75話目 現実の中心
ぶち破ったドアの破片が、水の抵抗を受け、不規則に回転しながら四散していく。
ドアの向こうには暗闇が広がり、その闇の中に、大小様々な無数の
ドアを破った際の水流に
「これは……」
それらの
「いろんな生き物のにおいがする。気をつけろ」
ケルベロスが注意を促す。
秋山さんが数歩踏み出して、暗闇の中の
「あれ、これって」
そう言って秋山さんは手を伸ばし、オレンジ色の
「いくらじゃない?」
2本の指に挟まれたオレンジ色の球体は、たしかに、いくらに見えた。
こちらが止める間もなく、秋山さんはそのオレンジ色の球体を口に入れた。
「あ、やっぱりいくらだ。美味しい」
秋山さんが再び暗闇の中に手を伸ばしたそのとき、暗闇の奥から、なにかが聞こえてきた。
「ここは、生命の宇宙。神秘がたゆたう聖域。踏み入ってはならぬ」
警告とも取れる重々しい響きだった。
「入ってはならぬって言ってるけど」
俺は、ケルベロスと秋山さんを交互に見やりながら言った。
秋山さんは、そんなものはお構いなしといった様子で、暗闇から、今度はとても小さな赤い
「あ、こっちはとびこだ」
そう言って、瞬時に口に入れてしまう。
「ここに浮いているのは、すべて魚卵なのか」
「そうでもないみたい。こっちはクリオネだった。あ、こっちはホタルイカ」
秋山さんは、暗闇の中から次々と
「ちょっと、いくらやとびこはまだしも、クリオネも食べちゃうの? 流氷の天使だよ」
「ん? なんか問題ある? 天使とか妖精とか言われてるけど、しょせん貝だしね」
俺も、少し暗闇を覗き込み、改めてその様子をうかがってみた。
よく見ると、宙に浮かぶ
さらに、地面には青い光の絨毯が広がり、なにかが敷き詰められているらしいことが見て取れた。
「佐々木、ちょっと入ってみてよ」
「え、なんで僕が」
「こういうの君の役目でしょ」
「はいはい。行きますよ。しょせん僕はハニワですからね」
半分ヤケのような口調で返事をした佐々木が暗闇へと足を踏み出し、青い光の絨毯を踏みつけると、再び奥から声が響いた。
「踏み入ってはならぬ。珊瑚が死ねば、海が死んでしまう。そなたらは、ここにたゆたう
「ですって」
佐々木が振り返って、このまま進んでいいのかを目で問うてくる。
「たぶんなんだけど、どっかに明かりのスイッチがあると思うんだよね。ここ、倉庫だし」
その意図を汲み取った佐々木は、進行方向を変え、壁沿いに歩き出した。
「さっき、いろんな生き物のにおいがするって言ってたけど、それはこのいくらとかのにおいなの?」
ケルベロスに問うた。
「もちろん、そのにおいもある。いくら、とびこ、ホタルイカ、クリオネ。あの細長いのはリュウグウノツカイ。足元の青いのは珊瑚。しかし、そのほかのにおいもある。カジキ、サメ、マグロ、ダイオウイカ、多くの巨大魚介類がこの闇の中に潜んでいる」
なるほど。思ったより危険なのかもしれない。佐々木は大丈夫だろうか。
壁伝いに歩いている佐々木の姿は、こちらからは見ることができない。
「それ以上、進んではならぬ。引き返せ」
奥から響く声に、心なしか焦りが混じり出したように聞こえる。これが演技でないのなら、佐々木は、声の主にとって都合の悪い場所に確実に近付いているようだ。
「あ、これかな」
佐々木の声が聞こえた直後、カチッと無機質な音が響き、暗闇が消え去った。電気が点いてしまえばどうということはない。そこは、バラけた魚卵やホタルイカが浮かぶだけの空間となり、先ほどまでの神秘的な雰囲気はほとんどなくなってしまった。
魚卵を翻弄しながら、リュウグウノツカイが悠然と泳ぐ姿がはっきりと見えた。足元には、青い珊瑚がどこまでも広がっていた。
現実感を取り戻した眼前の光景の奥に、現実感のある存在が並んでいた。武装した魚介星人の集団である。
魚系の星人には腕がないため、槍や剣が取り付けられた兜のようなものをかぶっている。イカやタコは、その手に刃物を持ち、銃を持っている者も多数居た。
そして、そんな武装集団の中心に居たのは――。
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中心に居たのはなに?
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