21話目 なんか妖怪
目の前に転がっていたのは、大きな筒状の何かだった。
「このちくわが、ハニワの材料です」
音声ガイダンスに言われて、ようやく目の前にあるものがちくわだと分かった。ちくわとは言っても、直径が50センチほどある特大サイズだ。地球ではまずお目にかかれない。 さらに、色に関しても普通のちくわとは違う。どす黒かったり、緑だったり、とても食べる気にはなれない彩色だ。宇宙人にとっては、この色が美味しそうに見えるのだろうか。
「君は、ちくわだったの」
ササキに問う。
「みたいですね」
「みたいですねって、知らなかったの」
「ハニワとして生まれる前の記憶はありませんし、工房を覗いたこともなかったですからね」
「しかし、なんでまたちくわなの」
「僕に聞かないでくださいよ」
「君、宇宙土器だって言ってたけど、土器じゃないじゃん。ちくわじゃん。宇宙ちくわ。いや、宇宙すり身?」
「今の僕はまぎれもない土器ですよ」
「いや、でもちくわを焼き上げても土器にはならないでしょ」
そんな会話を聞いていたかのように、ガイダンスの声が割って入った。
「では、このちくわがどのような工程を経て、ハニワへと生まれ変わるのかを見ていきましょう」
これは、俄然、興味が湧いてきた。
「これらのちくわは、廃棄品です。腐ったり、カビが生えたり、よくないものが混入してたりして、食べられなくなったものです」
なるほど。やばい色をしていたのは、実際にやばいちくわだったからということか。しかし、よくないものが混入というのはなんだろう。少し怖い。
「現在、この部屋には有毒なガスや胞子が高濃度で存在しています。くれぐれも防護服をお脱ぎにならないようご注意ください」
そういうことだったのか。やばいちくわから放出される毒素から身を守るための防護服ということらしい。
「これらのちくわを、再教育のためにミキサーにかけます」
再教育という単語が気になりつつも、ちくわの様子を目で追う。
UFOキャッチャーのアームのようなマシーンが、ちくわを次々とつまみ上げては、ミキサーらしい機械の投入口へと、放り投げていく。
「このミキサーで、細胞ひとつひとつを分離させるまで細かくします」
ミキサーの下部についている蛇口のようなところから、黒や緑や茶色が混ざった、やばい色の液体がどぷどぷと流れ出てきた。
その液体は、貯蔵タンクへと注ぎ込まれる。
「細胞単位で孤立した彼らは、現在、大変な孤独を感じています。この状態で再教育を施すことで、教えが浸透しやすく、従順に育つのです」
貯蔵タンクの上方には複数のスピーカーが取り付けられており、そこから、考えつく限りの
ここで人格否定をして、ちくわを洗脳しているらしい。
「再教育を終えたちくわは、造形室へと流れていきます」
不思議なことに、貯蔵タンクから流れ出る液体は、真っ白だった。その液体は、巨大なあまどいのようなパイプを伝って、隣室まで流れていく。
液体ちくわを追って、造形室まで歩を進める。
造形室に入ると、パイプを流れてきた液体は、直接、床に注がれたかと思うと、自らが意志を持ったかのように動き出し、ハニワの形となった。
「従順になったちくわは、ここで、指示された通りの形を作り、自ら仕上げ室へと向かいます」
どこでどう指示を出しているのか分からないが、目の前で、白い液体が次々とハニワの形になっていく。複雑な人間の形をしたものもあれば、馬の形をしたものもある。比較的単純な造形をしたものも。
「あ、あれ。砕ける前のササキと同じ形だね」
「いわゆる”踊る人”ですね。あのポーズを取らされた記憶は、うっすらあります」
まだ、だいぶ柔らかそうなハニワたちが、次々と仕上げ室に入っていく。
いったい、あれがこれからどうなるのか。
「この先の仕上げ室に、職人さんが居るはずです」
とササキが言う。
なるほど。最後の最後、職人の手で、液体ちくわが宇宙土器へと変貌を遂げるらしい。
液体ちくわを追って、仕上げ室の中へと足を踏み入れる。
そこに居たのは、頭に無数の蛇を生やした、身長3メートルはあろうかという巨大な女だった。
その女がひと睨みすると、液体ちくわは瞬時にして固まり、土器へと変質する。これでハニワの完成というわけだ。
しばらくの間、その不思議な光景に見入ってしまった。その視線が気になったのか、その女がこちらを振り向いた。
「なんか用かい?」
予想外の光景に、思考がまとまらなかった。
ここに何をしに来たんだっけ。
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