過去③ 集う英雄たち

「国王陛下、王国軍総司令ジェラルドが参りました」


 ジェラルドは手前の4人の前を目を合わせることなく、王の前にひざまずき、参上したむねを述べた。


「大儀である」


 国王は低く静かに言葉を発した。


 ジェラルドはうやうやしく礼をし、王から見て右手前に立った。


「これで全員が揃ったわけじゃが……2つ、悪い知らせじゃ」


 王の言葉にその場にいる全員が固唾を呑んだ。


「1つ目は今から1週間前にタナイアの町が陥落したということじゃ」


 タナイアと言えば、王国南部の要衝である。その場にいる者全員がその事を理解しているために動揺が走った。


「そして、町を陥落させたのは魔王軍とのことじゃ」


 魔王の名がここ王都まで聞こえてきたのはここ2,3ヶ月のことだ。急速に勢力を拡大しつつあることは王国の中でも立場が高い者たちの間では知られた話であった。


 と呼ばれるほどに統率のとれた魔物の群れは人間たちからすれば脅威でしかない。


「恐らくじゃが、戦いは避けられん。故に指揮を向上させるために“英雄”の座を用意しようと思う」


「“英雄”!?」


 王の言葉に対して、その場にいた貴族たちからオウム返しの言葉が投げられる。


「そうじゃ。何か象徴的な存在になりうる強い者たちを立てようと思ったわけじゃよ。そのために一人の者をここへ呼んだ」


 王がゆっくりと縦に顔を振ると、扉の近くの騎士が扉を開けた。


 開いた扉の先には黒の薄汚い外套に、濃い茶色の杖を持った紫髪の魔導士風の男が立っていた。その男は緊張しているのか、ゆっくりと貴族たちの間の絨毯を歩いて王の前で畏まった。


