第17話 崖の中

 突然、聞こえてきた声。しかし、聞きなれない声だ。俺はその声が聞こえた方を振り向いてその声の持ち主を探した。


 ……いた。紗希たちが泉に入ったと思われる場所に日光に煌めく腰に届くほどの銀髪をもち、髪の色とは相反する黒鉄色のローブを纏った男が立っていた。


「君たち、大丈夫かね?」


 その男は再び俺たち三人に安否確認をしてきた。……それより、この状況を見て大丈夫だと思えるのか?


「全然大丈夫じゃないです!助けてください!」


 俺は素直に助けを求める。プライド?今はそんなことを言っている場合じゃあない。


「では、君たちはそこを動かずにじっとしていてくれたまえ。すぐに片付けるのでな」


 男はそんなキザなセリフを吐いた直後、その場所から消えてしまった。どこに行ったのかと探しているとすでに怪物の目の前にいた。怪物は驚きに顔を歪めたのも束の間だった。次の瞬間には怪物は泉から遥か上空へと殴り飛ばされていたからだ。


 そして、銀髪の男は怪物がある程度落ちてきたタイミングで泉の外へと投げ飛ばしてしまった。投げ飛ばされた怪物は再び動く事は無かった。


 俺たちはその男が怪物の状態を確認しに行っている間に紗希と茉由ちゃんの服が置いてある岸へと上がった。俺はその男と二人の着替えが終わるまで茂みに行って話をすることにした。


「君たち三人は一体どこから来たのかね?」


 異世界で聞かれる質問第一位に輝くだろうテンプレな質問だ。


「俺たちは遺跡の向こうの世界から来たんです」


「ふむ。確認だが、遺跡とはあれの事で良いのだな?」


 男は俺たちが出てきた遺跡の方を指さした。俺は『その通り』だと頷いた。


「なら、三日ほど前に保護した三人と同じ世界から来たという事になるのか」


 ……三日ほど前?ちょっと待てよ。ちょうど寛之と洋介、武淵先輩がいなくなったのも三日前だな。まさか……!


「その保護した三人の名前とか覚えていたりするんですか?」


「名前……?ああ、覚えているが」


 そして、次の言葉に俺は歓喜した。


「確か……寛之、洋介、夏海だったな。もしかして知り合いだったりするのかね?」


 やっぱり、三人もこの世界来ていたようだ。俺はそれだけで嬉しかった。もしかするともう会えないかもしれないと心の隅で思い始めていたところだったからだ。


「三人はどこにいるんですか!?教えてください!」


 俺は男を急かす様に問いかけた。俺の頭の中には皆との再会しかなかった。


「待て、一度落ち着くんだ。それを言う前に互いの自己紹介を済ませておこうじゃないか。あと、畏まらなくていい。そうだな、あの二人と話す感じで良い」


 男は紗希と茉由ちゃんの居る方を指差している。


「分かった。じゃあ、普通に話させてもらうからな。俺は直哉だ」


「次は私の番だな。私はウィルフレッドだ。よろしく頼む、直哉」


 俺たちは一通り自己紹介を終えて、談笑していた。そんな時、紗希が俺とウィルフレッドさんを呼びに来た。


「兄さん、着替え終わったよ」


 俺が紗希の方を振り返って見ると、紗希は俺とウィルフレッドさんの顔を交互に見やっていた。


「紗希?どうかしたのか?」


「あ、えっと、二人が仲良く話してたからビックリしちゃって」


 確かにさっき会ったばかりの人と仲良く話していたらビックリもするか。


「この子が話に出てきた君の妹かね?」


「そうそう。俺の妹の紗希だ。それと、もう一人のあっちにいる子がその友達の茉由だ」


 俺は一気に二人の事も紹介した。それから泉の所まで戻り、紗希と茉由ちゃんにウィルフレッドさんの事を紹介した。そして、こんなことになった経緯のすべてを伝えた。


「なるほどな……。茉由のお姉さん……聖美の事も心配だね」


「はい」


 俺たち三人は皆一様に頷く。


「よし、私もできる範囲で君たちに協力しよう」


「えっ!?いいんですか!?」


 紗希と茉由ちゃんが驚きの声を上げた。俺はと言えば、あまりにもビックリしすぎて声が出なかった。


「勿論だとも。むしろここまで聞いて協力しない方がどうかしてると思うがね」


 ウィルフレッドさんのありがたい申し出に俺たちは歓喜した。それから俺たちは日が暮れていたがこの近くにウィルフレッドさんの住んでいる町があるらしく、今日はウィルフレッドさんの家に泊めてもらうことになった。


 俺たちは歩きながらこの世界について少しだけ教えてもらった。さっき俺たちを襲った怪物はオークというのだそうだ。俺は『ああ、ド〇クエとかで出てくる奴か』と一人うんうんと納得していた。


