52話目 どちらを追うべきか

「ハッ! ハッ! これはチョウチンアンコウの死体です!」


「え、これが!? まさか」

「本当です! アンコウです! でも、これだけ真っ黒じゃ、アンコウというより暗黒ですね!」


「いや、笑えないから」

「チョウチンで照らすどころか、自分が真っ黒になっちゃって、見る影もないですね!」


 ここへ来て、アーツが急にとんがってきた。


「それはいいとして、これがアンコウということは――」

「山田社長、ということですかね」


 横から佐々木が言った。


「やっぱり、そうなるかね」


 会社が爆破され、社長だけ死体で転がっている。これの意味するところはなんだろう。


「これの他に死体はないの?」

「ハッ! ハッ! ここらへんにはないですね!」


「他の社員はどうしたんだと思う?」


 顔だけを佐々木のほうへと向けて問うた。


「難しいですね。逃げたのか、さらわれたのか」


 アーツが鼻をひくつかせながら、ビルの外まで出ていき、四方八方のにおいを嗅いでから戻ってきた。


「ハッ! ハッ! おそらくですが、さらわれてると思います!」


「なんでそう思うの?」

「このオフィスから約10人が外へ出て、どこかに移動したようなんですが、そのほぼ全員のにおいが同じ方向へと続いてるんです! 逃げたんだとしたら、もっとバラバラに移動してそうな気がします! 断定はできませんが!」


 10人と言ったか。うちの会社には10人しか居ないはずだ。社長はここで死んでいて、俺と佐々木がここに居るということは、社員はあと7人しか居ない。

 にも関わらず、オフィスから10人が出ているということは、爆破犯の関係者3人が、社員7人をさらって逃げたということだろうか。

 ほぼ全員が同じ方向に逃げた……。


「さっき、ほぼ全員のにおいが同じ方向に続いてるって言ってたけど、ほぼっていうのはどういうこと? 別方向に逃げてるやつが居る?」

「ハッ! ハッ! そうなんです! 9人のにおいはビルを出て右のほうへと続いてるんですが、1人だけ、左へと行っている人が居ます! ちなみに、左へ行った1人はイカ星人です!」


「なんだって! 右へ行った9人の中に、イカ星人は居るの?」

「2人居ますね!」


「となると、イカ星人3人による襲撃ということだろうか」

「断言できませんが、その可能性が高そうです!」


「イカ星人による襲撃となると、その原因は、俺なのかな」

「ボーイ、イカ星人となにかあったの?」


「実は、昨日の夜、ちょっともめまして、戦争だとか言われたんですよね」

「やっぱり! ディスイズウォー! ウォーは、なめられたら負けよ! やられたらやり返さなきゃ! 中途半端にやると報復されるから、キル・エム・オールが理想よ!」


 ペーターは、嬉しそうに左右のショートアッパーを繰り返しながら言う。


「でも、社長が個人的にイカ星人の恨みを買っていたという可能性も」


 自分で言ってから、少し苦しいかと思った。


「ハッ! ハッ! 個人的な恨みで、オフィスを吹っ飛ばして、しかも社長は殺したのに、さらに社員をさらっていくというのは、ちょっとアレですね!」


 たしかにそんな気はする。社長個人を恨んでいるなら、社長を殺せば終わりのはずだ。となると、やはりこの原因は俺なのか。

 もしかすると、これは、イカ星人どもからの正式な宣戦布告ということだろうか。


「ここでディスカッションしていても、スタートしないわ! においをチェイスしましょう!」


 ペーターが言った直後に、サイレンの音が聞こえたきた。パトカーや消防車がこちらに向かってきているらしい。

 それははそうか。爆発があったのだ。誰かが通報したのだろう。


 ビルの外に出てみると、想像以上に野次馬が群がり、あたりは騒がしかった。


「すみません! どなたか、このビルから出ていく人を見てませんか!?」


 ダメ元で聞いてみたが、野次馬たちはざわつくばかりで、なにを言ってるのかさえ聞き取れなかった。ざっと表情を見渡した限り、目撃者は居ないようだった。


 アーツのちからを借りて、においを追うことにしよう。


「アーツ、頼むよ」

「ハッ! ハッ! おまかせください! 1人と9人どっちを追いますか? ちなみに、1人のほうが爆破犯みたいです! 爆弾のにおいも残ってます!」


--------------------------------------------------------------------


 爆破犯らしき1人を追う?

 社員たち9人のほうを追う?

 いっそのこと追わなくてもいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る