第51話 名前呼び
俺は走った。この洋館の出口を目指して。まず、ユメシュと戦った部屋を出ると見覚えのある場所だった。
……ここから階段を降りて、呉宮さんに会えたんだったな。
そんなことを思いながら一階を後にした。
そこからは階段という階段が朱に染まっていて正直怖かった。誰の血かは分からないからなおの事だ。
そこからはただ、来た道を順番に引き返した。
そして、俺は洋館の玄関口に辿り着いた。
「これ、どういうことだ?」
しかし、そこではまだ戦いが続いていたのだ。
俺の瞳に映っているのは、目が血走り、口の端から泡を吹きながら獣のような唸り声を上げている人型の……モンスター?
「いや、これは暗殺者たちか……!」
持っている装備がここに入った時に暗殺者たちが持っていたものと同じだ。
「おう、直哉!無事じゃったか!」
俺がいることに真っ先に気づいたのはロベルトさんだった。そのロベルトさんの声を聞いてみんな、俺の居る方を一瞥してすぐに目の前の相手に向き合っていった。
俺は螺旋階段を駆け下りてみんなの居る一階に降り立った。
「ロベルトさん、これは?」
俺が指を指したモノを見てロベルトさんは静かに頷いた。
「ワシにも詳しいことは分からんが、マスター曰く、あれは死霊術じゃと」
死霊術。それは俺の使う付加術と同じで神によって作り出された、魔法を上回る効果を持つモノのことだ。
死霊術はその名の通り、死者を操る。だが、その肉体には魂も理性も何もない。言ってしまえばただの肉の塊だ。
「それにしてもこの数は……」
見た感じ、100……いや、もっといるだろう。
「でも、ギルドの皆が苦戦するほどの相手じゃ……」
「そうじゃな、万全の状態なら……の!」
ロベルトさんは俺と話をしながらも両手で持っている大戦斧を振るってなぎ倒していく。
「こいつらはバラしてもバラしても向かってくるんじゃよ」
そんなロベルトさんの言葉を裏付けるように今しがた吹き飛ばした死体の腕だけがロベルトさんの方へと向かってきている。ホラー映画見てるよりもはるかに怖い。
……そういや、アンデッド系には光属性が効くんだっけな。
そのことを思い出したが、辺りを見回してみれば唯一光属性の魔法剣が使えるディーンはまだ気が付いてないらしい。これは苦戦するわけだ。
「よし、この場にいる全員の武器に光属性を
全員の武器に白い光が纏わりついていく。そこからは戦闘の流れがいい方向へと変わっていく。
光を纏った武器で攻撃されたアンデッドたちの体はマグマのようにドロドロに溶けていく。
「よし、このまま一気に押し切るんだ!」
みんな、ウィルフレッドさんの指揮に従いながら次々にアンデッドたちを倒していく。やはり、ここぞという時の団結力には目を見張るものがあった。
そして何より、ウィルフレッドさんは戦場の全体の動きを見て指示を出すために的確なのだ。
そんなウィルフレッドさんの指揮の元にアンデッドを全滅させ、誰一人欠けることなく洋館を出ることが出来た。
「お父さん!みんな!」
洋館の外ではミレーヌさんが手を頭の上の高さで手招きをしているミレーヌさんとその横で腕を組んで立っているバーナードさんがいた。
「ミレーヌ!」
「お父さん!」
二人はお互いの生存を確かめるように強く抱きしめあって涙を流していた。
そんな二人を見て、フッと笑みをこぼすバーナードさん。何とも微笑ましい光景だな。
「おい、マスター。指示通り、向こうの通りでジョシュアたちに馬車を止めさせておいたから急ぐぞ」
「ああ、ご苦労だったな」
ウィルフレッドさんはそう言いながら涙を指で拭った。
「よし、全員向こうの通りまで向かうぞ!」
そこからは全員で徒競走でもするかのように馬車まで走った。
「やあ、みんな来たみたいだね」
向こうでは赤髪長身の男、ジョシュアさんがいた。
「まだ、目を覚ましてない人はラウラと一緒に僕の乗る先頭の馬車に乗ってくれ」
ジョシュアさんの指示のもと、一台目にはラウラさんと未だに目を覚まさないディーン、エレナちゃん、洋介、武淵先輩、寛之が乗せられた。
「ラウラさん!」
俺は一台目の馬車に自分の弓と矢を立てかけているラウラさんに話しかけた。
「あら、直哉。どうかしたのかしら?」
「その、辛くなかったんですか?ここに来るのは……」
