカ……」
「……別に気にしなくて大丈夫だよ?私がやりたくてやってるんだから」
ライオネルは顔を赤らめるレベッカの様子に疑問を覚えながらも観客席まで戻り、軽く治療を受けていた。一方で、ジェラルドは大太刀を背中の鞘に収め、腰に差した刀を引き抜いた。
「王子、どこからでもかかって来いよ」
「分かりました。それでは行かせてもらいます……よっ!」
クラレンスは一瞬でジェラルドの左脇をかすめ、背後へと回った。そこから神速の速さを持って抜剣された刃はジェラルドの左わき腹へと吸い寄せられるように放たれる。
しかし、ジェラルドには易々と防がれていた。そもそも、後ろに回り込まれることも、そこから斬り上げが放たれることくらい、すでに見切っていた。それはジェラルド自身の経験則から導き出されたモノであった。
(――さすがに仕留められないか!)
クラレンスも防がれるだろうことは分かっていたが、予想以上の反応速度に心の奥に眠っていた闘志の炎が燃え盛った。
(ならば、今の私の全力をぶつけるだけのことだ!)
そう心に決めたクラレンスは第二、第三の斬撃を見舞っていく。だが、それはジェラルドから見れば余裕の笑みが零れるほどだった。ジェラルドはクラレンスの足の置き方、動かし方。目線の動き、腕や肩の筋肉の収縮から導き出されるクラレンスの斬撃の地点を予測し、その位置に大太刀を置いていた。
ジェラルドが戦いの中で編み出した、最小限の動きで敵の攻撃を防ぐ術だ。ジェラルドのこの術は紗希にも伝えられてはいるが、未完成である。
「そろそろ俺からも仕掛けさせてもらうぞ」
ギリギリとせめぎ合う刃を突き放した後、一転してジェラルドが攻勢に出た。その様は今までの模擬戦では遊ばれていたことを理解するのに時間を要しなかった。だが、その時のジェラルドの姿に武術大会決勝での貧乳黒髪美少女の姿が重なった。
「まさか……!」
そのことに気を取られたクラレンスの目の前に一瞬の内に白の線が十も二十も描かれた。
「薪苗流剣術第三秘剣――久遠」
その直線状に描かれた無数の斬撃はクラレンスの剣や鎧を切り刻んだ。その剣閃はクラレンスの背後の地面を大気をみじん切りにした。
クラレンスが地面にうつ伏せに倒れこむと、側にエレノアが駆け寄った。酷いケガだと思い、クラレンスを見てみれば、皮膚には傷の一つも付いていなかった。
「王子を観客席まで運んでやってくれ」
ジェラルドはエレノアに言い残して次に戦う相手を募集した。
「それじゃあ、次は私にやらせて!」
ハイハイハイ!と何度も勢いよく手を挙げたのはイリナだった。イリナは直哉と紗希のコンビに敗れて以来、短剣を使っての立ち回りや植物魔法の使い方も一から見直していた。ジェラルドなら、その成果を発揮できる良い相手になると踏んだのだ。
「よし、次はシルヴェスターの小娘か。よし、降りて来い!」
フフンと鼻で笑うような笑みを浮かべながら決闘場に降り立ったイリナは双方の手に短剣を構え、腰を低く落としていた。ジェラルドはイリナの装備を見てカチッと音を立てて刀を鞘に収めた。
「ちょっと~何で武器を直しちゃうわけ?」
イリナからの抗議の声にジェラルドはニヤリと笑みを浮かべて返した。
「お前の武器を見れば刀は分が悪いからな」
ジェラルドが言っているのはイリナが手元に入ってくれば、刀ではイリナの短剣は捌きづらいと判断したためだ。
「代わりにこれを使わせてもらうがな」
ジェラルドが上着の内から取り出したのは短刀だった。これを右手に持って勝負に挑んだ。
「“プラントウォール”!」
模擬戦が始まるとイリナは植物魔法を使ってジェラルドの視界を遮った。ジェラルドが今のところ魔法を使っていないから破壊されないと踏んでの発動だった。
イリナの読み通り、ジェラルドは植物魔法の壁を壊さずにその場を動かずにいた。“プラントウォール”を迂回して接近しようとしたタイミングでジェラルドの方から間合いを詰めてきた。そこでイリナは“プラントウォール”を解除し、ツタでの攻撃に移行した。
ジェラルドは華麗なステップを踏みながら、ツタの鞭と踊っているように観客席の人間の目には移った。
イリナはツタの本数を2本から3本、4本、5本と増やしていくが手数ではどうにもならない差があった。
(これ、攻撃の位置を読まれてるんじゃ!?)
