第66話 大地を司る眷属

 ここはローカラトの町の北通り。ここでローカラト辺境伯シルヴァンが200の兵を指揮して住民を北門へ集めていた。


 包囲されていない北門から住民を避難させようというのが当初の目的だったのだが、南門での魔物の撃退に続き、東西での敵の撤退の知らせを受けて住民たちの避難を見合わせることとなった。


 町の住民たちはゆっくりと兵たちの誘導に従って一度中央広場へと向かっていった。


「どうやら、北門も何事も無かったみたいだな」


 あれから俺たちは北門に到着して、そこに居たラモーナ姫とラターシャさんに異変とかが無かったかを確認したりしていた。


 二人はちょうど王都へと向かう予定だったらしく、北門から出発しようとしていた時に住民が大勢押し寄せてきて北門も軍によって閉鎖された。


 それによって留まっていたところへ俺たちが通りがかったとのことだった。


「なおなお♪何か私に食べ物を……」


 ラモーナ姫が俺に食べ物をねだろうとすると、すかさずラターシャさんがパンを差し出した。


 その後で俺をキッと睨め付けてくる。よっぽど俺にラモーナ姫を近づけたくないのだろう。


 それはおいておくとして、戦いも終結が見えてきた。そんなことを思って表情を緩ませていると城壁を何かが突き抜けてきた。


 俺たちは急いで回避したためにケガとかはしなかった。だが、城壁にいくつもの大きな穴が空いてしまっていた。


「兄さん、あれ!」


 俺は紗希の指さす方を見上げると、そこには岩で出来た蛇のような姿の魔物がいた。


「……イワ〇ク?」


 寛之がポツリとあるポケモンの名を出すほどにその魔物はそれに近い特徴があった。そんな岩蛇が計3体。


 それが城壁に攻撃を仕掛けている。城壁の上の兵士たちが矢を放ったり、槍で突いたりしているが、全く効いている様子が見受けられない。


 そんな間に城壁に岩蛇が突っ込んで城壁を食い破っていく。兵士たちも崩れた城壁に埋もれたり、突進によって吹き飛ばされたりと歯が立たないといった様子だった。


「直哉、あれは早く倒しちまったほうが良いんじゃねぇか?」


 洋介は斧槍ハルバードを構えて戦闘態勢だ。だが、俺たちが動くよりラターシャさんの方が早く動いた。


「姫様、敵の駆逐の許可を」


「それじゃあ、ラターシャ。お願いね♪」


 ラモーナ姫のウィンクに見惚れた後、ラターシャさんは手に持つ槍を構えて岩蛇の方へと向かっていった。


「直哉君、ラターシャさんが……!」


 呉宮さんやみんなは心配そうにラターシャさんを見ている。何なら助けに行こうとしてる感じだった。


「……大丈夫。あの人、俺らなんかよりもよっぽど強いからさ」


 俺の言葉の通りにラターシャさんはホントに30秒ほどで戻ってきた。王国軍の兵士では太刀打ちできなかった魔物を数十秒で倒して戻って来たのだ。やはり強い。


「……姫様」


「うん、何か……いるね。桁違いの怪物が」


 二人はお互いの顔を見あって頷いた後に城門まで駆けだしていった。話の内容から察するにまだ敵がいるんだろうか?


 俺たちは事情が呑み込めなかったが、とりあえず二人を追って城門まで走った。


「何だ、あれは……!」


 城門前では兵士たちが尋常ではないほどに動揺していた。顔からは血の気も失せて真っ青だ。


 俺たちはそれだけの状況を生み出した原因を知っている。


 あの北門からわずか200mほどの位置にいる唐茶色の髪をした鎧に身を包み、右手には大斧を握りしめている大男だ。


 あの男から放たれるプレッシャーは並み大抵のモノではない。それこそ一般人は気を失い、兵士たちも嘔吐するものや気絶したりするものが9割9分だ。残りのごくわずかな者は膝を付き呆然としているだけだ。


