第86話 勝ち残った者がすべきこと
――会場の壁面が削れる音がする。
それは壁に叩きつけられた武淵先輩がツタに足を絡められて会場の壁を引きずり回されているからだ。槍を失った武淵先輩は実に無力だった。だが、諦めずに腰に差していた短剣でツタを斬ろうと必死になっている。
「“
「“雷霊拳”!」
武淵先輩が壁面を引きずり回されている頃、攻撃が当てられない洋介はマルケルさんが攻撃してきたタイミングで攻撃を行なった。冷気を纏った拳と雷を纏った拳とが、ぶつかり互いを弾き飛ばした。
だが、マルケルさんの方が洋介よりも後退した距離が長かった。このことから、パワーだけなら洋介の方が上であることは明らかだ。
それを実感として理解したマルケルさんの次の行動は早かった。洋介が気づいた時には真正面に居たのだ。直後、マルケルさんのアッパーが洋介のあごに吸い寄せられるようにめり込んだ。
その鉄拳の威力に洋介は宙に舞い、地面へと叩きつけられた。起き上がって来た洋介にマルケルさんは蹴りと拳とを次々と叩き込んだ。もはや勝敗は決していたが、それでも攻撃は一方的に続いた。
試合が終わるのは相手が二人とも戦闘不能になるか、制限時間の30分が経つかの2つだ。今は試合が始まった15分。そして、武淵先輩はまだ戦闘不能になっていない。
「ぐぁっ!」
武淵先輩は1分近くコンクリートの壁面を引きずり回され、地面へと放り投げられた。武淵先輩は地面に仰向けに倒れこむも、ピクリとも動かなかった。その時の武淵先輩の衣服はズタボロに裂けており、生身の9割近くが視認できるほどにヒドイ有様だった。
それを見たマルケルさんが洋介への攻撃を止めたことで試合終了の鐘が鳴った。鐘の音が鳴ると同時にラウラさんを筆頭に全員が会場へと急いだ。
「……冒険者風情がこんなとこに出てくるのが良くねぇんだよ」
「おねーさんとの戦い、超つまんなかった~」
俺たちが駆けつけた時、マルケルさんとイリナさんが捨て台詞を吐いて戻っていくところだった。反対側の入り口ではエレノアさんとレベッカさん、ライオネルさんが何やら二人に抗議している様子だった。だが、クラレンス殿下は終始無言を貫いていた。
……最後は何とも、胸糞悪い試合だった。
ある意味でこういう大会系で仲間が敵になぶられるような展開は良くあるが、実際問題自分の友達がやられると胸の奥で何かが燃え上がるようなモノがあった。
洋介と武淵先輩はラウラさんの治癒魔法をかけられた後、武術大会の内部にある医務室に搬送された。
俺は武術大会の会場から観客が去り、ギルドのみんなが宿屋に戻った頃を見計らって、洋介と武淵先輩を見舞いに行った。
「あら、薪苗君」
「おう、直哉。今ごろ見舞いに来たのか」
医務室の扉を開けると、それぞれのベッドの上で横たわっている武淵先輩と洋介が居た。
「直哉、こんな時間までよく残れたな?見回りの人に追い出されるんじゃねえのか?」
「まあな。だが、わざわざトイレだけを見張っている奴は居ないだろ」
そう、俺はずっと会場内のトイレの個室で息を潜めていたのだ。見回りの人が来たら、ドアを開けてドアの裏に隠れていたのだ。居なくなったらドアを閉めて過ごす。これを約1時間ほど行っている間に誰も居なくなった……というわけだ。
「見舞いに来た人たちの中に薪苗君だけ居なかったのが、気になってたんだけど……まさか、ずっとトイレに居たなんてね」
どうやら、俺だけ来てないことを気にしていたらしい。来た人みんなに確認してくれたらしいのだが、誰も試合が終わってから俺の姿を見ていないと言っていたらしい。
「こんな時間に来たのは謝る。でも、この方がゆっくり話も出来るだろうから」
みんなと一緒だと、ロクに話すことも出来ずに終わってしまう。
「直哉の次の相手が俺たちじゃなくて悪いな。準決勝でお前と紗希ちゃんと戦いたかったんだがな……」
洋介は試合前に俺と拳を突き合わせて準決勝で戦いたいと言っていた。俺もそうであって欲しかった。
洋介は「それが果たせなくなって申し訳ない」という言葉が顔に書かれているくらい、分かりやすく落ち込んでいた。
「洋介、約束のことは気にするなよ。ローカラトの町に帰ってからでも出来るだろ?」
「まあ、それもそうなんだが……」
洋介はやはりいつものような元気がない。何だか、見ていて辛いな。武淵先輩もどこか表情が暗いように感じた。
二人とも、ほとんど一方的にやられてたのが相当ショックだったのかもしれない。俺は二人が口を開くまで静かに黙っているようにした。こういう時は相手がしゃべりだすのを待つのが上策というモノだ。
