77話目 状況は

 地面に押さえつけられている俺の頭上で、巨大な犬が男に言った。


「ここの水をなくしてくれ」

「やっちゃっていいんですか」


「ああ、全力でやってくれ」

「分かりました」


 その男は、にやりと笑ったように見えた。そして言った。


埴輪式はにわしき水練術すいれんじゅつ外法げほう阿天斗あてんと超吸収!」


 すると、男の全身からぶくぶくと巨大な空気の泡が発生し、水面に向かって上昇していった。男の身体からだから次々と発せられる泡は、どんどんと大きくなっていき、その勢いを増していった。


 気づいたときには、周囲の水はなくなっていた。


 ふいに、頬に痛みが走った。


「痛っ! なんだなんだ」

「あ、正気に戻った?」


 秋山さんが俺の顔を覗き込んで、ビンタをしてきた。


「痛いって。なに、なに、なんなの」

「正気になったのかって聞いてんの」


 もう1発ビンタが叩き込まれた。


「あいた! 正気ってなに。なんの話」

「んー、まだ駄目かも」


 秋山さんはそう言って、ステンノの顔を見上げた。そこでようやく、ステンノが俺の身体からだに馬乗りになって、両手を押さえつけていることに気づいた。

 保護グラスを着けているせいで、相変わらず表情が読めないステンノも、俺の顔を覗き込んでいる。


 え、なにこの状況。俺、襲われてるの?


「そんなに叩いて、大丈夫なのかい」

「大丈夫大丈夫。むしろ、こういうのが好きな男も居るのよ」


「そ、そうなのかい?」


 秋山さんはこうして、ステンノに対して、偏った地球人男性観を植え付けているらしい。おそらくさっきもの似たようなことを言っていたのだろう。


「うん。売子木きしゃのきも結構好きなほうかもよ。ステンノも叩いてみる? ステンノがビンタすれば、気持ちよくて正気に戻るかも」


「いや、でも」


 戸惑うステンノに、秋山さんがしつこく勧める。


「私が代わりに、腕、押さえててあげるから」


 そう言って、秋山さんは、俺の左手首を両手で押さえつけてきた。程なくして、俺の左前腕を押さえつけていたステンノの右手が離れる。


「じゃあ、ちょっとだけ」


 ステンノの右腕が後方に振り上げられた。


 正直、この光景は恐怖だった。3メートルの女性にマウントを取られ、その女性が巨大な手を俺の頬に叩きつけるべく、右手を振り上げているのだ。


「わ、ちょっと、たんま」


 俺の抵抗も虚しく、ステンノの右手は振り下ろされた。


 頬をぺしぺしと、連続で叩かれている感覚とともに意識が戻ってきた。目を開けると、ステンノと秋山さんが俺の顔を覗き込んでおり、やはり秋山さんが俺の顔を叩き続けていた。


「あ、起きた」


「ん、あれ? ステンノさんに、秋山さん? どうしたの」

「あんた、なにも覚えてないの?」


 少し意外そうな顔で秋山さんが言った。

 なにもとはなんだろう。いったい、俺はなにをしているところだったか。


「あんたはね、ステンノちゃんの幻の右で、すっかり気持ちよくなっちゃってたの」


 いたずらっぽく言った秋山さんの肩を叩きながら、恥ずかしそうにステンノが言う。。


「ちょいと、やめてくれよ。秋山ちゃん」


 秋山ちゃん? この2人、そんなに仲良くなってたのか。それにしても、話が見えてこない。俺はこの2人になにをされていたのか。

 そんなことを考えていると、少し前の記憶が蘇ってきた。

 そうだ。カツオ・イッソーノとかいう、ふざけた名前のカツオと話をしていた。魚介星人との戦いの真っ最中だったはずだ。

 俺は、はっとした。


「そうだ。魚介星人たちはどうなったんだ!? マグロ大王は!?」

「ああ、それね」


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 今どんな状況?

 これから魚介星人たちを殲滅するところ? それとも殲滅したあと?

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