第42話 想いに染まる王都

 あれから3日。


 俺たちはようやく王都に到着した。王都に着いた時にはすでに日も落ちて暗くなって居た。


「全員宿屋に入れ」


 何と、ウィルフレッドさんは宿屋を丸ごと貸切っていた。


 でも、俺たち冒険者21名+セーラさん+ジョシュアさん+御者の人4人の計27名で泊まるのだこれくらいはやるか。


 2人部屋が6部屋。そして、3人部屋が5部屋。これでちょうど27人だ。


 宿屋は王都の南門付近にあり、建物自体は石造りで柱や階段は木で造られている。


 宿屋は3階建てで1階は食堂や受付がある。2階には3人部屋が5つ。3階には2人部屋が6つ。


 俺たち日本人6人はそれぞれ2人部屋になった。だから、3階だ。


 ちなみに俺は紗希と同じ部屋だ。


「紗希と同じ部屋で寝るなんていつ振りだったかなぁ……」


「はら、兄さん。ウィルフレッドさんの所に集合しないと!」


 俺が懐かしさに浸っていると紗希に声をかけられた。


「……そうだったな」


 俺たちは階段を降りて1階の食堂に向かった。


「……ウィルフレッドさん、遅れてごめんなさい」


「大丈夫だ。空いてる席に掛けてくれ」


 俺たちはウィルフレッドさんに促されるまま空いている手前の席に座った。


 俺たちがここに集まったのは作戦を立てるためだ。


「さて、作戦会議を始めるとしよう」


 こうして始まった会議の内容はこうだ。


 暗殺者ギルドはここから北西に行った所の貧民街の奥にある。


 まずはそこまで全員で向かう。地図はミロシュさんが残してくれていたのでそれに従って進む。


 それからは二手に分かれて進むのだそうだ。


 先発はウィルフレッドさん率いる13名。ミレーヌさん、ラウラさん、ロベルトさん、シャロンさん、バーナードさん、シルビアさん、デレクさん、ローレンスさん、ミゲルさん、マリーさん、スコットさん、ピーターさんだ。この13名は建物内に潜んでいるであろう200名近い暗殺者たちを片っ端に屠っていく役目だ。


 後発が俺、紗希、茉由ちゃん、寛之、洋介、武淵先輩の6人。そして、ディーンとエレナちゃん、セーラさんの3人を合わせた計9名。この9名で暗殺者ギルドの奥を目指す。そして、呉宮さんを救い出す。


