第37話 追撃者

 一日が終わり、ギルドは今日も賑わっていた。


 ある者は酒に酔い、ある者は滑稽な踊りを披露している。


 大体、40人くらいが賑やかに過ごしていた。


 そんな時、1人の男が帰ってきた。


「……マスターはいらっしゃいますか?」


 その男とはウィルフレッドの依頼で暗殺者ギルドに潜り込んでいたミロシュだった。


「ミロシュ!あなた、どこに行ってたの?」


「ただいま、姉さん。でも、今は急いでいるんだ。マスターはどこにいるのか分かるかな?」


「それだったら地下の執務室だと思うけど……」


「分かった。ありがとう」


 ミロシュが階段から降りようとすると、ギルドの入口から声がした。ギルドの入口には黒色の長髪に黒の瞳を持つ男がいた。


「やあ、ミロシュ殿。それがしから逃れられたと本気で思っていたのでござるか?」


 冷え切った声は騒々しいギルドを一瞬で静寂にさせた。


「ミロシュ殿。我がギルドの掟は覚えていてござろう?」


 その男の声にミロシュはゆっくりと振り返り、答えた。


「……裏切り者には死あるのみ」


 男はミロシュの言葉を聞いて、フッと笑みをこぼした。


「それが、そなたの運命でござるよ。裏切り者には死あるのみ。そなたは今からそれがしの手にかかって殺されるのでござるよ」


 ミロシュはその言葉を聞いて恐怖に顔を歪めた。


「待って」


 二人の間にラウラが割って入った。


「死とか何とか言ってるけど、この人が何かしたんですか?」


「ああ、ミロシュ殿の姉上でござるな。そなたの弟君は我がギルドに潜り込み、いくつもの情報を持ち出したのでござる。それゆえ、我が主から拙者に彼をするようにめいじられたのでござる」


