過去② スカートリア王国王女

「アンナ王女、入るぞ」


 部屋を強く叩く音が廊下中に響く。扉の向こうからは「入って来ないで!」と叫び声が響いてくる。


 ジェラルドはため息を一つついた後で、金属の扉を蹴破った。金属製の扉は勢いよく吹っ飛び、アンナの目の前に重い音を立てながら倒れた。


「平民には入って来ないでという言葉も通じないのね!出ていってよ!」


 アンナはペンのインクが入ったケースをジェラルドへと投げつけた。しかし、ケースはジェラルドによって、あっさりとキャッチされた。


 しかし、飛び散ったインクはジェラルドの黒を基調とした軍服に掛かった。ペンのインクが黒だったこともあり、見た感じ目立つことは無かった。ただ、インクの匂いが香った。


「俺は最初に『入るぞ』……と言いましたが、そもそも俺は『入って良いですか?』と貴方に部屋を入る許可など求めてはおりません」


 ジェラルドは平然とアンナの前へと歩みを進めた。それに対してアンナは壁際へと後ずさっていく。


「第一、そんなに入って来て欲しくないというのなら、その腰に差している片手剣ショートソードを使ってでも俺を追い出せばいい」


 ジェラルドは「やってみろ」と挑戦を促す目でアンナを静かに見つめた。


 アンナは震える手で腰に差している片手剣を静かに、ゆっくりと抜き払った。


「……来い。俺を部屋から追い出してみろ」


「……ッ!!」


 アンナはジェラルドへと袈裟切りを見舞った。それも一度ではなく二度も、三度も。


 しかし、ジェラルドにかすり傷ひとつ負わせられなかった。刃が当たりそうで当たらない。そんな絶妙なタイミングでアンナの斬撃をかわしていった。


「――――ッ!」


 アンナがドアのところまで斬撃をかわすだけのジェラルドを追いやったところへ上から下へ一直線の斬撃をジェラルドの脳天目がけて振り下ろすも、ジェラルドは一歩後ろへ跳び、鞘から神速の一撃を見舞った。


 アンナの振り下ろした片手剣はクルクルと宙を舞い、アンナの執務机の真ん中に突き立った。アンナは脱力し、両膝を床についた。


「まあ、筋は良い方だな」


 ジェラルドはアンナにそんな言葉を落とした。


 一方、オリヴァーはジェラルドに言われていた通りに部屋の外で待っていた。


「オリヴァー……」


「姉さん、稽古に行こうよ。この人からまだまだ学ばないといけないことはたくさんあるはずだ」


 オリヴァーはアンナに手を差し出し、立ち上がらせた。


「アンナ王女、オリヴァーから話を聞きました」


 話。それは10年前、王宮でよく一緒に遊んでいた少年が城をアンナを狙って襲ってきた暗殺者から身代わりになって殺されてしまったことがあった。それ以来、アンナはあまり他人と関わらなくなってしまったのだ。