 正直、俺たちも吐き気がないわけではない。吐いていいと言われたらいつでも吐く自信がある。


 突っ立っているだけでほとんどの人間を戦闘不能にするほどの圧倒的なまでのプレッシャー。


 それにラターシャさんはスタスタと近づいていった。ラモーナ姫は城門の近くからその様子を見守っている。


「あなたは一体、何者ですか?そして、ここにはどのような用件で来たのですか?」


 やや責め立てるような口調。このプレッシャーの中で平気そうにそんな言葉を吐けるなんて、やっぱりラターシャさんはスゴイ。


「ワタシハ魔王様配下ノ八眷属ガ一人、ヴィゴール。コノ町ヲ陥落サセニ来タモノダ」


「そうなんですか。生憎とこの町には竜の姫、ラモーナ様がおられます。もし、ラモーナ様に何かあれば我ら竜人族が黙ってはいません」


「竜人族?ソレガドウカシタノカ?我ラ魔王軍ニ歯向カウト言ウノナラヤッテミレバイイ。寿命ガ縮ムダケダゾ」


 余程、強さに自信があるのかヴィゴールとかいう奴も全くラターシャさんの脅しに動揺する素振りは無い。


「それなら、私と姫様だけでもここを通してくれるというのなら、あなた方のこの町への攻撃には目をつむりますが……どうですか?」


 ラターシャさんからの問いかけにヴィゴールは黙り込んだ。


 正直、俺たちからすればラターシャさんが『俺たちを見捨てるつもりだ!ヒドイ!』とか思ってしまうが、俺もラターシャさんと同じ立場だったとしたら同じことをしていると思う。まずは自分の護るべきモノのために動くのは人として普通のことだと俺は思った。


 ……だから、責められるような義理は俺には無い。


「……ナラバ、オ前ヲ殺シテ姫君ヲ人質ニスル」


 ヴィゴールは予想の斜め上の結論を返した。しかし、これがヴィゴールからすれば最も合理的かもしれない。


 ラモーナ姫を殺すよりも、人質に取った方が竜の国の介入を防げるだろう。ヴィゴールという男、見かけによらず頭も冴えるらしい。


 ヴィゴールが大斧を構えた時にはすでにラターシャさんが竜の力を解放して槍で一閃を見舞っていた。


 しかし、槍は大斧の刃で受け止められていた。


「コノ程度ノ力シカナイノカ?」


「……ッ!」


「コレナラ案外、簡単ニオマエヲ殺シテ竜ノ姫ヲ人質ニ出来ソウダナ」


 ヴィゴールは力を籠めてラターシャさんの槍を薙ぎ払った。そのまま、後ろへ下がる際に鋭い突きを繰り出すラターシャさんだったが、ヴィゴールにあっさりと防がれてしまっていた。


 正直、これには俺も驚いた。あの泉での決闘では俺が歯が立たなかった竜の力をあれ程たやすくあしらっているのだ。これには恐怖しか感じない。足が震えてくる。


 ラターシャさんですら敵わないのなら俺はどうなるんだよ……!


