73話目 視線の先

 目の前には、巨大な倉庫らしき建物が数棟並んでいた。俺と佐々木は、海底から、その建物が冠している三角形の屋根を見上げた。


「一度、海を割るのをやめてくれんか。ここからは、水中のにおいをたどって、建物の中に入ってマグロ大王を探す必要がある」


 すぐ近くでケルベロスのホオジロザメ顔が言うと、佐々木の振動が弱まり、佐々木の前後だけすっぽりと切り取られたように水のなかった空間が、瞬く間に水で満たされた。

 とんでもない勢いの水流に翻弄されるかと思ったが、そこは佐々木が上手く調節したらしい。


 今まで水中に浮かんでいた面々が、建物の入口前へと集合していくのが見える。


「行くぞ」


 そう言ってケルベロスも、飛ぶように建物前へと移動していく。


「俺らもみんなと合流しよう」


 佐々木の尻をひっぱたいて急がせようとするものの、佐々木はのろのろと海底を歩くだけで、さっぱりスピードが出ない。


「ちょっと、どうなってんの」

「すみません。水の中は苦手で」


 建物の入口まで、あと200メートルほどというところだったが、一向にその距離が縮まっている気がしない。


 いっそのこと、佐々木から離れて自分で泳いだほうが速そうだ、と思っていると、すでに入口に到着していたケルベロスがこちらを振り返り、再び飛ぶような速度で戻ってきた。


 あっという間に目の前までやってきたケルベロスは、別々の顔の口で、俺と佐々木を優しくくわえ上げ、建物の前まで運んでくれた。


 近くで見ると、建物は全体的に灰色で、コンクリートでできているらしかった。先ほどは、数棟が並んで建っているように見えたが、1階部分はすべての棟がつながっており、どうやら1つの巨大な建物のようだ。


 幅6メートルほどの入口は、ベージュ色のシャッターで閉ざされていた。


 すぐ近くまで行って、シャッターをノックしてみた。


「ごめんください! マグロ大王さんのお宅はこちらですか!」


 ガシャンガシャンという金属音が響き、シャッターが波打つだけで、中から反応はない。


 下の出っ張りに指をかけて開けようとしてみたが、びくともしない。案の定、施錠されているようだ。


「さがっておれ」


 ケルベロスがシャッターのすぐ前まで来た。白狼顔が大きく口を開き、シャッターに噛み付くと、上下の牙がかろうじて突き刺さった。

 それをとっかかりになり、アゴが閉じられると、シャッターは紙くずのように引き裂かれた。


 海藻のように、水中をゆらゆらと揺れるシャッターの残骸を、ケルベロスが丁寧に取り除き、後続の者の安全を確保した。


「ゆくぞ」


 においをたどり、ケルベロスが先頭を行く。みな、水中をバタ足で進むような格好でそれに続いた。

 俺は佐々木とともに、最後尾からそれを追った。


 建物の中に入ると、広大な空間が広がり、緑色の床と、その上に並ぶ箱や簀子すのこが目に入った。

 先ほど、豊洲市場で見たのと同じような光景だ。


「ここは、築地市場だね」


 すぐ前を泳ぐ秋山さんが言った。


「築地? でも、ここは魚介星人の母艦の中でしょ」

「うん。でも、私はさっき上からも見たから分かるんだけど、ここ築地市場そっくりだった」


「豊洲市場から逃げたマグロ大王が、築地市場に逃げ込んだのか」

「なにか意味深だね」


「ううむ。悪くない眺めだ」


 俺は、目の前の光景を見て、自然とそう口走った。


 目の前では、セーラー服を着た秋山さんと、ワンピースタイプの作業着を着たステンノが、バタ足で泳いでいるのだ。


 そんな俺の視線に気づいたのか、秋山さんが顔をこちらに向けて言った。


「っていうか、あんた、パンツ見てるでしょ」


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