「我が主って誰の事?そもそも、あなたは何者?」


 ラウラは額から冷や汗を流しながらも冷静な対応をしていた。


「申し遅れたでござるな。それがしは暗殺者ギルドの者で、名をギケイと申す」


「ギケイ」の名を聞いた途端、ギルドにいる冒険者たちの顔色が変わった。


 ギケイ……暗殺者ギルドの中で最も強いとされる暗殺者で、世界に10人しかいないゴールドランクの冒険者を1人、殺したことで名が知られるようになった暗殺者だ。


「ミロシュ殿の姉上。おとなしくミロシュ殿を引き渡して頂ければ、それ以外の方がたに危害を加えるようなことは致しませぬが。どうでござろう?」


「……もし、断ったら?」


「さあ?うっかり何人か殺してしまうやもしれません」


 ギケイは平然と"殺す”と言い放った。


「ミレーヌ!この人、嘘は言ってるのかしら?」


 ラウラが問いかけるとミレーヌは首を横に振った。ミレーヌの真偽判定魔法に間違いはない。


 すなわち、このギケイという男はミロシュを引き渡さなければ、この場にいる者も殺す。そう言っているのだ。この男にはヤルと言ったらヤル凄味がある。


「おい、うるさいぞ。ガキどもが」


 カウンターで酒を飲んでいたロベルトさんは酒の入った器をドン!と大きな音を立ててカウンターに置いた。


「失礼ですが、ご老体。そなたの名は何と申されるのでござろうか?」


「わしはロベルトじゃ。それより主、帰ってくれんか?酒がマズくなる」


 ロベルトの表情からは何とも言えない怒気が漏れ出していた。


それがし、年寄りは敬うものだということは心得ております。ですが、任務遂行の邪魔をするというのならば始末するまでのこと」


 ギケイはそう言って腰に差しているに手をかけた。


 ロベルトもそれに応じるようにカウンターに立てかけていた大戦斧と大盾を静かに構えた。


 その横にいるミレーヌも服の袖から短剣を取り出して構えた。


「それでは、ミロシュ殿の引き渡しに関しての返答はいな……ということでよろしいでござるな?」


 ギケイは辺りをゆっくりと見渡す。しかし、視界に入った者の中で武器を手に取っていない者はいなかった。……丸腰のラウラを除いては。


 ギケイがラウラの胴目がけて抜刀しようとした瞬間、1本の短剣がギケイとラウラの間に割って入った。


「チッ!」


 ギケイは止むを得ず、といった様子で距離を取った。


 短剣を投げたのは2階にいたシャロンだ。


「"聖刃せいじん”!」


「"砂嵐サンドストーム”!」


 無数の光の刃と砂の竜巻がギケイを襲う。もちろん、放ったのはディーンとエレナだ。


「小賢しい!」


 ギケイは光の刃を目にも止まらぬ速さで斬り捨てた。そして、砂の竜巻も一太刀で斬り裂いてしまった。


 その後も他の冒険者たちも剣や槍を手にギケイへかかったが光の如き速さで動き回るギケイに次々と冒険者たちは討ち取られていく。


 瞬く間に死者の数は20を超えた。ギルドの床と壁は朱に染まっている。


「どいつもこいつも大した強さではないでござるな」


 ギケイはシャロンが放つ短剣の全てを捌ききり、ミレーヌの短剣も用いての近接格闘術も軽々と防ぎ切り、ミレーヌの腹部を刀で貫いた。


 ミレーヌは血を吐きながら、その場に崩れ落ちる。


 そして、みんなが戦っている間に目を覚ましたレオはギケイに爪での斬撃を見舞った。完全に不意を突かれたギケイは右腕に3つの切り傷を負った。


「猫の分際で……舐めた真似を!」


 ギケイは机を刀で突きさして、レオの方へと投げ飛ばした。レオは間一髪で避けたものの、机の砕けた破片が体のあちこちに突き刺さる。


「あとでそなたをなぶり殺しにしてやるでござるよ!」


 レオはピクピクと体を震わせながら、ギケイが目をそらした隙にギルドの外へと脱出していった。


 一方、ラウラとミロシュの二人は地下へと降りて、ウィルフレッドのいる執務室の扉を叩いた。


「……騒がしいな。何があったのだ?」


 ラウラとミロシュは上で何が起こっているのかを包み隠さず、全てを話した。


「マスター、これを」


 そう言ってミロシュはウィルフレッドに二枚の羊皮紙を手渡した。


「これは……!」


「そうです、一枚目はご依頼の通り暗殺者の数とその中でも気を付けるべき暗殺者の一覧です。二枚目は暗殺者ギルドの構造を書き写したものです」


 ミロシュからの一通りの説明が終わると、ウィルフレッドはその羊皮紙二枚を上着の内側にしまった。


「ミロシュ、ご苦労だったな。報酬は後でいいか?先にみんなを助けなければならない」


「もちろんです。急いで上へ戻りましょう!」


 ラウラとミロシュがウィルフレッドのところへ向かってる間にも確実に死者が増えつ受けていた。


 シャロンの投擲した短剣は、ギケイによって弾かれた。その弾かれた短剣はディーンとエレナの二人の腹部に突き刺さった。


「ぬおおおおおおりゃあああぁぁぁぁ!」


 ロベルトによって振り下ろされた大戦斧はギケイの刀によって受け止められた。が、そのパワーは凄まじく、ギケイをギルドの扉を突き破って外へと吹き飛ばしたのだ。


