45話目 予想外の岐路

「俺、ササキの家に行って、残りの欠片を回収してきます。それを使って、もう一度、ササキの修復をお願いします」

「そうかい。あたしも行こうか?」


「いえ、ステンノさんはここで仕事を続けていてください。では、すぐに戻ります」

「はいよ」


「エンダァァァァァアァァァアーーーィア゛゛ーーーー ウイルオールェーズラービューーゥゥゥゥーーーー」


 仕上げ室のドアへと向かう俺の背後で、またササキの歌声が聞こえた。もう少し曲のバリエーションが増えて、ちゃんと1曲を歌い切るようになれば、一家に一体、スマートスピーカー代わりにハニワを置くのも悪くないかもしれないと思った。


 ラインで母艦の入口まで移動してから、会社のビルへと戻り、ササキの家へと向かう。



 ササキのアパートの前に来た。心のかせが外れたせいで、以前と色も形も違ってしまっているので、最初は見逃しそうになったが、ここで間違いない。


 ドアノブを回すと、案の定、鍵はかかっていなかった。ドアを少しだけ開けて、頭だけを部屋の中へと入れてみた。

 薄っすらと生臭さを感じた。思ったほどの悪臭ではなかった。今が12月であることが幸いした。夏場であれば、おそらく1日で、もっと大変なことになっていただろう。


 ドアを大きく開けて、身体からだごと中に入ろうとしたそのとき、廊下の向こう、リビングから、かすかに声のようなものが聞こえることに気づいた。


 声は、少しの間、聞こえ続けたかと思うと、ふっとやんだ。


 一瞬、心臓がドキッとした。


 中に、誰か居るのだろうか。


 1足のクツもない玄関を通り過ぎ、廊下を進むと、足の裏に違和感を覚えた。なにか、粘度の高い液体を踏んだような感触がする。

 足元に視線を落とすと、床に、何かを引きずったような跡が付いていた。


 これは、血か?


 その場でしゃがみ込み、床上50センチくらいのところで、においを嗅いでみると、少し生臭さが強くなった気がした。


 これは、なにかある。


 足音を殺し、息を潜めながら、ゆっくりとリビングへ向かうと、ドアの向こう、リビングの中から再び声が聞こえてきた。


 か細い声でなにかを言っているが、内容は聞き取れない。しかし、そのおぼろげな声を聞いていると、なにかを思い出しそうになる。

 これは、いったいなんだ。


 突き当りのドアの前までやってきた俺は、ドアに身を寄せながら、そっとレバーを押し下げた。

 ゆっくりと、ほんの少しだけドアを開け、隙間からリビングの中を見たが、そのせまい視界の中に異常は見つけられなかった。


 改めて呼吸を殺しながら、もう少しだけドアを開くと、リビングの中から声が聞こえてきた。その内容は、先ほどより明瞭に聞こえた。


「エンダァァ……ィァ…… ウイル……オール……ズ…ラ…ビュ……ゥゥゥゥ」


 これは! ハニワ工房で、廃ササキが歌っていたあの歌ではないか。


 ドアを開けてリビングの中へと入り、テーブルのほうへと歩み寄った俺は、わが目を疑うこととなった。

 テーブルの向こうにあるはずの、マッターホルンの死体がない。


 クロマグロの頭と尾と、それをつなぐ中骨なかぼねが、このテーブルの向こうにたしかにあったはずなのだ。

 マッターホルンの死体があった場所には、赤黒い染みができていて、そこからリビングのドアまで、死体を引きずったらしい跡が続いていた。


「エンダァァ……ィァ…… ウイル……オール……ズ…ラ…ビュ……ゥゥゥゥ」


 声のするほうを見ると、テーブルの脇に、ササキの欠片と思われる、1センチ四方ほどの土器の欠片が落ちており、弱々しい声を上げていた。


 それを拾い上げ、顔の前あたりまで持ち上げてたずねてみる。


「ササキ?」

「ワタシハ……ダレ? ココハ工房! アナタハ……ナニ?」


 どうやら、意識が、工房に居る廃ササキとシンクロしてしまっているようだ。


 そして、今さらながらもうひとつ、不可解なことに気づいた。ササキの欠片の山がないのである。

 あるのは、弱々しく歌う、1センチ四方の欠片だけだ。


 これはもしや、残りの欠片たちが集まって、マッターホルンの死体をどこかへ持っていったということだろうか。


 念の為、冷蔵庫と冷凍庫の中身を確認してみると、マッターホルンの身はちゃんと入っていた。確信は持てないが、おそらくは俺が入れたときのまま、内容物や配置は変わってないように見える。


 ひとつ、たしかめたいことがある。


 俺は、きびすを返して玄関へと向かい、そこに、自分のクツしかないことを確認した。


 そうだ。昨日の朝、ササキの家に来たときは、たしか、玄関にクツが1足あったはずだ。それがないということは、そのクツをはいて出かけた者が居るということになる。


 玄関ドアを開けて、改めて地面を見てみると、玄関を出て左のほうに、赤黒い跡がかすかに残っているのが見えた。

 その跡をたどってみたが、跡は段々と薄くなり、50メートルほど行ったところでほとんど見えなくなってしまった。


 さて、この状況をどうしたものか。


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 方角だけをたよりに、ササキを探しに行く?

 1センチの欠片だけ持って、ハニワ工房に戻る?

 それとも?

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