俺は今さらながらに思ったことがあった。それはミロシュさんを殺した連中がいるこの場所に来るのは辛かったんじゃないかと。
「……そうね。でも、ここであなたの探していた聖美ちゃんを救わないとミロシュが何のためにここに潜入して殺されたのか。私自身、向き合う必要があると思ったのよ」
ラウラさんは淡々と何事もないかのように話してくれるが、かえってそれが怖かった。
「その、俺たちを恨んだりしないんですか?」
……そうだ。俺たちがここに居なければミロシュさんがあんな死に方をすることは無かったのだ。
「……別に恨んでなんかないわよ。だって、アナタたちを恨んでもミロシュは帰ってこないもの。そこは割り切ってるわ」
ラウラさんはそう言って馬車を飛び降りた。
「私はもう前を向いてる。だから、アナタにも前を向いていてほしい。これが私からあなたへのお願い」
ラウラさんはそう言って立ち去ろうとした。そこに俺はもう一つ質問をした。
「一台目に呉宮さんは乗せないのには理由が?」
そう、目を覚ましていないのは現在一台目に載せられている5人と呉宮さんだ。なら、呉宮さんはなぜ俺と同じ2台目に載せられているのか。
「彼女はあなたと一緒の方が目を覚ますのが早いだろうと思ったからよ」
ああ、何か気を使わせちゃった感じか……。
「……お気遣いありがとうございます」
「別に大したことじゃないわよ。彼女のこと、ちゃんと見ていてあげるといいわ」
「……はい、分かりました!」
俺はお礼を言って呉宮さんの乗っている二台目の馬車へと向かった。
「あ、兄さん。おかえり」
「おう、帰ってきたぞ。呉宮さんは……まだ起きないか」
「うん」
今、呉宮さんは紗希の膝の上に頭を置いて寝息を立てながら眠っている。本当に傷の1つもない綺麗な肌をしている。ラウラさんが治してくれたのなら、感謝以外の何物でもない。
「兄さん、膝枕。代わってあげようか?」
「いや、別に俺は膝枕は後で良いぞ」
俺がそう言うと、紗希は一つため息をついた。
「俺、何か変なこと言ったか?」
「うん、聖美先輩に膝枕するの代わってあげようか?……って言ったつもりなんだけど……」
「ああ、そういうことだったのか……」
いや、待て。俺が呉宮さんに膝枕するのか!?
普通膝枕ってヒロインが主人公とかにやるもんだろ?何か逆な気が……
「……と、そんなことは置いておくとして……どうしてそんなに嬉しそうなんだ?紗希」
紗希は、これでもかという笑顔を顔に貼り付けている。
「ううん、何でもないよ。ほら、してあげなよ」
「いや、でも……」
「し・て・あ・げ・な・よ!」
……分かった。これ、俺に選択する権利とかないヤツだ。
「分かった。やればいいんだろ?」
そんな時、後ろからの真夏の日差しのような、2つのギラギラとした視線が背に刺さる。
「どうかしたんですか?セーラさん、ミレーヌさん」
「いえ、ワタクシは何も見ておりませんよ?」
「私も何も見てないです」
セーラさんもミレーヌさんも顔は外の風景を見ている。しかし、目は血走らせながらもこっちを見ようと必死だ。
もういっそ、チラチラ見られるよりじっと見られている方がまだマシかもしれない。
「はあ……もう、見たければどうぞご自由に……」
……って言った瞬間にじっと見るの止めてくれません?お二人さん。
「まあまあ、兄さん。兄さんが聖美先輩のことを想ってるのは周知の事実なんだし、今さら気にすることじゃないでしょ?」
「……え?」
……今、周知の事実って言った?
「……俺、呉宮さんのこと好きだってみんなに言ったっけ?」
「それはね……」
紗希の打ち明けた話をまとめるとこうだ。
俺たちが王都に向かう道中にディーンとエレナちゃんが思いを伝えあったあの夜。あの火を囲んで大騒ぎした時にどうして思いを伝えあう展開になったのかを聞かれたときに二人が『直哉さんが今から助けに行く友達を好きだって言ってて、しかも相手がいるときに想いを伝えなかったことを後悔してる』って言ってて、その熱にあてられたから……と答えたらしい。
……これはあの夜に舞い降りた恋のキューピッドが悪い。うん、俺の失態ではないな。俺は悪くない。繰り返す、俺は悪くない。
……何だろう、自分のせいじゃないと思えば思うほど胸が締め付けられるこの感覚は!