「何という怪力でござるか……!」


 ギケイはそれでも尚、楽しげな表情を浮かべていた。


それがしは相手が強者であればあるほどこの手で始末したくなってくるのでござる」


 ギケイはロベルトに突貫しようと刀を構えた。


「おい、お前。そこで何してる」


 そこへやって来たのは……バーナードたちセベウェルの町廃墟の戦いで直哉たちと戦った8人だ。


「そなたらは……?」


「人に名前を聞く前にお前から名乗ったらどうなんだ?」


 バーナードはギケイに対して高圧的に問いかけた。


それがしはギケイ。暗殺者でござる」


「ギケイ……暗殺者……!」


 バーナードはその名を口ずさんで、今目の前にいる男が何者なのかを思い出したようだった。


「なるほどな。それでギルドを食い散らかしてくれたのはお前ってことでいいんだな?」


「相違ないでござるよ。すでに何人かあやめてしまったでござるが」


 ギケイはそう言って嘲笑った様子であった。


「……さねぇ」


「何か言ったでござるか?」


「許さねぇって言ったんだが」


「別にそれがしはそなたに許してもらうつもりはないでござるよ」


 刹那、ギケイの周りを数えきれない数の小規模の爆発が包み込む。


「中々、物騒な人でござるな。そんなにそれがしに殺されたいのでござるか?」


 ギケイがバーナードの方へと目をやると、他の7人も武器を構え、散開していた。


「やるぞ!お前ら!」


 バーナード、シルビア、ローレンス、ミゲルの4人がギケイに向かって突進していく。


「ふん、まずはそなたらからでござるな!」


 ギケイが踏み込もうと足に力を込めた瞬間、炎と風の砲撃が撃ち込まれた。


 しかし、次の瞬間にはスコットとピーターはギルドの向かい側の建物の壁に叩きつけられていた。


「当たらなかったから良いものの、当たっていたら火傷は免れなかったでござるよ」


 ギケイは二人に吐き捨てるように言葉をかけた。


「くたばれっ!」


「喰らえ!"轟音”!」


 周辺に響き渡る空気をつんざく音。これを受けて周辺の民家に明かりが灯り始める。


「耳障りな音でござるな!」


 そう言って、ギケイは瞬時にローレンスの懐まで飛び込み脇腹に蹴りを叩き込んだ。


「こいつ!」


 ミゲルが横薙ぎに大槌をぶん回すも空ぶるのみだった。


「斬った時の感触がおかしいでござるな」


 ギケイは当初、ミゲルの硬化魔法に戸惑った様子だったが、でミゲルは戦闘不能になった。


「一体、何がどうなって……!」


 ミゲルは地面にドサリと崩れ落ちた。


「我が剣技の集大成、肉を斬らずに神経のみを断つ技にござる。これでしばらくは動けないでござろう」


 この時点で残っているのはバーナード、シルビア、デレク、マリー。この4人だけだ。驚くことに戦いが始まってからまだ1分と経っていない。


「"氷矢アイスアロー”!」


「“酸波アシッドウェイブ”!」


 ギケイに向けて間髪入れずに無数の氷の矢と酸の波が放たれる。


 ギケイは酸の波を跳躍で飛び越えて、そのまま氷の矢を目にも止まらぬ速さで両断しながら、接近しマリーを蹴り飛ばした。


「"風刃ふうじん”!」


 風の刃が放たれるも、ギケイはこれらすべてを目にも止まらぬ速さで切断した。


「“酸拳アシッドナックル”!」


 デレクは籠手ガントレットに酸を纏わせて攻撃するもあっさりとかわされ、腹に刀を突きさされて地面に倒れこんだ。


 その後もギケイはシルビアのレイピアによる突きをいとも簡単に捌き、柄頭でシルビアのみぞおちを突いて気絶させた。


「ちっ!」


 バーナードが爆裂魔法を連発するもギケイには一度も当たることは無かった。それほどまでに速く動きが精密なのだ。


それがしが腹を立てたのはそなただけでござる。だからお前の仲間は殺さなかったというわけでござる」


 バーナードは感情的に、ギケイ目がけてやたらめったらサーベルで斬りつけるもギケイにはかすり傷1つ負わせることが出来なかった。


「それではさらばでござるよ」


 バーナードは左前方から殺気を感じ取り、右後ろへ跳躍した。しかし、その時にはバーナードの左の肘から下がいた。


「ぐがああああ!」


 バーナードは自らの腕を抑えながら地面をのたうち回った。ギケイがバーナードたちを全滅させるまでにかかった時間。およそ90秒。あっという間だった。


「さて、ロベルト殿!覚悟は出来たでござるな!」


 ギケイは目では捉えきれないほどの速さでロベルトに接近し、刀で斬りつけた。しかし、間一髪のところでロベルトの大盾によって斬撃を受け止められた。


 ギケイは離脱する瞬間、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


 ギケイはロベルトの大盾を蹴って地下へと続く階段の方へと跳んだ。


 そして、階段からはラウラが上がってきた。ラウラはギケイがこちらに向かってくるのに気が付いた。しかし、防御できるような武器は何も持っていなかった。ラウラの脳裏には『死』の一文字が静かに浮かび上がった。


