第25話 模擬戦

「……模擬戦?」


 そう言って洋介が首をかしげた。


「魔法の使い方なんてとりあえず使って見るのが一番だろうからな。使って見ないと使い方は分からないからな」


「ウィルフレッドさん、もしケガをしたりしたら……!」


 焦ったように寛之はウィルフレッドさんに問いかけた。だが、寛之の言う通りでケガをしたりしたらどうすればいいのか?


「それは問題ない。ラウラが治癒の魔法を使えるから、そこは安心してほしい。それに武器は木製のモノを使ってもらうからな。勿論、防具はそのままでだ」


 ラウラさんが治癒魔法を使えるというのは驚きだ。それに木製だから安心というわけではない。だが、実際の武器を使うわけではないと分かっただけでもホッとした。紗希や皆を見てみると、皆も少し安心したといった様子だ。


「まあ、木製の武器ならやってもいいかもね。防具は銅製のままだし」


 武淵先輩は渋々といった感じだ。でも、皆少しだけやる気になったように感じる。


「どうする?やっぱりやめるのなら……」


 ウィルフレッドさんは戸惑っている様子だ。でも、俺たちは顔を合わせて頷いた。


「やりましょう!とりあえずやってみて、危なかったらやめるという事で良いですね?」


「……分かった。それに危ないようであれば私が止めに入るからな」


 とりあえず話はまとまった。問題は組み合わせが、それに関しては後からやって来たラウラさんが持って来たくじを引いて解決した。


 組み合わせは……俺と茉由ちゃん、紗希と武淵先輩、寛之と洋介……という結果になった。


「まずは直哉と茉由の二人だな」


 ウィルフレッドさんが平坦な声で組み合わせを読み上げた。


「先輩、お手柔らかにお願いします……!」


「ああ、こ、こちらこそよろしく」


 お互いに剣の初心者だ。……どうなるのか、本当に想像がつかない。


 俺と茉由ちゃんが5mほど距離を開けたタイミングでウィルフレッドさんから武器を構えるように言われた。俺も茉由ちゃんも言われた通りに武器を構えた。


「制限時間は2分だ。準備はいいな?」


 俺も茉由ちゃんも首を縦に振った。


「それでは始め!」


 ウィルフレッドさんの掛け声で模擬戦が始まった。開始早々茉由ちゃんは剣に冷気を纏わせた。


「それじゃあ、先輩!行きますよ!」


 そう言って茉由ちゃんは木製の片手剣ショートソードを斜に構えて一直線に突っ込んできた。そして、俺に接近した茉由ちゃんはそのまま俺の胴目がけて剣を左へ薙ぎ払ってきた。


 俺はとりあえずサーベルの先を下に向ける形で受け止めた。しかし、思っていた以上に茉由ちゃんの攻撃が力強かったためにこけないように後ろへ


「先輩が跳んだ……?」


 茉由ちゃんが不思議そうに俺の方を見ていた。俺のどこに跳べるだけの脚力があるのかという率直な疑問だろう。


「なるほど。付加エンチャントか」


 俺の跳んだ様子を見てウィルフレッドさんが独り言を呟いた。


「それはどういうことですか?」


 ウィルフレッドさんの隣にいる紗希が尋ねた。


「直哉は足に筋力強化の効果を付加エンチャントしたってことだ。おそらく紗希の敏捷強化魔法の要領でやったんだろうな」


 ウィルフレッドさんは俺のやったことを紗希たちに解説していた。さすがは白金プラチナランクの冒険者だ。よく見ている。


「先輩!よそ見なんて随分余裕です、ね!」


 少し離れた位置で茉由ちゃんの冷気を纏った剣が力強く振り下ろされる。次の瞬間、何やら俺の身長くらいの大きさの氷の刃が放たれた。一瞬避けようかどうか迷ったが、ガードすることにした。


 そして、氷の刃は俺の前でまるで時間が停止したかのように止まって弾けた。


 それを見ていた茉由ちゃんは口を開けて固まっていた。見学サイドも何が起こったのかを把握できていないようだった。


 そして、次の瞬間にはみんなの度肝を抜くような事態が起こっていた。それは……


「先輩のサーベルが……!」


 茉由ちゃんはこの中にいる誰よりも驚いたことだろう。なぜなら、俺のサーベルがからだ。そう、茉由ちゃんの今の攻撃をサーベルにのだ。


「今ので覚えた……!」


 やり方は何となくだが分かった。あとは練習あるのみだ。


 茉由ちゃんも俺もお互いに近づくために走った。冷気を纏った剣がぶつかり合う。とお互いに型なんてあったものじゃないが、何度も何度もお互いに剣を叩きつけた。


「そこまでだ!」


 突如、ウィルフレッドさんが俺と茉由ちゃんの間に割って入り剣を両手で掴むように受け止めた。俺たちは慌てて武器を下げた。もう2分経っていたのか。思っていたよりも随分と早かったな。