 何でも俺たちのようにこの世界とは別の世界からやって来る者たちの事を"来訪者”と呼ばれているんだそうだ。俺たち以外にも今までに何人か居たんだそうだ。


 そして、俺たちが今いる国はスカートリア王国というらしい。そして、この森がアスクセティの森というらしい。そして、ウィルフレッドさんの住んでいる、すなわち俺たちが現在向かっている町というのが城塞都市ローカラト。王の住む王城がある王都から最も遠い都市だが、王国南部防衛のかなめなのだそうだ。


「お前たち、ちゃんと付いて来ているか?」


「はい!」


 俺たちは元気よく返事を返した。


「離れると魔物に食われてしまうからな。絶対に離れるなよ」


 ウィルフレッドさんは笑いながらそう言っているが、俺にはさっきのオークの件もあり、全く笑えなかった。


 そうして進んでいくうちに森を抜け、岩肌がむき出しになった崖が姿を現した。どういうことだ?ウィルフレッドさんの話だと町に向かっている途中だったはずだが……?


「ウィルフレッドさん?町に向かってるはずなのでは……?」


 俺が尋ねるより先に茉由ちゃんが質問した。紗希も警戒しているのか表情が強張っている。


「ここが入り口なんだ」


「この崖から町に入るんですか?」


 紗希がすかさず疑問をぶつける。何やら罠にでも嵌められてしまったのだろうか?俺にはそんなことが頭をよぎった。


「ああ、言い方が悪かったようだな。ここは正確には町の入り口じゃなくて俺の家の入口なんだ」


 ん?どういう事だ?ウィルフレッドさんの家は町の中にあるんじゃないのか?


「詳しい話は俺の家に着いてからにさせてくれないか?疑わしいかもしれないが、今は黙って付いて来てくれ」


 ウィルフレッドさんはそう言って崖の方へと歩いていった。一体何をするつもりなのか、俺には皆目見当もつかない。


 しかし、次の瞬間。俺も紗希も茉由ちゃんも驚きに顔を歪めた。なんとウィルフレッドさんが崖の中に消えてしまったからだ。


 俺たち三人が驚きのあまり体を硬直させていると、突如として崖から岩が擦れる重たい音が響いてきた。その音のする方を見てみると、崖に隙間が出来ていた。その隙間からウィルフレッドさんが顔を出した。


「三人ともこっちに来るんだ」


 俺たちはお互いに顔を見合わせた。しかし、とりあえず言われた通りに崖の方へと向かってみることにした。


 崖の隙間は意外に広く、別にかがんだり体を横にしたりしなくても通ることが出来た。以外にも壁の内側は両引き戸になっていた。


「よし、三人とも中に入ったようだな」


 そう言って、ウィルフレッドさんは壁の隙間を両引き戸で閉じた。


「ようこそわが家へ。私の部屋はこっちだ」


 俺たちはとりあえず、ウィルフレッドさんに付いて行くことしか出来なかった。


 ウィルフレッドさんは歩きながら、俺たちが今いるローカラトの町について教えてくれた。ローカラトの町の南にはY字路があり、交易が盛んに行われているんだそうだ。ここの辺りはシルヴァン・ローカラトという辺境伯が治めているらしく、防備の必要上5000もの王国兵が駐屯しているんだそうだ。町の名前は治めている人の名字でつけられるのだそうだ。ちなみにこの5000という数は王国軍の1割を占めているらしい。


「あと、王国軍とは別に王国騎士団がいるんだ」


「その王国軍と王国騎士団って何が違うんだ?」


 俺は頭に浮かんだ疑問をウィルフレッドさんにぶつける。


「王国軍は平民から集められる。そして、王国騎士団は貴族から集められる。二つの違いはそこだ。さらに、騎士団員は幼少期からきちんと教育されているため精鋭揃いなのだ」


 要するに兵士の身分が平民か貴族かで振り分けられるという訳か。どうやらこっちの世界は身分制度が有るらしい事が分かった。


「あと、ウィルフレッドさんが、あの崖に消えたのってどういう仕組み何ですか?」


 俺はあのウィルフレッドさんが崖の中に消えたことを疑問に思っていたのですかさず質問をした。


「ああ、あれは私の魔法だよ」


 ……おお、魔法がこの世界にはあるのか!


「私の魔法は同化魔法と言ってね。一つの物質に同化することが出来る魔法だ。あの崖の土に同化してすり抜けたんだ」


 ……同化魔法。中々マニアックな魔法だな。定番どころをあえて外してくる感じか。


 俺たちがこの世界について理解を深めながら奥へ進んでいくと、木製の俺の身長より頭一つ高く、幅も三人は余裕で通れるほどの大きさの扉が見えてきた。


「ここが私の部屋だ。今開けるから少しだけ待っていてくれたまえ」


 ウィルフレッドさんは扉の所まで足早に向かって行った。そして、懐から取り出したカギで慣れた手つきで開錠した。開かれた扉の向こうの部屋は石造りだった。ウィルフレッドさんが部屋に入って行くその後ろに続いた。


