60話目 今頃

 俺は手で制して、4人を出入り口から少し離れたところへと下がらせた。


「見たか。そこにイカ星人が3人居る。敵なのはほぼ間違いないだろう。どうする」


 照明の消えた暗い廊下の中で、声を潜めて4人に問いかけた。


「ジャスト、キル!」

「ハッ! ハッ! ゲソをかみたいです」


 ペーター、アーツはる気でいる。


「一応、話は聞いてみたほうがいいんじゃないでしょうか」


 案の定、佐々木は穏健派だ。


「とりあえず、1匹さばかせてくれればなんでもいいよ」


 右手に持った日本刀の峰で、自らの肩をとんとんと叩きながら、秋山さんが言った。


「あれ? そんな刀、持ってきてたっけ?」

「会議室を出るときに、High Gハイジーのをもらってきちゃった。マグロをさばくのに手ぶらってわけにもいかないからね」


 秋山さんも、どちらかというとる気でいるようだ。


 4人がこちらを見て、どうするのかと目で問うている。


「折衷案で行こうじゃないか」


 困ったときは折衷案だ。どっちつかずと言われようと構わない。みんなの意見を取り入れれば、世の中は丸く収まるものだ。


「折衷案って、どうするんですか」


 佐々木が怪訝そうな表情を浮かべた。


「幸か不幸か、相手は3人居るしね」


 適当にでっちあげた作戦を話すと、佐々木以外は賛成してくれた。


「それ、折衷っていうか、ただの――」


「大丈夫大丈夫。悪いようにはしないから」


 不満を口にする佐々木をさえぎって、作戦を実行する。


「フルスイングで行くよ!」


 ペーターは鉄の拳を振り上げて、嬉しそうに歯を見せて笑うやいなや、足音を殺したまま出入り口に向かって走りだした。残りの4人もそれに続く。なんだかんだで、佐々木も協力はしてくれるらしい。


 瞬く間に廊下を駆け抜け、出入り口から飛び出したペーターは、こちらに背を向けている3人のイカ星人の、左端の1人に向けて、えぐるような左ボディを繰り出した。イカ星人からすると、拳の位置はちょうど目の高さだ。


 ぺーターが左拳を振り抜いたかと思うと、イカ星人の顔周辺は跡形もなく吹き飛び、大小様々な個体や液体が衝撃の方向へと飛び散った。

 あまりの拳速に、残ったイカ星人の身体からだは、回転して吹っ飛ぶことすら許されず、まるでだるま落としのように、真ん中にぽっかり空いてしまった空間に、重力に引かれた上のパーツが落下するのみだった。


 その落下よりも速く、ペーターは足の位置を入れ替え、真ん中に居たイカ星人に右ボディを叩き込む。最初の1人と同様、顔にあたる身体からだの中央部分が消し飛んだ。

 その場には、顔のない、奇妙な形のイカ星人のオブジェが2つできあがり、まもなく崩れ落ちた。


 異変に気づき、ようやく振り返りかけた最後の1人の足に、アーツがスライディング気味にかみつき、そのまま転ばせると、俺と佐々木と秋山さんの3人で、そいつを持ち上げて、ビルの中へと運び込んだ。


「エビデンスを消しておくね!」


 と言ったかと思うと、ペーターはビルの外で地面に向けて数発のパンチを繰り出し、イカ星人の死体2つを、地面ごと木っ端微塵にしてしまった。


「ハッ! ハッ! ゲソ! ゲソ!」


 アーツは、イカ星人の足に牙を食い込ませながら、その味を堪能しているようだった。

 俺は、叫び声を上げそうになるイカ星人の口に手を当てて、それを押し殺した。


「ぐああああああっ!」


 くぐもった声を上げながら、身体からだをうねらせるイカ星人を、乱暴に、床の上に下ろした。

 なおも声を上げそうになったので、イカ星人の口に、靴先をねじ込んだ。


「静かにしろ」


 すごんで言っても、一向に静かになりそうもない。それもそのはずだ。アーツが延々とかみ続けているのだ。


「アーツ、一旦かむのやめてくれるかな」

「ハッ! ハッ! でも、これからですよ! かめばかむほど味が出て! まるでスルメのように!」


 そう言いながら、何度かかみ直すアーツ。珍しく、こちらの言うことを聞いてくれない。


「いや、こいつまだ乾いてないからスルメじゃないよ」

「ハッ! ハッ! 生イカでもなかなか味わい深く!」


「アーツ!」


 ビルの中に戻ってきたペーターが一喝すると、アーツは即座にゲソから口をはなして直立した。


「ハッ! ハッ! すみません! ワタシとしたことが!」


 イカ星人は、まだ多少うめいてはいたが、先ほどよりはだいぶ静かになった。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 俺が問うと、そいつは目をギョロギョロと動かして、自分を取り囲んでいる5人を見回してから、視線を俺に向けた。

 答えやすいように、口から靴先を抜いてやった。


「いったいなんの真似だ」


「俺は売子木きしゃのき。どうも、今起きてる戦争のきっかけになった張本人らしいんだけど」

売子木きしゃのきだと!? 貴様が! こんなところになにをしに来た!」


「マグロ大王と話をしたくてさ」

「貴様が大王様と話だと? ククク、馬鹿な奴め。今頃――」


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 今頃なに?

 このあと、イカはなんて言った?

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