第5章 武術大会編

第72話 お土産持って来い

 ローカラトの町にヴィゴール率いる魔王軍が押し寄せてきてから10日。


 あれから特に変わったことは無い。と言っても、街の人たちが街の復興に向けて戦闘で壊れた建物を修理したり、道の舗装をしなおしたりと忙しくしているが。


 俺たちが住んでいる家は特に荒らされているようなことも無かったために今まで通りの普通の暮らしを送っている。


 冒険者ギルドは魔物に侵入された形跡があったため、祝勝会の前に調べてみたところ、ゴブリンやコボルトが数匹倒されていたらしい。床にポトポトと垂れていた血の跡を辿っていくとレオがその先でスヤスヤと眠っていたらしい。


 恐らく、ギルドの番をしていてくれたのだろうとウィルフレッドさんは言っていた。そして、冒険者ギルドは今まで通り運営されている。


 そういえば、一昨日に俺と紗希、寛之に茉由ちゃん、洋介、武淵先輩の6人は冒険者ランクがアイアンからスチールに昇格された。そして、呉宮さんはカッパーから青銅ブロンズに昇格となった。


 それと同じ日に冒険者ギルドのメンバー全員に大金貨が一枚ずつ報酬として配られた。


 ウィルフレッドさんはローカラト辺境伯の息子のユーリという人から魔人を3体討伐した追加報酬で大金貨3枚を貰っていた。そして、借金がチャラになったと大喜びしていた。


 また、ウィルフレッドさんからは自分がオリヴァー・スカートリアであることは伏せておくように言われている。自分のせいでギルドが厄介ごとに巻き込まれるのを防ぐためだという。


「なおなお、おはよう~!」


「ああ、ラモーナ姫。おはようございます……」


 色々と思い出していると、背後からラモーナ姫に抱きつかれた。何がとは言わないが、相変わらずの弾力に俺は気分が沈む。


 ……にしても、魔王軍が攻めてきた一件以来ラモーナ姫からのスキンシップが増えたような感じがする。こちらとしては甚だ迷惑なのだが……


「おい、薪苗直哉!姫様に対して、そんな態度はないだろう!」


 それと、ラターシャさんが俺を呼ぶときに『貴様』とか言わなくなった。最初は『薪にゃい直哉』と噛みそうになったりしていたが、今は噛むこともなく『薪苗直哉』と言えるようになっていた。