「……なぜ、その少年が死んだのか。アンナ王女、貴方は理解できているのか?」


 ジェラルドからの言葉にアンナは唇を噛み、押し黙った。


「それは貴方が……」


「……黙って」


 アンナは静かなトーンで言葉を遮る。


「少年の一人も守れないほどに……」


「……やめて!」


「無力だったからだ」


「やめてって言ってるでしょ!?」


 ジェラルドの言葉の途中途中で言葉を挟み込んだアンナ。そんなアンナの目からは大粒の涙が次々にこぼれ落ちていく。


「アンタみたいな平民に言われなくても、それくらい分かってるわよ……」


「アンナ王女は随分と平民が嫌いなようだが、お前の身代わりで死んだあの少年は城で働かされていた平民だったはずだが」


 アンナは弱かった。その事を気にしながら、今までを過ごしてきたのだ。


 少年は自分の近くに居たせいで死んだ。だから、見知らぬ者を近くに置かないように、近づけさせなかった。そのために高圧的な態度を取っていたのだ。


「死んでしまった者は戻らない。過去を悔やむヒマがあるのなら未来を見据え、今を全力で生きろ。それがあの少年への手向けになる」


 アンナはジェラルドの言葉を聞いて、顔を上げた。


「ならば、お前が今するべきことは何だ?」


「アタシがすべきことは……強くなること。アタシの守りたいものを守るために」


 アンナの言葉を聞き、笑みを浮かべながらジェラルドはアンナの部屋へ入っていった。


「ちょっと、アンタ!何勝手に部屋の奥まで入ってるのよ!?」


「何、お前の剣を代わりに取ってきてやったんだが」


 ジェラルドはアンナの部屋の執務机から片手剣ショートソードを引き抜き、アンナに手渡した。


「オリヴァー、お前もボケっとしてないでサッサと中庭に戻って修行をするぞ」


「あ、はい!それじゃあ、先に行って始めておきます!」


 オリヴァーは走って階段を降りて、中庭へと戻っていった。


「アンタ、王族のことを呼び捨てにしてるの?」


「ああ、俺は教える側だからな。といっても、修行の時だけだが」


 ジェラルドはそう言って階段を降りようとしたが、アンナが付いてきていないことに気づき、振り返った。


「アンナ王女、どうかしたのか?」


 ジェラルドは見上げる形でアンナを見つめた。アンナは顔を朱に染めながらジェラルドを見つめていた。


「え、いや、アンタ意外と優しいところもあるんだなと思って……!」


「ああ、王宮の中だと怖いイメージが付いてしまったからな。俺は敵には容赦はしないが、敵でないならそいつには優しくするぞ」


 ジェラルドはフッと笑みをこぼしながら、そう言った。ジェラルドの言い回し的には優しくしたということは敵ではないと思ってくれている証拠でもある。


 アンナはそれに気づいて、笑顔を浮かべた。


「それと、アタシも修行を受けるんだから……その……!」


 アンナは人差し指をツンツン突き合わせながら、言葉に詰まってしまっていた。


「はぁ、どうでもいいからサッサと行くぞ。


「……うん!」


 アンナは笑顔でジェラルドの後を追って階段を駆け下りた。


 そして、中庭についてまもなく修行が始まった。


「オリヴァーはとりあえず、重装鎧を着込んで蹴りと拳打の練習をしておけ」


「鬼!?」


「まずは遅くてもいいから、できる限り早く正確に繰り出せるように練習しろ」


 オリヴァーは文句の一つも言わずに鎧を着込んで練習を始めた。


 途中の驚きの声はオリヴァーではなく、アンナだ。彼女は文句の一つも言わずに黙々と修行に打ち込む弟に驚きを隠せないといった様子だった。


「あれで鎧を付けてない時の拳を撃ち出す速度や蹴りを入れる時に攻撃が軽く感じられるんだ」


「にしても……まあ、アタシが口出しすることじゃないわね」


 アンナは言いかけたことを腹の中へと押し戻して、ジェラルドへと向き合った。


「それで今日は何をすればいいのかしら?」


「今日はもうお前の実力は見たから、早速素振りをしてもらおうと思う」


「……素振り?」


「そうだ。オリヴァーもそうだが、お前も根本的に筋力が足らない。だから、筋がどれだけ良くても大した強さになれない。だから、まずは基本的な筋肉を付けろ」


 ジェラルドはそう言ってアンナに昼までずっと剣を振らせ続けた。


 その日以降、二人は基礎体力構築のための修行を徹底して行われたのだった。


 修行は1年、2年と続いていき、気づけば5年の日々が流れた。


 ジェラルドは25才になり、今まで以上に風格を帯びてきた。そして、名実ともに王国最強と称えられるだけの高みに至っていた。


 そして、アンナとオリヴァーもそれぞれ22才、21才になっていた。


 この頃には二人もジェラルドには一度も勝てたことは無かったが、戦闘能力ならジェラルドに次ぐ地位にまで成長していた。


 この5年の間にジェラルド、アンナ、オリヴァーの3人は魔法を使えるようになり、その修行にも励んだ。


 ジェラルドは“魔法破壊魔法”、アンナは“代償魔法”、オリヴァーは“同化魔法”が使えるようになった。


 "魔法破壊魔法”は文字通り魔法を破壊する魔法。ただし、射程範囲は自分から半径1m以内しかない。魔法の威力は高いがその分射程範囲が短いという欠点がある魔法だ。


 “代償魔法”はその名の通り、代償の大きさに応じて願った効果を発動する古代魔法アルトマギア


 “同化魔法”は物質や魔法に同化することが出来る魔法。だが、同時に同化できるのは1つのみになっている。


 これを各々の戦い方に合わせて、魔法を自在に扱えるように練習していた。


「総司令、国王陛下から謁見の間へ参られるようにとのお達しです」


 執務室で書類整理をしていたジェラルドの元に伝令がやってきてその旨を伝えた。


「了解した。すぐに向かうと陛下に伝えてくれ」


「はっ!」


 ジェラルドからの伝言を聞いて伝令は一礼の後、部屋を退出していった。ジェラルドは迅速に軍服を羽織り、腰にサーベルを佩いて執務室を出た。


 足早に執務室から謁見の間へやって来たジェラルドが謁見の間に入ると、豪奢な格好をした大勢の貴族が直線上に敷かれた赤の絨毯じゅうたんの左右に分かれて並んでいる。そして、最奥の玉座に国王が腰かけている。


 その左右に白を基調とした服に金のマントを赤のブローチで留めた服装をしたオリヴァーと、純白の生地の肩口が大きく開いたドレスを身にまとったアンナの姿があった。


 その手前、多くの貴族が並ぶ中でに特別目立つ4人の男女から、ジェラルドは挑戦的なものをジェラルドは感じ取ったのだった。

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