「お前たち制限時間をすでに過ぎているぞ」


 どうやら何度か止めるように声掛けがあったそうだが、俺たちが気づかずに模擬戦を続行していたらしい。それで止むを得ず、ウィルフレッドさんが割って入ったんだそうだ。


「ごめんなさい!」


「すみませんでした!」


 俺たちは大慌てで謝った。


「よくもまあ、それだけ集中できたものだな。大したものだ。それだけは褒めてやる。だが、次からは気を付けてくれよ」


「はい……」


 俺たちは沈んだ表情で頷いた。だが、思っていたよりもウィルフレッドさんは寛容だったようだ。


「気を取り直して次だ。紗希、夏海。前へ」


 紗希と武淵先輩は俺たちと同じように位置についた。


「紗希ちゃんと模擬戦するの、怖いなあ……」


 武淵先輩は位置についてからそうボヤいていた。


「よし、準備はいいな?それでは、始め!」


 紗希が合図と同時に踏み込もうと足を動かした瞬間、地面にヒビが入った。俺は何事かと思って武淵先輩の方を見てみて、その時確信した。今の地面のヒビは武淵先輩のものだと。そして、武淵先輩の魔法は重力だ。おそらく紗希の敏捷強化魔法を封じるために重力で重くして動きを止めたのだ。


「よし、うまくいったわ!」


 武淵先輩は槍を持っていない方の手でガッツポーズをしていた。魔法が上手く作動したのが嬉しかったのだろう。しかし、紗希もそのままでは終わらなかった。ゆっくりではあるが、先輩の方へと前進し始めたのだ。


 先輩はハッとした様子で魔法を使うことに集中し始めた。どんどん地面のひび割れが大きくなっていっている。おそらく魔法の威力を強めているのだろう。だが、紗希はあきらめずにどんどん前へと進んでいく。


「そこまでだ!」


 紗希がサーベルをもう少しで先輩に当てられるというところで模擬戦は終了した。紗希はまたも悔しそうに俯いていた。


「紗希ちゃん、お疲れ様。ナイスファイト!」


 そう言って、武淵先輩は紗希と拳をコツンと合わせた。俺は今日だけで兄としての見せ場を二回も奪われてしまった。……畜生め。でも、武淵先輩の重力魔法の恐ろしさをひしひしと感じる模擬戦だった。


「次で最後だな。洋介、寛之!準備しろよ」


「はい!」


 洋介と寛之もすでに位置について開始の合図を待っていた。


「頼むぜ。精霊さんよ」


「分かったYO!任せとけYO!」


 洋介は何やら精霊と話をしていた。


「準備はいいな?それでは始め!」


 洋介はハルバードを振りかぶって力強く大地を蹴った。そのハルバードの斧の刃の部分は雷を帯びている。そういえば、ウィルフレッドさんが精霊魔法はどこか一か所にしか纏わせられないとか言ってたな。


「覚悟しとけよ!寛之!」


 そう言って洋介は思いっきり寛之の頭上からハルバードを振り下ろした。しかし、それが寛之の脳天にぶち当たることはなかった。ハルバードは壁のようなものに阻まれていた。そう、障壁魔法だ。洋介はこうなることも計算づくだったようだ。


 洋介は水泳選手が25mのところで壁を蹴って向きを変えるように寛之の障壁を蹴った。そして、空中で一回転して元の位置に戻った。そして、何故かハルバードを横に放り投げた。


「寛之!あの食堂の時みたいに拳でやろうぜ!」


 そう言われて寛之は少し戸惑った風だったが、首を縦に振って了承した。


「分かった。あの時はボコボコにされたが、今回はそうはいかないから、な!」


 そういうや否や洋介の方へと走って距離を縮めていく。洋介もそれに応じるように寛之との間合いを詰めていく。


 そして、その後は雷を纏った拳と障壁を展開した拳、双方の右の拳が正面からぶつかった。その後は双方のラッシュの応酬が繰り広げられた。


 そして、制限時間の2分になった。


「二人ともそこまでだ」


 模擬戦を終えた二人はこの場にいる者の中で一番ケガをしていた。血もしたたっていた。恐らく骨とかにもヒビくらいは入っていそうな気がする。


「ラウラ。手当を頼む」


「ええ」


 ラウラさんは寛之と洋介の方へと歩いて行った。


「二人とも装備を外してもらってもいいかしら?」


 二人はラウラさんに言われた通りに着ていた装備を外した。


「二人とも傷は打撲のようね」


 そう言って、ラウラさんは二人の顔の前に左右の手を近づけた。そのラウラさんの両手は青白い光に包まれていた。そして、今度は二人の両方の拳にも青白い光を当てた。


「どう?これで顔と手の傷は治ったと思うのだけれど」


「これは……!」


「おお!痛みがなくなったぞ!」


 二人とも信じられないといった風に手を閉じたり開いたりしていた。それから顔も触っていた。寛之も洋介も喜びを超えて感動している様子だ。……そもそも寛之も洋介もやり過ぎだろ。


