第49話 暗殺者ギルドマスター

 1階に降りたバーナードたちは壁に穴が開いている個所を発見した。


「階段が続いてるみたいね」


 ミレーヌは穴の開けられた壁を覗き込んでいた。


 この会談を降りるのかどうするのか。議論が交わされたが、中々意見がまとまらなかった。


 そんな時、1階の階段から見て右手の最奥の壁がゴゴゴゴゴゴゴと重い音を立てて動き始めた。そして、石壁が左右にスライドして荘厳な造りの金属製の扉が現れた。扉の左右は金で装飾されている。


「趣味の悪い扉だな……」


 扉の前に立った洋介がポツリと呟いた。これを作ったものが悪趣味であろうことが窺える、そんな扉だ。


「……どうするんですか?」


 寛之はバーナードに決断を促した。現在、この場で指揮権があるのはマスター補佐を務めているバーナードなのだ。


「仕方がない、二手に分かれるか。もし、片方に全員で向かってもう片方から挟み撃ち……とかにでもなれば逃げ場を失いかねないからな」


 こうして、階段を降りる組と扉の先に進む組みに分かれた。


 階段を降りるのはシャロン、紗希、寛之、洋介の4人。そして、扉の先へ進むのはバーナード、ミレーヌ、ラウラ、夏海の4人に決まった。


「それじゃあ、また後で落ち合おう」


 そう言って、バーナードたちは扉の向こうへ進んでいった。


「それじゃあ、ワタシらは降りるとするかね」


 階段を降りる組もシャロンに促されて出発した。


 ……バーナードたちとシャロンたちが別れて進んでいってほんの少しして、ウィルフレッドたちが追い付いてきた。


「……扉の方に何かありそうだ」


「マスター」


「どうかしたのか?ロベルト」


 扉の方にスタスタと歩いて行くウィルフレッドをロベルトは呼び止めた。


「あそこの壁に穴が開いておるんじゃが、確認はしなくても良いのかの?」


「確認してもいいが、ここは敵地だ。下手に動いて何が起こるかしれたものじゃないだろう。それに、これ以上みんなを危ない目には遭わせたくない」


「……それもそうじゃのう」


 こうして、ウィルフレッドたち9人全員は扉をくぐって奥へと進んだ。


 一方、階段を降りているシャロンたちは想定外の人物たちと遭遇していた。


「ディーン、エレナ!アンタたち、何かあったのかい!?」


 階段を降りているときに、シャロンたちは慌てた様子のディーンとエレナに出会った。


「後から茉由さんやセーラさんたちも来るッス!」


「あと、直哉さんたちが探していた人も来ますから!」


 エレナの言葉に誰のことを指しているのかを理解した紗希や寛之、洋介たちの緊張で強張っていた表情は安心でゆるんだ。


「あれ、みんな!?」


 そんな時、後ろから聞き覚えのある声が足音と共に近づいてくる。


「「「茉由ちゃん!」」」


「私だけじゃありませんよ!」


 茉由がそう言った直後に茉由の脇下から聖美がひょっこりと顔を出した。


 直接、聖美の無事を知った紗希たちは喜びと安心に包まれた。


「あら、皆さんお揃いでしたのね……!」


 それからさらに遅れてセーラがやって来た。


「セーラ、下で何かあったのかい?……直哉の姿が見えないようだけど」


「……それについては後で。今はここから離れることが最優先なのです……!」


 セーラのあまりに必死な訴えにシャロンもただ事ではないことを察して後退の指示を出した。


 全員で急ぎ足で階段を上った後、セーラから下で何が起こったのか事細かに報告された。


「そんなことになってるのかい……」


「はい」


 セーラとシャロンは暗い表情のまま地面と睨めっこをしている。


「それなら早く、兄さんを助けないと!」


「ちょっと落ち着いて!紗希ちゃん!」


 直哉を助けに行かんとしているのは紗希だ。そんな紗希を茉由と寛之の二人がしがみついて引き留めていた。


 そんな中で、セーラとシャロンの間で話がまとまりつつあった。


「……なので、一度ウィルフレッドさんと合流しようかと思いまして」


「なるほど……それは確かにそうかもしれないねぇ。ウィルなら、今こっちに向かってきてるところだろうし、もう少しここで待っていればいいんじゃないかい?」


「それじゃあ、先にバーナードさんたちと合流するっていうのはどうッスか?」


 ディーンからの提案に皆一様に頷き、ウィルフレッドたちと合流するより先に扉の向こうに進んだバーナードたちと合流することを決めた。


「でも、全員が行くのは危ないだろうからセーラと来訪者組はここに残っていてくれるかい?」


「……分かりました。気を付けて行ってきてくださいね」