 ジョシュアさんや御者の人たちは宿屋で待機するんだそうだ。


「こんな感じでどうだ?戦力には偏りがあるかもしれないが、私としてはこれが一番無難な気がするんだが」


 ウィルフレッドさんの提案に誰も異論を唱えることは無かった。何せ、代案が浮かばないのだから。


 そして、最後にウィルフレッドさんはミロシュさんの残した名簿を見ながら、気を付けるべき暗殺者の名前を5人挙げた。


 ギルドを襲撃してきたギケイ、オルランド、テオ、ヴァネッサ、アレッシアの5人だ。これらの暗殺者と遭遇した場合は用心するように促された。


「……なら、この作戦で行こう。出発は明日の明朝だ。全員今日は部屋に戻って休むように」


「はい!」


 こうして会議が終わった後、俺たちは各々の部屋に戻った。


「ねえ、兄さん」


「どうかしたのか?」


 部屋に戻ると紗希は不安そうな面持ちで俺を呼んだ。声からもいつもの元気が感じられない。


「ボク……ううん、明日!聖美先輩と無事再会しようね!」


 ……紗希は今、何か俺に吐露しようとして押し込んだ。一体、何が言いたかったのかは分からない。だが、不安に感じていることがあることは声や表情から分かる。


「紗希、大丈夫だ」


 俺はそう言って紗希の手を握る。今の俺にはこれしか紗希にしてやれることは無い。俺が握った紗希の手は細かに震えていた。


「兄さん、手……!」


「手がどうかしたのか?」


「兄さん、手が震えてる」


 俺は自分の手を見る。そして、気づいた。


 ……震えているのは紗希ではなく、俺の方なのだと。


 それに気づいた瞬間、ギルドが凄惨な目に遭った日の、あの夢のことを思い出した。


 真っ白な空間。


 そこに居た呉宮さんに手を伸ばした。しかし、薄くなって消えていったあの夢のことを。


 そして、その後の空間が闇に染まったことを。


 それが走馬灯のように頭の中を駆け抜けた。


「……兄さん?泣いてるの?」


 俺は慌てて指で涙を拭った。


 ――トン


 俺はそんな音の後、人の温もりを感じた。


「兄さん、何か不安にさせちゃったんだったら……ごめん」


「……別に紗希のせいじゃないよ」


 そう、あれは俺の夢の話。


 不安に感じていることも分かっている。もし呉宮さんを助けられなかったらどうしよう。それだけだ。


 今から未来に不安を抱えていても何も変わらない。


 不安は別に悪いことではない。不安があるから人は準備をするのだ。


 不安が無ければ、人は準備などしない。


 それに俺のやるべきことは最初から決まっている。


『やれる限りのことをして、呉宮さんを助け出して想いを告げる』


 俺が出来るのはそのために出来ることを出来る範囲ですることだけだ。


「……兄さん、ごめん……ごめん……」


「だから、もう謝らなくていいって。紗希のせいじゃないって言っただろ」


 この場で俺がするべきことは……


「全部、俺に……いや、お前の兄さんに任せておけ」


 紗希の不安を拭うことだ。


「……うん!」


 俺はポケットからスッとハンカチを差し出した。


「ほら、涙も拭いておけ」


「うん、ありがとう!」


 屈託のない笑顔で紗希は俺からハンカチを受け取って涙を拭いていた。


「紗希」


「……何?兄さん」


「渡しておきたいものがある」


 紗希はキョトンと疑問符を浮かべたような表情をしていた。


 俺はそんな紗希にタリスマンを渡した。


「これは……?」


「それはタリスマンといってなお守りのようなもんだ。で、それに治癒魔法を付加エンチャントしておいた」


「これ、いつ使ったら良い?」


「そうだな……回復薬ポーションが切れた時にまだケガとかが残っていたらそれを傷口に当てておいてくれ。そいつに付加エンチャントした治癒魔法の効果を使える。そいつに込められた魔力が無くなれば光になって消える。まあ、お守りだと思って持っていてくれればいいから」


「うん、分かった。兄さん、ありがと!」


 紗希は余程嬉しかったのか、その嬉しさが伝わってくるような笑みを浮かべていた。そして、タリスマンをすぐに服の内側ポケットにしまった。


「……よし、明日は早いんだ。もう寝るぞ」


「そうだね」


 こうして俺と紗希は眠りについた。


 ベッドが二つあったのでどちらにするかを話し合った結果、俺が窓際になった。


「紗希、おやすみ」


「うん、おやすみなさい。兄さん」


 その夜は俺の心とは正反対で、とても静かだった。


 ギルドを荒らされて怒りに震えた者、弟の命を奪われ悲しみに暮れた者、そんな悲しみに暮れる友人を見て心を痛めた者。片腕を斬られ仲間を守れなかったことを悔やむ者、婚約者を奪われ一度心が折れてしまった者。


 様々な思いが交錯する夜。


 空に浮かぶ星々はそんな者たちの意思を照らすかのように美しく輝いていた。


 明日。


 そう、明日ですべてが決まる。直哉たちの願いである呉宮聖美を助けること。


 ――ついに決戦の時が来る。


 冒険者ギルドと暗殺者ギルド。双方が明日、激突する。


 その戦いの行方は――


 直哉たちは聖美を助けられるのか――


 待ち受ける運命はハッピーエンドか。


 はたまたバッドエンドか。


 明日ですべてが決まる。

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