「面を上げよ、セルゲイ」


 セルゲイと呼ばれた男はゆっくりと顔を上げた。


「この者は冒険者だ。ただし、冒険者の中でも一番強い」


 “冒険者”という言葉に貴族たちがざわついた。それもそうだ。この当時、冒険者というのは平民の中でも貧しいものがする魔物の処理をするいやしい者のことだからだ。


「陛下、このような下賤の者を王宮に入れるなど……!」


「誰か、早くこいつをつまみ出せ!」


 貴族たちはセルゲイを指差し、口汚く罵った。セルゲイはそう言った言葉は聞きなれているのだろう。何も言わずに黙り込んだままだ。


「静まりなさい!」


 貴族たちの取り乱しように高圧的な女性の声が謁見の間へ広がる。アンナだ。


「王の御前です。それに、これは王の決定です。それに不満があるというのなら王の前へ出なさい」


 アンナの一言が効いたのか、貴族たちは沈黙した。アンナは「話の続きを」と隣にいる王へと促した。


 王はそれを微笑みと共に受け取り、再び話を始めた。


「英雄は八名とする。まず、一人目は王国軍総司令ジェラルド」


 ジェラルドは静かに貴族の列から外れ、セルゲイよりも一歩だけ王の近くに片膝を付き、俯いた。


「二人目は王女アンナ・スカートリア。そして、三人目は王子オリヴァー・スカートリア」


 名前を呼ばれたアンナとオリヴァーは目の前の階段を降りてジェラルドの左右へと並ぶ。


「四人目はレイモンド・ヒューレット。五人目、フェリシア・レステンクール。そして、六人目がランベルト・ガリエナ。七人目がシルヴェスター・シュトルフ」


 全身鎧姿にオリーブ色の髪をした身長は2m近くあると思われる大男。


 ブロンドのローブに身を包み、長杖を持った金色の長い髪をサイドテールにした女性。


 大男と同じく、全身鎧姿にコバルトブルーの髪を持つ、落ち着いた印象を受ける騎士。


 胸当てだけが金属で出来た軽鎧に腰にサーベルを佩いている緋色髪の騎士。


 この4人が順番に王の前へと出てきてジェラルドたちの左右へ綺麗に2人ずつ分かれた。


 4人ともセルゲイを見る目は冷たく、横を通る時もあからさまに近づくのを避けていた。


 国王は4人が並び終えたのを見て、最後の英雄の名を呼んだ。


「八人目、最後の英雄・セルゲイ」


 セルゲイは他の7名と同じ動きで前へと出てきた。左右どちらに行くのかを一瞬迷った節があったが、左へと進んだ。


 セルゲイの隣のランベルトはあからさまに嫌悪を表情に出していた。ランベルトの隣のフェリシアも澄ました顔をしているが、隣のアンナの方へと少しだけ体を傾けていた。


「以上、8名を我が国の……いや、人類の英雄として魔王に対抗させることをここに宣言する」


 その後の王の話の後で、謁見の間に居た貴族たちは解散となり、各々謁見の間から退出していった。


 こうして現在、謁見の間に居るのは国王とジェラルドたち八英雄と一定間隔で謁見の間の隅々に立っている騎士だけとなった。


「それでは……」


「陛下、無礼をお許しください」


 国王が話すのを遮って、ジェラルドは玉座の前にある階段を駆け足で登っていく。


「おい、総司令!何をする気だ!」


 背後から大男の騎士、レイモンドが声を荒げるがジェラルドは止まることなく駆け上がっていく。


 ジェラルドは階段を登り切った直後、拳を目にも止まらぬ速さで打ち出した。狙ったのは王の背後。


「グハッ!」


 何らかの形で周囲に溶け込んでいたのか、突然男の姿が現れた。


「魔人!?」


 国王は慌てて玉座を飛び退き、その前へアンナとオリヴァーが躍り出た。二人はジェラルドが動いた直後に階段を駆け上がっていたのだ。


 取り残された他の5人は驚きの声を上げながらも身構え、臨戦態勢を取った。


 アンナとオリヴァーは王と共にゆっくりと下まで降り、5人と合流した。騎士たちはジェラルドの近くへと駆け寄っていく。


「お前、陛下の命を狙いに来たのか?」


「……違うな。魔王様……からの、伝言を、伝えに……来た」


 男は小刻みに言葉を切りながら、ゆっくりと聞こえるように話した。先ほどのジェラルドの鉄拳が急所に命中していたらしい。


「なら、早くその魔王様からの伝言とやらを言ってみろ」


 ジェラルドは落ち着いた様子で魔人へ言葉を投げかける。魔人の男は口端を吊り上げた後、魔王からの伝言を述べた。


『我は魔王、グラノリエルス。

 つい1週間ほど前にローカラトの町を陥落させたのは我の軍だ。

 今、我が軍はローカラトの町に駐屯している。

 この町を落とした以上、そなたらの居る王都までは何もないべレイア平原のみが横たわっている。

 ただちに我に投降せよ。

 投降すれば、我の庇護下で死ぬまでの身の安全を保障しよう。

 そういった所で、そなたらが投降しないであろうことは我にも予想がついている。

 ここで我から一つ提案だ。20日後に決戦を行おう。

 そなたらがこの伝言を聞いた日から20日後、べレイア平原にて速やかに我と決戦されたし。

 我は魔王軍の精鋭10万と共に陣を張り、そなたらが来るのを楽しみに待っているとしよう』


 魔王からの伝言の後、静寂が謁見の間に落ちた。使者は伝言を伝えた直後に隠し持っていたナイフで自分の喉を貫き死亡した。


 国王は魔王からの言葉を聞いて顔からは血の気が失せて、蒼ざめていた。そんな国王をアンナとオリヴァーの二人が担いで寝所まで連れていった。


「ジェラルド王国軍総司令殿。これからどうなされるおつもりなのですか?」


 ジェラルドの隣へ音も無く静かに歩み寄ったのはセルゲイ。彼の陰気な声も見た目もレイモンドたち4人から快く思われていないようだ。


「とりあえず、今日は解散だ。明日、陛下にお伺いを立てて……」


「その必要はないわよ!」


 扉が開く音と共に声を入口から張り上げたのはアンナ。


 後ろにオリヴァーを連れて、スタスタと6人の前へとやって来た。


「必要ない……というのはどういうことかしら?」


 フェリシアが先ほどのアンナの言葉への疑問を投げかける。


「父上……いえ、陛下はまずは八英雄たちで使者として竜の国へと向かうように言ってたわ」


 竜の国……王都からは馬車でも往復で10日はかかる。それくらいのことは貴族であれば皆知っていることだった。


「アンナ王女。竜の国へ行くのであれば、戦の準備はいかがなさるおつもりで?そのことに関して陛下は何と?」


 ランベルトの鋭い切り返しにアンナは言葉を詰まらせていた。


「オリヴァーに一任すると言ってたわよ」


 アンナの一言にオリヴァーは驚きを表情に出した。何やら怪しい。ここに居る全員がそれを確信した。


「アンナ王女、オリヴァー王子。二人ともウソはもういい」


 ジェラルドの一言でアンナは溜まっていた空気を深く吐き出した。


「悪かったわね。嘘よ、今までの話の全部私の思いつきよ」


「お前、何したか分かってんのか?」


「そうだね。君は王女であって王ではない。王の名を語ったものは死罪になってもいいほどの重罪だ」


 バレたのなら仕方ない。そんなアンナの態度にレイモンドとシルヴェスターが食ってかかる。セルゲイはケンカに発展しそうな雰囲気を何とかしようとしているようだが、あたふたするばかりだった。


「おい、こんなところで揉めてる場合じゃないだろ」


 ジェラルドは揉めている3人に対して呆れ半分で声をかけた。二人もその声で一度追及するのを取りやめた。


「さて、オリヴァー。国王陛下の様子は?」


 ジェラルドは鋭い目つきでオリヴァーの方を見た。その目からは苛立ちが窺える。


「そうだな、父上はとても政務が出来るような状態ではないことだけは言える。あの様子だと、しばらくは寝たきりになるだろう」


 オリヴァーはきっぱりとそう言った。


「なら、王に代わって誰かが政務を行う必要がある。では、現在王位継承権が高いのは誰だ?それは、ここにいるアンナ王女ではないのか?」


 代々スカートリア王国では男女問わず、王の子が生まれた順に王位継承権が高い。そのため、アンナが一番王位継承権が高いことになる。


 これに関して誰も返す言葉が無かった。


「よって、アンナ王女を国王代理とし、先ほどの失態はこれからの事で償わせればいいんじゃないか?まず、今ここで言い争う時間が惜しい。だから……」


「おい、ちょっと待て」


 レイモンドがジェラルドの話を遮った。


「レイモンド……だったか。アンナ王女が国王代理をすることに反対か?」


「いや、アンナ王女が国王代理するのは良い案だ。賛成するぜ。だがな、俺が言いたいのは何でお前がリーダー気取ってこの場を仕切ってんだってことだ」


 レイモンドからの意見にジェラルドは反論出来なかった。


「分かった、ならこの場で八英雄のリーダーになるかを決めよう。今後、またリーダーのことで一々揉めるのは面倒だ」


 誰がリーダーになるのかを8人は話し合ったが、一向にまとまらなかった。しかし、アンナが一番強い人物がリーダーになれば良いのではないかと提案したところ、誰も反対することは無かった。


「じゃあ、ここにいる8人で誰が強いのかを決めましょうか」


 フェリシアが言った一言に、セルゲイ以外の全員が笑みを浮かべながら頷いた。


 こうして、誰がリーダーたるにふさわしいか。それを決めるための戦いが始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る