「……そうだね。彼らを連れてここに戻って来るから」


 こうして、シャロンとディーン、エレナの3人はバーナードたちを呼びに扉の向こうへ進んでいった。


「……で、あなたが直哉の言ってた呉宮さん……よね!」


 セーラが明るく聖美の手を握り、興奮気味に話しかけた。


「あ、はい。そうですけど……」


 何故だか呉宮さんの眼は潤んでいた。


「あら、ごめんなさいね。ちょっと興奮してしまって……私はセーラよ。"セーラ”と呼び捨てで構いませんから」


「はい、分かりました。セーラ……さん」


「全然緊張しなくていいのよ?まあ、これからよろしくね」


 セーラさんは「これ以上は」と深入りしなかった。なぜなら今話すべきは自分じゃないことを分かっているからだ。


「お姉ちゃん!改めて、おかえり!」


「聖美先輩、おかえりなさい!」


「呉宮さん、久しぶり」


「呉宮、元気だったか?」


 茉由や紗希、寛之に洋介。久しぶりの再会にその場には思い出の花が咲き乱れる。


「ほれ、寛之。呉宮に言うことあんだろーが」


「……えっ、今!?」


 洋介は寛之の背中を強めに叩いて前に押し出した。


「あの、呉宮さん。僕……」


「えっと、告白とかならお断りだよ?」


「違う違う!えっと……」


 言葉に詰まり、そわそわした素振りの寛之。そんな寛之を見かねた茉由が寛之の腕に抱きついた。


「あのね、お姉ちゃん」


「茉由、守能君に抱き着いてどうかしたの?……まさか!守能君、茉由に何か変なこと……!」


「してない!断じて!」


 聖美からの誤解を必死に弁解する寛之。


「……それで、守能君のことは置いておくとして。茉由、何か言いたいことあったんでしょ?言ってみて」


「うん、えっとね。私、寛之先輩と付き合……って、お姉ちゃん!?」


 茉由の話の途中で聖美は気を失ってしまった。茉由は寛之を突き飛ばして聖美の元に駆け寄っていた。


「……僕の扱い、酷くないか……?」


「そりゃあ、お前に比べたら実の姉の方を取るんじゃねぇか?」


 床に尻もち付きながらボヤく寛之とそんなぼやきを聞きながら話し相手になる洋介だった。


 そんなこんなで大体10分くらいたっただろうか。未だなお、シャロンたちは戻って来る気配がない。


「セーラさん、どうしますか?」


 紗希はさっきから何も言わずに壁際で腕を組んでいるセーラに話しかけた。


「……ここは待つべきだ、と言いたい所ですが、もし何かあったのであれば助けに行くべきでしょうし……」


 セーラは迷っていた。シャロンを信じて待つか。それともシャロンたちの後を追うか。


「僕は3人の後を追うべきだと思う」


 今度口を開いたのは寛之だ。


「俺も寛之の意見に賛成だ」


 洋介も寛之と同様、助けに行くべきだという意見だった。


「女性陣は助けに行く?どうする?」


「私は助けに行きたいです!」


「ボクも同じです」


「私も紗希ちゃんや茉由と同じ意見です」


 セーラからの質問に茉由も紗希も聖美も「助けに行く」方を選んだ。


「よし、それじゃあ行きましょう!ただ、危険があると判断した場合は撤退するわよ!」


「「「「「はい!」」」」」


 合唱かと思うほどに5人の返事は揃っていた。


 こうして、セーラ率いる6人も扉の向こうへ足を踏み入れた。


 そこはただ長い石造りの廊下が続いており、その先には出口らしきものが見える。


「みんな、あそこまで走りますよ!」


 セーラを先頭に5人は出口らしきところまで走った。その出口の先には……


「これは……!?」


 セーラたちの眼前に広がるのは、先に分かれたバーナードたちや、シャロンたち。そして、ロベルト達後発組が地面に打ちのめされた光景だった。


 巨大な石造りの部屋の真ん中ではウィルフレッドと杖を持った黒い外套を羽織った男が戦っている光景だった。


「みんな!」


 紗希や茉由が走ってみんなの元へと駆け寄っていく。寛之や洋介、聖美、セーラも慌てて二人の後を追った。


 6人がそれぞれ地面に倒れているメンバーに声をかけて回っていると、競り合っていたウィルフレッドと黒い外套を羽織った男が間合いを取った。


「おやおや、ウィルフレッド。また、君の仲間が増えたようだね」


「君たちは早くここを離れるんだ!今すぐに!」


 声を荒げるウィルフレッドに驚く一同。


「もう遅い!"暗黒重力波ダークグラヴィティ”!」


 男が杖を頭上に掲げると黒いオーラが上からみんなを床へと叩きつける。


 そのドス黒い重力波は指一つ動かせないほどの強力なものだった。


「潰される……!」


 このままいけば押しつぶされてしまうであろうことは明確であった。そんな時、重力波が消えた。


「これ以上、誰も傷つけさせはしないぞ!ユメシュ!」


「ちっ!おのれ、ウィルフレッド!」


 ウィルフレッドがユメシュに拳による一撃をユメシュに叩き込んだことによって魔法が中断されたのだ。


 ユメシュは攻撃を受けてよろけたが、すぐに体勢を立て直して瞬時に数段高い場所にある玉座へと移動した。


「……影移動か」


 ウィルフレッドはポツリと独り言のような小さな声量の声を漏らした。


 ちなみに影移動とは影魔法の一つで対象を影から影へと一瞬で移動することが出来るものである。


「さすがはウィルフレッド。よく見ている」


「戦闘中に敵から目を逸らしたり、無駄口を叩くのは弱者のすることだ」


 ウィルフレッドからの一言にユメシュは拳を震わせた。


「つまり、この私が雑魚だ。そう言いたいわけか」


「ほう、無駄口を叩いている自覚をしている辺り、まだマシだな」


 その一言を境に両者の纏う雰囲気は一変した。何せ、纏っている魔力が目で見えるレベルにまで達しているのだ。


 魔力が視覚出来るほど魔力量が多い人間は中々いないものだ。それこそ人間の中でも0.1%にも満たないレベルだろう。


 そんな両者が今から本気で戦闘を開始しようとしているのだ。正直、この建物や王都に甚大な被害が出ることは間違いないだろう。


 そんな時、地面が崩れるような音が響き、地面から微弱な振動が伝わってきた。


 ウィルフレッドは倒れているメンバーたちを片っ端に入口まで投げ飛ばし始め、ユメシュも杖を地面に向けて魔法の詠唱を開始した。


 ウィルフレッドは手早く21人を投げ飛ばし終えると荒い息を吐きながら、自らも入口まで突っ走った。


 ユメシュは瞼を閉じて詠唱している。そんなユメシュの足元には黒い輝きを放つ魔法陣が展開されていた。


 そんな時、地面を突き破って勢いよく出てきたのはギケイだった。そして、その直後に現れたのは赤黒いオーラを纏った男。体のあちこちから鱗のようなものが垣間見えている。


「……ギケイ。そして竜の仔……!」


 ユメシュはそんな光景を見ながら口角を釣り上げていた。


 宙へと舞ったギケイは直哉の蹴りを受けて地面に叩きつけられた。止めを刺そうとサーベルをギケイへと向けて急降下し、地面へサーベルを叩きつけるもそこにギケイはおらず、叩きつけた衝撃でサーベルは粉々に砕け散ってしまった。


「ユ……ユメシュ様……!」


「……無事で何よりだった」


 姿が消えたかに見えたギケイはユメシュの影移動によって玉座の前まで移動していた。


「……影騎士シャドウナイト生成」


 涙を浮かべるギケイにねぎらいの言葉をかけた後、ユメシュは影から5体の騎士を生み出した。


「……連れていけ」


 ユメシュの一言に騎士たちは敬礼したのち、影騎士シャドウナイトの一体はギケイを担ぎ、残りの4体と共に影に潜って姿を消した。


「残りは竜の仔だけのようだが……」


 ユメシュが直哉の方を見ると直哉はウィルフレッドと拳を交えている最中であった。


「……面白いから終わるまで黙ってみているとしよう」


 ユメシュは微笑みながら、玉座に腰かけて戦いの行方を見守った。


「直哉、お前は何をしている……!」


 直哉はウィルフレッドの鉄拳を防ぐことも出来ずにまともに喰らって後方の壁へと叩きつけられた。


 直哉は何も言わず、起き上がりウィルフレッドの方へと向かっていく。


 しかし、直哉はウィルフレッドに一撃として報いることは叶わなかった。


 直哉の現在の状況としては理性を失い、力や肉体の耐久性、敏捷性や魔力といったものが倍近くにまで膨れ上がったの存在。


 そんな直哉の動きはウィルフレッドから見れば素人同然。戦闘技術は何ら進歩してはいないのだ。


「目を覚ますんだ!お前の守りたいものはどこにある!答えろ、直哉!」


 ウィルフレッドの拳は竜の鱗をも砕く意思を感じさせるものだった。


 直哉はウィルフレッドの蹴りを受け、地面を舐めるように壁際まで飛ばされた。


 そして、直哉はそれ以上は向かってくることは無かった。


「鱗が消えていく……」


 直哉に近づいて様子を見ていたウィルフレッドはそう呟いた。


 直哉の腕や足の辺りの鱗から順に鱗が光の粒子となって消えていく。


 一体、それがどういうことなのか。さしものウィルフレッドにも理解が出来なかった。


 ――そんな時、目を覚ます者たちが現れた。

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