医務室に静寂が訪れた。聞こえるのは呼吸音だけ。何とも言えない沈んだ空気で医務室は淀んでいた。
「薪苗君」
全員が黙ってからどれくらいが経っただろうか。突如、武淵先輩が口を開いて俺の名を呼んだ。
「武淵先輩、どうかしましたか?」
「次の試合、頑張ってね」
武淵先輩は胸の前で拳を握って、笑顔を作っていた。声も今にも泣きだしそうなことを予感させるものだった。
「武淵先輩、洋介も。今、胸の中にため込んでるもの、全部俺に向かって吐き出してみてください。二人には
俺も湿った声で、長いことを言ってしまった。武淵先輩にはどうしても言葉が丁寧になってしまう。
……何とも言えないが、武淵先輩が今にも泣きそうな声を出すものだから俺も泣きそうになってきてしまった。
昔、『人が一番笑うのは誰かにつられて笑うことだ』と、何かで聞いたことがある。だとしたら、人が一番泣いてしまうのは『誰かにつられて泣くこと』なのかもしれない。
「私は……ッ!」
「俺は……!」
武淵先輩と洋介は涙を流しながら、胸の内を語ってくれた。俺も共感を示しながら、話を聴いた。二人とも、何かあっても自分で抱え込んでしまいがちだ。いや、二人だけじゃない。俺や紗希、呉宮さん、茉由ちゃん、そして、寛之もだ。
たまにはこうやって胸の内を明かすことは大事なのかもしれない。吐き出せないと、その胸の内に秘めた爆弾はかならず暴発する。
話は戻るが、二人は語り終えた時には表情に明るさが少しだけ戻っていた。これには俺も一安心といったところだ。
二人には何だか感謝されてしまったが、俺は話を聞いて相槌を打っていただけに過ぎない。
このことを言っても二人からの「ありがとう」という篠突く雨は止まないのだった。
「ああそうだ、二人に魔法を見せて欲しいんだが……」
武淵先輩と洋介の二人は何やらキョトンとした表情をしていた。
「それは良いけどよ、何をするつもりだ?」
「明日の試合で使いたいから……と言えば見せてもらえるか?」
あの二人がクラレンス殿下の親衛隊だか何だか知らないが、冒険者という存在を侮辱した。そして、二人の無念に報いるためにも、あの二人を倒さなければならない!
二人は気前よく魔法を見せてくれた洋介は雷を拳に纏わせて“雷霊拳”を。武淵先輩は重力魔法を俺にかけてくれた。今までは何となくしか覚えていなかった魔法だったが、完全に頭に記憶させることが出来た。
「そうだ、直哉。お前、優勝賞金見たか?」
「優勝賞金?」
俺は洋介に本選の組み合わせが貼ってあった横に『優勝賞金:大金貨10枚』と小さい字で書いてあったらしい。
「それは希望とやる気がムンムンわいてくるじゃあねーかッ!おいッ!情熱を持って優勝賞金を取りに行けるぜーッ!」
俺はそんなネタを挟んでみたが、保健室にいる二人には通じず、静寂という返答を貰ったのだった。
大金貨10枚ということは日本円で1000万円!紗希と分け合っても500万円ずつだ!これはもう、勝つしかなくなったぞ!どんな手を使ってでも優勝させてもらう!
俺は見回りをしている人に見つからないようにウィルフレッドさんの同化魔法を
「おかえりなさい、直哉君」
俺が部屋に戻ると、ベッドに腰かけてニコリと笑顔を見せる呉宮さんの姿があった。
その後は呉宮さんにどこに行っていたのか、ヒソヒソ声で尋ねられた。もちろん、寝息を立てて眠っているエミリーちゃんとオリビアちゃんを起こさないためだ。
俺は嘘を付いたりする必要もなかったので、洋介と武淵先輩を見舞いに行っていたことを呉宮さんに伝えた。
「そっか、二人とも様子はどうだった?」
「ああ、全然元気そうだったよ」
俺は医務室であったことに関しては呉宮さんに嘘を付いた。だが、これは二人にとっては余り広められたくないことだろうから広めないというだけのことだ。
「直哉君、明日の試合頑張ってね。応援してるからね」
「ありがとう。明日の試合、絶対に勝つから」
俺は呉宮さんへ「絶対に勝つ」と言ったが、これは自分に言い聞かせるという意味合いも含んでいる。
――明日の試合は準決勝も決勝も勝つんだ。
俺はそう、心に誓いながらベッドで横になり力を抜いた。天井を見上げても明かりは月明りのみで暗かった。転じて窓の外を見れば満天の星空で、月も優しい光を放っていた。
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