イリナがそう思うほどに回避するジェラルドの動きは正確だった。ジェラルドは目を閉じ、眼をもって回避し続けていた。
「まあ、こんなものか」
ジェラルドはイリナの攻撃をかわすのに飽きたのか、片っ端から短刀で切り裂きながらイリナへと一直線に駆けた。
「フッ!」
「~~~~~ッ!?」
ジェラルドの短刀での右方向からの斬撃を二本の短剣で迎撃したイリナは左方向へ弾き飛ばされ、壁へとダイレクトに叩きつけられた。
圧倒的な力の差だった。それはもう、倍近いほどの。
ピクピクと痙攣させているイリナをマルケルが観客席まで連れて戻った。
「次は誰が来るつもりだ?」
「俺が行きますよ!」
マルケルはイリナの治療を一度、エレノアとレベッカに任せ、元気そうな声と共に観客席まで走り抜けてきた。
「ほう、随分やる気だな。さては惚れた女がやられたからリベンジしに来た感じか?」
「ち、違いますって!誰があんなガキみてぇな女……」
ジェラルドがからかうようにイリナの方を見ながら言うと、分かりやすいように動揺したマルケルだった。その時のマルケルは目が泳いでいたためにジェラルドはニヤリと笑みを浮かべて楽しんでいる様子だった。
「何だ、からかったつもりだったのに合ってたのか」
「だから、合ってないって言ってんでしょう!」
マルケルは必死にジェラルドに「自分はイリナのことは好きではない」ことを訴えるが、悲しいかな態度がその逆であった。
「分かった分かった。とりあえず、先に模擬戦だろ?」
「……そうでしたね」
ジェラルドの言葉に冷静さを取り戻したマルケルは決闘場で改めて“最強”と対峙した。
マルケルは拳に冷気を纏わせ、腰を低く落としてジェラルドが仕掛けてくるのを待った。対するジェラルドは短刀を鞘に収めて、上着の内に閉まった。
「ジェラルドさん、格闘術できるんですね」
「まあ、結構強いな。第一、人間相手なら素手で充分だしな」
マルケルの軽い尊敬の声にジェラルドはフッと笑みをこぼしながら腕を組んだ。要するに「お前相手なら拳一つで型がつく」と言っているのだ。
この安い挑発にはマルケルは引っ掛からなかった。だが、先手を取らんと冷静に動いた。ジェラルドに一息に間合いを詰めることはせず、周囲を旋回しながら徐々に徐々に間合いを詰めていっていた。
ジェラルドはマルケルが射程範囲に入るまで自分から動かずに腕を組んで目を閉じているだけだった。
「ハァッ!」
マルケルが目にも止まらぬ速さで放ったのは左ストレート。狙いはジェラルドの顔面。これをジェラルドはひょいッと首を傾けただけでかわしてしまった。
その後も拳や蹴りでの攻撃を最小限の動きでかわし続けるジェラルドにマルケルは圧倒的な実力差を理解した。これは実際に戦ってみないと分からないものだ。
「ランベルトのガキ、そんな生ぬるい攻撃が俺に当たるわけないだろ」
「へっ!まだまだ本気じゃないですからッ!」
マルケルはさも本気を出していない風な強がりを言っているが、本人は最初から全力である。スピードもパワーも武術大会で洋介を圧倒した時以上であったが、ジェラルドには遠く及ばないのだった。
「ほらよ!」
「ぐっ!」
ジェラルドからの反撃の拳は親衛隊一の格闘術の腕前であるマルケルでも反応することすら出来なかった。
その一撃を鳩尾に受けたマルケルがよろけているところに回し蹴りが追撃してくる。これを腕を盾代わりにして防御するも、壁際までゴムボールのように跳ねていった。
マルケルは今の一撃で限界だったが、足を震わせながらも立ち上がって来た。これにはジェラルドも感嘆の言葉を漏らした。
「お前、もういいだろ?これ以上やればお前は当分戦えなくなるぞ」
マルケルは気配すら感じさせずに背後に回ったジェラルドの言葉に力を抜き、その場に崩れ落ちた。
「フェリシアの小娘ども!どうする?」
ジェラルドが言いたいのは明らかに近接戦闘向きでない二人に闘う意思があるのかということだ。二人の返事はNoだった。首を横に振って、その意思を伝えた。
こうして、ジェラルドとクラレンスたちの手合わせは終了し、その日は休息を取り、翌日7人でスカートリア王国の王都へと発ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます