第58話 恋人らしいこと

 草木が風に揺れるべレイア平原。


 俺たちはそんなべレイア平原に現れるようになったというオークを討伐するためにそのオークをよく見かけるという魔物たちの水飲み場へと向かっていた。


「兄さん、あそこ!」


「おう、居たな」


 このべレイア平原では小型の醜い人型の魔物であるゴブリンや背が低い犬の頭を持つ人型の魔物であるコボルト。こういった小さめのサイズの魔物がほとんどだ。


 それこそごく稀に他の地域からイノシシのような牙が口元に生えている背丈が人よりやや高く醜い人型の魔物のオークや、ワシの上半身と翼にライオンの下半身の魔物のグリフォンとかが迷い込んでくるくらいだ。


 今回はそのレアな内のオークである。オークにはこの世界に来て初っ端に出会った魔物だ。あの時は俺たちに戦う術はなく、たまたま通りすがったウィルフレッドさんがサクッとやっつけてくれた。


 だが、今の俺たちはだいぶ戦闘能力も上がっている。十分にオークの相手は出来るくらいの強さはあるだろう。


 ……だからと言って調子に乗れるほどオークは弱い相手ではない。ここからはどうやって仕留めるか……だ。


 ド○クエ10とかだったら、風属性が弱点だったりするが……とてもリアルで通じるとは思えない。でも、試してみたい気持ちがないわけではない。


「兄さん、もしかして何か思いついた?」


「ああ、ちょっと試してみたいことがあってな」


 俺はさっき思いついたことを二人に話してみた。


「兄さん。ここはドラクエの世界じゃないんだから。それに遊びに来てるわけじゃないんだし」


「……だよな」


 うん、紗希の言葉が正論過ぎて返す言葉もない。ここは真面目に考えるべきか。


「直哉君、私それやってみたい」


 俺は呉宮さんの一言に耳を疑った。


「私の弓の実戦練習も兼ねて、やってみてもいいかな?」


 俺が呉宮さんの矢に風属性を付加エンチャントしたら風属性の攻撃が安全地帯から繰り出せるな。ここは呉宮さんも乗り気だし、やってみるかな。


「よし、それじゃあ一発だけやってみよう。無理だったら俺と紗希が前に出て倒す。これで良いか、紗希?」


 俺が紗希の方を振り向くと、やや不服そうな表情を浮かべる紗希がいた。


「……分かった、無理だったらボクがオークを倒すからね」


「ああ、そうしようか」


 こうして、とりあえず呉宮さんが狙撃してみてダメそうだったら紗希が前に出てオークを倒すということに決まった。


 呉宮さんは静かに矢をつがえ、オークの額を狙った。そして、射た。俺は飛んでいく矢に風を付加エンチャントした。これで風属性の攻撃の出来上がりだ。


「グルォッ!?」


 突然、眉間を射られたオークは血を流しながら驚いたのか周囲の木々を薙ぎ払って混乱状態だった。だが、攻撃はほとんど効いた感じではない。


「じゃあ、兄さん。行ってくる!」


 紗希は敏捷強化を使って、一息にオークとの距離を詰めていった。


「ハッ!」


 一閃。紗希のサーベルが陽の光でキラリと輝いたと思った次の瞬間にはオークの首が飛んでいた。


 オークよ、うちの妹が来た時点でお前の運命は決まっていたのだ……!


 ホントに紗希もここへ来てから随分と強くなったものだと改めて実感した。


 何だか、あっさりしすぎて拍子抜けな気分だったが、クエストは無事達成された。


 あとは素材とかを町に持って帰るだけだ。


 ――――――――――


「クエスト、お疲れさまでした」


 俺たちは報酬である大銀貨2枚と小銀貨5枚を受け取った。これは日本円に換算すると、2万5千円になる。


「はい、紗希」


 俺は報酬の8割である大銀貨2枚を紗希に手渡した。しかし、紗希は頑なに受取ろうとしない。


 オークを仕留めたのは紗希なのだからこれくらいの報酬は妥当だと思うんだが……。


「これだと兄さんと聖美先輩で小銀貨5枚しかないなんて少なすぎるよ!」


 確かに小銀貨5枚だと、俺と呉宮さんの二人で5000円ということになる。でも、実際俺と呉宮さんは紗希に比べれば全然働いていないのだから……仕方ないだろう。働かざるもの報酬を受け取るべからずだ。


「紗希ちゃん、そう言わずに受け取って?……ね?」


 俺に変わって呉宮さんが渡そうとするも全く受取ろうとしない。困ったな……。


「紗希、風呂屋でどのくらいの料金を取られた?」


「3人で小銀貨2枚と大銅貨1枚だよ」


 ……ということは一人大銅貨7枚。日本円換算だと700円だな。


「紗希、俺と呉宮さんはお風呂屋の料金も払ってもらってるからその分も合わせてということで受け取ってくれないか?」


 それでも紗希は受取ろうとしない。俺たちはその後30分ほど話し合いを続けた。


 結局、紗希に大銀貨1枚と小銀貨5枚を受け取ってもらって分け前の話はかたが付いた。残りの大銀貨1枚が俺と呉宮さんの手取りになった。


「……ボク、家に帰ってるね」


 紗希は静かにそれだけを言い残してギルドを去っていった。ちょっと機嫌が悪かったな……。


 紗希の立ち去った後、どことなく寂しい空気が流れた。さっきの紗希の様子だとしばらく一人にしておく方が良さそうだ。


「呉宮さん、ちょっと散歩にでも行こうか」


「うん、そうだね」


 俺と呉宮さんは気分転換に散歩がてら町を散策することにした。普段、町の西の方へは行かないので行ってみることにした。


 市場を歩いていると、洋介と武淵先輩が仲良さげに並んで歩いているのが見えた。……邪魔するわけにもいかないので見て見ぬふりをして通り過ぎた。


「わあ、綺麗……!」


 アクセサリーを売っている露店の前を通った時に呉宮さんが目を輝かせながらアクセサリーを眺め始めた。その瞳の輝きはアクセサリーよりも美しいと俺は思った。


 俺も呉宮さんと一緒になってアクセサリーを眺めた。正直、どれも同じようにしか見えなかったが、必死に分かっている風に話を合わせた。


 俺と呉宮さんはアクセサリーショップの後も楽しく市場を見て回った。


「市場、結構楽しかったね」


「そう……だな」


 俺と呉宮さんは町の中央にある噴水広場のベンチに腰かけている。あとは家に帰るだけだ。帰ったら、あのラモーナ姫が居るのかと思うとため息しか出ない。何せ、俺はあの人のノリが苦手だ。


「……呉宮さん」


「えっと、直哉君。どうかしたの?」


 急に俺が立ち上がって呉宮さんの前に立ったものだから驚いたようだった。


「呉宮さん、目を閉じてもらっていい?」


「……うん、分かった」


 呉宮さんは目を閉じると同時に唇を尖らせていた。


『ゴメン、呉宮さん!俺には公衆の面前で唇を奪うほどの度胸は無いんだ!』


 俺はそう心の中で謝りながら、あるサプライズを仕掛けた。


「目、もう開けても大丈夫だよ」


 俺は座っている呉宮さんに目線を合わせるために背をかがめた。


 呉宮さんは唇を何度も触っていた。だが、残念!俺はキスはしていないだな。これが。


「えっと……」


「首に何か……ない?」


 呉宮さんはキョトンとした様子で首元をまさぐった。そして、に触れた時、手を止めた。


「これって……!」


「そう、あのアクセサリー売ってる露店で買ったネックレス」


 呉宮さんにプレゼントしたのはローズゴールドのネックレス。デザインそのものはシンプルですっきりとしている。


「これ、私が欲しかったけど……!」


「そうそう、呉宮さんがそれを置いて他のアクセサリーを見ている間に買ったんだ」


 呉宮さんは各アクセサリーに10秒くらい見惚れていたのにこれだけ30秒くらい眺めていたから、「ああ、欲しいんだろうな」と思って買っておいたのだ。


「でも、直哉君金欠だったんじゃ……?」


「ああ、代金は今日のクエストの俺たち二人の手取り分全額で買った」


 ちょうど大銀貨1枚で買えたのでホントに助かった。半分は呉宮さんの報酬だから後で返さないといけないな。


「それにしても、何で急にネックレス買おうって思ったの?」


 俺は呉宮さんに至極当然の質問をされた。これに対しての俺の返答はもう決まっている。


「いや、俺たち折角付き合ってるのに恋人っぽいこと何もしてあげられてないなって思って」


「……えっと、呉宮さん?」


 俺は呉宮さんの返答とかを待っていたのだが、全く返事がない。どうしたのだろうと呉宮さんを見てみれば、俯いたままじっと動かないでいるのだ。俺は心配になり、軽く肩を揺さぶる。しかし、呉宮さんから何も反応がない。


