44話目 舞い戻るか
ササキは、わずかに
「エンダァァァァァアァァァアーーーィア゛゛ーーーー ウイルオールェーズラービューーゥゥゥゥーーーー」
張りのある艷やかな声で、見事なヴィブラートを利かせながら、朗々と歌い上げた。
どこかで聞いたことがある歌だと思いながらも、つい聞き入ってしまった。
ササキは、サビの一節を歌い終えたところで、満足したのか、ピタリと歌うのをやめた。
「すごいね。君がそんなに歌が上手かったなんて知らなかったよ」
「ワタシハダレ? ココハ工房! アナタハナニ?」
「え……。これは、まさか……」
嫌な予感を噛み締めている俺の目の前で、ササキが再びカタカタと震えだした。
「エンダァァァァァアァァァアーーーィア゛゛ーーーー ウイルオールェーズラービューーゥゥゥゥーーーー」
二度目でも、思わず聞き入ってしまう、見事な歌唱力だ。どうせなら、ちゃんと全部歌ってほしいのだが、やはりササキは、サビの一節を終えたところで沈黙してしまう。
「あの、一応言っておくけど、俺、
「ワタシハダレ? ココハ工房! アナタハナニ?」
これは駄目なやつだ。
ササキは、
「エンダァァァァァアァァァアーーーィア゛゛ーーーー」
「ササキ、どうししゃったんですか?」
歌の途中で振り返って、ステンノにたずねた。
「見ての通りさね」
彼女は、頭の蛇の生え際を右手の指でかきながら、バツが悪そうに答えた。
「見ての通りと言われても、見てもよく分かりません。修復に失敗したんですか?」
「修復に失敗というか、修復自体は成功してるんだけど、結果的には失敗したというか」
「どういうことでしょうか」
「ササキの修復の話が出たときに、あたしがあまり乗り気じゃない態度だったのを覚えてるかい」
「はい。修復するだけなら簡単だけど、というようなことを言ってましたよね」
「そうなんだ。元々、ハニワの修復ってのは、
「精神をまっさらに?」
「少しひどい言いかたに聞こえるかもしれないが、ハニワってのは、半分使い捨てみたいな扱いなんだ。特定の個体が持つ、記憶や人格を維持したまま修復しなきゃいけないケースってのは、まずなくてね。そういう方法は確立されてないんだよ」
「となると、
「そういうこと」
「だとしても、この、壊れたジュークボックスみたいな
「拒絶反応が出ちまったみたいだね」
「拒絶反応?」
「あんたも見ただろう。ハニワってのは、元は宇宙ちくわなんだ。細胞単位でバラバラにしたちくわを、再教育したのちにハニワにするんだが、ハニワになるときに、全細胞で人格形成ができてないといけないんだよ」
なんだか難しい話になってきた。俺は目でステンノに先を促す。
「ササキは、小さな欠片になっても、ササキのままで居ただろう? あれは、全細胞がササキという統一された人格であるからこそできることなんだ。細かくなっても、細胞1個1個の単位でササキなのさ」
「なるほど……。分かったような分からないような」
「修復にあたって、新しいハニワ全体に、ササキの人格を浸透させようとしたんだけど、他の細胞の拒絶反応が出ちまったのさ。なんせ、ササキの欠片は小さくて、残ってる細胞数も少なかった。全身の細胞を統一するほどのちからが無くてね。ササキのほんのひと欠片の人格でできあがったのが、そいつってわけさ」
「さっきから、やたら同じ歌を歌っているのは」
「彼女との思い出の歌なのか、それとも、ササキの恋心の発露かってところだと思うよ」
ううむ。修復を試みた結果、こんな廃人のようなハニワが出来上がってしまうとは。なんだか申し訳ない気もするが、しきりに修復を頼んでいたのはササキ自身なので自業自得だ。そう思うことにしよう。
「エンダァァァァァアァァァアーーーィア゛゛ーーーー ウイルオールェーズラー」
恋心の発露か。それなら、彼女の名前を出せば、何か反応があるかもしれない。
「マッターホルンちゃんって覚えてる?」
ササキの
明らかに反応があった。おそらく、この状態のササキでも、マッターホルンのことは覚えているのだ。
歌をやめたササキの口から、次の瞬間、強い意志を込めた言葉が放たれた。
「エンダァァァァァアァァァアーーーィア゛゛ーーーー ウイルオールェーズラービューーゥゥゥゥーーーー」
さっきまでより、キーが高くなっただけで、あまり意味はなかった、と思った次の瞬間、予想外のことが起きた。
「アアアァァウィルオーーールウェエイイズラァァァアァビュゥゥゥ」
歌う範囲が広がったのだ。しかし、それになんの意味があるのか。
「どうするんですか。これ」
「どうしようかね」
両手のひらを上に向けて、彼女は肩をすくめた。
「壊して捨てちまうかい?」
「ステンノさんさえ迷惑じゃなければ、もう少しだけ、ここに置いておいてください」
「少し迷惑ではあるけど、あんたがそう言うならいいよ」
「さっき、ササキの欠片が小さくて、細胞数が少なかったって言ってましたよね。欠片がもっとたくさんあれば、人格を維持した修復ができますか?」
「保証はできないけど、確率は上がるだろうね」
ササキの家に行けば、まだ欠片の山が残っているはずだ。
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ササキの家に行って、欠片を回収してくる?
それとも、ササキはこのまま壊れたジュークボックスにしておく?
それとも?
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