「……そうか。そこからみんなに広まったのか……」
「それで結局、どうするの?膝枕する?」
「……分かった!やればいいんだろ!やれば!」
……やっぱり、膝枕の展開が男女逆だろ……とか思いながらも俺が呉宮さんに膝枕をすることに。
俺は正座をしてから、呉宮さんの頭を慎重に、ゆっくり、ゆっくりと膝へと運ぶ。そして、そ~っと膝の上に置いた。
置いた途端に人のぬくもりが膝に染みわたっていくような感覚がやって来た。
……この状況って誰得?とか思ってしまったが、誰得って俺得か……とか、くだらないことを想いながら膝の上に乗っている呉宮さんの顔を覗き込む。
透き通るような白い肌に何の恥じらいもない、無防備な寝顔。呼吸の度に上下を繰り返す胸部。
「兄さん、惚れた女性に膝枕をした感想は?」
「……ノーコメントだ」
この何か含んでそうな笑みを浮かべている時の紗希は危険なのだ。下手なことを言うとからかわれると相場が決まっている。
「にしても、暑いな……」
セーラさんやミレーヌさんも暑そうに手をパタパタと
そんな二人の背後に広がる大自然を眺めていると、ミレーヌさんが突如胸元を両手で覆った。
「直哉、膝の上に彼女がいるのに……!?」
……これは誤解されたパターンだな。俺は二人の背後に広がる雄大な自然を見ていたんだが。まず、第一にミレーヌさんやセーラさんの艶めかしい姿にはカケラの興味もない。
「ミレーヌ、それはないですよ。だって、直哉は大きな胸には興味がないですから。なので、警戒する必要はないのですよ」
胸元の防御を固めるミレーヌさんをセーラさんが笑顔で諭す。
「ホントに?」
「ホントよ。直哉には大きなお胸での誘惑の類は効き目ナシですから♪」
……これ、褒められてる……って解釈でいいんだろうか?
「……分かりました。セーラさんが言うのなら信じます」
そう言ってミレーヌさんは警戒を緩め、元の体勢に戻った。
「はい、兄さん」
突如として、俺の手に水筒が手渡された。ちなみにこの世界での水筒はヒツジの胃袋を使っているらしい。なので、感覚に未だに慣れない。
……と、話を戻そう。
「紗希、これは?」
「兄さんがさっき暑いって言ってたから……」
「やっぱりうちの紗希ちゃん、マジ天使だわ……!」
俺は水筒の中のよく冷えた水を一気にグビっと飲み干した。
「……プハァ!うめぇ!」
「兄さん、ビール一気飲みしたおっさんみたい……」
「仕方ないだろ、美味いんだから」
「はあ……」
紗希のため息やら呉宮さんの寝息を聞きながら俺たちの馬車の旅は進んだ。
しばらくして、紗希にポンポンと優しく肩を叩かれた。
「……どうした?紗希」
俺は声のボリュームを抑えながら話をした。なぜならミレーヌさんとセーラさんも寝息をたてながらうたた寝をしている。
「兄さん、キスしようよ」
「……へ?」
俺はあまりに予想外の一言に間抜けな声を漏らしてしまった。
「紗希、暑さで頭のネジ吹っ飛んだんじゃないのか!?」
俺がそう言うと、紗希は今、自分が何を口走ったのか悟ったのか顔を耳の先まで真っ赤にしながら胸の前で両手を左右にブンブンと勢いよく動かした。
「違う違う!そういうことじゃなくて!兄さんが聖美先輩とキスしたら?って言いたかったの!ボク以外誰も見てないし!」
「そうか、そういうことなら……って、なるか!それはそれで大問題だろ!」
危ない危ない……流れでとんでもないことをするところだったぞ……。
「何で俺が呉宮さんとキ、キスすることになるんだよ!?」
「眠り姫な聖美先輩に兄さんがキスしたら、目を覚ますんじゃないかなって思って……」
そういうことか。だが、そんなやり方で呉宮さんとキスするのはいただけないな。
「んっ……」
そんなことを考えていると呉宮さんが寝返りを打った。その時に膝から落ちてしまった。
――ゴン
そんな音を立てて呉宮さんは馬車の床と衝突した。音的に痛いんじゃなかろうか……。
「……あれ、薪苗君……?」
目をこすりながら呉宮さんが起き上がって来る。今の頭を打った衝撃で起きてしまったらしい。そして、呉宮さんが起きたタイミングで紗希は目を瞑った。寝たふりをするつもりだろうということくらい容易に想像できた。
「おはよう、呉宮さん」
「え、もしかして私寝てたの……?」
「そうだけど……どうかした?」
俺がそう訊ねると呉宮さんは顔を両手で覆い隠していた。
「呉宮さん、まだ体調悪いとかだったらもう一度寝てくれていいから」
