第73話 賢竜の力

 ……兄さんは昔から優しかった。


 小学生の頃、ボクは一人称が“ボク”だったことを理由に男子にも女子にもイジメられていた。そんな時、真っ先に駆け付けて助けてくれたのはいつも兄さんだった。


 ――ボクはそんな兄さんが大好きだった。


 これはもちろん、恋愛感情としてのではなくとして好きということ。


 そして、助けてくれたことの中で一つだけ、特に覚えているのが小5の時にあった出来事。ボクが兄さんのことを同級生の男子たちにバカにされて怒ったことがあった。それを言った男子の頬にボクが張り手をしたことがあった。


 男子たちがムキになってボクを突き飛ばした。それを見た兄さんがどこからともなく現れたことで男子たちは攻撃する対象を兄さんに変更した。そこからは兄さんが殴られ続けた。それは、ボクに出来なかったことを兄さんで晴らすかのように。でも、ボクには怖くて、ただ見ていることしか出来なくて。


 ――情けないなぁ。


 その言葉が自分の頭の中で浮かび上がってきた。


 結局、兄さんは骨にヒビが入ったりで、病院に行ったりと色々と大変だった。でも、兄さんは恨み言の一つも言わないで、今までと変わらない態度で接してくれた。


 かえってその方がボクにはそれが心苦しかった。いっそ、責め立ててくれた方が楽だなとその時は本気で思ってた。


 そう思う反面、 人を責めない優しい兄さんが大好きだった。でも、傷ついて欲しくなかったから、ボクはその日に誓ったことがある。それは、『ボクが強くなって兄さんを守るんだ』ということ。


 ボクが弱いままだと兄さんは何度でもボクを庇ってケガをしたりするだろうから。これ以上、甘えちゃいけないと思った。


 ボクはその日から、お父さんから必死に剣術を習った。最初はお父さんは驚いていたけど、事情を話したら喜んで教えてくれた。お父さんはボクのことを『磨けば光る、剣の才能の塊だ』とか言ってた。