 俺は朝のお風呂屋でのことを思い出し、まだ完全に体調が良くなっていたわけではなかったのだと思い、とりあえず家まで戻ることに決めた。


 俺は朝ぶりにベンチに座っている呉宮さんを横抱きにして家まで歩いて帰った。正直、疲労もあってか足が潰れそうだったが何とか家までたどり着いた。


 家に入ると紗希が呉宮さんの様子を心配していた。俺はとりあえず、二階にある俺と呉宮さんの部屋まで運んだ。


「兄さん。聖美先輩、どうかしたの?」


「ああ、実はな……」


 俺は紗希に市場を見て回ったことやプレゼントとしてネックレスを渡したことも包み隠さずに話した。


「なるほどね……ヘタレな兄さんにしては頑張った方じゃない?」


「……そうか?」


「うん、兄さんがサプライズでプレゼントとかよくやった方だと思う」


 紗希は静かに呉宮さんの頭を撫でていた。優しく、何度も何度も。


「紗希、呉宮さん疲れて寝てるんだからほどほどにな」


「うん、分かった」


 俺は紗希とその後、呉宮さんがこうなった原因を考えた。紗希曰く、「嬉しすぎて気絶したとかそんな感じじゃないかな?」とのことだった。


 ネックレス貰ったくらいでそんなに嬉しいモノなんだろうか?


 俺はその事も紗希に話した。すると、ため息をついた後に「プレゼントは何を貰ったかじゃなくて誰から貰ったかが一番大事なんだよ!」とかなりキツめの口調で言われてしまった。


 そんな時、隣の部屋からの訪問客が空気をぶち壊した。


「さとみん、大丈夫!?」


 そう言いながらラモーナ姫がやって来た。後ろにはラターシャさんもいる。


「あ、さっきーもいる!」


 俺は正直なところこの姫様は苦手だ。あざとすぎて……疲れるのだ。でも、そんなことを口に出そうものならラターシャさんに殺されるだろうし……。


「はあ……」


 ……ため息しか出ない。


「あれ?なおなお元気ないね~?大丈夫?」


 上目遣いに細かいまばたき。これが呉宮さんにされたのなら俺も心臓が100回くらい破裂するんだろうけど……胸に脂肪が纏わりついてる時点で何ともテンションダダ下がりである。


『そもそも、目の前にいるアンタのせいで元気がないんだよ!』


 とか、言ってやりたいが言えないのが辛いところだ。


 紗希に至っては目の前で上下に揺れる二つのを見て死んだ魚のような光が消えた目をしている。カムバック、紗希!


「姫様、早く部屋に戻りましょう」


 ラターシャさんが突如、口を開いた。ラターシャさんが助け舟を出してくれるとはありがたい。


「え~、何で?」


「早く出ないとそこのケダモノと同じ空気を吸ってるだけで姫様が孕んでしまいそうですし」


 ラターシャさんは人差し指を俺の方へと向けながらそう言った。どうやら、ケダモノは俺のことらしいな。


 ……って、俺と同じ空気吸ってるだけで孕んでしまいそうだと!?俺は正真正銘の童貞だ!そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないぞ!?とか色々言ってやりたかったが、言うと話が長引きそうだったので腹の中に押し戻した。


 あと、同じ空気吸ったくらいじゃ孕んでしまうような事態にはなりません。むしろ、なってたら我々の母国は少子高齢化に悩ませられるような事態にはならないんですが。


「そっか~、それじゃあ部屋に戻ろっか。ラターシャ」


「はい、姫様」


 こうして人騒がせな姫様と護衛騎士は帰っていった。ラターシャさんはドアを閉める時も舌打ちをしていた。俺、めっちゃ嫌われてるな……。


 俺は呉宮さんはまだ目を覚ます気配はない。そして、紗希も目が死んだままピクリとも動かないままだ。


 俺はその後、二人が現実世界に帰って来るまで1階で夕食を作ったりして時間を過ごした。

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