 俺は今さらながら、ラモーナ姫たちが泉で『ここへ来た目的は俺に会うため』だと言っていたことをふと思い出した。


「ラモーナ姫、初めて泉で会った時にここへ来たのは俺と会うためだと言ってましたけど、それは一体どういうことなんですか?」


 俺が後ろを振り返ってラモーナ姫に尋ねると、椅子に座るように言われた。まあ、俺の家なんだけど……


 俺が椅子に座ると、ポツリポツリとラモーナ姫が俺の質問に対しての答えを話し始めた。


 どうやら、ここへ来たのは今から2ヶ月半近く前に『賢竜の力』を竜王が感じ取ったことなのだという。詳しい場所を調べてみたら、ここだった……というわけらしい。


「それで一つ、なおなおに聞きたいんだけどね。賢竜とはどういう関係なの?」


「ああ、俺の母親だ。実のな」


 ラモーナ姫もラターシャさんも口を開けたまま固まってしまっていた。


 俺は親父から聞いた話と夢の中でフィオナさんから聞いたことを順に話した。


「なるほど、賢竜の力は今はなおなおが持ってるってことだね」


「ああ、まだ使ったことないんだけどな」


 俺は賢竜の力を一度も使っていない。記憶を司る物だということから、『慎重に使わないと』と意識してしまい、何となく使いにくい気分になっているのだ。


 話を終えると、ラモーナ姫とラターシャさんは二人でどこかへ出かけていった。それと入れ替わるように呉宮さんが買い物から帰ってきた。


「あ、これ。直哉君宛てに手紙が来てたけど……」


 俺は呉宮さんから差し出された手紙を俺は受け取った。誰からかと思えば、寛之からだ。


『アホの直哉へ

 新しいわが家が出来ました。ざまーみろ。

 お土産を持って来い。

 いいお土産を持って来い。  守能寛之

 P.S パンにスープの残りを付けて食うと、上手い』


 手紙に書かれていた内容を見て、『どこの楽しい木造建築だ』とツッコミを入れた。


「直哉君、その手紙……何?」


「ああ、別にそんな大したことじゃないから気にしなくて大丈夫。今から、ちょっと寛之の家まで出かけてくる」


 俺は呉宮さんに言い残して、寛之の家へと向かった。


 寛之と茉由ちゃんが泊まっていた宿屋はこの前の戦いのせいで半壊状態になってしまったため、住む場所を移らざるを得なくなったのだ。


 そして、新しく住む場所を探していた時に見つけたのが手紙にもあった新居だ。見つけた時は作りかけの家だったらしいが、それは元々金持ちが住む家だったらしい。だが、魔王軍の襲来があって怖くなったらしく完成前に別の街へと引っ越していったらしい。


 そんな屋敷を寛之たちが超安値で買い取ったらしい。それでも少しだけ借金抱えるレベルだったらしいけど。


 俺がそんなことを頭の中で回想しながら走って寛之の家へと向かい、寛之の家の前に生えていた雑草と砂を少々、袋に収めた。これを土産にしておこう。


 寛之の家は門が付いているうえに庭が鉄の門の向こうに広がっていた。ホントにこんな家に寛之と茉由ちゃんだけで住んでるのか……。


「あ、先輩。おはようございます!」


 家に入ると、ニコニコとした表情をした茉由ちゃんが出迎えてくれた。手には木刀を持っているが、ネグリジェ姿だった。


「ああ、おはよう。もしかして、紗希との朝練帰り?」


「はい。それで今、汗をシャワーで流してきたところです」


 茉由ちゃんはにこやかにそう答えた。にしても、茉由ちゃんがここに帰って来てシャワーまで浴びてるってことは紗希はもう家に帰った感じか。


「そうだ。茉由ちゃん、今寛之はいるか?」


「今くらいの時間なら、なら寝室にいると思いますけど……。あ、寝室は2階の手前から3つ目の部屋です」


 茉由ちゃんが階段の方を指差して教えてくれた。俺はお礼を言って階段を上がった。途中、寛之のことを『守能先輩』と呼んでいた茉由ちゃんがいつの間にか『寛之さん』呼びになっていることに対してニヤニヤが止まらなかったが。


 にしても、この屋敷に住んでるとか純粋にスゴイと思う。まあ、さすがに屋敷の床に赤絨毯を敷くほどの豪華さはないが。


「おい、寛之!土産持ってきてやったぞ~!」


 俺は茉由ちゃんと話す時に見えないように隠していた土産を詰めた袋を左手に持った。


「おう、直哉か。もちろん、お土産持ってきたよな?」


 扉を開けた寛之は手の平を上にして俺に向けてくる。ここまで来たら、どこかのお寺の楽しい木造建築ネタでの会話を再現する気でいるのだろう。


「……やっぱりいるのか?」


「いりまくるよ!タダで僕の家に入ろうなんて片腹痛いわ!」


「じゃあ、どうぞ。てか、家ならもう入ってるけどな」


「細かいことは良いだろ。こちとらこれだけが楽しみで……お前……」


 俺は例のお土産の袋を寛之に投げ渡した。寛之は受け取るとすぐに袋を開けて中身を見た。寛之は袋の中身を見て固まった。


「謝ってやるから寛之、もっと落ち込んでくれよ~」


「草と砂ってお前……」


 こんな感じで部屋の入口でバカみたいな話をした後に俺はようやく寛之の部屋に入ることが出来た。


 部屋といっても、ダブルベッドが1つと簡素な木製のテーブルが1つに椅子が2つあるだけである。


 その後は寛之に家の設備を紹介してもらった。まあ、ほとんど自慢みたいなものだったけど。


 部屋は二人部屋が2階に4つ。そして、1階には食堂があり、10人までなら同時に食事ができるらしい。風呂もトイレもあると言っていた。家の裏に川が流れているから、そこから水を引いてきているらしい。ただ、自慢口調だったのが気に入らないところだが。