「服も脱いでくれるかしら?」


「えっ!?」


 ラウラさんの思いがけない発言に戸惑う二人。いや、俺や紗希、そして、茉由ちゃんもだ。武淵先輩はと言えば、顔を耳まで赤くして俯いていた。


「治癒魔法は直接その部位に当てないと治せないのよ。服とか鎧とかで遮られていたら治すことができないわよ?まあ、別に治したくないのならそれでいいのだけれど」


「そういうことなら……」


「……仕方がねえな」


 寛之も洋介も渋々といった様子で上半身の服を脱いだ。


「ありがとう。あと、治療中はできる限りでいいから動かないでくれると助かるわ」


 二人は静かに頷いた。


「それじゃあ、始めるわよ」


 そう言ってラウラさんは寛之から治療を始めた。ラウラさんは少し屈んで高さを合わせながら治癒魔法をかけ始めた。寛之は治療開始直後から空を見上げていた。俺は最初はどういうことか分からなかったが、ラウラさんの服とその角度を見て、ようやく理解した。


 そう、寛之が目線を空へと向けていた理由は……ラウラさんの胸についている果実が見えてしまうからだ。


 茉由ちゃんもそのことに気付いたのか自分の胸のふくらみ?に手を当ててため息をついていた。


「よし、終わったわよ。もう動いて大丈夫だから」


「あ、ありがとうございます……」


 ラウラさんが立ち上がり、洋介の方を向いた瞬間に寛之は深く息を吐きだした。それを聞いてラウラさんが寛之の方へと振り返った。


「どうかしたの?」


「い、いえ!何でもないです!」


 寛之は両手を胸の前で横に振った。それから俺の方へと走ってきた。


「はあ……疲れた……」


「お疲れ、よく耐えたな」


 俺は寛之の健闘をねぎらった。……その一方で茉由ちゃんの表情は強張っていた。


 そうしている間に洋介の治療が始まった。洋介は予め目を瞑ることによって対処していた。しかし、治療がくすぐったいのか笑うのをこらえている様子だった。


 そして、治療が終わると洋介もラウラさんにお礼を言って小走りで武淵先輩の方へと向かっていた。


「よし、今日はこのくらいにしておくか。みんな、疲れているだろうからな」


 ウィルフレッドさんの言う通り、俺たち全員疲れていた。


 それにしても、今日一日でいろんなことがあった。魔血石ブラッディーストーンで魔法の適性を見たり、逆さづりにされたり、装備を選んで模擬戦したりした。


「明日から徐々に簡単なクエストからやっていってもらうからな。今日のところはきちんと体を休めておけよ」


 ……何と、明日から仕事があるらしい。帰ったらすぐにでも寝よう。


「今日はここで夕食を摂ってから帰れ。ラウラ、ミレーヌと一緒に夕食の用意をしておいてくれ」


「分かったわ」


 俺たちは何だが部活終わりに皆で夕食を食べるような気分で階段を上った。その後はギルドのみんなと夕食を共にした。


 それからみんなに別れを告げて紗希や茉由ちゃんと帰宅した。


「明日からクエストを受けるのか。一体どんなクエスト何だろうな」


 期待が膨らむのと同時に不安もまた膨らんできた。


「……寝るか」


 俺はベッドに寝転がった。そして、ゆっくりと夢へといざなわれた。


 ――――――――――


 ……ここはローカラトの町北東部の路地裏。辺りはすでに日も落ちた後で人通りも少ない。


「へへ、今日の盗みも上手くいきやしたね。兄貴」


「おうよ。相手は年寄りだからな。適当にでまかせ言ってりゃ楽勝だからな」


 男が二人キラキラと光る複数の装飾品の入った袋を覗いている。


「これ、売りさばいたらどれくらいになるんすかねぇ」


「さあな、大体大金貨5枚は堅いだろうな」


「それだけあれば半年は遊んで暮らせるっすね」


 男たちはそれはもう嬉しそうに話をして未来の妄想を膨らませる。そんな時、コトンと何かが落ちる音がした。


「誰だ!」


 もう一人の男に『兄貴』と呼ばれていた男が音のした方へと歩いて行く。すると、男の悲鳴が路地裏に響く。


「あ、兄貴!?どこっすか、兄貴!?」


 一人残された男は『兄貴』が消えた方へと歩いて行った。


「うわあ!」


 男は歩いている途中、何かに躓き倒れた。何に躓いたのか確認しようと足元を見てみると、そこに男が仰向けで倒れたいた。


「……ったく、こんなところで寝るとか危ないにもほどがあるっすよ」


 そう言って、誰が寝ているのかを確認しようと男の顔の方へと視線を動かしていく。


「兄貴……!?」


 倒れている男は胸から血を流していた。残された男がどうしようもなくうろたえていると暗闇に金色の光が2つ見えた。


「誰かそこにいるんすか!?」


 ガクガクと体を震わせながらその光を見つめていると突然光が消えた。


「……!どこだ!どこに行ったんすか!?」


 次の瞬間、自分の胸から痛みを感じた。手を当ててみると何やらべっとりとしたものが手についた。そして、それが血であると認識できてしまった。男はあまりのことに気を失ってしまった。


 ……翌日、路地裏からは胸をざっくりと切られた二人の男が発見されたのだった。しかし、彼らが直前にまで持っていた装飾品の入った袋はその場に残されていなかったという。

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