 才能が有ったのかは分からないけど、必死に努力を積み重ねた。どうせ、学校にも友達なんて居なかったから、学校が終わればずっと剣の練習をしていた。


 兄さんには心配をかけないように友達がいるとウソをついていた。そのことは謝らないといけない。


 中学を卒業する頃には剣術の試合で負けることがなくなるくらいに強くなっていた。兄さんからは何の取り柄もない俺と違ってスゴイ、スゴイとしつこいくらいに言われた。


 ちなみに中3になるまで、友達は幼稚園の時に仲良くなった茉由ちゃんだけだった。といっても、卒園式の後に引っ越して以来会うことも無くて、それっきりだったんだけど。


 中3の時、転校してきた茉由ちゃんと再会した時には本当に驚いた。不思議なことに茉由ちゃんと再会してからというもの、友達が次々に出来ていった。


 ボクは兄さんに助けてもらった恩を返そうと、兄さんと聖美先輩をくっつけようとしたりしたんだけど……成果が上がったのはこの異世界に来てからだった。


 ~~~~~~~~~~


「……とまあ、今まで思っていた気持ちとかがこんな感じだよ」


 俺は紗希の話を静かに、最後まで聞いた。


「そうか。紗希が急に剣術の稽古を始めたのは俺のせいだったんだな……」


 俺は紗希を良かれと思ってたけど、紗希からすれば心苦しかったりした時があったことを今初めて知った。


「兄さんが気にすることじゃないよ!勝手にボクがやっただけだし!」


 紗希は手をわちゃわちゃと振り回しながらそう言っていたが、俺は少し気にした。そして、俺が一番聞きたかったこと。何で前までは裸とか見られても気にした風な感じはなかったのに、今日は悲鳴を上げながら俺に蹴りを入れたのかを聞いた。


「お父さんから、兄さんとは異母兄妹だって言うのを聞いた時にちょっと戸惑っちゃって、何か変に意識しちゃってるような感じなんだよね……」


「でも、その後でも別段いつもと変わらなかったじゃないか」


 呉宮さんの料理を食べた時のアフターケアとかしっかりやってくれたし、その後も今まで通りだった。あ、でも思い返してみれば、着替えのこととか妙に恥ずかしがってるような節はあったか。


「なんか、兄さんを異母兄として意識するようになったからなのかも」


 紗希は何だか苦しそうな笑みを浮かべていた。


 紗希が悲鳴を上げて蹴りを入れたのは、俺を変に意識してしまった反動のようなものだったのか。その辺りが分かっただけで安心だ。


「紗希は考え過ぎじゃないのか……といって改善するようなものじゃないけどさ。今さら意識しなくても良いんだ」


『俺は特に紗希を異母妹として見たことは無い』……と、紗希に言葉を口にして、きちんと伝えた。


「いいか、紗希。俺たちは今まで通り、兄と妹だ。母親が違うとかは問題じゃァない!」


「兄さん、言い方がジ〇ジョっぽい……!」


 紗希はそう言ってクスリと笑みをこぼした。


「俺から見て、紗希は紗希だ。それはこれから何があっても変わらない。紗希から見ても兄さん兄さんだということは今までと何も変わらない」


 俺は紗希にこの事を優しく伝えた。俺は紗希とは母親が違うと聞いた時は何も思わなかったけど、紗希の心の中ではそれがずっと居座ってたんだな。もう少し、早く気づいてあげられれば良かったんだが……。


「兄さん、ごめん。何か暗い話題になっちゃったね……」


 紗希が俺の肩に手をそっと置いてくる。俺はその手を上から握った。


「いや、話を振ったのは俺だからな。紗希は気にしなくていい」


「うん。話聞いてくれてありがとね、兄さん!」


 紗希はいつもの笑顔に戻ってくれた。これを見て、俺は一安心した。


「紗希、俺はお前が守ってくれるというのは嬉しいんだが、兄というアイデンティティーを俺から奪わない範囲でやってくれると助かる。でないと、俺に何も残らない」


 妹が出来過ぎると兄としての尊厳に傷がつく。だが、世話を焼いてくれる妹は好きだ。今の俺の心の中はこの二つの心がせめぎ合っている。


 ”兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ!!”というどこかのケンシ〇ウの言葉に付け加えるなら、こうだ。これには模範解答であるということだと胸を張って言える!


「兄より優れた弟は存在しないが、兄より優れた妹は存在する!」


「兄さん、声漏れてるよ……。というか、兄さんに何か残ってたっけ?」


 ……俺は口走った言葉に、恥ずかしすぎて死にそうだった。


 後半の言葉はちょっと……どころか、かなり傷つくな……!


「おい、直哉!いつまで人の家の風呂に籠ってるつもりだ?」


 激しいノック音と共に寛之からの声が響いてくる。


「おう、悪い。今開けるから――」


「ちょっ、兄さん!まだ開けちゃ……!」


 俺は紗希の声を聞いて、「しまった」と思った時にはドアを開けてしまっていた。


 俺が振り返ると、紗希はタオルを巻いただけの姿だったが、俺にドアを開けるのをやめさせようとした時にタオルがずり落ちてしまったらしい。おかげさまで紗希は一糸まとわぬ姿で、白い肌をさらしてしまっている。


 寛之は紗希の全裸を見たことで鼻血を吹き出していた。紗希は顔を真っ赤に染めていた。


「兄さんのバカぁッ!」