「それなら、俺も風呂入って来て良いか?ここに来るまでで汗とかかいたからさ」


「ああ、全然大丈夫だ。我が家の風呂を堪能してくればいい」


 俺は部屋を出て、寛之の家の風呂を借りに行った。


「直哉、僕がギルドの女性陣の着替えを覗かされた時の借りを返してやる」


 ――寛之がそんなことを俺が去った後の部屋で呟いていたことも知らずに。


 ――――――――――


 俺は1階へと降りて、寛之に言われた部屋に到着した。部屋の入口の横にはご丁寧にも“風呂”と書いてあった。


「あっ……」


「えっ……」


 俺が扉を開けると、そこには黒髪ロングの美少女が一糸まとわぬ姿で……って、紗希!?


 俺と紗希は驚きの中で、無言で口をぽっかりと開けたまま数秒間見つめあった。


「キャーーーーー!」


 紗希は顔を真っ赤にして、叫び声を上げながら俺に回し蹴りを繰り出した。俺は咄嗟のことに避けることが出来なかった……というより、素直に見てしまったことへの罰を払おうと思って避けることを途中でやめた。


 おかげさまで、回し蹴りは俺の頭部に吸い寄せられるように命中した。


「へぶぅっ!」


 俺は直撃した衝撃で鼻血が出たため、それをまき散らしながら扉に勢いよくぶつかった。


 飛び散った血だけ見ると、何か傷害事件でも起こったのかと思ってしまいそうな状態だ。


「……兄さん、見た?」


 見たも何も、日本では俺の入浴中に自分から全裸で入ってきたりしてただろ!?それに、こっちの世界に来てからも遺跡を出てすぐの泉で全裸は見てるし、風呂屋で混浴した時に見たし。その時は、さすがにバスタオルは巻いてたけど。


 ……はっきり言おう。一体、何を今さら恥ずかしがることがあるのか?


 大体、全裸で俺の入浴に突撃して来た時だって「ボクは別に兄さんに裸を見られたところで何とも思わないよ」とか言ってたじゃないか!


 ……いや、一旦落ち着け、俺。紗希にも何らかの心境の変化があったのではないだろうか?紗希が異世界に来てから乙女心が芽生えたとか……考えても落ち着かないな。


「お~い、直哉!浴室で凄い音がしたけど、どうかしたのか~?」


 階段の方から寛之ののんきな声が聞こえている。俺はこの時に悟った。これは寛之の罠であったことを。第一、寛之のやつ、紗希が来ていることを隠していた時点で怪しい。いや、それを言えば茉由ちゃんもグルだったのか?いや、そんなことは後だ!


 今寛之がここに来れば紗希うちの天使の全裸を見られてしまう!それだけは阻止しなければ!


 俺は急いで立ち上がり、風呂場のドアを閉め、カギを閉めた。


 俺は改めて後ろを振り返ると、俯いた顔を赤らめながらタオルを体にキツめに巻き付けた紗希がいた。


「紗希、見たのは謝る。悪かったな」


 俺は恐る恐る顔を上げると、つい紗希の体の造形美に目を持っていかれそうになる。タオルを巻いていても分かる胸の平たさといい、くっきりと浮かび上がる細い腰回り。何より、タオルでは全然隠しきれていない細長い脚。


「兄さん、もう気は済んだ?」


 紗希は上目遣いでそう俺に尋ねてくる。俺は「ジロジロ見て悪いな」と再び謝った。俺はさっき頭の中で「何を今さら恥ずかしがることがあるのか?」と思っていたことを正直に話した。


「それは……」


 そこからは紗希の回想が始まった。俺は紗希の回想に静かに耳を傾けたのだった。

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