 そんなことを考えている時、ラターシャさんの口から砂のブレスが吐き出された。そのブレスは地面をえぐりながらヴィゴールに直撃した。


 一縷の望みと共に砂煙を見つめる。しかし、砂煙の中からは無傷な状態のヴィゴールの姿が。


「中々ノ威力ダナ。タダ、私トノ相性ガ悪イ」


 どうもヴィゴールがその後に言うには自分は魔王配下の八眷属の一人で、地のエレメントを司る眷属なんだそうだ。


 それを聞いてユメシュが病室で同じようなことを言っていた。ユメシュの場合、『闇を司る』とか言ってたな。


 話が戻るが、八眷属には司る属性と同じ属性の魔法や技は効かないらしい。つまり、ヴィゴールには土属性の魔法や技は効かない。


 これはラターシャさんにとっては不利だ。砂のブレスが効かないのなら直接攻撃して倒すしかない。


 だが、さっきからラターシャさんは押されまくっている。


「それは……!」


 ラターシャさんはヴィゴールの顔を見て驚きの声を上げた。


 刹那、ヴィゴールの口からが吐き出された。


「ガハッ!」


 ラターシャさんは避けること敵わず、砂のブレスの直撃を受けて城壁に叩きつけられた。


 ラターシャさん体中から血を流しながら崩れた城壁に下半身が埋まってしまっていた。気絶してしまったからか、竜の力は解除されてしまっている。


 一方のヴィゴールは止まることなく、こちらへとゆっくりと歩いてきている。


「……竜ノ力ト言ッテモ、コノ程度ノモノカ」


 そんな言葉がポツリとラターシャさんに向けて落とされる。


 しかし、ヴィゴールはラターシャさんに止めを刺すことは無く、真っ直ぐに城門へと向かってきた。


 俺は腹を決めて戦いを挑もうかとサーベルに手をかけると、その震える手を横からそっと優しく抑えられた。


「……ラモーナ姫?」


「ここは私に任せてもらってもいーい?」


 いや、「任せてもらっていーい?」とか上目遣いで言われてもなぁ……。


「えっと、ラモーナ姫は腕前に自信がおありになるのですか?」


 俺は当然ともいえる疑問をぶつけた。個人的にお姫様だから、そこまで強くなかったりするのだろうと思っているからだ。


 某ロールプレイングゲームとかだと武闘家の姫様とかいたりするが、お姫様みながそうではない。


 死ぬと分かっていて戦場に出すなんて、そんな見てみぬフリをすることは出来ない。


「私だってラターシャと張るくらいには強いんだからね♪」


 俺は瓦礫に埋もれているまま動かないラターシャさんをチラ見する。相性が悪かったとはいえ、ヴィゴールには敵わなかったのだ。


 俺は色々と無い頭を使って考えた。でも、結果は出ない。


「……なおなお、私だって従者を傷つけられたら怒っちゃうんだから……ね?」


 そうだ、この人はまがいなりにも竜の国のお姫様なのだ。ここは顔を立てるべきか……!


「……分かりました。ここはお任せします!」


 ……逃げよう。俺はラモーナ姫の「任せて」という言葉に甘えて逃げることに決めた。俺は自分の守りたい人たちを守ることを最優先にするべきだ。何せ、俺たちが戦うことになれば全滅は免れないだろう。