 俺は紗希に浴室から蹴りだされてしまった。また、紗希は俺を蹴りだした後で勢いよく扉を閉めた。


 俺はふと、人の気配を感じて視線を右に移すと、手をプルプルと震わせながら木刀を両手に1本ずつさげた茉由ちゃんの姿が。


「先輩には紗希ちゃんが入浴中だということを伝えるのを忘れていたので、それを伝えに寛之さんと見に来てみれば……!」


 茉由ちゃんはその後に「確かに、伝えなかった自分が悪かったですけど……!」と付け足した後で、木刀に冷気を纏わせ始めた。


「おい、寛之!これはお前が受けるべき罰だ。彼女以外の女の子の裸で欲情したんだからな!鼻血何か出しやがって!」


「いやいや、そもそも直哉がドアを開けなければこうはならなかっただろ!」


 俺たちはどっちを前に出すかで押し合った。これは傍から見れば、人間の醜い部分をさらけ出しているようにしか見えない。


「なあ、茉由ちゃん。ひと思いに右でやってくれ」


 俺の言葉に茉由ちゃんは首を横に振って返す。


「ひ…左?」


 再び、茉由ちゃんは首を横に振った。茉由ちゃんはこのネタは知らないはずなのに、上手い具合に繋がってしまっている……!


「「りょうほーですかあああ~」」


 俺と寛之は歯をガチガチさせながら、震える声を揃えて茉由ちゃんに問うた。


「はい」


 ……もはや、は逃れられないということだろうか?


「もしかして氷刃オラオラですかーッ!?」


「氷刃!」


 俺たちの等身大の氷の刃が二つ、左右の木刀から放たれた。二つの刃は、それぞれ俺と寛之に向かってきた。


「障壁展開!」


 あっ!寛之のやつ、自分だけ障壁を!


 案の定、寛之は自らの障壁で氷の刃を防ぎ切った。畜生め!


 俺は防ぐこと叶わず、氷の刃を直で受けた。俺は廊下を2mほど後ろ向きに吹っ飛ばされた。


「痛テテテ……」


 俺は左右の腕を交差させて刃を受け止めたため、両腕の傷から血が滴っていた。傷そのものは浅いため、問題ない。


「先輩、すみません!」


 茉由ちゃんはポケットから回復薬ポーションをかけてくれた。そのおかげで、傷口はすぐに塞がった。


「ありがとう、茉由ちゃん」


「すみません、ついやりすぎちゃって……!」


 茉由ちゃんはその後、何回も俺に謝ってくれた。俺は別に気にしてないからと何度も言って納得してもらった。


 その後で、茉由ちゃんは寛之の方へと歩いて行った。表情からして茉由ちゃんは怒っている。


 その時の寛之の怯えた顔と来たら面白いのなんの。これは当分からかうネタになりそうだ。寛之は途中から恐怖で気を失ってしまっている。茉由ちゃんは怒るとそんなに怖いんだろうか?


「茉由ちゃん。俺としても、寛之こいつの記憶の中に紗希の全裸のムービーがRECされてるのは気に入らないからさ……」


 俺は茉由ちゃんに近づき、耳元であることを提案した。


「先輩、ホントにそんなことが出来るんですか……?」


「ああ、といっても実際に試したことはないんだけど」


 俺はフィオナさんから貰った賢竜の力を使ってみることにした。賢竜の力は記憶を作り出したり、記憶を書き換えたり、記憶を消したりできると言っていた。だったら、『紗希の全裸を見た』という記憶を消してしまえばいいのではないか……というわけだ。寛之よ、貴様には今から実験台になってもらうぞ。


「ヘブンズ・ドアー!」


 俺はふざけ半分で、そう叫んでから左手で寛之の額に触れた。ここからは目をつむって意識を集中させた。


「……あった」


 ほんの少し前の記憶だったからなのか、すぐに見つけることが出来た。俺はこの記憶だけを寛之の記憶から消す……つもりだったが、消えると話が噛み合わないだろう。というわけで別の人物の裸を見たという記憶に書き換えた。同時にその前後の記憶も書き換えた。


 俺は一連のことを終えて、立ち上がった。茉由ちゃんは怪訝そうな表情で俺を見ている。


「先輩、記憶……ホントに消したんですか?」


「いや、書き換えておいた」


 俺がドヤ顔で、そんなことを言い終わるのと同時に寛之が目を覚ました。目を開けるや否や寛之は茉由ちゃんに頭を下げた。


「茉由ちゃん、裸見てごめん!」


 茉由ちゃんは信じられないといった風に頭を下げる寛之を見た後で俺を見た。


 俺がやったことは、紗希の裸を見たという記憶を茉由ちゃんの裸を見たということに書き換えた。


 また、この状況に関しては俺と寛之が風呂に入ったまま出てこない茉由ちゃんを心配して様子を見に来たことにした。ノックすると、すでに着替えた紗希が出てきた。そして、茉由ちゃんが着替えようとしているところを寛之が見てしまった……と、こんな感じに記憶を書き換えた。


 紗希が風呂場から出てきたタイミングで茉由ちゃんと一緒に記憶を書き換えた。こうでもしないと話のつじつまが合わないからだ。


 その後は食堂で適当に話をしてその日は家に帰った。


 家に帰ると、呉宮さんが箒で家の前を掃除していた。紗希がその掃除を変わると言い出したが、結局二人で一緒にやることにしたらしかった。


 そして、俺が部屋に戻ると、机の上に一通の手紙が置かれていたのだった。

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