「ううん、そうじゃなくて……。えっと、薪苗君。もしかしなくても私の寝顔とか見た……?」
「ああ、もちろん見たけど……」
……ていうか膝枕してたから下を向けば寝顔何ていくらでも見れたわけで。
「そっか……。ゴメン、薪苗君。もう少しだけ寝させてもらってもいいかな?」
「うん、疲れもまだ取れてないだろうし、ゆっくり休むと良いよ」
呉宮さんはにこやかな表情で頷いてから横になった。……顔が俺からは見えないように俺に背を向ける形で。
……もしかして、寝顔見たのがマズかったのかな?明らかに顔が見えないようにされてるよね。これ。
「はあ……どうしよう……」
俺はため息をつきながら再び外の景色を眺める。途中の農村や草原、川辺で休息を取りながらゆったりとした時間が過ぎていく。結局、『もう少し』といいながら呉宮さんが日中目を覚ますことは無かった。
陽が沈もうとする頃、俺は川の横の草むらでゴロリと横になった。昼間は呉宮さんに嫌われたんじゃないかと思ってたら、不安で昼寝が出来なかったからか、草むらで横になった途端にまぶたが重くなってきた。
「仕方ない、まだ夕食まで時間はあるし少しだけ寝させてもらおう」
俺はそう思ったのを最後に夢の世界へと出発したのだった。
――それからしばらくして、後頭部や首筋辺りから温もりが伝わってきた。何だか首筋まで風呂に浸かってる時の気分に似ている気がする。
何だろう。そんなことを思って眼を開けると何故か呉宮さんとバシッと目が合った。
俺が驚いて目をそらすと呉宮さんも頬を赤くしながら目を逸らした。
「えっと、呉宮さん。これは……?」
俺は気が付いた。後頭部や首筋から伝わってきた温もりは呉宮さんの体温だと。そして、俺は今呉宮さんに膝枕をされているということに。
「えっと、紗希ちゃんから薪苗君が私に膝枕してくれてたって聞いたから……私もお返しに……って思っただけで……!」
慌てた様子で手をパタパタさせて言い訳するのは昔から変わらないな。
「うん、ありがとう。膝枕とかってされたことないからさ。一度やってもらいたかったんだ。夢が一つ叶った」
「そっか、それなら良かった……!」
なぜだか、安心した様子で胸を撫でおろす呉宮さん。どうやら肩の力も一緒に抜けたようだ。
「……コホン。これはみんなに言わないといけないけど、先に薪苗君にだけ言っておくね」
咳ばらいをした後、真剣そうな表情で俺の目を見つめてくる呉宮さん。
……一体、俺にだけ先に言っておくこと……?何だろう、緊張するな。
「私を助けに来てくれてありがとう」
……うっ!直球で言われると照れるな……!
「いや、別に大したことじゃないし……」
「大したことだよ!普通、友達がいなくなっても異世界まで追いかけてこないよ!」
……俺は『友達』……ですか。
「そう……かもしれないな」
別に……何でもないただの友達なら助けになんて絶対行かないけどなぁ……。
「ホントにありがとね。直哉君」
「……どういたしまして」
……待った。今、あまりに自然過ぎて気づかなかったけど、「直哉君」って言ったか?いや、聞き間違いだな。とうとう俺の耳がイカレ始めたらしい……。
「私、直哉君に言いたいことがあって……」
「待った、やっぱりさっきから俺の呼び方変わってる?」
「うん、そうだけど……やっぱりダメ……だよね。ごめん、忘れて……」
「ダメじゃない、別にその呼び方で大丈夫……だから。むしろ、その呼び方の方が良いくらいだからさ」
……うわ、めっちゃハズイ!どうしよう、もう今すぐにでもここを離れたい!俺の口が脳からの指令を無視して暴走してるみたいな感じだ!誰か何とかしてくれ!
「うん、分かった。それじゃあ、直哉君って呼ぶから」
俺はそれを聞いてなぜだか安心してホッと胸をなでおろした。
「あと、直哉君も私のこと下の名前で呼んでくれると嬉しいんだけど……」
……!?あれ、何か俺的に思ってたより展開が早い!名前呼びのイベントってこんなに早かったっけ!?ダメだ!?頭の中がぐちゃぐちゃだ!落ち着け!俺!
「ア、ワカッタ。ソレジャア、聖美ッテ呼ンデモイイ?」
「直哉君、何か様子がおかしいけど大丈夫?」
「ダイジョウブダイジョウブ、コレクライモンダイナイカラ……」
……問題大アリ。俺、もう限界……。
「え、ちょっと、直哉君!?」
俺の意識はそこでプツリと途切れてしまった。
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