90話目 降臨

 どこをどう探しても、秋山さんの姿を見つけることができなかった。姿を見れば、ステンのと秋山さんの間になにがあったのか、想像することもできたかもしれないし、直接、話を聞くこともできたが、居ないものは仕方がない。


 今はケルベロスを探すことが先決だ。探すと言っても、実はもう居場所は分かっている。少し遠くのほうに姿が見えているからだ。

 視界を遮るものが、そう多くないこの場所で、ケルベロスほどの巨大な生き物が、そうそう見えなくなることはない。


「ケルベロスー! 話があるんだ。こっちに来てよ!」


 遠くのケルベロスに大声で呼びかけてみたが、ケルベロスはこちらを一瞥いちべつするような動作を見せたあと、すぐに顔を背けてしまい、こちらに来る様子はない。どうやら、先ほどのやり取りをまだ根に持っているようだ。

 そこそこの年齢だというのに、狭量な犬だ。


 やむを得ず、こちらからケルベロスの居場所まで行こうかと思ったときに、なぜかケルベロスは身体からだの向きを変え、こちらにひとっ飛びしてきた。ケルベロスが居た場所にすぐ近くに、秋山さんらしき人影が見えたが、目前に迫ってきたケルベロスの身体からだによって、それはすぐに見えなくなってしまった。


「あれ? ケルベロス。秋山さんと話してたの?」

「ああ、ちょっとな」


「なんかあったの?」

「……お主には関係ないことじゃ。して、ワシに話とは?」


 経緯いきさつを説明し、先ほどよりも大量の魚肉が必要になったことを告げた。


「ということなんだ。協力してくれないか」

「なるほどのう。しかし、そんな苦労をするくらいなら、7種のイカを集めて、神イカを呼び出したほうが早いのではないか?」


 早いか遅いかで言えば、そっちのほうが絶対に遅いだろう。なぜなら、神イカなど現れないのだから。しかし、真っ向から否定して、またへそを曲げられては面倒だ。ここは、多少、話を合わせる必要があるだろう。


「ああ、その手もあったよね。でも、どのイカを集めれば神イカが現れるかは分からないんだよね?」

「そうだのう」


「じゃあ、魚肉を集めるときに、イカを優先して集めてみようよ。上手く行けば神イカが現れるかもしれないし、ダメでも型を作るのに使えるから」

「ふむ。そうしよう」


 それから20分ほどかけて、俺はケルベロスとともに、イカ肉を中心に集めて回り、マグロ大王の近くに戻ってきた。


「ハッ! ハッ! 思ったより早かったですね! で、魚肉は集まったんですか?」


「一応集まったと思う。主にイカ肉だけど」

「ハッ! ハッ! あれ? なんでイカ肉を? イカの形を作るのにはイカ肉のほうがいいという判断ですか?」


「いや、もう本当にイカんともしがたい事情があってね。ケルベロス! 出してー」


 俺の合図を受けて、ケルベロスのパラボラ型の頭が下に向き、半固形の白い物体が大量に吐き出され、山を作った。


「ワオ! ホワイトマウンテンね! これは見事にイカばっかりだわ」


「はーい。じゃあみんな、このイカ肉でイカの型を作っていこう」


 そう言った俺に、ケルベロスの白狼顔が言う。


「待て。イカ神が現れるかもしれんぞ」


 ああ、そう言えばそんな話があったんだった。イカ神など現れるわけがないと思っていたので、すっかり忘れていた。


「でも、なにも起きないっぽいよ。そもそも7種類集まったのかも、よく分からないし」

「ふうむ。呼び出すのに、なんか呪文のようなものが必要なのかのう」


「ハッ! ハッ! こんなイカ肉の塊から、イカ神なんて出てくるわけないですよ! おじいちゃん、イカれちゃったんじゃないですか! でも、本当に出てきたらイカしてますけどね!」

「これはイカん。孫にそこまで言われるとは、誠にイカんじゃのう」


 犬同士の地獄のようなやり取りに呼応するかのように、イカ肉の山が蠢動しゅんどうを始めた。

 ジリジリと震えながら、イカ肉の山の表面は、重力に逆らって不自然な流れを始めた。


「あれ、なんか、妙なことが始まりそうな……」


 次の瞬間、イカ肉の山から閃光が走ったかと思うと、目の前に巨大なイカが姿を現した。


「こ、これがイカ神……なのか?」


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 現れた巨大イカの正体は?

 あと、恒例の第一声はなに?

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