 情けないが、足止めにもならないと分かっていて戦いに挑むなんて真似だけは出来ない。


 やるからには勝たねばならない。俺はそんなことを思った。正直、ラモーナ姫が戦っている間にウィルフレッドさんを探して北門まで連れてきた方がよほど勝機はあるだろう。


 俺はそんなことを思いながら、洋介や寛之と視線をかわした。


 洋介は武淵先輩の手を引き、寛之は茉由ちゃんの手を引いて北門とは逆の方向……中央広場へ走っていった。


 俺は呉宮さんの手を引いて走った。紗希も何も言わず、俺の横を走ってきた。


 とりあえず、俺たちは北門から全力で逃走した。俺たちがするべきことは、ウィルフレッドさんにヴィゴールのことを報告して北門まで連れてくることだ。


 ――――――――――


「竜ノ姫ヨ。ドウスルノダ?私ト一戦交エルカ?ソレトモ、オトナシク我ラノ軍門ニ降ルカ?」


 ヴィゴールの問いかけに対してラモーナは静かに答えた。前者を選ぶ……と。


 この答えを聞いたヴィゴールは地面に突き刺していた大斧を引き抜き、頭上で風を切りながら何周も回した。


 ラモーナの方も腰に差したレイピアをゆっくりと引き抜き、斜に構えた。


「……竜ノ力ヲ解放シナイノカ?待ッテヤルカラ解放シタラドウダ?」


「それじゃあ、解放するから待っててね♪えっと……ゴルゴル♪」


 ラモーナのあまりなネーミングにさしものヴィゴールも言葉を失っていた。その間にラモーナは無事に竜の力を解放させた。


「……サテ、始メルトスルカ」


 二人の間に緊張を纏った空気が吹き込んでいた。両者の間の雑草が強風で揺れた途端にレイピアの先端は大斧の刃の横の平らな部分にあった。


 しばらくの間、ジリジリと金属が競り合う音を響かせていたが、ラモーナは後ろへと飛び退き間合いを確保した。


 しかし、今度の攻撃はヴィゴールから仕掛けられた。


 大斧の刃はラモーナの足を狙ってくる。足を傷つけることでラモーナの素早い身のこなしを妨げようという狙いがあるようだ。


 しかし、ラモーナもそのことは理解しているために意地でも足に攻撃を当てさせなかった。


 ラモーナのレイピアもヴィゴールの胸や肩目がけて突き出されるが、すべてヴィゴールの大斧によって受け止められていた。


 ラモーナはラターシャに比べれば善戦している風だったが、押されていることに変わりは無かった。


「きゃっ!」


 ヴィゴールによって弾き飛ばされたラモーナは地面の上を転がっていく。やっとの思いで体勢を立て直すも、着ている服はあちこちが破れてしまっていた。露出していて、汗ばんでいる肩口と胸元には土が付いてしまっていた。


 起き上がったラモーナは大きく息を吸い込み、ヴィゴールに向けて吐き出した。


 吐き出されたのは紫色の竜巻。それは一直線にヴィゴールに突っ込んでいった。


「クダラン!」


 ヴィゴールは岩の壁を出現させて紫色の竜巻をやすやすと防ぎ切った。


「ウグッ、コレハ……!」


 突如、ヴィゴールは胸を抑えて苦しそうに片膝を付いた。斧は杖のようにして地面に突き刺している。


「苦しそうだね♪」


 ラモーナは機嫌よくヴィゴールへと近づいていった。


「ゴルゴルがさっき倒したラターシャは砂竜、砂のブレスが吐けるの。それで私はね~」


 微妙な間が空いたのちに、ラモーナは言葉を付け加えた。


「毒竜、毒のブレスが吐けるの♪」


 先ほど、ラモーナが吐き出した紫色の竜巻は毒のブレスだったのだ。直撃を防いでも飛び散った毒は確実にヴィゴールの体を蝕んでいく。


「キサマ……!」


「どうしたの?もしかして、助けてほしい?」


 耳に手を当てながらそんなことを言っていると、ラモーナは首をガシリと強い力で掴まれた。


「あがっ……!」


「ヤハリオマエハ大シタ強サデハナイナ。竜ノ力ハ見事ナモノダッタガ、ソレダケダ」


 ラモーナはヴィゴールを苦しそうな目で見つめた。


「オマエノ言イタイコトハ分カッテイル。ドウシテ毒ノブレスヲ浴ビタノニ、ココマデノチカラデ首ヲ絞メラレルノカ……ダ」


 ヴィゴールの表情は実に晴れやかだった。してやったりと顔に書いてあるのが分かるほどの。


「我々八眷属ニハ状態異常ヲ無効化スル装飾品ヲ身ニ付ケテイルノダ」


「……要するに、あの苦しそうな、素振りは……演技だった、ということ……?」


「ソウダ。モウ、オマエハ……オトナシク眠ッテイロ」


 ヴィゴールの首を絞める強さは一気に増し、ラモーナは姫らしからぬ表情で声にならぬ声を上げながら意識を薄めていった。


「ラ……ター……シャ……!」


 ラモーナは助けを求めた。しかし、誰も姿を見せることは無かった。ラモーナはこの時、『生きる』ことを手放した。


「“聖砂爆炎斬”!」


 しかし、光る砂と炎が混じった一撃がそれを許さなかった。

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