「兄さん、すごい本の量!」


「ああ、ホントにすごい量だな。図書館だって言われても疑わないレベルだぞ、これ」


 部屋の壁全部に木の本棚が作られていた。また、高さも俺の身長の倍近くある。そのためか木の梯子はしごが掛けられていた。


 部屋の中央には高級そうなブラウン色の木製のデスクが置いてあった。ウィルフレッドさんは椅子に腰かけてその机の上に両肘りょうひじをついた状態で左右の手を組んでいた。


「三人とも……」


 ウィルフレッドさんが何かを言いかけた時、突然俺たちが入って来た扉の右にある別の扉がバンッ!と大きな音を立てて開いた。そして、その扉からウィルフレッドさんと同じ、銀色の長い髪をヒラリとなびかせながらノースリーブワンピースに身を包んだ女性が入ってきた。


「お父さん!今までどこほっつき歩いてたの!」


 何やらその女性は少々……いや、かなり気が立っているようだ。


「ミ、ミレーヌ……!先にご飯を食べていてくれるか?今は取り込み中なんだ。後にしてくれないか?」


「そう言って、逃げようたってそうはいかないんだからね!」


 どうやら会話の内容から察するに二人は親子のようだが。それにしても二人の間で何があったのだろうか?


「どこ行ってたの!始末書も書かないで!」


「いや……始末書は書きたくなかったんだから仕方ないだろう……?」


「だ・か・ら!どこ行ってたのかって聞いてるのよ!」


 ウィルフレッドさんはミレーヌさんと目を合わせようともしない。恐らくとぼけてやり過ごそうとしているのではないか。……この状況を見た限りとても上手くいくとは思えないが。


「止むを得んか……。実は森に散歩に行ってたのだ」


「そうだったのね……。で、ここにいる三人とは森で会ったって事で良いのよね?」


 ミレーヌさんは俺たち三人を見やって言った。


「そうだ。彼らが泉でオークに襲われているのを見つけて助けたのだ」


 ウィルフレッドさんの話を聞いて納得したのか、ミレーヌさんは俺たちの方へと向き直った。


「えっと、初めまして。そこにいる怠け者の娘のミレーヌって言います。よろしくね」


 ミレーヌさんが笑顔と共に自己紹介をしてくれた。しかし、その後ろをウィルフレッドさんが扉の方へそろりそろりと音を立てないように慎重に歩いて行くのが俺たちには見えていた。


「三人ともちょっと待っててね」


 どうやらミレーヌさんはウィルフレッドさんが逃げようとしていることに気が付いたようで後ろを振り返った。当の本人は一瞬だけ動きが止まったが、覚悟を決めたのか扉へ一気に突っ込んだ。ここからは俺には何が起こったのかさっぱり分からなかった。


 次の瞬間にはミレーヌさんがウィルフレッドさんの首根っこを掴んでいた。紗希や茉由ちゃんの方を振り返ったが、二人にも何が起こったのか分からなかったらしい。


 俺たちが唖然あぜんとしている間にミレーヌさんはまたしても素早く移動していた。今度は机の横に。


「お父さん、始末書書き終わるまで夕飯は抜きだからね!」


「……ひゃい」


 ……ウィルフレッドさん、戦意喪失……。


 ミレーヌさんはウィルフレッドさんをしかりつけた後、俺たちの所まで戻って来た。


「ごめんなさいね。見苦しい所をお見せしてしまって」


「いや、大丈夫ですよ。それより三人の自己紹介がまだでしたね」


 その後、ミレーヌさんに促されて、俺たちは一通り自己紹介を終えた。


「直哉に紗希に茉由。うん、ようやく顔と名前が一致したわ」


「えっと、それって……?」


「事前に三人から名前だけは聞いてたから。あ、あと、そんな丁寧に話さなくても大丈夫だからね。紗希ちゃんも茉由ちゃんも」


「はい!」


 紗希も茉由ちゃんも声をそろえて返事をした。しかし、声からは緊張がにじみ出ているが。


「それじゃあ、話を戻すわね。えっと、何の話してたっけ?」


「俺たちの名前を事前に知ってた理由を……」


「そうだったわね!その話なんだけど……」


 ざっと話をまとめるとこうだ。


 三日前にここに運び込んだ三人の男女との話の中に俺たちが出てきたらしい。さっきミレーヌさんが言っていたように、話をしているうちに名前だけ覚えてしまったらしい。


「とりあえず、その三人に会わせたいからそこの扉を出た所で待っていてくれる?」


 ミレーヌさんが指を指しているのは最初にミレーヌさんが入って来た扉だ。


「分かりました」


 俺たちは言われた通り、扉を出てすぐの所で待っていた。それから少ししてミレーヌさんが部屋から出てきた。そして、向かい側の扉に鍵を差し込んだ。


「それじゃあ、開けるわね」


 そう言ってミレーヌさんが扉を開けてくれたその先には……!

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