92話目 再検討

「クロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ3点セット!」


 秋山さんの声は、たしかにそう言った気がした。


 神イカのほうへ振り返ると、もう神イカの姿はどこにもなく、代わりに直径数メートルほどの光球が中空に浮かんでいるだけだった。


「願いは叶えたぞ! またな!」


 声が聞こえたかかと思うと、光球は7つに分かれ、それぞれがバラバラの方向へ飛び去った。


 俺は、しばらくの間、呆然としたまま、つい先ほどまで光球が浮かんでいた場所を見上げたいた。

 すると、背後から声が聞こえた。


「わあ! すごい上物!」


 再び振り返ると、満面の笑みを浮かべた秋山さんが、俺のほうを見ていた。いや、その視線は俺を通り越して、その背後に注がれているようだった。


 その視線を辿り、俺は三度振り返った。すると、そこには2~3メートルの立派なマグロが3匹横たわっていた。

 クロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロだ。


 秋山さんは、俺の横を駆け抜け、3匹のマグロを近くから順繰りに見ていった。


「これはさばき甲斐があるわー」


 と言って、さっそく日本刀でマグロをさばき始めた。

 数十秒ほどだろうか。俺は黙ってそれを見ていて、ふと我に返った。


「いや、ちょっと待って。え、なにこれ。なんでマグロなんてお願いしたの」

「だってあんたが、マグロ大王の頭をくれないからしょうがないじゃん。あんたが居ない間にこっそりやろうとしたら、ステンノちゃんまで止めてくるし」


「いや、だからって……。なんでも願いが叶ったんだぞ。もっとほかの願いもあっただろう。なんでマグロ3点セットなんて」

「マグロ3点セットがわたしの夢だったんだもん。それに、さっきマグロ大王の頭をさばこうとしたときに、ステンノちゃんが、あとでなんでも言うこと聞くからマグロ大王の頭には手を出さないでって言ってたから。それが、さっきのイカの話なんじゃなかったの?」


 みんなが、ステンのほうへ視線を向けた。


「いや、アタシはそういう意味で言ったんじゃなかったんだけどね」


 人差し指で頬をかきながら、ステンノも少し困った様子だ。


「とりあえず、わたしはこのマグロ3点セットがさばければ満足なんで、そこのマグロ大王の頭は、イカにするなり好きにしていいよー」


 秋山さんは、マグロ大王に対して一切の興味を失ったようだ。


 せっかく、なんでも願いが叶うチャンスだったのに、それがあんなマグロ3点セットになってしまうとは。俺が、もっと早く願いを言っておけば……。

 そんな後悔の念に駆られたが、過ぎてしまったことはしょうがない。


「じゃあ、マグロ大王イカ作りを再開しようか」


 言ってから気がついた。さっきまで大量にあったイカの肉がなくなっている。おそらく、神イカの身体を形作るのに、あのイカ肉が使われ、そして7つに分かれて飛んでいってしまったあの光は、イカ肉だったのだ。


 マグロ大王イカを作るにも、もう材料がなくなってしまった。今から再度、魚肉を集め直すのは、精神的にしんどい。


 マグロ大王の頭、どうしようかな。


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 このままにしておく? イカの身体を作る? 食べちゃう?

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