「姉さん、危ない!“空力くうりき”!」


 下からミロシュの声が聞こえた瞬間、ラウラは横方向へと吹っ飛んだ。壁に叩きつけられたラウラがミロシュの方を振り向くと、そこには上と下、別々になって地面を転がるの姿が見えた。


 ラウラの思考は混乱した。何が起こったのか、理解が追い付かない。いや、理解することを脳が拒んでいるのか。


「惜しかったでござるな。もう少しでミロシュ殿の姉上を仕留められたでござろうに。しかし、裏切り者を始末する目標は達したでござるから引き上げさせてもらうでござるよ」


 そう言ってギケイがギルドを立ち去ろうとした瞬間、ギケイの左頬に鉄拳が叩き込まれた。


 攻撃を受けたギケイはギルドの外の道路に叩きつけられた。


「にゃ、にゃにもにょでごじゃるか(何者でござるか)!?」


 ギケイは口から血を流しながら、起き上がった。口からがいくつも零れ落ちていく。


「ギケイ、貴様は私のギルドをこれだけ食い散らかしておいてただで済むと思っているのか?」


 そう言ってギルドの壁からギルドマスターであるウィルフレッドが出てきた。そう、壁としていたのだ。


「しょなたはいってゃいにゃにをしゅるきでごじゃるか(そなたは一体何をする気でござるか)?」


「もちろん、ギルドを荒らした報いを受けてもらおう」


 ウィルフレッドはそう言い残し、気配が消えた。周辺の空気と同化したのだ。


「しょこでごじゃるな(そこでござるな)!」


 ギケイが刀を右後ろへ薙ぎ払うも見事なほどに空ぶった。


「へぶぅ!」


 ギケイが斬れなかったことに驚愕していると頭上に拳が叩き込まれた。それによってギケイは地面にめり込んだ。


 ウィルフレッドが続けざまにもう一度鉄拳を叩き込もうとしたが、その時にはギケイの姿が無かった。


「きょきょにごじゃる(ここにござる)!」


 ギケイは刀でウィルフレッドを背後から胴体を切断した……かに思えた。これにはギケイは目を見開いて刀を何度も見直した。しかし、刀に変わったところはない。


「お前の刀と同化したんだ。お前の攻撃の軌道さえ読めれば大した問題じゃない」


 ギケイの攻撃のほとんどが胴体を切断している。このことからウィルフレッドは胴体を狙ってくると読んでいたのだ。


 その後もギケイとウィルフレッドの攻防が続いた。


 ギケイの動きは白金プラチナランクの冒険者であるウィルフレッドでも捉えきれていない様子だったが、経験などから動きを予測して対応しているようだった。


「そこだな!」


 ウィルフレッドが勢いよく拳を左前方に突き出すと苦悶くもんの声が上がった。


「あがぁっ!」


 ギケイは腹部を抑えながら血を吐いていた。恐らくウィルフレッドの拳はギケイのみぞおちに入ったのだろう。


「お前の動きはただ速いだけだ。動きそのものは単調だ」


 ギケイは今までこの圧倒的な速さだけで対象を始末してきたのだ。動きが単調であっても目で捉えられなければ些細なことだった。ただ、今回は相手が悪かった。


「……私とお前とでは潜り抜けてきた修羅場が違うのだ」


 ギケイは勝てないと判断したのかその場から姿をくらませた。


「……逃げられてしまったが、退いてくれて助かった。あの調子では私の魔力が持たなかった」


 それからウィルフレッドは足早にギルドへと戻っていった。

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